上 下
35 / 85

35.妹はひれ伏していた

しおりを挟む
アルフォンソ殿下は王宮に戻られ、わたしは王都屋敷で休養をいただく。

殿下と6日語らい、2日爆睡している間に、ネヴィス王国で起きた軍事クーデターの詮議はすべて、ロレーナ殿下が終わらせておられた。


「帝都から〈庭園の騎士〉様を多数率いて来られたとはいえ、すごい手腕だったそうよ? ロレーナ殿下」


と、ベアトリスが中庭でお茶を淹れながら教えてくれた。


「そうね。まさか8日で終ってるとは思わなかったわ」

「ご兄妹そろって、すごいお方たちね……」

「ええ、ほんと」

「で、改めてどうだった? マダレナの〈翡翠〉様は?」

「……なにもかも、想像以上。なにもかも、規格外の大きなお方だったわ」

「そうよね……、ふふっ。まさか、6日もぶっ通しで〈お口説き〉あそばされるとはね」

「圧倒されたわよ……。でも、あそこまでの……情熱、をお持ちでないと、たとえ皇子殿下といえども、帝政の中枢から田舎の属国の貴族令嬢なんて小娘にまでは、想いを届かせられないんだろうなぁ……って、納得もさせられたわ」

「ふふっ。情熱じゃなくて愛でしょ?」

「そ、そうだけど……、間違いでもないでしょ?」

「ほんと、柔和な雰囲気であられるのに……、すごいお方に惚れられたわね。幸せ? マダレナ」

「すっごく幸せ……、だけど実感も湧かないわ。大きすぎて理解を超えてる」

「これから、じわじわ湧いてくるわよ。良かったわね、マダレナ」

「うん……、良かった」


白騎士のルシアさんは、満足そうな笑みを残して姿を見せなくなった。

帝国内をウロウロ――自由に巡察されるもとの生活に戻られたのだろう。

アルフォンソ殿下が幼き日の誓いを果たして下さったことを胸に、ひとりゆったりと旅を楽しまれているルシアさんの笑顔が思い浮かぶ。

わたしには、皇帝陛下から勅使様の補佐を命じられているけど、


「いいよいいよ。ボクもロレーナから報告を聞かないといけないし。マダレナはしばらく休んで、最後だけ来てくれたらいいから」


と、アルフォンソ殿下が仰られたので、素直に王都屋敷で休養をとらせていただいている。

本来、皇家にあられる方のお言葉に逆らうことなどできない。

が、すでに相思相愛であることを確認し合った殿下を相手に、どのように接したらいいのか、まだわたしには理解できていない。


――身分違いの純愛譚。


わたしは、殿下と〈結婚を前提にした交際〉を始めたってことになるんだろうけど、実際のところ身分の低い側は、どのように愛せばいいんだろう?

だけど、これこそ幸せな悩みというやつだ。

帝国公爵だなんて、高みにまで引き上げていただいて、その身分にもまだ戸惑っている。


「マダレナは、シンプルに恋愛経験に乏しいものね」

「そうなのよ。……ジョアンとのことは、恋だの愛だのそういうものではなかったって……、アルフォンソ殿下から教えていただいたわ」

「才媛マダレナらしく、研究すればいいんじゃない?」

「恋愛を?」

「そうそう。自分らしい恋愛、すごい恋人との間に紡ぐ時間。どれも興味深い研究対象でしょ?」

「……こ」

「ん?」

「恋人かぁ~~~~~~」


と、ベアトリスから顔を背け、とろけるようにテーブルに突っ伏してしまった。

自分の顔がふにゃふにゃになっているのも分かる。ベアトリスには見せられない。

帝政、皇子、公爵、王国――、

殿下との間にわたしが勝手においてしまう、そんなややこしいアレコレを吹き飛ばす威力のある言葉だ、――恋人。


「……もう。ベア?」

「なあに?」

「きゅ、急に実感、湧かさせないでよ。……照れちゃうじゃない」

「これは私の研究も始まったわね」

「……なにそれ?」

「こんな可愛らしいマダレナ、初めて見たわ。記録して論文にまとめないと」

「ちょ……、やめてよぉ~~~~」

「はっ、そうだ! ロレーナ殿下には報告しなきゃだわ! ふたりの幸せのために、あれだけお骨折りされてたんだもの」

「も、もぉ~~~~」


ロレーナ殿下はネヴィス料理をいたく気に入られ、わたしがアルフォンソ殿下と貴賓室に籠っている間も、お食事はわたしの王都屋敷でとられていたそうだ。

兄君の恋の行方が気になっておられただけかもしれないけど、わたしが貴賓室から出たときには、ベアトリスと随分親密になっていた。

わたしの大事な親友で側近を、籠絡されたような気もするけど……、

すでに大帝国を巻き込む壮大な〈恋愛大作戦〉を仕掛けられていたのだ。

いまさらと言えばいまさら。

側近を可愛がっていただいていると、素直に感謝しておこう。


   Ψ


休養中も毎日一度はアルフォンソ殿下がおみえになり、中庭でお茶の時間を持った。

勅使様として裁きの最終段階に入り、お忙しいであろうに、殿下のまとわれる空気はずっと柔らかで、わたしを安心させてくれる。


――あれは夢ではなく、ほんとうのことだからね?


