上 下
74 / 85
番外編

ベアトリス・エスコバルの交遊録③

しおりを挟む
はじめての深酒で非礼を働いてしまい、そのお詫びにフェデリコ様の執務室に訪れたわたしですが、


「あのぉ~、昨晩は大変な失礼をしてしまいましてぇ~」

「……う、うむ」

「これ……、お詫びの印といってはなんなんですけど、良かったらぁ~」


と、執務机のうえに菓子折りをそっと乗せたのですが、フェデリコ様は見てもくれません。

美形のお顔はますます険しく歪み、わたしと一緒にいるのがよほどお嫌なのか、だんだん血が昇って赤く染まりはじめていました。


――これは、早めに退散しないと、かえって傷口をひろげそうだわ……。


と、思ったわたしは、


「は、ははははっ……」


と、愛想笑いをしながら、執務室を出ようとするとフェデリコ様の震えあがりそうな冷たい声に呼び止められました。


「……侍女殿」

「は、はいっ!」


怒りを抑えておられるのか、ぷるぷると震えるフェデリコ様は、しばらく黙っておられました。

マダレナのもとに戻らないといけなかったのですけど、こちらはフェデリコ様から叱責される立場です。

直立不動で奥歯をかたく噛みしめ、フェデリコ様の言葉を待っていました。

やがて、呼吸を整えられたフェデリコ様が、口をひらかれました。


「あれでは……」

「は、はいっ!」

「……マダレナ閣下の侍女は、勤まらないのでは……、ないですか?」

「はい! 以後、気を付けます!」


フェデリコ様は、わたしより約10歳も歳上です。

そんな歳まで独身を貫かれるほどに女嫌いのフェデリコ様が、ずいぶん歳下のわたしに、できるだけ優しい語調をひねり出そうとされていることに、

かえって申し訳なく感じたものです。

けれど、フェデリコ様の次のひと言に、これはよほど怒っておられるなと、わたしはブルッと身を震わせてしまいました。


「いや……、気を付けたところで、どうにかなることではない……」

「は、はいっ!!」

「……そう思われませんか?」

「……そ、そうかもしれません」

「私が……」

「……え?」

「……私が、酒の練習に……付き合おう」

「き、騎士団長様に、そんなご面倒をおかけする訳には……」


と、わたしが両方の手の平を、身体のまえで小刻みに振って遠慮すると、

フェデリコ様の超絶美形なお顔の、切れ長で鋭い眼で、キッと睨みつけられました。

そして、早口になられたフェデリコ様に、とうとうと叱られたのです。


「マダレナ閣下は第3皇女ロレーナ殿下の代理人でいらっしゃる。その侍女にして側近、親友でもあるベアトリス殿が酒ごときで醜態を晒しては、ロレーナ殿下の顔に泥を塗るも同然。ひいては、ロレーナ殿下から差し向けられた、私も同罪と言っても過言ではない。そんな事態を打開すべく、酒の練習をと申している訳で……」

