上 下
10 / 87

10.貴女のような顔に生まれたかった

しおりを挟む
「マダレナ。いえ、マダレナ閣下。大変な事実が分かりましたわ」


と、ズイッと身を乗り出すベアトリスが、わたしに顔を近付けた。

真剣な眼差し。

セルリアンブルーの澄んだ瞳でわたしを真っ直ぐに見詰めている。

端正過ぎる凛々しい顔立ちからは、これまでのベアトリスからは感じたことのない、威圧感さえ伝わってくる。

ゴクリと唾を呑み込んでから、


「な……、なにが分かったの? 」


と、わたしも身構えて尋ねた。


「……サビアでは、いえ、太陽帝国では」

「う、うん……」

「私たちのような〈凛々しい美人〉も、人気なのです!!!!」

「…………はっ?」


拳を堅く握りしめ、目を閉じて天を仰ぐベアトリス。

つい先ほどまで、家臣たちが開いてくれた歓迎の祝宴に、ふたりで出席していた。


「旅のお疲れもございましょうから、正式な祝宴は後日とさせていただき、本日は簡素なものですが」


と、代官のエステバンに案内された会場は、ネヴィス王国の王宮の大広間より広くて、ならぶ料理は豪壮にして美味絶品。

立食形式ではあったけど、羊肉もチーズも蜂蜜をふんだんに使ったケーキも、存分に堪能させてもらい、

家臣たちとも交流の機会を持てた。

そして、戻った自室の広さと高さに圧倒される暇もなく、ベアトリスに迫られていたのだ……。


「モテました……。生まれて初めて、モテました……」

「う、うん……。それは良かったわね」

「生まれて初めて真正面から『キレイ』と言われ、2度目も、3度目も……、いえ、100回以上は言っていただきました」

「うん……」


ちなみに、わたしも言ってもらえた。

もっとも、わたしのは主君に対する賛辞なので、お愛想かと受け止めていたのだけど……。


「そして……、女性の出席者からは、こんこんとお説教されました」

「えっ!? ……お説教?」

「はい……。なぜ似合いもしない可愛らしい化粧をするのかと……」

「ああ……」

「宝の持ち腐れだと、なんともったいないことをするのかと、……貴女のような顔に生まれたかった女性がどれだけいると思っているの? ……と、お説教されました……」


ベアトリスの声は、次第に涙声になってゆく。

伯爵家の次女に生まれ、嫁ぎ先によって大きく人生が変わる身の上だったベアトリス。


「もう少し可愛らしい顔に生まれてたら、別の人生があったかもしれないけど」


と、寂しげに笑ったことは、一度や二度ではない。

貴族令嬢に生まれた以上、結婚に人生が翻弄されるのは、自分の力だけではどうしようもない。

ベアトリスにいたっては、美術品のように美しい顔に生まれていながら、鏡を見てはため息を吐いていたことだろう。

選んでもらえないということが、どれほどツラく惨めなことか――、

わたしは、そっと後ろから肩を抱いた。


「……マダレナぁ」

「良かったわね、ベア」

「うん……。私……、生まれてきて良かったって、……初めて思えた」


と、ベアトリスはわたしの胸の中に顔を埋めて、忍び泣きをはじめた。


「帝国の儀礼より先に、お化粧習わなくちゃね。わたしも、どうにか可愛らしくしようとするお化粧しか知らないし、一緒に習いましょ?」

「うん……、うん……」

「それで、素敵な旦那様を一緒に見付けましょうね? ベアが帝国貴族夫人になって里帰りしたら、みんなビックリしちゃうわよ?」

「……ぜんぶ」

「うん……」

「ぜんぶ……、マダレナが、私を侍女にしてくれたお陰よ。 ……ほんとうに、ほんとうに、ありがとう」

「どういたしまして。これからも、よろしくね、わたしのキレイな侍女様」

「……はい、……こちらこそ」


と、ベアトリスの言葉は声にならなくなった。

ポンポンと、背中を叩いてあげる。

ベアトリスにとっても、わたしにとっても、なによりの〈新生活〉の始まりだ。

生まれ変わったような気持ちがするのは、ベアトリスだけではない。

やがて、わたしの胸の中で大きく深呼吸したベアトリスが口を開いた。


「マダレナ」

「なあに?」

「……貴女のおっぱい、見た目の通りなのね」

「ほっとけ」


   Ψ


翌日から早速、領地について代官のエステバンから説明を受ける。


「私はもう歳です。まもなく致仕いたす頃合い。次の代官はマダレナ閣下の使いやすい者を任命してくだされ」

「……承知いたしました」

「その前提で申し上げますが、帝国貴族たるもの領地経営の細かなところまで口出しするものではございません」

「はい」

「大きく全体を見渡すのが、その責務とお考えください」

「心いたします」

「ですが、もちろん世界は善人だけで出来てはおりません。統治を任せる代官が悪さを働かぬよう監督するのもまた、ご領主の大切なお役目」


と、エステバンはその鋭い眼光を、傍に控えるベアトリスに向けた。

ふと言葉を失ったエステバンに、わたしから声をかける。


「……化粧のことでしたら、練習中なので大目に見てやってくださいませ」

「こ、これは失礼……」


さっそく張り切ったベアトリスの化粧は、凛々しいが過ぎていた……。

わたしはとりあえず、いままで通りに化粧したんだけど、喜びを爆発させていたベアトリスを止めることも出来ず……。

エステバンが咳払いをひとつした。


「……代官の働きをそれとなく監視するのも、ご側近であるベアトリス殿のお役目となりましょう」

「畏まりました」


と、緊張気味に頭をさげるベアトリスは、凛々しい美人を通り越して、美形の騎士様だ。

……惚れるぞ?

