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4.王太后陛下の思し召し
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王都の高台にそびえる王太后宮。
国王陛下が住まわれる王宮と比べても遜色のない、壮大な宮殿に向けて馬車が走る。
宗主国である太陽帝国のグティエレス公爵家から輿入れされた、エレノオラ王太后陛下。
姪であるエレナ・デ・ラ・ソレイユ第2皇后陛下を通じ、大陸に君臨する太陽皇家の縁戚にもあたられる。
――第2皇后。
すでに皇后を迎えていた皇帝陛下に、側妃ではなく、もうひとりの皇后だと認めさせたグティエレス公爵。
エレノオラ王太后陛下の兄君であり、帝政を壟断する実力者。
すべてが物語のなかの出来事だとしか感じられない、はるかな高みの存在。
その王太后陛下がお住まいの、瀟洒にして豪壮な宮殿に近付くにつれ、わたしの掌は緊張の汗でぐっしょり濡れてゆく。
「王太后陛下の召喚状に名前が書かれているのはマダレナだけだ……。ひとりで行ってもらうほかない」
と、深刻な表情をしたお父様に、屋敷を送り出していただいた。
ほんとうに、なんのご用事でわたしを呼ばれたのか見当もつかない。
そして、わたしの緊張にそぐわない、朗らかな笑みを浮かべた執事様が通してくださったのは、
謁見の間ではなく、貴賓室だった。
――はあぁぁぁぁぁ!? なんで、わたしが王太后陛下の賓客待遇なの???
さすがに、呆れてしまった。
あまりにも現実ばなれしているし、慣例からも、常識からも外れている。
「……なにかお間違えなのでは?」
と、わたしがそっと尋ねた執事様は、にこやかに微笑んでくださった。
「いえ。王太后陛下のお指図にございますれば、しばらくお待ちくださいませ」
そして、
――案内する場所を間違えた執事様が、叱られてしまうのでは?
というわたしの心配は、杞憂に終わった。
優しげな微笑みを浮かべた王太后陛下が、貴賓室に入って来られたのだ。
「急に呼び出して、すまなかったな」
と、目のまえのソファに腰を降ろされるエレオノラ王太后陛下。
わたしの白っぽい銀髪と違い、落ち着いた色合いのアッシュシルバーなお髪はナチュラルに巻いている。
お母様より年上の57歳におなりなのに、お肌は艶やかで年齢を感じさせない。
なにより、そのお顔立ちはわたしやベアトリスと同じ系統で〈端正過ぎる〉凛々しい美貌の持ち主。
しかも、早逝された先王陛下に代わり、実質的に王国を統治されていた期間も長い。
王国の男性貴族が可愛らしい令嬢を好むのは、王太后陛下への畏怖がそうさせているのではないかと疑っているほどだ。
「い、いえ……。めっそうもございません……」
と、かろうじて返答できたけど、
おなじ目線の高さで声をかけていただく、返答させていただくなど、通例では考えられない。
居心地の悪いこと、この上ない待遇だ。
カルドーゾ侯爵家の家史に特筆すべき〈慶事〉と言っても、大袈裟ではない。
「まあ、そう緊張するな……、と言っても無理かな?」
「え、ええ……。出来るかぎり努力はさせていただきますけれども……」
「はっは。努力はいいな。女性で初めて王立学院を首席卒業した才媛、マダレナらしい謙虚な言い回しだ」
「お、お褒めにあずかり、光栄にございます……」
「うむ」
と、満足気に微笑まれた王太后陛下が、そっと視線を落とされた。
「……わざわざマダレナに来てもらったのは、詫びるためだ」
「わ、詫び……?」
王太后陛下は、気品ある菖蒲色をした瞳でわたしを真っ直ぐに見詰められた。
「妾が帝都ソリス・エテルナに出かけ不在の間に、リカルドが勝手なことを仕出かしていたようだ」
