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番外編

ベアトリス・エスコバルの交遊録⑤

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「ベアトリスには愛される資格があるわ」


と、パウラ様からいただいた書簡の書き出しだけで、

涙のこみ上げてきた、わたしです。

気品あるローズで香りづけされた書簡には、わたしの背中を押して下さる言葉がならんでいました。


――はじめての恋に戸惑うベアトリスったら可愛いのね? 私が恋人にしたいくらいよ?

――愛されることに慣れてない、私の可愛いベアトリス? いいこと? これが、恋なのよ?

――わたしなんか……、なんて言わないで。誰かが誰かを愛したらダメなんてことは絶対にないわ。まして愛されてるベアトリスは、愛していいの。

――ベアトリスも好きになったのね? 大丈夫、胸を張って受け入れてあげて。お相手もきっと喜んでくださるわよ? 私が保証してあげる。

――身分の差を、愛が超えなかったためしはないわ。マダレナに相談してみなさい。それでもダメなら、私がお父様に相談してあげる。

――ベアトリス。あなた美人なんだから、胸を張って生きなさいよ!


手紙を読んで号泣してしまったのは、これが初めてのことでした。

自分がひどい顔になっていることは分かっていたのですが、そのままフェデリコ様の部屋を訪れ、


「わだしも、フェデリコ様のことが好きです~~~」


と、泣きながらお返事してしまいました。

フェデリコ様は、それはそれはぎこちなく、わたしの頭をなでてくださり、わたしたちの交際がはじまりました。


   Ψ


マダレナには報告しましたけど、

とりあえず、内緒で交際をはじめることにしたわたしたち。

ですが、常軌を逸した〈うぶ〉でいらっしゃるフェデリコ様は、口付けはおろか、手をつなぐことさえしてくれません。

指先がチョンと触れたら、お顔を真っ赤にされるのです。

もともと気の強いわたしです。そんなフェデリコ様のことが可愛くて仕方ありません。

ただ、いっしょにチミチミお酒をいただくだけの日々でしたけど、

わたしはなんだか、とても満たされていたのです。


マダレナのお供で、ルシアさんと3人で秘湯に向かうことになったときには、


「……白騎士にも分け隔てなく接することが出来る、ベ、ベ、ベア……」 

「ええ~っ!? なんですかぁ!?」

「ベ、ベアトリス……」

「はい」

「……に、感服した」


わたしを呼び捨てにする特訓中でした。


「ふふふっ」

「……へ、変だっただろうか?」

「そこは、感服したではなくて、惚れ直したと言ってほしいところですわよ?」

「な、なんと……、そのような……」

「……違うのですか?」

「ち……」


たぶん、3分ほどの沈黙が流れました。

けれど、わたしは嫌ではありません。


「……違いません」

「嬉しいです」


鬼の騎士団長のこんな姿を、ほかの人には見せられません。

結婚式はおろか、ふたりで誰かに会うのでさえ、ずいぶん先のことになるだろうけど、わたしは幸せでした。


   Ψ


無事に交際を始められたことを、パウラ様にお手紙で報告させてもらい、

そのお返事の書簡を受け取ったのは、エンカンターダスの秘湯でのことでした。

マダレナはルシアさんのお身体の研究にハマっていて、わたし宛ての書簡が届いたことには気が付いていませんでした。


――おめでとう、ベアトリス。初恋を実らせたあなたが、うらやましいわ。


ルシアさんから盛大に「いいなぁ~」と言ってもらい、幸せを実感していたわたしですが、

わたしたちの〈カワイイ〉の師匠パウラ様から言っていただくと、また格別に嬉しさがこみ上げてきたものです。

そして、〈うぶな男性〉との交際がうまくいく秘訣を、実例をまじえていくつか書き送ってくださいました。


――デリケートな男性って可愛らしいわよね? でも、可愛がりすぎたらプライドを傷つけちゃうことがあるから気を付けてね。


わたしの交際がうまくいくようにと、心を砕いてくださっていることがとても嬉しく、やっぱりすこし涙をこぼしてしまいました。

姉イネスには疎まれて育ち、政略結婚の材料にもならないわたしは、母からも愛されていたとは言えません。

幼いころから学院時代まで、マダレナ以外の友だちが出来たこともありません。

パウラ様は帝国侯爵令嬢でいらっしゃいますし、こんなことを思うのは不遜なことであると考えながらも、


――素敵なお友だちが出来た。


と、胸がいっぱいになりました。

そのまま、パトリシアがネヴィス王国で軍事クーデターを勃こしたので、

フェデリコ様とふたりきりでゆっくり会えたのは、王都に入ってからのことです――。
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