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23.分かってくれてたんだ

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王都にむかう馬車に揺られながら、リアと入念に打ち合わせをする。

ソニア商会とロッサマーレのことは副支配人たちに任せ、わたしの王都行きにはリアにも同行してもらった。

やっぱり、ここぞというときには、わたしの頼れる侍女様に側にいてもらいたい。


「やはり、ヴィットリオ殿下のお話は、公爵閣下には伏せておかれますか……?」

「う~ん……。ビットの読みは外れてはないと思う」

「私もそう受け止めさせていただきました」

「悩ましいところだけど、ビットが懸念してることも分かる」

「ええ……」


夜の闇の中、お父様のつけてくださった騎士たちも走ってくれている。

わたしの護衛を任務にする彼らは、王国の正規兵ではなく、シュタール公爵家の私兵だ。

馬蹄の音にも安心感を覚える。

ビットが聞かせてくれた、わたしには慣れない政治や外交、そして軍事の話を、

馬車のなかでヒソヒソともう一度、リアとおさらいしていく――。


   Ψ


怜悧な表情を浮かべたビットは、すこし視線を落とし、向き合うわたしに淡々と、


――ゾンダーガウ公爵が狙う、次の一手。


を、話して聞かせてくれる。


「裁判が膠着して、領有権が宙ぶらりんになったら、ゾンダーガウ公爵は必ず海軍の創設を主張してくるよ」

「海軍……」

「そう。港が開かれた以上、王国に正規の海軍が必要だって」

「……うん。だけど……」

「そう、フェルスタイン王国には造船所がない。軍船はつくれない」

「……そうよね」

「どこから、海軍を持ってくると思う?」


海軍を……、持ってくる?

ビットの謎かけのような言葉に、グルグルと考えて、

ハタと気がついた。


「……ヴィンケンブルク王国」

「そう。フェルスタイン王国とは形の上では友好国だよね? ゾンダーガウ公爵を主な窓口にした」

「え、ええ……」

「そして、ラヴェンナーノ帝国とヴィンケンブルク王国は仲が悪い。というか、北方ではシェタリア高原の領有権を巡って、いまも武力衝突中だ」

「……うん」

「北では喧嘩して、南では陸上交易を保つ緊張関係が続いてる」

「ええ……」

「だけど、関税を上げたのは北方での軍資金を得るためだし、あわよくば交易自体を細らせてラヴェンナーノ帝国にダメージを与えるつもりだったはずだ。ヴィンケンブルク王国は、交易を重視しないからね」

「え? ……じゃあ、ゾンダーガウ商会にも大ダメージになるんじゃ……」

「だから引き換えに、セリーナ? 娘さんを王太子妃に迎えるって話だったんじゃないかな?」

「それって……」

「うん。ゾンダーガウ公爵家はフェルスタイン王国を離れて、ヴィンケンブルク王国につく……、つもりだったかもしれない」

「……だけど、わたしがラヴェンナーノへの直接航路を開いてしまった」

「ヴィンケンブルクは気に喰わないことがあればすぐに攻めてくる厄介な国だけど、さすがに北と南の両方で戦端を開く国力はない」

「え、ええ……」

「……そして、ゾンダーガウ公爵は交易の大半を失った上に、ヴィンケンブルクからも見放されようとしてる」

「それで、ロッサマーレを目の敵にして……」

「ところが、ロッサマーレを事実上ヴィンケンブルクに差し出せば、ゾンダーガウ公爵としては一石二鳥。ヴィンケンブルクとの関係を改善できる上に、陸上交易も回復させられる」

「……ひどいわね。わたしの領地なのに」

「ヴィンケンブルク王国にも海軍はある。ラヴェンナーノ帝国に比べたら貧弱だけどね」

「ええ……」

「……だから、ロッサマーレの領有権を宙ぶらりんにしたいのは、フェルスタイン王国の正規軍としての海軍をつくらせ、〈指導〉や〈協力〉を名目にして、ヴィンケンブルク海軍をロッサマーレに入れるため」

