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20.不敵に微笑んでやった
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披露宴が始まるまで、しばらく時間があくので、眠気覚ましに王宮裏手の庭園を散歩する。
歴代の王妃陛下が代々受け継ぎ、丹精込めて造り上げてこられた庭園。
秋の訪れを感じさせる紅葉した葉が、陽光を反射して宝石のように輝いている。
すばらしい空間で自由に鑑賞することができるのに、あまり人が立ち寄ることがない。
王宮のなかでは貴重な、ひとりになれるスポットとして、わたしはよく利用させてもらっている。
それでも、ぽかぽかと温かい日差しに、
ふぁ~、
と、おもわず欠伸したとき、
「……カロリーナ」
わたしを呼ぶ、とがった声がした。
口をおさえ、あわててふり向くと、そこに立っていたのはゾンダーガウ公爵令嬢セリーナ。
いや、今日ばかりは新婦セリーナと呼ぶべきか。
純白のウェディングドレスから、濃紺のイブニングドレスに着替えて、プルプルと肩を震わせている。
濃紺といっても、かなり黒に近い。
結婚披露宴で新婦が着るような色ではないし、イブニングドレスも高位貴族の新婦としては奇妙な装いだ。
険しい表情でわたしをにらみ、ウェーブのかかった淡い金髪を揺らしていた。
「あら、セリーナ様。学園卒業以来ね。今日は、ご結婚おめでとう」
とでも、言うしかない。
お辞儀をするテイで、視線をそらす。
そもそも、セリーナから呼び捨てにされる覚えはない。
ただ、セリーナの様子は尋常とは思えない。無礼に対する怒りより、心配の方がまさる。
「……カロリーナ」
「はい、なんでしょう? セリーナ様」
「エリック殿下との結婚なんて、貴女がするべきでしょう!?」
「あら……? どうしてでしょう?」
「貴女はシュタール公爵家の継承権を持ってる。部屋住み王子を引き取って、箔をつけたらいいじゃない!? ……なんで、わたしなのよ」
まだ短い生涯だけど、これほどまでに〈かける言葉〉が見当たらなかったことはない。
部屋住み――。
家督を継げない貴族の次男や三男を、揶揄する言葉だ。
いま結婚式を挙げたばかりで、高位貴族への披露宴が終われば正式に夫婦と承認される相手、それも王子に対して使う言葉には相応しくない。
わたしの中の、どの引き出しをあけても、セリーナに返す言葉が見つからない。
けれども、セリーナはわたしのターンだという風情を出してくる。
な、なんとか、言葉をひねりだすしかない……。
「……とてもお似合いでしたわよ」
当然、セリーナはキッと、わたしをにらむ。
――いや~、ほんとうに人が通りかからないな~。いい庭園なのにな~。
と思いながら、学園で身に着けた微笑を絶やさない。
「……貴女のせいよ」
「はい?」
いや、浅薄王子を引き取るのなんて御免こうむるが?
「……貴女が、海上交易なんて始めて、わたしの人生はメチャクチャ」
「……」
結局、そういう話か……。
「貴女が、あんな非常識なことしなければ、今頃わたしはヴィンケンブルク王国の王太子妃になる話が進んでたのに……」
は?
「ゾンダーガウ公爵家とヴィンケンブルク王国の交易は、なくなったも同然の惨状。……貴女のせいで、なにもかもご破算。わたしの未来も、ゾンダーガウ公爵家の将来も」
セリーナが知っているかどうか、分からないけど、
実はゾンダーガウ商会にも、海上交易への参画を勧めている。
独占していたヴィンケンブルク王国との交易ほどではなくとも、充分に家門を維持できるだけの利益をあげられるはずだ。
もともと〈ふとい家〉なのだから、投資できる金額も大きいはず。
帆船の4隻や5隻、即金ですぐに購入しても、家門が傾くようなことがあるはずがない……。
だけど、返答自体が返ってこない。
プライドが邪魔しているんだろうなぁ、とは察している。なので、それ以上にこちらから声をかけることは控えた。
しかし、他国の王太子に輿入れする話を、秘かに進めるようなことがあるだろうか?
