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24.わたしを挟んで通じ合う
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「なるほど、おもしろい……」
と、お父様はうなられた。
「皇太子殿下のアイデアは、ロッサマーレから王国への貢納を、王家に付け替える……、ということだ」
「……えっ?」
「王国の国家財政から王家への支出には、様々に制約がかかる。だが、名目上とはいえ王家の直轄領になれば、丸ごと王家の収入だ。……おもしろいところを突いている」
王家の権威を維持する社交には、莫大な経費がかかっている。
その経費の足しにと、王妃陛下は個人で、海上保険に参画してくださったほどだ。
たしかに言われてみれば、国家財政から見たらわずかな額でも、王家への直接の収入が増えるなら、喜んでもらえるだろう。
「辺地であるロッサマーレならではの奇手だな。……これがたとえば王都近くの領地なら、属州扱いは苦しい。総督職の設置までは難しかっただろう」
「え、ええ……」
ビットが簡単なことのように話してくれたアイデアを、お父様はいちいち感心しながら、わたしに解説してくださる。
いや、お父様ご自身、口に出すことでビットのアイデアを確認なさっているご様子だ。
長年、王政の中枢を担われてきたお父様をしても、
ラヴェンナーノ帝国の皇太子ヴィットリオ殿下の政略には、うならされるということか……。
「くわえて言えば、ロッサマーレには爵位が紐付いてない。たとえばカロリーナがロッサマーレ伯爵夫人だったら、途端に通りの悪い話になる」
「……それは?」
「形の上で、王家が諸侯であるロッサマーレ伯爵家を滅ぼした形になるからね。フェルスタイン王国では他の諸侯――貴族たちへの手前、王家といえども躊躇うだろう」
「ああ、なるほど……。よく分かりましたわ、お父様」
「実によく考えられている。しかも、世襲総督権とは……、実におもしろい」
なんどもうんうんと頷かれるお父様。すこし興奮されているようにも見える。
〈お友だち〉のビットが、尊敬するお父様に認められてるようで、誇らしい気持ちもするし、
いやいや、ビットってそもそも大帝国の大皇太子殿下だし、という気もする。
ただ、お父様とビット、ふたりの〈政治のプロ〉がわたしを挟んで、ゾンダーガウ公爵の陰謀に対抗するために、意気を通じ合っている風景には、
爽快な気分にさせてもらった。
「確認だけど、カロリーナはこの皇太子殿下のアイデアに沿ったかたちで進めて、いいんだね?」
「ええ。覚悟は決まっております」
「うん、分かった。じゃあ、この方向で国王陛下周辺への工作を始めよう」
「よろしくお願いいたします」
「ただ、ひとつだけ条件がある」
と、お父様は立ち上がられて窓に向かい、わたしには背を向けられた。
「はい。なんでしょうか?」
「条件というか、お願いなのだが……」
「……はい」
「シュタール公爵家の継承権はいま、カロリーナだけにある」
「ええ……」
お父様には側室との間にできた子ども、わたしから見たら異母弟、異母妹がいる。
けれど嫡出子の扱いを受けているのは、わたしひとりだ。
正妻になったフィオナさんとの間の異母弟も、修道院に送られた。
「カロリーナがロッサマーレ総督職を拝命しても、シュタール公爵家は予定通りカロリーナに継承してもらいたい」
「えっ?」
「他の側室の子らを見ても、カロリーナの才覚は群を抜いている。私としては、どうしてもカロリーナに継承してもらいたい」
お父様の横に立たれるフィオナさんの顔を、チラとうかがった。
ニコニコと微笑まれて、わたしに向けてちいさく頷かれた。
「……ありがとうございます。過分のご評価、とても嬉しく思います」
「うん……」
「ただ、わたしはまだ結婚もしておりませんし、最終的な継承の行方を語るにはすこし早いようにも……」
「親として、こんなことは言うべきではないが……、カロリーナは生涯独身であってもいい」
「え?」
と、応えた自分を褒めたい。
本音は、
――はあ?
