上 下
83 / 87
番外編

フリア・アロンソの青春日記④

しおりを挟む
「カルドーゾ公爵、マダレナ・オルキデア閣下が侍女、フリア・アロンソにございま――っす! 閣下ご所望の品を持ち、参上いたしました――――っ!!」


わたしを羽交い絞めにしようとする〈庭園の騎士〉様たちをくぐり抜け、マダレナ閣下のもとに走ります。

マダレナ閣下がお気に入りのコーラルピンクのドレスは、今晩の満月に映えてとてもお綺麗です。

片膝を突いて、あたまを下げます。


「お待たせいたしました!! マダレナ閣下!!」

「よくやってくれたわ、フリア」


マダレナ閣下の澄んだフォレストグリーンの瞳は、わたしへの感謝のお心であふれていました。


にへっ。


と、おもわず笑ってしまいます。

わたしはマダレナ閣下に託していただいた〈内密の任務〉をやり遂げることができたのです。

だけど、秘湯での作業を終えてすぐに駆け出したわたしの顔は、きっとススだらけです。

ずっと馬で駆けていたので、メイド服も土埃だらけ。

華やかな園遊会の場にはそぐわないので、退出しようとするとマダレナ閣下に呼び止めていただきました。


「フリア、いいのよ。ベアと白騎士ルシアさん――フリアのお友だちルウの間に立って、あなたも控えていて頂戴」

「け、けど……」

「いいの。それは、あなたの勲章。今日は最後まで一部始終を見ていてちょうだい。あなたには、その資格があるわ」

「あ、ありがたき幸せ――っ!!」


わたしは、初めてほんとうにマダレナ閣下から、一人前の侍女と認めていただいたような気がして、

飛び上がるようにして、ベアトリス様とルシアさんのところへと駆けます。


「お久しぶりです……」


と、紅蓮のような瞳で微笑みかけてくれるルシアさんは、ピンク色のドレスを着られていて、とってもお綺麗でした。


「……ルシアさん」

「ルウでいいですよ……?」

「……ルウ、あのね」


しばらくの間でしたけど、わたしの後輩だったルウ・カランコロン。

正体を内緒にされていたのはショックでしたけど、わたしの大切なお友だちです。


「……わたし。あのね、ルウ」

「はい」

「……くさくない?」


眉を寄せたルウが、鼻をクンクンしてくれます。

先輩のベアトリス様には、ちょっと聞きにくかったのでルウに嗅いでもらいました。


「いい匂いですよ?」

「……いい匂いはないんじゃない?」

「いえ、ほんとうに……」


そのあとすぐにルウは呼ばれて、マダレナ閣下といっしょに、わたしの運んだ小瓶の液体を飲みました。


――はうっ。……飲むのって、マダレナ閣下とルウだったんだ……。


わたしの浸かっていたお湯も、ちょっぴりだけ混じっています。

誰にも言えませんが、すこし恥ずかしかったです。

サビアに帰ったら、そっとバニェロに聞いてもらうことにします。

生まれたときから知ってるバニェロと、離れて暮らしてるのは、ほんのここ最近のことだけです。

わたしが4つのときにはもう、


「……フリア、カワイイから俺の嫁さんにしてやるよ」


って、言われてました。

いまでこそ〈超絶美少女〉なんて言ってもらえますけど、

8つになるくらいまでのわたしは、山から降りてきたばかりの、お猿さんみたいでした。

なのにバニェロが「カワイイ」って言ってくれたのは、

とっても嬉しかったし、いまもその気持ちは変わりません。

わたしのおうちはそんなに裕福ではなかったので、バニェロと結婚式を挙げるお金を貯めるために〈ひまわり城〉のメイドに雇ってもらいました。

まさか、マダレナ閣下に侍女に取り立てていただいて、帝都の、皇宮の〈陛下の庭園〉で、

マダレナ閣下が公爵に叙爵された園遊会に立ち会えるような立場になろうとは、


ぜんぶが夢みたいです。


液体を飲んだルウ――ルシアさんが苦しみはじめたときは、


――わたしが浸かってたせい!?


と、すこしドキドキしました。

ですが、ルシアさんの真っ白な髪に、さあっと色がもどり、鮮やかなコーラルピンクに染まったとき、

マダレナ閣下がわたしに託してくださった〈内密の任務〉の重さに、初めて気が付きました。


――それならそうと、先に言っておいてよぉ~~~!!


と、思わないでもないですが、これは〈内緒話〉というよりは〈機密〉です。

この頃には、うつらうつらと半分、夢の中にいるみたいだったのですけど、


「わたしたちふたり、いまだ若輩……」


と、マダレナ閣下の声が聞こえて、


――ああ、マダレナ閣下とアルフォンソ殿下の結婚は、皇帝陛下に認めていただいたのだなぁ……。


と、マダレナ閣下の夢が叶ったのだと分かりました。

太陽帝国の高貴なお方が、すべてそろわれている華やかな園遊会。

わたしは、ほんのすこしの期間だけでしたけど、


――マダレナ閣下の夢の中を、ご一緒させていただけたのだなぁ……、


と、胸が熱くなりました。

マダレナ閣下の夢の中は、それはそれは華やかで煌びやかで、キラキラしていました。

けれど、わたしの夢ではありません。

わたしの夢はずっと、バチェロのお嫁さんになることです。

そして、お風呂屋さんのおかみさんになって、バチェロとずっと一緒にいることです。

名残惜しいですけど、


――マダレナ閣下と、お別れのときが近付いてるんだなぁ……、


と、ベアトリス様の腕にしがみついて、わたしはまた眠りの中に落ちていきました。

立ったままだったのに、なんだかとても幸せな気分でスヤスヤと眠ってしまったのでした――。


   Ψ


マダレナ妃殿下の結婚式が終わり、ベアトリス様の結婚式までは侍女を続けさせてもらうことになりました。

ですが、


「ええ~っ!? じゃあ、私の結婚式のときは、ふつうにお客さんで来てくれますかぁ~!?」


と、ルシアさん……、いえ、ルシア公爵閣下から仰っていただいてしまい、


――いいよ。やり切ってから帰ってこい。


って、バニェロも手紙で言ってくれて、

結局、ルシア公爵閣下の結婚式が終わるまで、侍女でいさせてもらうことになりました。

ルシア公爵閣下の結婚式が終わると、

ちょうど、サビアのひまわり畑が満開になるころだったので、

マダレナ妃殿下も、ベアトリス伯爵夫人も、ルシア公爵閣下も、みなさんわたしと一緒にサビアに帰りました。


「……おう」


と、バニェロは相変わらずぶっきらぼうに、お風呂のお湯を沸かしていました。


「へへっ……」

「……なんだよ?」

「お嫁さんにしてくれるんでしょ?」

「……するよ」


わたしは、わたしの夢の中に帰ってきました。


マダレナ妃殿下の侍女として過ごした日々は、わたしの宝物です。

わたしの青春でした。

そして、よく考えたら、わたしにもたくさんの〈内緒話〉ができてしまいました。

一緒にススだらけになりながらお風呂を沸かして、すこしずつバニェロに聞かせてあげようと思います。

きっと、ぶっきらぼうに相鎚をうってくれると思います。


にへっ。












             おしまい










next > パトリシア秘録 ~リカルド・ネヴィスの懺悔 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...