たとえ内密に進める段階があったとしても、王国の中枢、つまり三大公爵家のひとつである我がシュタール公爵家にまで伏せるとなると……、
それはそれで、尋常ならざるものを感じてしまう。
「……でも、見てらっしゃい。ゾンダーガウは知ってるんだから」
「なにをでしょうか?」
「貴女がラヴェンナーノ帝国と裏で手を結んで謀叛を企んでるとか……」
「……まあ」
「ほんとは、あんな辺境の領地、貴女に領有権がないだとか、全部、知ってるんだから!!」
「それは驚きましたわね」
「せいぜい、しらばっくれてらっしゃい。貴女の嘘を全部あばくためだけに、あんな部屋住み王子と、わたし結婚するハメになったんだから!!」
「……セリーナ様、どうぞお幸せに」
「貴女に幸せなんか祈られたくないわよ!」
「それでは、わたしはお邪魔のようですので、ここで退出させていただきますわ」
「なに勝手なこと言ってるのよ!? 三大公爵家の令嬢が途中退出したなんてことになったら、わたしの人生、ますますメチャクチャになるじゃない!? どこまで私に非道いことをすれば気が済むの!?」
「それでは、第2王子エリック殿下と、ゾンダーガウ公爵令嬢セリーナ様のご成婚を、心からお祝いするため、披露宴に列席させていただきますわ」
「ふん……、嫌味な女。なにその瑪瑙だなんて安い石のイヤリング。それも私への嫌味のつもり!?」
「……このイヤリングは、幸せな結婚をした、わたしの大切なお友だちからいただいたものですの。セリーナ様の結婚生活にも幸多かれと祈って、つけさせていただきましたのよ?」
「ふんっ! ……絶対絶対、ぜーったい、お父様に仕返ししてもらうんだから!!」
ぷいっと立ち去っていくセリーナの背中に、恭しくあたまを下げた。
そして、目のまえにそびえる王宮を見あげて、
――たぶん、聞いてた人いないわよね?
と、様子をうかがった。
しかし、心の底から驚いた。
よく顔に出さずに、微笑みを絶やさずいられたものだと、自分で自分を褒めたい。
だって……、
これからわたしに仕掛けてくるゾンダーガウ公爵家の陰謀を、
全部、教えてくれるんだもの。
「……いい人?」
と、つぶやいてから、
苦笑いして首をひねった。
そんなこた、ないな。
だけど、領有権?
ロッサマーレは、たしかにわたしがお母様から受け継いだのだけど……、
なにを仕掛けてくるつもりなのか――?
Ψ
ほぼ喪服のドレスを着た新婦が、高砂席で仏頂面という二度と巡りあうことがないであろう結婚披露宴を経験し、
二度と抱くことがないであろう自分の感情をもてあましながら、
シュタール公爵家の本邸にもどった。
――あのポジティブモンスターも列席できてたら、ぜひ感想を聞かせてもらいたかったところね……。
などと考えつつ、
これまで見たこともなければ、ふたたび出会うこともないであろう表情をしたお父様とお継母様を呼び止め、
盗み聞きの恐れがない一室へとお誘いした。
セリーナが、王宮裏手の庭園でわたしに投げ付けた言葉と悪意から、
――これは、さすがに家と家の喧嘩になっちゃうよね~。
と思っていたわたしは、包み隠さず起きた出来事のすべてを、おふたりに伝えた。
わたしが話しはじめた最初こそ、戸惑いの表情を浮かべられ、苦笑いさえされていたお父様だけど、
できるだけ抑揚をおさえて伝えるわたしの話が進むにつれ、目を閉じられ、感情をうかがわせない表情になられた。
そして、わたしがすべてを語り終えると、
「よく分かった。……打ち明けてくれてありがとう、カロリーナ」
「いいえ……」
「当人同士の自由恋愛ならともかく、公爵家として正式に他国の王太子との縁組を、王家にも隠ぺいして進めていたとは度し難い……」
――自由恋愛……、なら問題ないってことよね?