だ。
いや、さんざん恋に奥手に過ごしてきたわたしが言えた口ではないのだけど、
さすがに実の親から言われては、すこし傷つく。
お父様がわたしに背中を向けたのは、この話をするためだったのか。
フィオナさんも苦笑いしてないで、お父様をたしなめるところですわよ?
「……カロリーナ公爵夫人の次代は、カロリーナの目にかなう者を養子にとったのでも良い。親の欲目を抜きに、カロリーナの才覚はそれほどまでに抜きん出ている」
「も、もうひとつ気になる点が……」
「うん、なんだい?」
「わたしが公爵家を継承したとしても、本拠地をロッサマーレから移すことはないと思うのですが……」
「問題ない」
「はあ?」
つい、本音の声が漏れた。
三大公爵家の当主が、本拠地を王都にしないなんて、そんなこと可能なのか……?
わたしがシュタール公爵家の継承権について考えるとき、必ず行き当たる問題だ。
「王都政界はロッサマーレ在住のカロリーナ公爵夫人の意向を、常に気にしながら動くようになるはずだ。なんとなれば、王都に住むより大きな影響力を持つ可能性すらあり得る」
「……さ、さすがに、わたしのことを買い被り過ぎでは?」
「ふふっ。カロリーナは父の見立てを信じてくれないのか?」
ふり向いたお父様は、悪戯っ子のような笑みを浮かべてわたしを見た。
「その言い方はズルいですわ、お父様」
「いや、父がほんとうに思ってることだよ、カロリーナ」
お父様がこれまで、わたしに縁談を持って来たことはない。
高位貴族の令嬢にありながら、異例のことだとも言える。
お父様がほんとうに愛し抜かれた母ソニアへの、ふかい愛情のあらわれ――、
――カロリーナにも、ほんとうに愛する者と結婚してもらいたい。
という想いなのだろうと、勝手に解釈してきた。
それがまさか……、結婚しなくてもいいと思っていらっしゃったとは……。
すこし娘への愛が重たいですわよ? お父様?
かといって、わたしも愛のない結婚をしたい訳ではないし、彼氏もできたことないけど結婚にほのかな憧れがないわけでもない。
要するに、わたしはややこしいのだ。
「分かりました。もちろんお父様の引退後ですが、シュタール公爵家は必ずわたしが継承するとお約束いたします」
「うん、ありがとう。カロリーナ」
お父様は即日、王都を走り回り始めた。
ふだんと違い、配下の者が使う簡素な馬車に乗られ、動きを悟られないように行動されるお父様。
こちらの意図がゾンダーガウ公爵に漏れる前に、ことを決しようとされているのが、わたしにも分かる。
そんな中、わたしはフィオナさんの仲介で王妃陛下に拝謁賜ることになった――。
Ψ
「王妃陛下には、カロリーナ様の保険市場開設のレセプションパーティにお運びいただいております。私からの働きかけだけではなく、カロリーナ様ご自身がお運びになれば、王妃陛下の心証はより良いものになりましょう」
そう、にこやかに語るフィオナさんは、
――総督になろうとする者が、すべて母親任せでは信用に関わる。
と、暗に仰られている。
いつものフィオナさんと違い、ハッキリとは仰られない言い回しに、
――舞台は交易から、政治に移った。
ということを、つよく意識させられた。
本来、わたしも高位貴族。
ここは不得手などと言っている場合ではない。
やってみる――、ではなく、
やるしかないのだ。
お母様のミカン畑を守るために。
緊張しつつ、うなずいた。
フィオナさんの斡旋で、
王宮の裏手、王妃陛下の庭園にある四阿で、わたしは密かに拝謁を賜ることになった。
「カロリーナとは、一度こうしてゆっくり話してみたかったのよ?」
と、優美に微笑まれる王妃――、
アデライデ・フェルスタイン陛下。
ベージュブロンドのやわらかい髪色に、グリーントルマリンのように澄んだ緑色をした大きな瞳。
気品と威厳を兼ねそなえた美貌で、高位貴族からの輿望をあつめ、