と、やさしげな眼差しをわたしに、ずっと送ってくださり、

物陰からロレーナ殿下とベアトリスにニヤニヤとのぞかれているのも、むしろわたしの中に、恋の実感を積み上げていく。


嬉しい。


なにもかもが、嬉しい。

ささやかな時間のすべてが、キラキラとひかり輝いて見える。

わたしの中も外も、アルフォンソ殿下の大きな愛で満たし尽くされていた。


「じゃあ、また明日」

「え、ええ……。また明日」


と、お見送りするときに交わす言葉が、なによりもわたしを幸せにしてくれた。

もう、明日も会える関係なのだ、と。

やがて、勅使様としてのアルフォンソ殿下が「最後だけ来てくれたらいい」と仰られた日を迎えた。

わたしは殿下から最初に贈っていただいたコーラルピンクのドレスを身にまとい、王宮にあがる。

謁見の間。

すでに玉座は取り払われ、より上等な椅子がふたつ並んでいる。

アルフォンソ殿下とロレーナ殿下が入場されるのに、わたしも従って歩く。

そして、着座されたアルフォンソ殿下の横に、並んで立つ。

目のまえには、赤ん坊のように柔らかなベビーピンクのドレスを着た、

妹パトリシアがひれ伏していた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

侯爵様にお菓子目当ての求婚をされて困っています ~婚約破棄された元宮廷薬術師は、隣国でお菓子屋さんを営む~

瀬名 翠
ファンタジー
「ポーションが苦い」と苦情が殺到し、ドロテアが勤める宮廷薬術師団は解体された。無職になった彼女を待ち受けていたのは、浮気者の婚約者からの婚約破棄と、氷のように冷たい父からの勘当。 有無を言わさず馬車で運ばれたのは、隣国の王都。ひょんなことから”喫茶セピア”で働くことになった。ある日、薬術レベルが最高になって身についていた”薬術の天女”という特殊スキルが露呈する。そのスキルのおかげで、ドロテアが作ったものにはポーションと同じような効果がつくらしい。 身体つきの良い甘党イケメンに目をつけられ、あれよあれよと家に連れ去られる彼女は、混乱するままお菓子屋さんを営むことになった。  「お菓子につられて求婚するな!」なドロテアと、甘党騎士団長侯爵の、ほんのり甘いおはなし。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。 ◇この小説はNOVELDAYSにも掲載しています。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

大魔法使いは、人生をやり直す~婚約破棄されなかった未来は最悪だったので、今度は婚約破棄を受け入れて生きてみます~

キョウキョウ
恋愛
 歴史に名を残す偉業を数多く成し遂げた、大魔法使いのナディーン王妃。  彼女の活躍のおかげで、アレクグル王国は他国より抜きん出て発展することが出来たと言っても過言ではない。  そんなナディーンは、結婚したリカード王に愛してもらうために魔法の新技術を研究して、アレクグル王国を発展させてきた。役に立って、彼に褒めてほしかった。けれど、リカード王がナディーンを愛することは無かった。  王子だったリカードに言い寄ってくる女達を退け、王になったリカードの愛人になろうと近寄ってくる女達を追い払って、彼に愛してもらおうと必死に頑張ってきた。しかし、ナディーンの努力が実ることはなかったのだ。  彼は、私を愛してくれない。ナディーンは、その事実に気づくまでに随分と時間を無駄にしてしまった。  年老いて死期を悟ったナディーンは、準備に取り掛かった。時間戻しの究極魔法で、一か八か人生をやり直すために。  今度はリカードという男に人生を無駄に捧げない、自由な生き方で生涯を楽しむために。  逆行して、彼と結婚する前の時代に戻ってきたナディーン。前と違ってリカードの恋路を何も邪魔しなかった彼女は、とあるパーティーで婚約破棄を告げられる。  それから紆余曲折あって、他国へ嫁ぐことになったナディーン。  自分が積極的に関わらなくなったことによって変わっていく彼と、アレクグル王国の変化を遠くで眺めて楽しみながら、魔法の研究に夢中になる。良い人と出会って、愛してもらいながら幸せな人生をやり直す。そんな物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...