【完結】悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。

三矢さくら

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13.気付かないはずがない

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辺境ロッサマーレに押し寄せた、商会の支配人たち。

ひとりずつと商談をかさね、すべてを終わらせるのに1週間かかった。

支配人たちの話を総合すると……、

継母フィオナさんが王妃陛下に献上した絵画が貴族の間で話題になって、

ジワリと噂がひろがり、どうもロッサマーレに港が出来たらしいということで、

自慢の商品を荷馬車に積んで、一斉に押し寄せた――。

という経緯らしい。

リアとふたり、ずっと『おっさん』の相手をして、すこしばかり疲れてしまった。

リアの淹れてくれたお茶の香りに癒されつつ、窓から実り豊かなミカン畑を見上げた。


「……たくさん断って、せっかくこんな辺境まで足を運んでもらったのに、すこし悪かったわね」

「カーニャ号に積める荷物の量にも限りがありますから、仕方ありませんわ」


向かい合って一緒にお茶してくれるリアは淡々と話す。


「冬には新しい船が竣工するんだけどねぇ……」

「噂がひろまるのが、すこし早かったですわね」

「でも、……もったいないわね」

「ええ……。どれも決して悪い商品という訳ではないのに、断らざるを得ないこの悔しさときたら……。くぅ……」


かたく目と口を閉じ、拳を握りしめて天を仰ぐリア。

……貴女のクールはどこに行ったんだ?

