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第二部
49.妹は踏みにじった
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わたしの邸宅に訪れた、ルイス・グティエレス公爵閣下を貴賓室に案内する。
「ほう……。すでに長く住まれた住処のように馴染まれておるな」
「この2年ちかくの間。いつもわたしの住処は、どなたかより頂戴して参りました。ただの慣れですわ」
エレオノラ大公閣下よりいただいた王都屋敷、サビアの〈ひまわり城〉、ロレーナ殿下よりいただいたエンカンターダスの主城、そして、わたしの主城となったネヴィス王国の旧王宮……。
どれも立派過ぎる住処を、めまぐるしく移り住みながら、わたしは帝国公爵の高みまで引き上げられてきた。
「ふふっ、なるほど。マダレナ殿のお立場であれば、確かにそうであろうな」
「みな様からの過分なご配慮で、この場に座らせていただいております」
ゆたかな黒髪を無造作に伸ばされているけど、黒を基調にされた衣裳はピシッと気品がある。
よく見れば、漆黒のクラヴァットも繊細なレース造りで高級感を漂わせ、黒い顎髭は綺麗に整えられていた。
ルイス・グティエレス公爵。
まるで切れ味鋭い刃物と対面しているような、緊張感を覚える。
「……マダレナ殿は陛下に〈帝国公爵〉への叙爵の礼を申された」
「ええ……。身に余る誉れを頂戴いたしました」
「しかし、この世に〈帝国公爵〉などというものは存在せぬ」
「……えっ?」
「爵位とは、皇帝陛下より賜るものだけを言うのであって、属国の王が与える爵位など爵位とは呼ばぬ。したがって、陛下より賜るのは〈公爵〉であって〈帝国公爵〉などと下賤に言い表すは、陛下に対する不敬である」
「……これは、わたしが心得違いをしておりました」
と、恐縮するわたしに、ルイス公爵閣下はニカッと悪戯っ子のような笑みを見せた。
「とまあ、揚げ足を取る者しかおらんのが、帝都という場所だ。心されるのがよかろう」
「……ご指導いただき、感謝申し上げます。帝国貴族……、いえ、貴族としてのあるべき振る舞いを一刻もはやく身に着けられるよう、精進いたします」
「まあ、そう堅くなられるな。……といっても、無理であろうがな」
妹君エレオノラ大公閣下に、初めて王太后宮に招いていただいたときのお言葉と重なる。
「突然、訳も分からず帝都に召喚され、いきなり群臣の立ち並ぶなか陛下への拝謁。……全身はりねずみのように警戒するのも至極当然」
「……お気遣い、感謝いたします」
「アルフォンソ殿下には、謀叛の嫌疑がかけられておる」
「えっ?」
帝政を牛耳る〈第2皇后派〉の大立者は、サラリとすごいことを仰られた。
わたしの時間が止まる。
「もっとも、嫌疑自体はデタラメであろうし、申し立てにも粗が多い」
「え、ええ……」
――パトリシアの仕業だ。
なにをどう言ったのか、どうやって帝政の中枢まで自分の言葉を届けたのかは分からない。
けれど、直感的に分かる。
妹パトリシアは、今度はわたしの婚約者、アルフォンソ殿下を標的に見定めたのだ。
「しかし、申し立てに筋の通っているところもある」
「それは……?」
「たとえば、ネヴィス内乱を裁定する場で〈庭園の騎士〉を下がらせたことだな」
――ここからは〈家族〉の話だ。
と、ロレーナ殿下が仰られ、パトリシアに〈妹の道〉を説いてくださった、あの時のことか……。
話の内容は居合わせた者しか知らなくとも、〈庭園の騎士〉様を下がらせたことは公式記録に残る。
「その場で、得意げに謀叛の計画を語った……、とな」
「そのようなことは決して……」
「分かっている。……しかし、皇家にある方にそのような嫌疑がかけられること自体、あってはならぬ不名誉。ロレーナ殿下、そしてわが娘である第2皇后エレナ陛下も身を慎まざるを得ん」
「はい……」
「……申し立てのキッカケをつくった女は、第1皇子フェリペ殿下が囲い込まれ、こちらからは手出しができぬ」
「……はい」
「女の申し分も、こちら方ですべてが把握できている訳ではない」
――お前の妹だろう?