国を束ねる国王陛下を、陰からお支えされている。
リアがそばに控えてくれているけど、ふたりきりでの密かな拝謁とは、否が応にも緊張が増す。
「王妃陛下からそのようなお言葉を頂戴できるとは、光栄に存じますわ」
「ふふふっ。妾のことはアデライデと呼んでくれないかしら?」
「かしこまりました。ますます光栄に存じます、アデライデ陛下」
四阿でいただくお茶には、フィオナさんが贈られたシエナロッソ産のティーカップが使われている。
活き活きとした草花の模様が、目のまえに広がる庭園の景色によく合っていた。
「交易の盛んなフェルスタイン王国で、商いの才覚で活躍する女性は数多くおりますが、政治の世界は男性ばかり」
「はっ」
「カロリーナが女性で初めて総督の地位に就くという話……、妾は賛成です」
やわらかな語調のなかにも、はっきりとした賛意を示してくださるアデライデ陛下。
ただ、わたしも揚げ足を取られることのないよう、緊張と警戒を解くことはできない。
お友だちと話しているのではないのだ。
この場で交わし合う言葉には、すべてに政治的意味がともなっている。
微笑むアデライデ陛下の視線の先には、わたしが贈ったラヴェンナーノ帝国の絵画が立てかけてあった。
「フェルスタイン王国で初めて開かれた、唯一の交易港……。それを独り占めするのではなく、王権のもとに伏さしめるとは、カロリーナの忠義の心は王国史に残るものとなりましょう」
「恐れ多いお言葉にございます」
「けれど、もとはカロリーナの領地。世襲総督権を求めるのも、道理と言えましょう」
アデライデ陛下は、王都政界を説得するために「こう主張せよ」と、わたしに教えてくださっている。
――唯一の港を王権のもとに置くことは、王国の交易発展のために重要だ、
と。
「……アデライデ陛下のご期待に応えられるよう、全力を尽くさせていただきます」
「ふふっ。頑張ってくださいね」
「はっ」
「カロリーナにいただいたこの絵。妾は気に入っておりますのよ?」
「ありがとうございます」
「けれど、この絵に描かれた女神の瞳に使われている青色……。この青色だけは、わが国の絵の方が鮮やかね」
「仰るとおりです」
「フェルスタインとラヴェンナーノ。両国の交易が盛んになれば、この女神の瞳がもっと輝くことになりましょう」
と、微笑まれたアデライデ陛下は、東の空に端麗なお顔を向けられた。
「わが国の東方地域。とりわけ、クライスベルク公爵家領には、よい青色がありますのよ?」
「はっ」
――クライスベルク公爵家。
わがシュタール公爵家、ゾンダーガウ公爵家にならぶ三大公爵家のひとつ。
その領地は東方交易の窓口であり、フェルスタイン王国のなかで大きな存在感を放っている。
そして、クライスベルク公爵家は、アデライデ陛下のご実家でもある――、
「引退した父が、美しい青色に詳しいの。カロリーナも一度、話しを聞きに行ってみてはいかがかしら?」
「わ、わたしごときが、前公爵閣下にお会いするなど……」
「ふふっ。紹介状を書いておきます。休暇がてら東方観光を楽しんでいらっしゃい」
クライスベルク前公爵。引退し領地に隠棲されてなお王政に大きな影響力をもつ、王政における重鎮中の重鎮。
お父様が、わたしの将来について、
――王都にいなくても影響力を持つ。
と仰られたのは、前公爵閣下の存在が念頭にあったことは間違いない。
やさしげに微笑まれる王妃陛下は、わたしの総督就任のため、前公爵閣下に会い了承を取り付けろと仰られているのだ。
「かしこまりました。アデライデ陛下のご配慮にふかく感謝もうしあげます」
わたしが恭しく頭をさげると、アデライデ陛下はやさしく微笑んでくださり、
リアは目を輝かせた。
――リアったら……。王国東方で、あたらしい交易品を発掘するつもりね……。
クスッと苦笑いさせられる。
交易となるといつも前向きなリアのちいさな興奮に、王政の重鎮に会いに行くというわたしの緊張をやわらげてもらい、