クスッとわたしが笑っているのにも気づかず、悔しがっている。

でも実際、いまのところは運ぶだけで莫大な利益を手にできる。

ヴィンケンブルク王国が、どれだけ高い関税をかけているかという話だ。

それが丸々、わたしたちソニア商会の懐に収まるのも同然なのだから、笑いがとまらないといえばその通りだ。

なにもかもが、順風満帆――。

だけど、すこし悲しい出来事もたて続けに起きた。


最初はソニア商会の支配人ジョナスが、ゾンダーガウ商会からリベートを受け取っていたことを、

リアが暴いたことから始まった。


「横領――、とまでは言い切れませんね……」

「う~ん……」


王都の本館に乗り込み、帳簿と伝票を照らし合わせ、逐一チェックしてくれたリアの出した結論だ。

リアに証拠を突き付けられ、ジョナス本人も認めている。

ただ、その受け取ったリベートを老農夫ヤンに回していれば、苦しいながらもほそぼそとミカン畑は存続し、

ことは明らかにならなかったかもしれない。


「まあ……、お母様の頃からソニア商会を切り盛りしてくれてた訳だし……」

「ええ……」

「解雇だけにとどめて、それ以上の罰は要らないんじゃないかな?」

「そうですね。割り切れないものは残りますが、それ以上を求めるとなるとゾンダーガウ公爵家との関係にも影響が……」

「そうよねぇ。……解雇されても、ジョナスは生活に困らないくらいは貯えがあるんでしょ?」

「はい。財産も調査しており、贅沢をしなければ死ぬまで遊んで暮らせるほどには」

「じゃあ、そういうことにしましょうか……」


わたしも学園生活中は商会のことを任せきりにして、かつ公爵令嬢としての経費で苦労させられたこともない。

そのシワ寄せが、ヤンたちに行っていたと言えなくもないけど、

わたしの実感としては功績の方が大きい。

のこりの人生でも惨めな思いをすることがないのなら、そっと解雇してあげるのが一番だろうと判断した。

ソニア商会の本館はロッサマーレに移すことにし、

あたらしくリアに支配人をお願いした。

王都に窓口がないのも不便なので、支店を設けリアの管轄下に置いた。

本館の移転と一緒にジョナスの姿が王都から消えるのだから、それほど不自然には見えないはずだ。

ただ、ジョナスのことは信頼していただけに、気分は少なからず落ち込んだ。


次の出来事は、商会の本館移転の手続きをしに王宮に訪れたときに起きた。

政庁の係官は、


「……舟? ふん」


と、鼻で笑いながら、用紙をさし出してきた。

そりゃそうだ。

係官にしてみれば〈ふね〉と言えば、漁師が使う小舟くらいしか知らないのだ。

砂浜から手で押して海に乗り出していくヤツだ。

まさか葡萄酒を5,000本載せてもまだ船倉に余裕がある、大型帆船だとは夢にも思わないだろう。

公爵令嬢たるわたしに対して、小役人がとる振る舞いではなかったけど、

ことさら大ごとにするほどでもない。

原作カロリーナだったら大騒ぎになっていたかもしれないけど……。

などと含み笑いをしてしまいながら、届け出を済ませて帰ろうとしたときだ。


「カロリーナ嬢じゃないか」


と、わたしを呼び止めてきたのは第2王子のエリック殿下。

原作カロリーナが強引に婚約者にして執着し、結局はヒロインに攻略されて婚約破棄を突きつける優男。

さらさらの金髪に、うつくしい顔立ち。

学園生活で一度はわたしも惹かれて、3度デートしてしまったんだけど――、


「ちっとも舞踏会や夜会に顔を出さないじゃないか? どうしてたの?」

「……母の遺領に移住いたしまして」

「そうだったのか、もったいないな。シュタール公爵は了承してるの?」

「ええ……。父も賛成してくれております……」

「ふ~ん。公爵家はあの成り上がりの継母に渡してしまうの?」

「……母とも仲良くさせていただいております」


とまあ、久しぶりに交わす会話に、


――すっげ~~、嫌。なにこいつ。


と、げんなりした。

王族らしい礼儀から外れている訳ではないし、外見は優美な王子様だ。

だけど、この1年でわたしにも人を見る目が備わったのか、わたしじゃなくて、爵位と財産しか見ていないのが丸分かりだ。

ふるまいは軽薄で礼儀もへったくれもないビットの方が、よっぽど人間的に出来ている。

原作カロリーナは、この浅薄王子のどこに執着する要素を見出したのか……。

兄である王太子殿下が即位されたら、名目ばかりの〈大公〉になって、自分の才覚だけで生きていく必要がある身の上だ。

きっと、カロリーナが継ぐ公爵家の地位と財産だけを狙っていたのに違いないのに。

しかも、いまわたしの目のまえでペラペラと表面的な話ばかりする第2王子は、

自分の浅ましい本音を隠しながら、なんとかわたしを振り向かせようとしている。

最低限の社交辞令を交わし、足早に王宮をあとにした。

なんだか、とてもイヤなものを見てしまった気分だった。

馬車で控えてくれていたリアが、


「……どうされました? そんなに険しいお顔をされて。まさか、本館の移転に物言いが……?」


と心配してくれるほど、わたしはひどい顔をして歩いてきたらしい。


「ううん。移転の手続きは問題なく終わったわ」

「それは良かったです……、けど」

「……久しぶりの王宮で、すこし緊張しちゃったかな?」


と、無理矢理、笑顔をつくって馬車に乗り込んだ。


最後の出来事は、継母フィオナさんとの会食中に起きた。

義理の母娘である以上に、交易のパートナーになったフィオナさん。

一度ゆっくり食事でもという話になって、王都のレストランにお呼ばれした。


「ソニア商会のことは、私も気にかけておりましたのよ?」

「わたしも学園に在学中は、支配人に任せてほったらかしでしたから。お継母さまにも心配をおかけいたしました」


お互い微笑みが絶えない、なごやかな会食。

交易に関してはフィオナさんに教えられることも多い。

特に、ラヴェンナーノ帝国から美術品の輸入に踏み切ったのは、フィオナさんからの助言が大きい。


「すべて私が買い取ってもいいので、ぜひ美術品を商品として取り扱ってくださいませ」


とまで言うフィオナさんに後押しされ、ビットに相談して絵画や彫刻などの美術品を取り扱うようになった。

王妃陛下の貴賓室に飾られた絵画が話題になっていたこともあり、輸入すれば輸入するだけ飛ぶように売れた。

もちろん、ふたりでボロ儲けだ。

そして食事を終え、最後にお茶を楽しんでいるときのことだった。


「ふふっ。でも、ロッサマーレのミカン畑を見事に再生されるとは、恐れ入りました」

「いえいえ。たまたま、よいご縁がつづいただけのことですわ」

「もし、カロリーナ様が在学中に、あのミカン畑のことを私に相談されていましたら、きっと廃棄することを勧めていましたわ」


――こ、これか~~~っ!!!!