「わ、分かりました! 分かりました! 失礼いたしました~~~。わたしが心得違いをしておりました!! よ、よろしくご教授くださいませぇ~~~」

「……わ、わかってくれたのなら、良いのです」


そのまま首を刎ねられてしまうのではないかという勢いに押されて、フェデリコ様からお酒の特訓をしていただくことになってしまいました。

けれど言われてみれば、たしかにそうです。

ロレーナ殿下の代理人たる、マダレナの顔に泥を塗るわけにはいきません。

まして、マダレナは〈翡翠〉様とお会いできるかどうか、大切な時期でした。

なので、お酒の特訓をするのはいいのですが、またわたしが醜態をさらすことになってはいけないと、


「お酒の特訓は、わたしの部屋でお願いできませんか?」


と、フェデリコ様にひれ伏す勢いで頼み込みました。

ぐうっ……、と唸られたフェデリコ様は、


「わ、わかい女性の部屋に行くなど……。どうしてもと仰られるのなら、……私の部屋にしましょう」


と、しぼり出すような声で仰られました。

女嫌いのフェデリコ様が、女の部屋に行くのと、ご自分のお部屋に女を入れるのと、どちらがマシか天秤にかけられ、

やむなく、ご自分の部屋を選ばれたことが伝わってきて、たいそう申し訳ない気持ちになってしまいました。

けれど、ご自身の心情――女嫌いよりもマダレナ、ひいてはロレーナ殿下への忠義を優先されるお志の高さに、感銘を受けたのも確かです。

お互い忙しい身の上ですので、部屋飲み会――、いえいえ、特訓の日を約束してその日は別れました。


男性の部屋を訪ねるなどということは、実はわたしも初めてのことで、マダレナにも打ち明けられずにいたのですが、

マダレナはすでに〈深酔いしない酒の嗜み方 ~酒は呑んでも呑まれるな~ 貴族の酒の飲み方 決定版!〉という本を熟読していたので、わたしも借りて読むことにしました。


約束の日が近付くにつれ、だんだん緊張してくるのですが、

お酒は呑みやすいものをフェデリコ様がご用意してくださるというので、わたしはツマミになるものを見繕って過ごしました。

ただ、女嫌いで有名なフェデリコ様です。

ピンチョスやブルスケッタのような、女子っぽいものは避けることにして、

鹿肉や猪肉をワイルドに焼いてスパイスで味付けしたものを、豪快に大皿に盛りつけてお持ちすることにしました。

遠征軍の野戦料理のようです。

きっと、これならフェデリコ様も気に入ってくれるに違いない、

そう思って、おうかがいしたフェデリコ様のお部屋で、わたしは生涯最大の衝撃を受けるのです――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。

藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。 「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」 十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。 父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。 食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。 父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。 その時、あなた達は後悔することになる。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

転生したら使用人の扱いでした~冷たい家族に背を向け、魔法で未来を切り拓く~

沙羅杏樹
恋愛
前世の記憶がある16歳のエリーナ・レイヴンは、貴族の家に生まれながら、家族から冷遇され使用人同然の扱いを受けて育った。しかし、彼女の中には誰も知らない秘密が眠っていた。 ある日、森で迷い、穴に落ちてしまったエリーナは、王国騎士団所属のリュシアンに救われる。彼の助けを得て、エリーナは持って生まれた魔法の才能を開花させていく。 魔法学院への入学を果たしたエリーナだが、そこで待っていたのは、クラスメイトたちの冷たい視線だった。しかし、エリーナは決して諦めない。友人たちとの絆を深め、自らの力を信じ、着実に成長していく。 そんな中、エリーナの出生の秘密が明らかになる。その事実を知った時、エリーナの中に眠っていた真の力が目覚める。 果たしてエリーナは、リュシアンや仲間たちと共に、迫り来る脅威から王国を守り抜くことができるのか。そして、自らの出生の謎を解き明かし、本当の幸せを掴むことができるのか。 転生要素は薄いかもしれません。 最後まで執筆済み。完結は保障します。 前に書いた小説を加筆修正しながらアップしています。見落としがないようにしていますが、修正されてない箇所があるかもしれません。 長編+戦闘描写を書いたのが初めてだったため、修正がおいつきません⋯⋯拙すぎてやばいところが多々あります⋯⋯。 カクヨム様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!

ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。 全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。 言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。 食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。 アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。 その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。 幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…

幼なじみの兄に暴言を吐かれる日々を過ごしていましたが、何も言わなかったのは彼が怖くて言い返せなかったわけではありません

珠宮さくら
恋愛
スカーレットは、幼なじみの兄に言われ放題の毎日を送っていたが、それを彼は勘違いしていたようだ。 スカーレットは決して彼が怖くて言い返せなかったわけではないのだが、これが言い返す最後の機会だと思ったのは、すぐのことだった。 ※全3話。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

処理中です...