そういえば、わたしもビットとの関係を〈誤解〉されてしまっては、
ゾンダーガウ公爵家に隙をつくることになるんじゃないかと、すこし懸念していた。
万が一、変に〈誤解〉されることがあっても、自由恋愛ってことで押し通そう。
いや……、恋愛って……いうか……。
などと、のん気な思考に偏りはじめていたわたしを、お父様の厳しい声が引き戻してくださった。
「その上に、わが愛娘カロリーナを標的にしてくるとは、断じて許さん」
「……恐れ入ります」
「すべてはシュタール公爵家……、つまり私が対処する。カロリーナは安心して暮らしていればいい」
「ありがとうございます、お父様」
「ただ、もしもカロリーナの周辺で〈なにか〉が起きれば、ちいさなことでも杞憂であっても良い、すぐに私に知らせてほしい」
「かしこまりました」
「……愛しいわが娘との大切な時間だが、カロリーナはすぐにでもロッサマーレに発ちなさい」
「えっ……?」
「このシュタール公爵家本邸にいる限り、たとえ王家であっても手出しはさせぬ」
「お父様……」
「だが、王都には有象無象がひしめいている。……万が一ということもある。護衛には公爵家の騎士もつけるから、すぐに出発しなさい」
「……承知いたしました。お父様のふかいご配慮に感謝いたします」
「うん……。また、ゆっくりな」
「はい! ぜひ。楽しみにしておりますわ」
そして、頭を下げたわたしの肩を、継母フィオナさんが優しく抱いてくれた。
「こんなに、いい娘なのに……。ひどい貴族がいたもんだね。三大公爵家の風上にも置けないよ」
「……ありがとう、お継母様」
「ああ……、母親の真似事もさせておくれよ」
「嬉しいですわ」
「そうかい、そうかい……って、私、平民の言葉遣いにもどってるね……、ますわね?」
「いいんです。……お継母様の優しいお心に、直に触れさせていただいたようで、とても温かい気持ちにさせていただきましたわ」
「うん……。気を付けて帰るんだよ? ……カロリーナ」
「はい! お継母様もどうか、お健やかにお過ごしくださいませ」
深々とあたまを下げたわたしは、お父様の言葉にあまえて、そのまま馬車に飛び乗った。
両親とはありがたいものだ。
行きとおなじか、それ以上のスピードを出して進む馬車のなかで、
しっかりと扉につかまって、お父様とお継母様への感謝の気持ちでいっぱいになる。
――絶対絶対ぜーったい、お父様に仕返ししてもらうんだから!!
と、セリーナが最後に投げ付けてきた捨て台詞。
父親が三大公爵家の当主同士で互角なら、娘同士の力比べになるんだぞ?
見てろよ?
とガタガタ揺れる馬車のなか、舌を噛まないように気を付けながら、
不敵に微笑んでやった。
と、ところで……、
……ど、どこか途中で、生姜は手に入るかしら?
船酔いに効くなら、馬車酔いにも効くわよね?
歴代の王妃陛下が代々受け継ぎ、丹精込めて造り上げてこられた庭園。
秋の訪れを感じさせる紅葉した葉が、陽光を反射して宝石のように輝いている。
すばらしい空間で自由に鑑賞することができるのに、あまり人が立ち寄ることがない。
王宮のなかでは貴重な、ひとりになれるスポットとして、わたしはよく利用させてもらっている。
それでも、ぽかぽかと温かい日差しに、
ふぁ~、
と、おもわず欠伸したとき、
「……カロリーナ」
わたしを呼ぶ、とがった声がした。
口をおさえ、あわててふり向くと、そこに立っていたのはゾンダーガウ公爵令嬢セリーナ。
いや、今日ばかりは新婦セリーナと呼ぶべきか。
純白のウェディングドレスから、濃紺のイブニングドレスに着替えて、プルプルと肩を震わせている。
濃紺といっても、かなり黒に近い。
結婚披露宴で新婦が着るような色ではないし、イブニングドレスも高位貴族の新婦としては奇妙な装いだ。
険しい表情でわたしをにらみ、ウェーブのかかった淡い金髪を揺らしていた。
「あら、セリーナ様。学園卒業以来ね。今日は、ご結婚おめでとう」
とでも、言うしかない。
お辞儀をするテイで、視線をそらす。
そもそも、セリーナから呼び捨てにされる覚えはない。
ただ、セリーナの様子は尋常とは思えない。無礼に対する怒りより、心配の方がまさる。
「……カロリーナ」
「はい、なんでしょう? セリーナ様」
「エリック殿下との結婚なんて、貴女がするべきでしょう!?」
「あら……? どうしてでしょう?」
「貴女はシュタール公爵家の継承権を持ってる。部屋住み王子を引き取って、箔をつけたらいいじゃない!? ……なんで、わたしなのよ」
まだ短い生涯だけど、これほどまでに〈かける言葉〉が見当たらなかったことはない。
部屋住み――。
家督を継げない貴族の次男や三男を、揶揄する言葉だ。
いま結婚式を挙げたばかりで、高位貴族への披露宴が終われば正式に夫婦と承認される相手、それも王子に対して使う言葉には相応しくない。
わたしの中の、どの引き出しをあけても、セリーナに返す言葉が見つからない。
けれども、セリーナはわたしのターンだという風情を出してくる。
な、なんとか、言葉をひねりだすしかない……。
「……とてもお似合いでしたわよ」
当然、セリーナはキッと、わたしをにらむ。
――いや~、ほんとうに人が通りかからないな~。いい庭園なのにな~。
と思いながら、学園で身に着けた微笑を絶やさない。
「……貴女のせいよ」
「はい?」
いや、浅薄王子を引き取るのなんて御免こうむるが?
