上 下
32 / 85

32.わたしたちの午餐会がはじまった

しおりを挟む
気付けば午餐会の席についていた。

入口ホールにお出迎えに出て、アルフォンソ殿下から、


「マダレナ。会うのは2度目だね」


と、やわらかなお声をかけていただいたのは覚えている。

そう。まだ直接お目にかかるのは2回目だ。

昨年の春、学院の卒業式で来賓にみえられた殿下と初めてお会いしてから、約1年と少し。

わたしの卒業論文の発表を聞いていただき、慣例に反して直接のお声掛けをいただいたときとおなじ、

やわらかなお声を、わたしはもう一度聞くことができた。

柔和な笑顔の浮かぶ、端正なお顔立ち。

澄んだ碧い瞳から放たれる眼差しはあたたかで、まるで春の陽光みたい。

ながく伸ばされたハニーブロンドの髪は金糸を束ねたようで、うしろで軽くとめられている。

太陽皇家にあることを示す金環の紋章が胸元で燦然とかがやき、スラリとした長身にさりげない刺繍のほどこされたフロックがよくお似合い。

首元は繊細なレースのクラヴァットが品良く飾り、生まれもってのエレガントさを引き立てている。

貴賓室へとご案内させていただき、妹君のロレーナ殿下が口をひらかれ、


――あ、いたんだ。


と、思ったのは、生涯の秘密だ。

ロレーナ殿下は控えていたベアトリスを近くに呼ばれ、両殿下への名乗りを許す栄誉をお与えになられた。


「はっは。午餐をともにするのに、名を知らんではお互いつまらんからな」


感無量といった表情のベアトリスに、アルフォンソ殿下も親しげな笑みを浮かべてくださる。

そして、アルフォンソ殿下の口からさらなる驚きが、わたしとベアトリスにもたらされた。


「ベアトリス。ロレーナの奔走で、お父君のロシャ=ネヴィス伯爵の、帝国伯爵への叙爵が決まったよ」


呆気にとられるわたしとベアトリスに、ロレーナ殿下の快活な笑い声が重なった。


「はははっ。私の口から伝えたかったのに、兄上にとられてしまった」

「それは、ごめん。ロレーナが頑張ったのに、悪いことをしてしまった。いい報せをはやく教えたくて、気持ちが先走ってしまった」

「兄上らしいことです。……ベアトリス」

「ははっ……」


と、宙に浮いたような声で応える、ベアトリス。

ロレーナ殿下は膝を折られ、その肩に手を置かれた。


「此度の変事に際し、みずから馬を駆り一報をもたらしてくれたお父君の功績は甚大。陛下もたいそうお喜びであられた。お父君の働きなかりせば、マダレナの功績もなかった。胸を張って叙爵を受けられるようにと伝えてくれ」

「……ははっ、光栄の限りにございます」

「と、いうわけで、ベアトリスも晴れて帝国伯爵令嬢だ!」

「……えっ?」

「伝達はフライング気味だが、気にするな! これで誰はばかることなく、われら兄妹と午餐の席を囲んでくれ!」


と、ロレーナ殿下はニッと、悪戯っ子のような笑顔をわたしにお向けくださった。

この帝国皇女らしからぬ〈お転婆姫〉は、わたしが書簡で伝えていたことをちゃんと覚えてくださっていたのだ。

ベアトリスが恋仲にある、騎士団長にして〈庭園の騎士〉フェデリコと結ばれるため、身分の差に悩んでいたことを。

そして、属国で起きた軍事政変という緊急事態にもそれを忘れず、むしろそれを機会にわたしの願いを叶えてくださった。

さらには、アルフォンソ殿下のやさしい眼差しが、胸を熱くしているわたしを包み込む。


――わたしは、この方に知られている。


そう安心させてくれる、あたたかな空気をいっぱいに、ベアトリスのことを一緒に喜んでくださっていた。

アルフォンソ殿下は、すでによくご存知なのだ。

わたしが、自分自身よりもベアトリスやフリアが褒められたり幸せになることに、胸を熱くしてしまう人間だということを。


「さあ! 午餐をいただこう! ネヴィスではアヒル料理が名物なんだそうじゃないか!? 今日は出してもらえるのか?」

「え、ええ……、ロレーナ殿下。塩漬けにしたアヒルをコンフィにしたものをお出しいたしますわ。……だったわよね、ベア?」

「は、はい。……ア、アヒルのレバーのパテもございます」

「それは楽しみだ! さ、兄上! はやく席におつき下さい。兄上が座らねば、みなが席につけませんぞ!?」


と、騎士服を翻したロレーナ殿下が、兄君アルフォンソ殿下の背中を押すようにして座らせ、

白騎士のルシアさんも交えた、わたしたちの午餐会がはじまった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

侯爵様にお菓子目当ての求婚をされて困っています ~婚約破棄された元宮廷薬術師は、隣国でお菓子屋さんを営む~

瀬名 翠
ファンタジー
「ポーションが苦い」と苦情が殺到し、ドロテアが勤める宮廷薬術師団は解体された。無職になった彼女を待ち受けていたのは、浮気者の婚約者からの婚約破棄と、氷のように冷たい父からの勘当。 有無を言わさず馬車で運ばれたのは、隣国の王都。ひょんなことから”喫茶セピア”で働くことになった。ある日、薬術レベルが最高になって身についていた”薬術の天女”という特殊スキルが露呈する。そのスキルのおかげで、ドロテアが作ったものにはポーションと同じような効果がつくらしい。 身体つきの良い甘党イケメンに目をつけられ、あれよあれよと家に連れ去られる彼女は、混乱するままお菓子屋さんを営むことになった。  「お菓子につられて求婚するな!」なドロテアと、甘党騎士団長侯爵の、ほんのり甘いおはなし。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。 ◇この小説はNOVELDAYSにも掲載しています。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

大魔法使いは、人生をやり直す~婚約破棄されなかった未来は最悪だったので、今度は婚約破棄を受け入れて生きてみます~

キョウキョウ
恋愛
 歴史に名を残す偉業を数多く成し遂げた、大魔法使いのナディーン王妃。  彼女の活躍のおかげで、アレクグル王国は他国より抜きん出て発展することが出来たと言っても過言ではない。  そんなナディーンは、結婚したリカード王に愛してもらうために魔法の新技術を研究して、アレクグル王国を発展させてきた。役に立って、彼に褒めてほしかった。けれど、リカード王がナディーンを愛することは無かった。  王子だったリカードに言い寄ってくる女達を退け、王になったリカードの愛人になろうと近寄ってくる女達を追い払って、彼に愛してもらおうと必死に頑張ってきた。しかし、ナディーンの努力が実ることはなかったのだ。  彼は、私を愛してくれない。ナディーンは、その事実に気づくまでに随分と時間を無駄にしてしまった。  年老いて死期を悟ったナディーンは、準備に取り掛かった。時間戻しの究極魔法で、一か八か人生をやり直すために。  今度はリカードという男に人生を無駄に捧げない、自由な生き方で生涯を楽しむために。  逆行して、彼と結婚する前の時代に戻ってきたナディーン。前と違ってリカードの恋路を何も邪魔しなかった彼女は、とあるパーティーで婚約破棄を告げられる。  それから紆余曲折あって、他国へ嫁ぐことになったナディーン。  自分が積極的に関わらなくなったことによって変わっていく彼と、アレクグル王国の変化を遠くで眺めて楽しみながら、魔法の研究に夢中になる。良い人と出会って、愛してもらいながら幸せな人生をやり直す。そんな物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...