「まさか、セリーナをエリック殿下と結婚させたのって……」

「そう。王子を名目上の総指揮官に任命するのは、どこの国でもよくある話……。その第2王子くんを新海軍の提督としてロッサマーレに送り込んで、ゾンダーガウ公爵の意のままに操りたい」

「……なるほど」

「最終的に裁判でカーニャが勝っても、第2王子くんを担いだヴィンケンブルク海軍が、フェルスタイン海軍の顔をしてロッサマーレに残る」

「……海上交易を潰しにくる」

「軍船に港を封鎖されたら、交易船は出航すること自体、出来なくなる」

「そこまで……」

「やるだろうね。……そして、そこまで完成しちゃうと、僕は助けられない。完全な内政干渉になるからね」

「……うん」

「僕が先回りして、ラヴェンナーノ海軍をカーニャの私兵として貸し出すのも……」

「つけ込まれる隙をつくる……」

「カーニャは、ラヴェンナーノと組んで謀叛を企んでる……、って言われるよね?」

「そうね、間違いなく」

「ところが?」

「ん? ……ところが?」

「カーニャが〈総督〉になると、それは王権の代行者。行政権だけじゃなくて、軍事権も握れる」

「あっ……」

「王国正規軍である、陸海の〈総督軍〉を創設できる。で、先に海軍をつくってしまえば、第2王子だろうと三大公爵家だろうと手出しはできなくなる。……たとえ、名目だけの張子の虎でもね」