と、ようやく原作カロリーナがフィオナさんと激しく対立した原因を見つけた。

わたしなんかより、よほどしっかりしていた原作カロリーナ。

学園在学中からソニア商会の運営に乗り出していたのだろう。

そして、お母様のミカン畑を守りたかった。

それを廃棄しろと言われ、

プライドが高く、折れることを知らない原作カロリーナは、一度はお父様の後妻として認めたフィオナさんを追い出しにかかったに違いない。

しかも、きっとその理由をフィオナさんに説明することもなかった。

だから、フィオナさんも息子を立てて前言を翻し、自衛のために公爵家の継承権を主張するしかなかった。

事態がエスカレートしていくにつれ、

原作カロリーナは公爵家の継承を確実にするため強引に婚約者にした、あの浅薄な第2王子に執着していった……。

あの気高く賢い原作カロリーナが、第2王子の浅薄さに気が付いていなかったはずがない。

それでも、どうしても手放すわけにはいかなかった。

わたしがプレイした乙女ゲームに描かれていた訳ではないので、推測でしかないけど、

もとをたどれば、原作カロリーナがほんとうに執着していたのは、お母様の遺したミカン畑だった――。

それも、王都から離れられない原作カロリーナは、

咲き誇るミカンの花を目にすることなく断罪イベントを迎え、流刑となったのだ。


誇り高く、高慢で横暴な原作カロリーナ。


だけど、その向こう側には亡くしたお母様への深い愛情があったのだとすると……。


ふと、涙をこぼしてしまった。


どれだけミカンの花を見たかったことだろう。

彼女なりにただ必死にミカン畑を守ろうとして、悲惨な破滅エンドを迎えた。


わたしの涙で、目のまえのフィオナさんを慌てさせてしまい、わたしも慌てて涙を拭く。


「お継母様と、こうして仲良くさせていただいていることに、つい胸がいっぱいになってしまって……」


と、笑って誤魔化したけど、もし在学中に対峙することになっていたら、

この〈ほんものの悪女〉に、わたしでは太刀打ちできなかっただろう。

情がない女性という訳ではない。

だけど商いに関してはどこまでも冷徹。邪魔となれば息子でさえ平然と排斥する。


――わたしの頼もしい味方に、いつまでも味方でいてほしい。


好感を抱く相手なだけに、そう願わずにはいられなかった。


   Ψ


王都で色々ありすぎて、大海原を航海するのは最高の気分転換になった。

水平線のほかに、なにも見えない海を眺めていたら頭をからっぽに出来る。


――やっぱり〈都会〉は合わないわね。


と、自分を冷やかして笑うほどには、気分を上向けることもできた。

船員のガテン系お姉様たちとキャイキャイ騒ぐのも楽しい。


そして――、


2度目の収穫を迎えたミカン畑と一緒に、大量の商談が舞い込んだのだ。

とりあえずミカンで満載になった帆船カーニャ号で港町シエナロッソに向かう。


「おおーっ! 商談が多いのはいいことですねぇ」


と、船長のルチアさんは元気いっぱいに喜んでくれた。

その横には、おそろいの三角帽子をかぶって目をかがやかせる若い女性。

建造中の新船でも船長をつとめるルチアさんに代わって、カーニャ号の船長になるアウロラさんだ。

いまはルチアさんの側で船長修行中。

船主の景気が良いのは、彼女たちにとっては良い報せだろう。

だけど、その商談もほとんど断らざるを得ない状況は、せっかく上向いた気分を凹ませる。

ガッカリと肩を落として帰って行く、支配人たちの背中を見るのもつらかった。

どうにかしてあげたいのだけど……。

と、ビットに相談すると、


「う~ん。方法はふたつあるね」


と、引き締まった表情で応えてくれた。

……いや、ビットさん?

ふだんからそういう顔でいてはどうでしょうか――?


ちょっと、カッコイイですよ?
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