「……貴女が、海上交易なんて始めて、わたしの人生はメチャクチャ」
「……」
結局、そういう話か……。
「貴女が、あんな非常識なことしなければ、今頃わたしはヴィンケンブルク王国の王太子妃になる話が進んでたのに……」
は?
「ゾンダーガウ公爵家とヴィンケンブルク王国の交易は、なくなったも同然の惨状。……貴女のせいで、なにもかもご破算。わたしの未来も、ゾンダーガウ公爵家の将来も」
セリーナが知っているかどうか、分からないけど、
実はゾンダーガウ商会にも、海上交易への参画を勧めている。
独占していたヴィンケンブルク王国との交易ほどではなくとも、充分に家門を維持できるだけの利益をあげられるはずだ。
もともと〈ふとい家〉なのだから、投資できる金額も大きいはず。
帆船の4隻や5隻、即金ですぐに購入しても、家門が傾くようなことがあるはずがない……。
だけど、返答自体が返ってこない。
プライドが邪魔しているんだろうなぁ、とは察している。なので、それ以上にこちらから声をかけることは控えた。
しかし、他国の王太子に輿入れする話を、秘かに進めるようなことがあるだろうか?
たとえ内密に進める段階があったとしても、王国の中枢、つまり三大公爵家のひとつである我がシュタール公爵家にまで伏せるとなると……、
それはそれで、尋常ならざるものを感じてしまう。
「……でも、見てらっしゃい。ゾンダーガウは知ってるんだから」
「なにをでしょうか?」
「貴女がラヴェンナーノ帝国と裏で手を結んで謀叛を企んでるとか……」
「……まあ」
「ほんとは、あんな辺境の領地、貴女に領有権がないだとか、全部、知ってるんだから!!」
「それは驚きましたわね」
「せいぜい、しらばっくれてらっしゃい。貴女の嘘を全部あばくためだけに、あんな部屋住み王子と、わたし結婚するハメになったんだから!!」
「……セリーナ様、どうぞお幸せに」
「貴女に幸せなんか祈られたくないわよ!」
「それでは、わたしはお邪魔のようですので、ここで退出させていただきますわ」
「なに勝手なこと言ってるのよ!? 三大公爵家の令嬢が途中退出したなんてことになったら、わたしの人生、ますますメチャクチャになるじゃない!? どこまで私に非道いことをすれば気が済むの!?」
「それでは、第2王子エリック殿下と、ゾンダーガウ公爵令嬢セリーナ様のご成婚を、心からお祝いするため、披露宴に列席させていただきますわ」
「ふん……、嫌味な女。なにその瑪瑙だなんて安い石のイヤリング。それも私への嫌味のつもり!?」
「……このイヤリングは、幸せな結婚をした、わたしの大切なお友だちからいただいたものですの。セリーナ様の結婚生活にも幸多かれと祈って、つけさせていただきましたのよ?」
「ふんっ! ……絶対絶対、ぜーったい、お父様に仕返ししてもらうんだから!!」
ぷいっと立ち去っていくセリーナの背中に、恭しくあたまを下げた。
そして、目のまえにそびえる王宮を見あげて、
――たぶん、聞いてた人いないわよね?
と、様子をうかがった。
しかし、心の底から驚いた。
よく顔に出さずに、微笑みを絶やさずいられたものだと、自分で自分を褒めたい。
だって……、
これからわたしに仕掛けてくるゾンダーガウ公爵家の陰謀を、
全部、教えてくれるんだもの。
「……いい人?」
と、つぶやいてから、
苦笑いして首をひねった。
そんなこた、ないな。
だけど、領有権?
ロッサマーレは、たしかにわたしがお母様から受け継いだのだけど……、
なにを仕掛けてくるつもりなのか――?