「な、なるほどぉ……」


お母様から継承した辺境の入り江の街が、いつのまにか近隣諸国を巻き込んだ、謀略の中心地になっていた。

わたしには話が大きすぎて、盛大に眉間にしわを刻み、口をヘの字にして、頭のなかでもう一度整理する……。


「ん?」

「なに、カーニャ?」

「……いまの話で、ビットの損になるところあった?」

「う~ん……、聡明なカーニャはいずれ自分で気づくと思うから、僕から先に言っちゃうけど……」

「う、うん……」

「……どうして僕は、こんなことを知ってるんだろう?」

「……ん?」


たしかに、ただの予想にしては、解像度が高すぎる気がする。

かといって、ビットがゾンダーガウ公爵と、直接の交渉を持ってるわけではないだろうし……。


「ビットは……、ヴィンケンブルクの動きを警戒してたのね?」

「……シエナロッソは帝国の東の端っこ。ヴィンケンブルクとの国境に近い要衝の街でもあるからね」

「ええ……」

「皇太子なのにシエナロッソへの常駐が許されてるのも、ヴィンケンブルクへの警戒という名目が大きい」

「……ビット、最近よくロッサマーレに来るなぁって思ってたら……」

「うん。……ヴィンケンブルクの手が伸びてないか、探りに来てたんだ。部下だけを派遣するより、僕がカーニャ目当てに来る方が目立たない」

「で、どうだった?」

「え?」

「ヴィンケンブルクの手は伸びてた? ロッサマーレに」

「う、ううん。……カーニャは、交易船の荷積み人夫をソニア商会で一括管理することにしたよね?」

「うん、そうだけど……」


他家の商会が持つ帆船も就航し、力自慢の人夫たちがたくさん移住してきた。

各家バラバラに雇うのは効率が悪いし、なかには気性の荒い人もいる。

なにより治安が心配だった。

そこで老漁師の息子オットーを副支配人に抜擢して、人夫たちを取りまとめてもらったのだ。


「さすがカーニャとリアの選んだ副支配人。あの漁師の息子は優秀だよ? ……あれがヴィンケンブルクやゾンダーガウ公爵が送り込む、間諜の侵入を防ぐことになっている」

「そ、そうだったのね……」

「……僕のこと、キライになった?」


怜悧な表情のビットは、瞳にだけ子犬のように怯えた色を浮かべた。


「……え?」

「……ん?」

「……いまの話で、どうしてわたしがビットをキライになるの?」

「えっと……、僕がカーニャの領地でコソコソ探ってたから? ……あと、僕が純粋な気持ちでカーニャに会いに来てなかったから?」

「ああ~」

「ああ~、って……」


いつも軽薄なビットがたまに見せる、凛々しい表情を〈男の子の表情〉だとすると、

いまの怜悧なビットは、お仕事モードの〈男の表情〉だ。


――ビットの〈本業〉って、皇太子だったのね……。


と、いまさらながらの事実に、おもわずクスッと笑ってから、ビットを見詰めた。


「わたし、ビットに買ってもらう交易品の、原価を話したことないわよ?」

「そりゃそうだよ。商いをやるのに、原価なんていちばんの秘密だ……」

「わたしのことキライになった?」


わたしが悪戯っぽく笑うと、ビットはキョトンとした顔をした。

そしてすぐに、わたしが言わんとすることに気が付いた。


「……カ、カーニャ~~~~~ァ!」

「ふふっ。お互い真面目にお仕事やってただけでしょ? それでキライになったりなんかしないわよ」

「……うん、ありがとう」

「それにビットは、シエナロッソの商会からロッサマーレに交易船を来させてない。あくまでも、こちらからの船を受け入れてくれてるだけ」

「……うん」

「ラヴェンナーノ帝国からフェルスタイン王国への内政干渉と受け止められかねないことを、慎重に避けてくれてる。わたしの立場を守るためにね」

「うん……」

「だから、ロッサマーレに来るときも自分の船じゃなくて、わたしのカーニャ号に便乗して来てくれる」

「……分かってくれてたんだ」

「ビットに悪意や野心があるなら、ソニア商会に〈指導〉や〈協力〉を名目にして副支配人を送り込もうとしただろうし、それこそロッサマーレに軍船を送り込むこともできた。……でも、ビットはそれをしなかった」


ビットはいつもの表情に、凛々しい顔と怜悧な顔を混ぜ合わせたような、複雑な表情で、泣きそうに眉を垂らしてわたしを見つめた。

わたしは大きくうなずき、ビットに微笑んでみせる。


「わたし総督になるわ。国を売ろうとしてるゾンダーガウ公爵は許せない。それは、わたしとお母様のミカン畑を枯らそうとしてるのと同じだわ」

「うん、そうだね」

「そして、ラヴェンナーノ帝国と正式な国交をひらく」

「カーニャ……」

「誰にも文句を言わせず、正々堂々とビットに会えるようにするわ」

「……そ、それは」

「なに?」

「……僕へのプロポーズだよね?」

「…………ちがうわね」


   Ψ


わたしが総督の地位を目指す――、

という話を、わたしひとりが考え付いたというのは、すこし無理がある。

お父様に説明するにあたって、ビットからの助言があったことを抜きに語るのは難しい。

だけど、話が軍事権にまで及べば、ビットに面識のないお父様は、さすがにラヴェンナーノ帝国からの内政干渉を警戒されるだろう。

助言のなかに、なにか罠が仕込まれているんじゃないかと……。

ビットの懸念もそこにあった。


「リア……。やっぱり、お父様に説明するのは、世襲総督権と引き換えにロッサマーレを王家に献上して、領有権問題を解決する――、ってところまでにしておきましょう」

「……よろしいのですか?」

「総督に就任できたら、総督軍の創設は自然な流れだし、そもそも総督に就任できないとなにも始まらないわけだしね」

「ですが、ゾンダーガウがヴィンケンブルクと組もうとしている話も伏せることになります……」

「う~ん。たぶん、どちらにしても証拠はつかませないと思うのよ。それにロッサマーレを守れば、必然的にゾンダーガウの陰謀は頓挫するわ」

「そうですわね……。分かりました。カロリーナ様のご判断に従います」


方針をリアと確認しあい、馬車に揺られたわたしたちが王都に入ったのは、目立たないように選んだ、深夜のことだった。

すぐにお父様とフィオナさんと話し合いの場を持ち、

わたしは密かに、王妃陛下から拝謁を賜ることになった――。
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