わたしは一路、王国東方へと旅立ったのだ――。
と、お父様はうなられた。
「皇太子殿下のアイデアは、ロッサマーレから王国への貢納を、王家に付け替える……、ということだ」
「……えっ?」
「王国の国家財政から王家への支出には、様々に制約がかかる。だが、名目上とはいえ王家の直轄領になれば、丸ごと王家の収入だ。……おもしろいところを突いている」
王家の権威を維持する社交には、莫大な経費がかかっている。
その経費の足しにと、王妃陛下は個人で、海上保険に参画してくださったほどだ。
たしかに言われてみれば、国家財政から見たらわずかな額でも、王家への直接の収入が増えるなら、喜んでもらえるだろう。
「辺地であるロッサマーレならではの奇手だな。……これがたとえば王都近くの領地なら、属州扱いは苦しい。総督職の設置までは難しかっただろう」
「え、ええ……」
ビットが簡単なことのように話してくれたアイデアを、お父様はいちいち感心しながら、わたしに解説してくださる。
いや、お父様ご自身、口に出すことでビットのアイデアを確認なさっているご様子だ。
長年、王政の中枢を担われてきたお父様をしても、
ラヴェンナーノ帝国の皇太子ヴィットリオ殿下の政略には、うならされるということか……。
「くわえて言えば、ロッサマーレには爵位が紐付いてない。たとえばカロリーナがロッサマーレ伯爵夫人だったら、途端に通りの悪い話になる」
「……それは?」
「形の上で、王家が諸侯であるロッサマーレ伯爵家を滅ぼした形になるからね。フェルスタイン王国では他の諸侯――貴族たちへの手前、王家といえども躊躇うだろう」
「ああ、なるほど……。よく分かりましたわ、お父様」
「実によく考えられている。しかも、世襲総督権とは……、実におもしろい」
なんどもうんうんと頷かれるお父様。すこし興奮されているようにも見える。
〈お友だち〉のビットが、尊敬するお父様に認められてるようで、誇らしい気持ちもするし、
いやいや、ビットってそもそも大帝国の大皇太子殿下だし、という気もする。
ただ、お父様とビット、ふたりの〈政治のプロ〉がわたしを挟んで、ゾンダーガウ公爵の陰謀に対抗するために、意気を通じ合っている風景には、
爽快な気分にさせてもらった。
「確認だけど、カロリーナはこの皇太子殿下のアイデアに沿ったかたちで進めて、いいんだね?」
「ええ。覚悟は決まっております」
「うん、分かった。じゃあ、この方向で国王陛下周辺への工作を始めよう」
「よろしくお願いいたします」
「ただ、ひとつだけ条件がある」
と、お父様は立ち上がられて窓に向かい、わたしには背を向けられた。
「はい。なんでしょうか?」
「条件というか、お願いなのだが……」
「……はい」
「シュタール公爵家の継承権はいま、カロリーナだけにある」
「ええ……」
お父様には側室との間にできた子ども、わたしから見たら異母弟、異母妹がいる。
けれど嫡出子の扱いを受けているのは、わたしひとりだ。
正妻になったフィオナさんとの間の異母弟も、修道院に送られた。
「カロリーナがロッサマーレ総督職を拝命しても、シュタール公爵家は予定通りカロリーナに継承してもらいたい」
「えっ?」
「他の側室の子らを見ても、カロリーナの才覚は群を抜いている。私としては、どうしてもカロリーナに継承してもらいたい」
お父様の横に立たれるフィオナさんの顔を、チラとうかがった。
ニコニコと微笑まれて、わたしに向けてちいさく頷かれた。
「……ありがとうございます。過分のご評価、とても嬉しく思います」
「うん……」
「ただ、わたしはまだ結婚もしておりませんし、最終的な継承の行方を語るにはすこし早いようにも……」
「親として、こんなことは言うべきではないが……、カロリーナは生涯独身であってもいい」
「え?」
と、応えた自分を褒めたい。
本音は、
――はあ?
