上 下
76 / 85
番外編

ベアトリス・エスコバルの交遊録⑤

しおりを挟む
「ベアトリスには愛される資格があるわ」


と、パウラ様からいただいた書簡の書き出しだけで、

涙のこみ上げてきた、わたしです。

気品あるローズで香りづけされた書簡には、わたしの背中を押して下さる言葉がならんでいました。


――はじめての恋に戸惑うベアトリスったら可愛いのね? 私が恋人にしたいくらいよ?

――愛されることに慣れてない、私の可愛いベアトリス? いいこと? これが、恋なのよ?

――わたしなんか……、なんて言わないで。誰かが誰かを愛したらダメなんてことは絶対にないわ。まして愛されてるベアトリスは、愛していいの。

――ベアトリスも好きになったのね? 大丈夫、胸を張って受け入れてあげて。お相手もきっと喜んでくださるわよ? 私が保証してあげる。

――身分の差を、愛が超えなかったためしはないわ。マダレナに相談してみなさい。それでもダメなら、私がお父様に相談してあげる。

――ベアトリス。あなた美人なんだから、胸を張って生きなさいよ!


手紙を読んで号泣してしまったのは、これが初めてのことでした。

自分がひどい顔になっていることは分かっていたのですが、そのままフェデリコ様の部屋を訪れ、


「わだしも、フェデリコ様のことが好きです~~~」


と、泣きながらお返事してしまいました。

フェデリコ様は、それはそれはぎこちなく、わたしの頭をなでてくださり、わたしたちの交際がはじまりました。


   Ψ


マダレナには報告しましたけど、

とりあえず、内緒で交際をはじめることにしたわたしたち。

ですが、常軌を逸した〈うぶ〉でいらっしゃるフェデリコ様は、口付けはおろか、手をつなぐことさえしてくれません。

指先がチョンと触れたら、お顔を真っ赤にされるのです。

もともと気の強いわたしです。そんなフェデリコ様のことが可愛くて仕方ありません。

ただ、いっしょにチミチミお酒をいただくだけの日々でしたけど、

わたしはなんだか、とても満たされていたのです。


マダレナのお供で、ルシアさんと3人で秘湯に向かうことになったときには、


「……白騎士にも分け隔てなく接することが出来る、ベ、ベ、ベア……」 

「ええ~っ!? なんですかぁ!?」

「ベ、ベアトリス……」

「はい」

「……に、感服した」


わたしを呼び捨てにする特訓中でした。


「ふふふっ」

「……へ、変だっただろうか?」

「そこは、感服したではなくて、惚れ直したと言ってほしいところですわよ?」

「な、なんと……、そのような……」

「……違うのですか?」

「ち……」


たぶん、3分ほどの沈黙が流れました。

けれど、わたしは嫌ではありません。


「……違いません」

「嬉しいです」


鬼の騎士団長のこんな姿を、ほかの人には見せられません。

結婚式はおろか、ふたりで誰かに会うのでさえ、ずいぶん先のことになるだろうけど、わたしは幸せでした。


   Ψ


無事に交際を始められたことを、パウラ様にお手紙で報告させてもらい、

そのお返事の書簡を受け取ったのは、エンカンターダスの秘湯でのことでした。

マダレナはルシアさんのお身体の研究にハマっていて、わたし宛ての書簡が届いたことには気が付いていませんでした。


――おめでとう、ベアトリス。初恋を実らせたあなたが、うらやましいわ。


ルシアさんから盛大に「いいなぁ~」と言ってもらい、幸せを実感していたわたしですが、

わたしたちの〈カワイイ〉の師匠パウラ様から言っていただくと、また格別に嬉しさがこみ上げてきたものです。

そして、〈うぶな男性〉との交際がうまくいく秘訣を、実例をまじえていくつか書き送ってくださいました。


――デリケートな男性って可愛らしいわよね? でも、可愛がりすぎたらプライドを傷つけちゃうことがあるから気を付けてね。


わたしの交際がうまくいくようにと、心を砕いてくださっていることがとても嬉しく、やっぱりすこし涙をこぼしてしまいました。

姉イネスには疎まれて育ち、政略結婚の材料にもならないわたしは、母からも愛されていたとは言えません。

幼いころから学院時代まで、マダレナ以外の友だちが出来たこともありません。

パウラ様は帝国侯爵令嬢でいらっしゃいますし、こんなことを思うのは不遜なことであると考えながらも、


――素敵なお友だちが出来た。


と、胸がいっぱいになりました。

そのまま、パトリシアがネヴィス王国で軍事クーデターを勃こしたので、

フェデリコ様とふたりきりでゆっくり会えたのは、王都に入ってからのことです――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

侯爵様にお菓子目当ての求婚をされて困っています ~婚約破棄された元宮廷薬術師は、隣国でお菓子屋さんを営む~

瀬名 翠
ファンタジー
「ポーションが苦い」と苦情が殺到し、ドロテアが勤める宮廷薬術師団は解体された。無職になった彼女を待ち受けていたのは、浮気者の婚約者からの婚約破棄と、氷のように冷たい父からの勘当。 有無を言わさず馬車で運ばれたのは、隣国の王都。ひょんなことから”喫茶セピア”で働くことになった。ある日、薬術レベルが最高になって身についていた”薬術の天女”という特殊スキルが露呈する。そのスキルのおかげで、ドロテアが作ったものにはポーションと同じような効果がつくらしい。 身体つきの良い甘党イケメンに目をつけられ、あれよあれよと家に連れ去られる彼女は、混乱するままお菓子屋さんを営むことになった。  「お菓子につられて求婚するな!」なドロテアと、甘党騎士団長侯爵の、ほんのり甘いおはなし。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。 ◇この小説はNOVELDAYSにも掲載しています。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

大魔法使いは、人生をやり直す~婚約破棄されなかった未来は最悪だったので、今度は婚約破棄を受け入れて生きてみます~

キョウキョウ
恋愛
 歴史に名を残す偉業を数多く成し遂げた、大魔法使いのナディーン王妃。  彼女の活躍のおかげで、アレクグル王国は他国より抜きん出て発展することが出来たと言っても過言ではない。  そんなナディーンは、結婚したリカード王に愛してもらうために魔法の新技術を研究して、アレクグル王国を発展させてきた。役に立って、彼に褒めてほしかった。けれど、リカード王がナディーンを愛することは無かった。  王子だったリカードに言い寄ってくる女達を退け、王になったリカードの愛人になろうと近寄ってくる女達を追い払って、彼に愛してもらおうと必死に頑張ってきた。しかし、ナディーンの努力が実ることはなかったのだ。  彼は、私を愛してくれない。ナディーンは、その事実に気づくまでに随分と時間を無駄にしてしまった。  年老いて死期を悟ったナディーンは、準備に取り掛かった。時間戻しの究極魔法で、一か八か人生をやり直すために。  今度はリカードという男に人生を無駄に捧げない、自由な生き方で生涯を楽しむために。  逆行して、彼と結婚する前の時代に戻ってきたナディーン。前と違ってリカードの恋路を何も邪魔しなかった彼女は、とあるパーティーで婚約破棄を告げられる。  それから紆余曲折あって、他国へ嫁ぐことになったナディーン。  自分が積極的に関わらなくなったことによって変わっていく彼と、アレクグル王国の変化を遠くで眺めて楽しみながら、魔法の研究に夢中になる。良い人と出会って、愛してもらいながら幸せな人生をやり直す。そんな物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...