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26.ひまわりが満開に咲くまでに

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わたしは、若い。

ひと晩の徹夜くらい、どうということはない。

だけど、秘湯で白騎士ルシアさんにお身体を研究させてもらっていたので、そもそもが睡眠不足進行だった。

慌ただしく駆け回る騎士団長のフェデリコをつかまえて、馬車の手配を頼む。

出兵した騎士団が市街地を抜けたら、すこし休ませてもらわないと、身体がもちそうにない。


出兵の準備がすべて整う直前、太陽が中天を過ぎる頃、

ベアトリスの帰城が間に合った。

そして、わたしの目が点になる。


「……ちょっと、ベア? なんで、鎧なんか着けてるのよ?」

「マダレナだって着けてるじゃない? ロレーナ殿下からいただいた、豪華な鎧」

「いや……」

「私のは数少ない女性騎士様から借りた、ふつうの鎧よ。どう? 似合う?」

「……フェデリコに頼んだのね?」

「マダレナ……。もう、私たちは一蓮托生でしょ? 戦になるかもしれないところに、ひとりで行かせたりできないわ」


やさしい眼差しながら、つよい意思を感じさせる、ベアトリスのセルリアンブルーをした澄んだ瞳……。


「ベア。凛々しい美人に、鎧姿は似合い過ぎよ……。惚れ惚れしちゃうわ」

「マダレナこそ、端正すぎるお姿に、惚れ直しちゃうわ」


と、ふたりで笑い合う。

そして、ベアトリスの優しさに涙が出そうになった。

騎士団を率いて、軍事クーデターを鎮圧に行くだなんて……、恐いに決まってる。

つい1年ほど前まで、学問バカのただの田舎貴族の令嬢だったんだぞ?