とは、ルイス公爵も仰られない。
パトリシアは家籍も別れた上に除籍となり、すでにわたしの妹ではない。
公式には、赤の他人だ。
「あの……、ルイス閣下」
「なにかな?」
「……わたしはどうなのでしょう? 殿下の婚約者である、わたしも同罪と扱われて不思議ではないと思うのですが……」
「ふふっ……」
ルイス公爵閣下は、ご自身のほほを軽く撫でた。
「……アルフォンソ殿下は、才媛マダレナを誘惑し使嗾した」
「え?」
「僻地に咲いた偉大なる学才は、白騎士の〈心を操る術〉を開発する目前であり、ネヴィス内乱の平定を、その試行の機会とした。……いずれ白騎士の心を完全に操ることに成功した暁には、帝都を制圧させ、魅了されてしまったアルフォンソ殿下を帝位に就ける心づもりである」
険しく眉を寄せてしまう。
わたしとルシアさんの友情を、そのように曲解し、アルフォンソ殿下を陥れる道具にするとは……。
――また白騎士。
と、憎々しげに吐き捨てた、パトリシアの声が響いてくるようだった。
大切なものを踏みにじられた気分だ。
「……しかし、ルイス閣下。それではむしろ、主犯はわたしなのでは?」
「白騎士の心を操るとは、帝国の悲願である」
「え?」
「……あの憐れな乙女たちに対し悲願とは、失礼な物言いであることは重々承知」
「え、ええ……」
「……だが、最強無比の白騎士を従えながら、帝国が大陸の覇権を握るまで700年もの長い年月を要したのはそのため」
ルイス公爵閣下はそのほそい目を、さらにほそめ、眉間に深いしわを刻んだ。
「白騎士は数千人の敵兵を、一度に屠る能力を有する。……しかし、壊れるのだ。心が」
「はい……」
「80年前に起きた、南方からの蛮族連合による侵攻を退けた際も、心を病んだ白騎士がまだ身体は効くにも関わらず、聖都に送られ〈終焉〉を待つだけの身となった」
「……」
「数千、数万の虐殺は、可憐な乙女の心を容易に壊してしまう」
――どうして〈大聖女の涙〉は、私たちの心まで兵器にしてはくれないのでしょうね?
ルシアさんの困ったような笑いが、心のなかで何度も木霊する。
「……かつて魔導の時代であれば、心を縛る魔導があったやに聞く。しかし、いまはそれもない。帝国を支える最高戦力の心は、皇家とわれら高位貴族が厚く遇し、懇意に接して繋ぎとめるほかない」
「はい……」
「従って、平時において、白騎士には高度な自由意志が認められている。……いざというとき、自らの心を犠牲にしても帝国の平和に尽くしてもらうためだ」
白騎士様の帝国内を自由に巡察する権限――ウロウロには、
いつか自分の心が壊れてしまうかもしれないという、哀しいお覚悟が秘められていたのか……。
美しい自然、人々の笑顔、……どのようなお気持ちで、心に焼き付けておられたことか。
不覚にも涙を一滴、こぼしてしまった。
ルイス公爵閣下は、ベアトリスの出したお茶を手に取られ、しばらく黙っていてくれた。
この陰謀家めいた鋭い容貌をした帝政の実力者は、わたしの心が落ち着くのを待ってくださっている。
姿勢をただし、背筋を伸ばした。
「……つまり、あやふやな謀叛の嫌疑など吹き飛ぶほどに、マダレナ殿は帝政の最重要人物になったのだ」
「しかし、わたしは白騎士様の心を操るようなことは……」
「白騎士を〈お友だち〉などと言ってのけた者は、帝国千年の歴史において、ほかには初代皇帝陛下だけであられよう」
「それは……」
「……実際、懇意などという言葉が陳腐に感じられるほどの仲の良さが、証言として多数あつまっておる。……山奥の温泉で一緒に湯に浸かり、街あそびに興じ、収穫祭では菓子を頬張る。まるで女学生の友だち同士だ」
「え、ええ……。ルシア様とは、楽しく過ごさせていただきました」
「その秘密を、みなが知りたい。みながマダレナ殿の学才を、のどから手が出るほどに欲しがっておる」
秘密などない。
だけど――、
「マダレナ殿はすでに公爵に叙爵されておる。帝政の秩序を守るため、手荒なことはできぬ。それは、皇帝陛下であろうとも同じ」
またしても、アルフォンソ殿下の踏まれた〈手順〉が、
わたしを護ってくれていた。