ただし、美形の騎士様がメイド服というチグハグさに、エステバンが絶句したのは咎めることができない。


そして、サビアの財政と、わたしの経費について簡単に説明を受け、

今度はわたしとベアトリスが絶句した。


わたしの経費――、


つまり〈お小遣い〉が、元実家であるカルドーゾ侯爵家全体の約20倍。

ネヴィス王国の国家財政にも匹敵しようかという規模だ。


――て、帝国貴族の皆さま方は、こんな巨額の〈お小遣い〉を、何に使われているのかしら?


しかも、領民に課す税率が、さして高いとも思われない。

要するに商業――、交易で上がる収益が莫大なのだ。

そして、


「ネヴィス王国で産出される〈魔鉄〉のすべてが、このサビアを通ります。財政が安定しているのは、それに依るものが大きいのです」


というエステバンの説明を聞いて、ようやく納得することができた。


――魔鉄。


魔力を帯びた鉄鉱石は、ネヴィス王国の主要な輸出品だ。

すでに世界から魔導は失われているけど、太陽帝国の帝都ソリス・エテルナだけが、魔鉄を加工する技術を継承している。

魔鉄製の武器は、太陽帝国に圧倒的な軍事力を与え、大陸を支配する根源ともなっている。

それにしても、


――これだけの経費を手放されても、なんの痛痒も感じられていない王太后陛下は、どれほどの富と産業をお持ちなのか……。


と、さらなる畏敬の念を深めさせられる。

さらに言えば、王太后陛下の義理の甥にあたられる皇帝陛下のもとには、どれほどの富が……。

ぶるっと、身震いがひとつした。


   Ψ


まずは歳の頃合いが近いメイドをひとり捕獲して、わたしの部屋に引きずり込み、

ベアトリスとふたりで、化粧を習った。

どうせ習うのなら若い娘から、最新の流行を教えてもらいたい。


「ま、まあ。……それはまた随分と、変わっているのですねぇ……、ネヴィス王国は……。ご領主さまも、侍女さまもお美しくていらっしゃるのに……」


と、つい先日まで王国領であったサビアに生まれ育ったメイドが、目を泳がせた。

つまり、王太后陛下直轄のサビアは、従来より帝国領としての性格を色濃く残していたのだろう。

ともかく、


「これが、わたし!?」


と、ベアトリスと言い合ってはケタケタ笑い、化粧を施してくれたメイドを呆れさせた。

毎日少しずつ教えてと頼み、名前を聞くと、


「あ、あの……、名乗ってもよろしいのでしょうか?」


と、戸惑った表情を浮かべさせてしまった。


――そうか。明確に名乗りを許してあげなくちゃいけない立場になったのか……。


と、申し訳ない気持ちになって、


「ごめんなさい。名乗りを許します。お名前は?」

「あ、はい! ありがとうございます。フリアと申します。姓はアロンソで、平民の出自にございます」


と、嬉しそうに答えてくれたフリア。

わたしたちと違い、正統派美少女といった顔立ち。可愛らしいという言葉だけでは表現しきれない、女の子らしい清楚な美しさを備えた美少女だ。

まっすぐ伸びた栗色の髪は、毛先だけクルンと巻いていて、美少女っぷりを引き立てている。

もっとも、ネヴィス王国に行けば〈やや敬遠〉される、凛々しさも兼ね備えているところが、正統派の正統派たる由縁だ。

もちろん、だからこそわたしとベアトリスに捕獲された訳だけど。


「フリア・アロンソね。覚えたわ」

「光栄に存じます!」


と、勢いよくお辞儀してくれるフリア。

平民の出自であれば、逆に色々聞きたいこともある。

わたしとベアトリスの化粧の師匠になるように命じて、退出させた。


   Ψ


そして、凛々しい美しさを引き出す化粧に自信を付けてから、

代官エステバンと、サビアの騎士団長ホルヘ・サントスの案内で、

サビア伯爵領内の巡察へと出かけたのだ――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

薄幸の令嬢は幸福基準値が低すぎる

紫月
恋愛
継母に虐待を受け使用人のような扱いを受ける公爵令嬢のクリスティナ。 そんな彼女は全く堪えた様子もなく明るく前向き! 前世でも不遇な環境だった為に彼女が思う幸福は基準が低すぎる。 「ご飯が食べられて、寝る場所があって、仕事も出来る! ありがたい話です!」 そんな彼女が身の丈以上の幸福を手に入れる…かもしれない、そんな話。 ※※※ 生々しい表現はありませんが、虐待の描写があります。 苦手な方はご遠慮ください。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。 だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。 高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。 ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。 ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!! 乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。 なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける! という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー! *女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます! *第17回ファンタジー小説大賞で奨励賞をいただきました!

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...