だ。
いや、さんざん恋に奥手に過ごしてきたわたしが言えた口ではないのだけど、
さすがに実の親から言われては、すこし傷つく。
お父様がわたしに背中を向けたのは、この話をするためだったのか。
フィオナさんも苦笑いしてないで、お父様をたしなめるところですわよ?
「……カロリーナ公爵夫人の次代は、カロリーナの目にかなう者を養子にとったのでも良い。親の欲目を抜きに、カロリーナの才覚はそれほどまでに抜きん出ている」
「も、もうひとつ気になる点が……」
「うん、なんだい?」
「わたしが公爵家を継承したとしても、本拠地をロッサマーレから移すことはないと思うのですが……」
「問題ない」
「はあ?」
つい、本音の声が漏れた。
三大公爵家の当主が、本拠地を王都にしないなんて、そんなこと可能なのか……?
わたしがシュタール公爵家の継承権について考えるとき、必ず行き当たる問題だ。
「王都政界はロッサマーレ在住のカロリーナ公爵夫人の意向を、常に気にしながら動くようになるはずだ。なんとなれば、王都に住むより大きな影響力を持つ可能性すらあり得る」
「……さ、さすがに、わたしのことを買い被り過ぎでは?」
「ふふっ。カロリーナは父の見立てを信じてくれないのか?」
ふり向いたお父様は、悪戯っ子のような笑みを浮かべてわたしを見た。
「その言い方はズルいですわ、お父様」
「いや、父がほんとうに思ってることだよ、カロリーナ」
お父様がこれまで、わたしに縁談を持って来たことはない。
高位貴族の令嬢にありながら、異例のことだとも言える。
お父様がほんとうに愛し抜かれた母ソニアへの、ふかい愛情のあらわれ――、
――カロリーナにも、ほんとうに愛する者と結婚してもらいたい。
という想いなのだろうと、勝手に解釈してきた。
それがまさか……、結婚しなくてもいいと思っていらっしゃったとは……。
すこし娘への愛が重たいですわよ? お父様?
かといって、わたしも愛のない結婚をしたい訳ではないし、彼氏もできたことないけど結婚にほのかな憧れがないわけでもない。
要するに、わたしはややこしいのだ。
「分かりました。もちろんお父様の引退後ですが、シュタール公爵家は必ずわたしが継承するとお約束いたします」
「うん、ありがとう。カロリーナ」
お父様は即日、王都を走り回り始めた。
ふだんと違い、配下の者が使う簡素な馬車に乗られ、動きを悟られないように行動されるお父様。
こちらの意図がゾンダーガウ公爵に漏れる前に、ことを決しようとされているのが、わたしにも分かる。
そんな中、わたしはフィオナさんの仲介で王妃陛下に拝謁賜ることになった――。
Ψ
「王妃陛下には、カロリーナ様の保険市場開設のレセプションパーティにお運びいただいております。私からの働きかけだけではなく、カロリーナ様ご自身がお運びになれば、王妃陛下の心証はより良いものになりましょう」
そう、にこやかに語るフィオナさんは、
――総督になろうとする者が、すべて母親任せでは信用に関わる。
と、暗に仰られている。
いつものフィオナさんと違い、ハッキリとは仰られない言い回しに、
――舞台は交易から、政治に移った。
ということを、つよく意識させられた。
本来、わたしも高位貴族。
ここは不得手などと言っている場合ではない。
やってみる――、ではなく、
やるしかないのだ。
お母様のミカン畑を守るために。
緊張しつつ、うなずいた。
フィオナさんの斡旋で、
王宮の裏手、王妃陛下の庭園にある四阿で、わたしは密かに拝謁を賜ることになった。
「カロリーナとは、一度こうしてゆっくり話してみたかったのよ?」
と、優美に微笑まれる王妃――、
アデライデ・フェルスタイン陛下。
ベージュブロンドのやわらかい髪色に、グリーントルマリンのように澄んだ緑色をした大きな瞳。
気品と威厳を兼ねそなえた美貌で、高位貴族からの輿望をあつめ、
国を束ねる国王陛下を、陰からお支えされている。
リアがそばに控えてくれているけど、ふたりきりでの密かな拝謁とは、否が応にも緊張が増す。