「大勢の者が、マダレナ殿に近寄って来よう」
「……はい」
「最初のひとりが、儂という訳だ」
「いえ、そんな……」
「しかし、ここ帝都ソリス・エテルナで、本当のことを口にするのは愚か者の所業。いま儂が話した言葉も、どこまでが真実か分からぬぞ?」
――頭の切れる悪戯っ子。
と、ルイス公爵閣下の幼馴染だった、サビア代官のエステバンは言った。
まさにそのような表情を浮かべて、わたしの顔をのぞき込む。
「すべては、マダレナ殿自身の目と耳で確かめられよ」
「……承知いたしました」
満足気に笑ったルイス公爵閣下が、ソファから立ち上がる。
「あの、ルイス閣下。……アルフォンソ殿下とは?」
「……しばらくは会えますまい」
「そうですか……」
「いまは〈庭園の騎士〉から取り調べを受けておられる。……といっても、相手は第2皇子。丁重にお話をおうかがいしているだけのこと、心配には及ばぬ」
「はい……」
「やってもないことに、証拠は出て来ぬ。〈辺境伯派〉の陰謀であることは明白だが、取り調べにあたる〈庭園の騎士〉にも、わが方のものを半数以上押し込んである。……ロレーナ殿下とエレナ陛下を調べている者たちも同様だ」
Ψ
ルイス公爵閣下の帰られた、ひろい邸宅でベアトリスと一緒にフリアを慰める。
陛下への謁見の際、儀礼の手順をひとつ間違えたのだ。
青白い顔をしたフリアを先に休ませ、
素早くベアトリスが用意してくれた〈内緒話スポット〉で、顔を寄せ合う。
「パトリシアが!?」
「うん……」
「……言葉が出ないわ」
ベアトリスは眉間にできたしわを、せわしなく撫でた。
「控えの間で、誰かベアに近寄ってきた?」
「口説かれたわ」
「……え?」
「何人か近寄ってきたけど、シンプルに口説かれた。……ある意味、裏はなさそうだったわね」
「あ、そーいう感じなんだ……」
「華の帝都は、恋の帝都でもあるのかしらね。いやーね」
初めて訪れた帝都では、まわりに見知った者もいない。
しばらくの間、様子を見るほかないと、ベアトリスと眉間のしわの深さを競ってから、真新しいベッドで眠れぬ夜を過ごした。
そして翌朝、
早速、皇后イシス陛下からお茶会の招待状が届いた。
パトリシアの虚言に乗って、アルフォンソ殿下を陥れた〈辺境伯派〉。
その中心人物のおひとり。
しかし、皇后陛下からの招きを無視することもできない。
ベアトリスとフリアを伴い、皇后宮殿へと重い足を向けた――。
「ほう……。すでに長く住まれた住処のように馴染まれておるな」
「この2年ちかくの間。いつもわたしの住処は、どなたかより頂戴して参りました。ただの慣れですわ」
エレオノラ大公閣下よりいただいた王都屋敷、サビアの〈ひまわり城〉、ロレーナ殿下よりいただいたエンカンターダスの主城、そして、わたしの主城となったネヴィス王国の旧王宮……。
どれも立派過ぎる住処を、めまぐるしく移り住みながら、わたしは帝国公爵の高みまで引き上げられてきた。
「ふふっ、なるほど。マダレナ殿のお立場であれば、確かにそうであろうな」
「みな様からの過分なご配慮で、この場に座らせていただいております」
ゆたかな黒髪を無造作に伸ばされているけど、黒を基調にされた衣裳はピシッと気品がある。
よく見れば、漆黒のクラヴァットも繊細なレース造りで高級感を漂わせ、黒い顎髭は綺麗に整えられていた。
ルイス・グティエレス公爵。
まるで切れ味鋭い刃物と対面しているような、緊張感を覚える。
「……マダレナ殿は陛下に〈帝国公爵〉への叙爵の礼を申された」
「ええ……。身に余る誉れを頂戴いたしました」
「しかし、この世に〈帝国公爵〉などというものは存在せぬ」
「……えっ?」
「爵位とは、皇帝陛下より賜るものだけを言うのであって、属国の王が与える爵位など爵位とは呼ばぬ。したがって、陛下より賜るのは〈公爵〉であって〈帝国公爵〉などと下賤に言い表すは、陛下に対する不敬である」
「……これは、わたしが心得違いをしておりました」
と、恐縮するわたしに、ルイス公爵閣下はニカッと悪戯っ子のような笑みを見せた。
「とまあ、揚げ足を取る者しかおらんのが、帝都という場所だ。心されるのがよかろう」