お互いの鎧を、カチリと鳴らして、抱きしめ合った。


白騎士ルシアさんは、帝国の最高戦力。皇帝陛下の御剣。

本来、わたしの一存で動かすことなど出来ない存在だ。

温泉宿に滞在し、もう少しのんびりしてもらえるよう、ベアトリスに手配してきてもらった。

はやく研究を進めて、ルシアさんにいい報告をしたい。

そのためにも、まずは妹パトリシアの引き起こした重大事を収拾し、

わたしとパトリシアとの因縁にも、決着を着ける。


「でも、よく覚悟を決められたわね。騎士団を率いて、自ら出兵するだなんて」


と、ベアトリスがいつもの調子で、眉を寄せて笑った。


「ベア。王立学院の学生の頃、わたしたち王都の劇場に、よく通ったじゃない?」

「ええ、マダレナは舞台が好きだったものね」

「わたしね、終演したあとに観られる、次の演目の予告編が、好きだったのよ」

「へぇ~」

「ああっ! 来月はこんな舞台が観られるのね!? って、期待に胸を膨らませて、ひと月過ごすのが楽しくて仕方なかったのよ。……でもね」

「うん」

「ずぅ――――――――っと、予告編だけ観せられて、本編を観ずに終わるだなんて、わたし耐えられないわ!!」

「ふふふっ。……アルフォンソ殿下にお会いしなくちゃね」

「そうよ! もう絶対、直接会ってお話をおうかがいしなくちゃ、気が済まないわ!! わたしの、どこに惚れたのよ――って!!」


その時、わたしの部屋の入り口の方から、ガチャンと音がした。

ふり向くと、手から水差しを落したフリアが、魂の抜ける呪いにかかったような顔をして立っていた。


――王都の劇場で、こんな演出を観せられたら興ざめだったわね。


と、思いつつ、ベアトリスとふたりで、フリアに堅く口止めする。

やはり、ベアトリスの〈内緒話スポット〉以外では、暗号を使うべきだった。

歯をカチカチ鳴らしながら、小刻みに何度も首を縦に振るフリア。

わたしの内緒話ならともかく、皇家にある方の機密など、誰もが知りたい訳ではない。

口止めというよりは、むしろ宥めて落ち着かせると、やがて、フリアはベアトリスが鎧姿であることに気が付いた。


「わ、わたしも……」


と、従軍を申し出るフリアに、膝を折って目線を合わせる。


「フリア、ありがとう。でもね、わたしが城に凱旋するときに、出迎える人も必要だわ」

「……は、はい」

「それが、美少女のフリアだったら、わたし最高の気分になれると思うのよ」

「び、美少女だなんて、そんな……」

「ふふっ……」


と、わたしは背筋を伸ばし、小柄なフリアを見下ろした。


「侍女フリア。わたしが不在の間、城の護りを命じます。勝利の凱旋を迎える準備を、万端整えて待て」

「は、ははっ……。身命に賭けましても」

「ふふふ。よろしくね、フリア」

「はい……。ご武運を……」

「いい! それ、いいわねぇ!!!!」


と、美少女フリアに何度も「ご武運を……」と言ってもらっては、ベアトリスと3人で、微笑み合った。


   Ψ


長く絶えて久しかった本格的な出兵の隊列をひと目見ようと、沿道を領民たちが埋め尽くす。

わたしは騎士団の中軍にて、煌びやかな鎧を身にまとい、端然と愛馬2号を進める。

愛馬1号は、わたしと徹夜で駆けたので城でお休み。


そして――、


わたしが通るたび、あがる歓声。黄色い声。

気絶して倒れる女性たち。

ベアトリスが囁く。


「すごい人気じゃない、マダレナ」

「そばに従う美人侍女様も、人気のようだけど?」

「……え、そう?」

「凛々しく生まれて良かったって、初めて思ってるかも」

「それは、そう」


そして、盛大な歓声に見送られながら、隊列が市街地を抜けようとする頃に、

わたしの愛馬の前に、突然、ひとりの町娘が飛び出して、地面にひれ伏した。

護衛の騎士が咎める。


「娘。いかにお慕いしておっても、マダレナ閣下の進まれる道を妨げるは非礼であるぞ。はやく、そこをどけ」

「……騎士様、どうか話を聞いてくださいませ」


と、町娘はまぶかに被ったフードにつけた、小さな花飾りを揺らした。


「私はマダレナ閣下より、かつて返し切れぬ大恩を受けた者にございます。どうか、敵の矢を受ける盾として、お側を護らせていただきたいのです」

「ならん、ならん。なにを痴れたことを。閣下の華々しき初のご出兵に泥を塗る気か!?」

「待て」


と、わたしは護衛の騎士を制して、町娘に目を向けた。


「……娘の心がけ、殊勝である。さすがは皇帝陛下の良民。従軍を許す。わが側に侍れ」

「あ、ありがとうございます!!」


喜声をあげた町娘が、大荷物を積んだ自分の馬を引いてきて跨り、わたしの隣にならんだ。

そして、わたしは声を潜める。


「……ルシアさん。こんなことして大丈夫ですか? 皇帝陛下に叱られません?」

「ふふっ。大切なお友だちのピンチに駆け付けるくらいの勝手、陛下もお目こぼしくださいますよ。どうせ、私たち〈ウロウロ〉してるだけなんですから」


と、町娘姿のルシアさんは、ロレーナ殿下にそっくりな悪戯っ子のような笑みを、口元に浮かべた。

大荷物の中には、きっと白騎士としての鎧や武器が詰め込まれているのだろう。

さらには、ただの町娘には分不相応な、立派過ぎる馬。

白騎士様の卓越した能力に対応できるよう、特別に鍛え抜かれているに違いなかった。

たぶん、町娘の正体に気が付いてる騎士団長のフェデリコは、

その不愛想な超絶美形フェイスで、知らぬ顔をしてくれていた。


   Ψ


市街地を抜けると、最速で街道を駆け始めるエンカンターダスの騎士団。

途中、支城や野営で休息をとりつつ、数日で、サビア領に入り、

まもなく満開を迎えようかという、ひまわり畑を駆け抜ける、無粋にして煌びやかな騎士団という光景を、

わたしは、見逃した。

馬車の中で、爆睡させてもらっていたのだ。


「いささか、心得が……」


と、申し出てくれた町娘姿のルシアさんの御す馬車は、乗り心地快適。

まったく揺れない。

城の自分のベッドで眠るように、しっかりと睡眠をとらせてもらった。


「ひまわり畑……、ベアトリス殿とふたりで見ちゃいました」


と、はにかむルシアさんと、満開の頃までには帰ってこようと誓い合った。

やがて、そびえ立つ城壁と尖塔に囲まれた、白と金とで統一された雄大な城塞、わたしの城〈ひまわり城〉が見えてきた。

帰って来るのは、約半年ぶり。

学都サピエンティアに招いていただいた、冬以来。

先触れの騎士が、わたしとエンカンターダスの騎士団の入城を知らせており、

サビアの騎士団長ホルヘ・サントスをはじめ、すべての騎士が軍装を整えて出迎えてくれた。

拝礼を受け、わずかな休息をとった後、ふたたびネヴィス王国に向けて駆ける。


わたしが叙爵され、はじめて領地サビアに赴いたときは、ゆったりと10日の旅だった。

それを、5日、いや、できれば3日で駆け抜けたい。

わたしも愛馬2号の背にもどり、鞭を入れた――。


   Ψ


やがてネヴィス王国との国境を越えようかというところで、

放っていた偵騎が、ようやく戻って来るのと遭遇した。

ただちに帷幕を張り、偵騎の報告を受ける。


「王国内には戒厳令が敷かれ、国外への情報漏えいを固く防いでおります」

「はい」


ベアトリスのお父君、ロシャ伯爵が知らせてくれなければ、いまだ王国の異変を察知できていなかったかもしれない。

おそらく、間一髪で脱出してくださったロシャ伯爵は、やはりベアトリスのお父君らしく〈出来る〉人なのだろう。

心のなかで、ふかく感謝した。


「王宮は騎士団が占拠し、国王以下すべての王族は軟禁」


離宮で謹慎させられてたパトリシアは、どうなっているのだろう。

姉妹の決着をつけようにも、生きた妹と決着をつけたい。

わたしは、険しく眉間にしわを刻んだ。


「王太后陛下は、帝国騎士の護る王太后宮にて籠城。王国の騎士団も攻めあぐね膠着状態が続いております」

「分かりました。ほかに報告はございますか?」


と、わたしが偵騎に出てくれていた騎士の、疲労困憊した顔に、労いの微笑みを向けると、

騎士は一瞬、キュッと表情を引き締めた。


「……私が王都を脱出する直前、……ネヴィス王国、第2王子妃パトリシア殿下が、王宮に入られました」

「……はっ?」

「クーデターの首謀者と思われます」


わたしは、なんども心の内だけでつぶやいていた言葉を、ついに声に出してしまった。


「ア……、アホですか?」


クーデターを首謀したからではない。

このタイミングで王宮に入り、自分が首謀者だと知らしめたことに、心底、呆れたのだ。

まだ成功するか予断を許さない段階で、息を潜めていられない首謀者が、どこの世界にいる……?


「……すこしでも上手くいけば、勝ち誇らずにはいられないのね。……わたしの愚妹は」


と、つぶやき、ベアトリスに肩をポンポンっと叩かれた。

わたしは、ベアトリスにだけ聞こえるように、耳元に口を寄せた。


「詰めが甘いのよ、パトリシアは」



そして、国境を越えて騎士団を進めると、

ふたりきり、従者も連れずほうほうのていで逃げ出して来た、お父様とお母様に出くわした――。
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