「王妃陛下からそのようなお言葉を頂戴できるとは、光栄に存じますわ」
「ふふふっ。妾のことはアデライデと呼んでくれないかしら?」
「かしこまりました。ますます光栄に存じます、アデライデ陛下」
四阿でいただくお茶には、フィオナさんが贈られたシエナロッソ産のティーカップが使われている。
活き活きとした草花の模様が、目のまえに広がる庭園の景色によく合っていた。
「交易の盛んなフェルスタイン王国で、商いの才覚で活躍する女性は数多くおりますが、政治の世界は男性ばかり」
「はっ」
「カロリーナが女性で初めて総督の地位に就くという話……、妾は賛成です」
やわらかな語調のなかにも、はっきりとした賛意を示してくださるアデライデ陛下。
ただ、わたしも揚げ足を取られることのないよう、緊張と警戒を解くことはできない。
お友だちと話しているのではないのだ。
この場で交わし合う言葉には、すべてに政治的意味がともなっている。
微笑むアデライデ陛下の視線の先には、わたしが贈ったラヴェンナーノ帝国の絵画が立てかけてあった。
「フェルスタイン王国で初めて開かれた、唯一の交易港……。それを独り占めするのではなく、王権のもとに伏さしめるとは、カロリーナの忠義の心は王国史に残るものとなりましょう」
「恐れ多いお言葉にございます」
「けれど、もとはカロリーナの領地。世襲総督権を求めるのも、道理と言えましょう」
アデライデ陛下は、王都政界を説得するために「こう主張せよ」と、わたしに教えてくださっている。
――唯一の港を王権のもとに置くことは、王国の交易発展のために重要だ、
と。
「……アデライデ陛下のご期待に応えられるよう、全力を尽くさせていただきます」
「ふふっ。頑張ってくださいね」
「はっ」
「カロリーナにいただいたこの絵。妾は気に入っておりますのよ?」
「ありがとうございます」
「けれど、この絵に描かれた女神の瞳に使われている青色……。この青色だけは、わが国の絵の方が鮮やかね」
「仰るとおりです」
「フェルスタインとラヴェンナーノ。両国の交易が盛んになれば、この女神の瞳がもっと輝くことになりましょう」
と、微笑まれたアデライデ陛下は、東の空に端麗なお顔を向けられた。
「わが国の東方地域。とりわけ、クライスベルク公爵家領には、よい青色がありますのよ?」
「はっ」
――クライスベルク公爵家。
わがシュタール公爵家、ゾンダーガウ公爵家にならぶ三大公爵家のひとつ。
その領地は東方交易の窓口であり、フェルスタイン王国のなかで大きな存在感を放っている。
そして、クライスベルク公爵家は、アデライデ陛下のご実家でもある――、
「引退した父が、美しい青色に詳しいの。カロリーナも一度、話しを聞きに行ってみてはいかがかしら?」
「わ、わたしごときが、前公爵閣下にお会いするなど……」
「ふふっ。紹介状を書いておきます。休暇がてら東方観光を楽しんでいらっしゃい」
クライスベルク前公爵。引退し領地に隠棲されてなお王政に大きな影響力をもつ、王政における重鎮中の重鎮。
お父様が、わたしの将来について、
――王都にいなくても影響力を持つ。
と仰られたのは、前公爵閣下の存在が念頭にあったことは間違いない。
やさしげに微笑まれる王妃陛下は、わたしの総督就任のため、前公爵閣下に会い了承を取り付けろと仰られているのだ。
「かしこまりました。アデライデ陛下のご配慮にふかく感謝もうしあげます」
わたしが恭しく頭をさげると、アデライデ陛下はやさしく微笑んでくださり、
リアは目を輝かせた。
――リアったら……。王国東方で、あたらしい交易品を発掘するつもりね……。
クスッと苦笑いさせられる。
交易となるといつも前向きなリアのちいさな興奮に、王政の重鎮に会いに行くというわたしの緊張をやわらげてもらい、
わたしは一路、王国東方へと旅立ったのだ――。
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