「……ご指導いただき、感謝申し上げます。帝国貴族……、いえ、貴族としてのあるべき振る舞いを一刻もはやく身に着けられるよう、精進いたします」
「まあ、そう堅くなられるな。……といっても、無理であろうがな」
妹君エレオノラ大公閣下に、初めて王太后宮に招いていただいたときのお言葉と重なる。
「突然、訳も分からず帝都に召喚され、いきなり群臣の立ち並ぶなか陛下への拝謁。……全身はりねずみのように警戒するのも至極当然」
「……お気遣い、感謝いたします」
「アルフォンソ殿下には、謀叛の嫌疑がかけられておる」
「えっ?」
帝政を牛耳る〈第2皇后派〉の大立者は、サラリとすごいことを仰られた。
わたしの時間が止まる。
「もっとも、嫌疑自体はデタラメであろうし、申し立てにも粗が多い」
「え、ええ……」
――パトリシアの仕業だ。
なにをどう言ったのか、どうやって帝政の中枢まで自分の言葉を届けたのかは分からない。
けれど、直感的に分かる。
妹パトリシアは、今度はわたしの婚約者、アルフォンソ殿下を標的に見定めたのだ。
「しかし、申し立てに筋の通っているところもある」
「それは……?」
「たとえば、ネヴィス内乱を裁定する場で〈庭園の騎士〉を下がらせたことだな」
――ここからは〈家族〉の話だ。
と、ロレーナ殿下が仰られ、パトリシアに〈妹の道〉を説いてくださった、あの時のことか……。
話の内容は居合わせた者しか知らなくとも、〈庭園の騎士〉様を下がらせたことは公式記録に残る。
「その場で、得意げに謀叛の計画を語った……、とな」
「そのようなことは決して……」
「分かっている。……しかし、皇家にある方にそのような嫌疑がかけられること自体、あってはならぬ不名誉。ロレーナ殿下、そしてわが娘である第2皇后エレナ陛下も身を慎まざるを得ん」
「はい……」
「……申し立てのキッカケをつくった女は、第1皇子フェリペ殿下が囲い込まれ、こちらからは手出しができぬ」
「……はい」
「女の申し分も、こちら方ですべてが把握できている訳ではない」
――お前の妹だろう?
とは、ルイス公爵も仰られない。
パトリシアは家籍も別れた上に除籍となり、すでにわたしの妹ではない。
公式には、赤の他人だ。
「あの……、ルイス閣下」
「なにかな?」
「……わたしはどうなのでしょう? 殿下の婚約者である、わたしも同罪と扱われて不思議ではないと思うのですが……」
「ふふっ……」
ルイス公爵閣下は、ご自身のほほを軽く撫でた。
「……アルフォンソ殿下は、才媛マダレナを誘惑し使嗾した」
「え?」
「僻地に咲いた偉大なる学才は、白騎士の〈心を操る術〉を開発する目前であり、ネヴィス内乱の平定を、その試行の機会とした。……いずれ白騎士の心を完全に操ることに成功した暁には、帝都を制圧させ、魅了されてしまったアルフォンソ殿下を帝位に就ける心づもりである」
険しく眉を寄せてしまう。
わたしとルシアさんの友情を、そのように曲解し、アルフォンソ殿下を陥れる道具にするとは……。
――また白騎士。
と、憎々しげに吐き捨てた、パトリシアの声が響いてくるようだった。
大切なものを踏みにじられた気分だ。
「……しかし、ルイス閣下。それではむしろ、主犯はわたしなのでは?」
「白騎士の心を操るとは、帝国の悲願である」
「え?」
「……あの憐れな乙女たちに対し悲願とは、失礼な物言いであることは重々承知」
「え、ええ……」
「……だが、最強無比の白騎士を従えながら、帝国が大陸の覇権を握るまで700年もの長い年月を要したのはそのため」
ルイス公爵閣下はそのほそい目を、さらにほそめ、眉間に深いしわを刻んだ。
「白騎士は数千人の敵兵を、一度に屠る能力を有する。……しかし、壊れるのだ。心が」
「はい……」
「80年前に起きた、南方からの蛮族連合による侵攻を退けた際も、心を病んだ白騎士がまだ身体は効くにも関わらず、聖都に送られ〈終焉〉を待つだけの身となった」
「……」
「数千、数万の虐殺は、可憐な乙女の心を容易に壊してしまう」
――どうして〈大聖女の涙〉は、私たちの心まで兵器にしてはくれないのでしょうね?