Ψ
ほぼ喪服のドレスを着た新婦が、高砂席で仏頂面という二度と巡りあうことがないであろう結婚披露宴を経験し、
二度と抱くことがないであろう自分の感情をもてあましながら、
シュタール公爵家の本邸にもどった。
――あのポジティブモンスターも列席できてたら、ぜひ感想を聞かせてもらいたかったところね……。
などと考えつつ、
これまで見たこともなければ、ふたたび出会うこともないであろう表情をしたお父様とお継母様を呼び止め、
盗み聞きの恐れがない一室へとお誘いした。
セリーナが、王宮裏手の庭園でわたしに投げ付けた言葉と悪意から、
――これは、さすがに家と家の喧嘩になっちゃうよね~。
と思っていたわたしは、包み隠さず起きた出来事のすべてを、おふたりに伝えた。
わたしが話しはじめた最初こそ、戸惑いの表情を浮かべられ、苦笑いさえされていたお父様だけど、
できるだけ抑揚をおさえて伝えるわたしの話が進むにつれ、目を閉じられ、感情をうかがわせない表情になられた。
そして、わたしがすべてを語り終えると、
「よく分かった。……打ち明けてくれてありがとう、カロリーナ」
「いいえ……」
「当人同士の自由恋愛ならともかく、公爵家として正式に他国の王太子との縁組を、王家にも隠ぺいして進めていたとは度し難い……」
――自由恋愛……、なら問題ないってことよね?
そういえば、わたしもビットとの関係を〈誤解〉されてしまっては、
ゾンダーガウ公爵家に隙をつくることになるんじゃないかと、すこし懸念していた。
万が一、変に〈誤解〉されることがあっても、自由恋愛ってことで押し通そう。
いや……、恋愛って……いうか……。
などと、のん気な思考に偏りはじめていたわたしを、お父様の厳しい声が引き戻してくださった。
「その上に、わが愛娘カロリーナを標的にしてくるとは、断じて許さん」
「……恐れ入ります」
「すべてはシュタール公爵家……、つまり私が対処する。カロリーナは安心して暮らしていればいい」
「ありがとうございます、お父様」
「ただ、もしもカロリーナの周辺で〈なにか〉が起きれば、ちいさなことでも杞憂であっても良い、すぐに私に知らせてほしい」
「かしこまりました」
「……愛しいわが娘との大切な時間だが、カロリーナはすぐにでもロッサマーレに発ちなさい」
「えっ……?」
「このシュタール公爵家本邸にいる限り、たとえ王家であっても手出しはさせぬ」
「お父様……」
「だが、王都には有象無象がひしめいている。……万が一ということもある。護衛には公爵家の騎士もつけるから、すぐに出発しなさい」
「……承知いたしました。お父様のふかいご配慮に感謝いたします」
「うん……。また、ゆっくりな」
「はい! ぜひ。楽しみにしておりますわ」
そして、頭を下げたわたしの肩を、継母フィオナさんが優しく抱いてくれた。
「こんなに、いい娘なのに……。ひどい貴族がいたもんだね。三大公爵家の風上にも置けないよ」
「……ありがとう、お継母様」
「ああ……、母親の真似事もさせておくれよ」
「嬉しいですわ」
「そうかい、そうかい……って、私、平民の言葉遣いにもどってるね……、ますわね?」
「いいんです。……お継母様の優しいお心に、直に触れさせていただいたようで、とても温かい気持ちにさせていただきましたわ」
「うん……。気を付けて帰るんだよ? ……カロリーナ」
「はい! お継母様もどうか、お健やかにお過ごしくださいませ」
深々とあたまを下げたわたしは、お父様の言葉にあまえて、そのまま馬車に飛び乗った。
両親とはありがたいものだ。
行きとおなじか、それ以上のスピードを出して進む馬車のなかで、
しっかりと扉につかまって、お父様とお継母様への感謝の気持ちでいっぱいになる。
――絶対絶対ぜーったい、お父様に仕返ししてもらうんだから!!
と、セリーナが最後に投げ付けてきた捨て台詞。
父親が三大公爵家の当主同士で互角なら、娘同士の力比べになるんだぞ?
見てろよ?
とガタガタ揺れる馬車のなか、舌を噛まないように気を付けながら、
不敵に微笑んでやった。
と、ところで……、
……ど、どこか途中で、生姜は手に入るかしら?
船酔いに効くなら、馬車酔いにも効くわよね?
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