ルシアさんの困ったような笑いが、心のなかで何度も木霊する。
「……かつて魔導の時代であれば、心を縛る魔導があったやに聞く。しかし、いまはそれもない。帝国を支える最高戦力の心は、皇家とわれら高位貴族が厚く遇し、懇意に接して繋ぎとめるほかない」
「はい……」
「従って、平時において、白騎士には高度な自由意志が認められている。……いざというとき、自らの心を犠牲にしても帝国の平和に尽くしてもらうためだ」
白騎士様の帝国内を自由に巡察する権限――ウロウロには、
いつか自分の心が壊れてしまうかもしれないという、哀しいお覚悟が秘められていたのか……。
美しい自然、人々の笑顔、……どのようなお気持ちで、心に焼き付けておられたことか。
不覚にも涙を一滴、こぼしてしまった。
ルイス公爵閣下は、ベアトリスの出したお茶を手に取られ、しばらく黙っていてくれた。
この陰謀家めいた鋭い容貌をした帝政の実力者は、わたしの心が落ち着くのを待ってくださっている。
姿勢をただし、背筋を伸ばした。
「……つまり、あやふやな謀叛の嫌疑など吹き飛ぶほどに、マダレナ殿は帝政の最重要人物になったのだ」
「しかし、わたしは白騎士様の心を操るようなことは……」
「白騎士を〈お友だち〉などと言ってのけた者は、帝国千年の歴史において、ほかには初代皇帝陛下だけであられよう」
「それは……」
「……実際、懇意などという言葉が陳腐に感じられるほどの仲の良さが、証言として多数あつまっておる。……山奥の温泉で一緒に湯に浸かり、街あそびに興じ、収穫祭では菓子を頬張る。まるで女学生の友だち同士だ」
「え、ええ……。ルシア様とは、楽しく過ごさせていただきました」
「その秘密を、みなが知りたい。みながマダレナ殿の学才を、のどから手が出るほどに欲しがっておる」
秘密などない。
だけど――、
「マダレナ殿はすでに公爵に叙爵されておる。帝政の秩序を守るため、手荒なことはできぬ。それは、皇帝陛下であろうとも同じ」
またしても、アルフォンソ殿下の踏まれた〈手順〉が、
わたしを護ってくれていた。
「大勢の者が、マダレナ殿に近寄って来よう」
「……はい」
「最初のひとりが、儂という訳だ」
「いえ、そんな……」
「しかし、ここ帝都ソリス・エテルナで、本当のことを口にするのは愚か者の所業。いま儂が話した言葉も、どこまでが真実か分からぬぞ?」
――頭の切れる悪戯っ子。
と、ルイス公爵閣下の幼馴染だった、サビア代官のエステバンは言った。
まさにそのような表情を浮かべて、わたしの顔をのぞき込む。
「すべては、マダレナ殿自身の目と耳で確かめられよ」
「……承知いたしました」
満足気に笑ったルイス公爵閣下が、ソファから立ち上がる。
「あの、ルイス閣下。……アルフォンソ殿下とは?」
「……しばらくは会えますまい」
「そうですか……」
「いまは〈庭園の騎士〉から取り調べを受けておられる。……といっても、相手は第2皇子。丁重にお話をおうかがいしているだけのこと、心配には及ばぬ」
「はい……」
「やってもないことに、証拠は出て来ぬ。〈辺境伯派〉の陰謀であることは明白だが、取り調べにあたる〈庭園の騎士〉にも、わが方のものを半数以上押し込んである。……ロレーナ殿下とエレナ陛下を調べている者たちも同様だ」
Ψ
ルイス公爵閣下の帰られた、ひろい邸宅でベアトリスと一緒にフリアを慰める。
陛下への謁見の際、儀礼の手順をひとつ間違えたのだ。
青白い顔をしたフリアを先に休ませ、
素早くベアトリスが用意してくれた〈内緒話スポット〉で、顔を寄せ合う。
「パトリシアが!?」
「うん……」
「……言葉が出ないわ」
ベアトリスは眉間にできたしわを、せわしなく撫でた。
「控えの間で、誰かベアに近寄ってきた?」
「口説かれたわ」
「……え?」
「何人か近寄ってきたけど、シンプルに口説かれた。……ある意味、裏はなさそうだったわね」
「あ、そーいう感じなんだ……」
「華の帝都は、恋の帝都でもあるのかしらね。いやーね」
初めて訪れた帝都では、まわりに見知った者もいない。
しばらくの間、様子を見るほかないと、ベアトリスと眉間のしわの深さを競ってから、真新しいベッドで眠れぬ夜を過ごした。
そして翌朝、
早速、皇后イシス陛下からお茶会の招待状が届いた。
パトリシアの虚言に乗って、アルフォンソ殿下を陥れた〈辺境伯派〉。
その中心人物のおひとり。
しかし、皇后陛下からの招きを無視することもできない。
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