「い、いえ、そんな……」
「マダレナの運命を気軽に曲げてしまう軽率な行動。国王ともども、妾からキツく叱っておいた」
王太后陛下の孫君にあたられる、第2王子リカルド殿下。
だけど、妹パトリシアとの結婚を〈軽率な行動〉と、忌々しげに吐き捨てられては、姉として少し立場がないような気もした。
「かと言って、すでに国王の勅許まで布告させておっては、取り消させる訳にもいかぬ。バカ孫に言い包められたバカ息子とはいえ、国王は国王だ。妾みずから、その権威に傷を入れれば国の礎を揺るがす」
「ええ……、それは至極当然のことにございましょう……」
「だが、妾の又甥でもあるアルフォンソ第2皇子殿下より、直々にお言葉を賜ったマダレナに対し、このままにしておく訳にもいかぬ」
「……なんと、もったいないお言葉。わたしごときにお心を傾けていただけました一事だけでも、このマダレナ、すでに生涯の誉れを賜りましてごさいます」
「うむ。なかなか愛いことを言ってくれるが、話しは最後まで聞いてくれ」
「これは、失礼を……」
「いや、いいのだが……。せめてもの詫びの印として、妾が保持しておる伯爵位を、マダレナに贈りたい」
「ええっ!? ……そ、そ、それは?」
「もちろん、帝国伯爵位だ」
宗主国たる太陽帝国から賜る爵位と、属国であるネヴィス王国の爵位では価値も身分も、受ける礼遇もまったく異なる。
そもそも国王陛下でさえ帝国に赴けば、準帝国公爵の待遇だ。
――公・候・伯・子・男。
と、爵位の名称はおなじだけど、帝国爵位は王国爵位の〈一枚半〉上の待遇となる。
つまり、帝国の伯爵位とは、王国の侯爵であるお父様より〈半枚上〉と位置付けられるのだ。
わたしがこのまま本当に帝国伯爵に叙爵されたら、お父様は部屋に入るわたしを立って出迎えないといけないし、公式の場では膝を突いてわたしの話を聞かなくてはならない。
そして――、
「リカルドめにも、膝を突かせてやればよいのだ」
と、眉を寄せて笑われる王太后陛下。
帝国からの勅使にもなり得る帝国伯爵ともなれば、属国の王子よりも上の待遇と解される。
――たとえ、王族のワガママに振り回されたのだとしても、その詫びとしては大きすぎるのでは……?
と、戸惑うわたしだけど、
よもや、王太后陛下の思し召しに逆らったり出来るはずもない。
そんなことをすれば、カルドーゾ侯爵家など瞬く間に、お取り潰しの憂き目を見ることにもなりかねない。
「……か、過分なご配慮。身に余る栄誉。……ふかく感謝申し上げるよりほか、言葉が見付かりません……」
「うん、そうか。受けてくれるか?」
「はっ……、謹んで」
「それは良かった。これでアルフォンソ殿下に対して、妾の顔が立つというもの。感謝するのはマダレナではなく、妾の方であるぞ?」
「……も、もったいなきお言葉」
うんうんと、慈愛に満ちた表情でうなずかれる王太后陛下。
急転に急転を重ねた自分の運命に、わたしの頭がついていかない。
――こ、これは膝を突いて謝辞を述べるべきところ? ん? カーテシー?
とか、混乱した頭で考えるのだけど、あるべき儀礼を思い出すことができない。
そもそも、王太后陛下から賓客待遇でもてなされている時点で、わたしの知る常識がすべて塗り替えられているので、我ながら無理もないことではあるのだけど……。
そういえば、王太后陛下は近侍の方もお連れにならず、おひとりで入って来られた――。
――ふたりきりでの拝謁。
いまさらながら、寒気がするほどの緊張が、ドッと押し寄せてくる。
そんなわたしの心中を知ってか知らずか、王太后陛下が優しく語りかけてくださった。
「マダレナの卒業論文は、ほんとうに素晴らしかった。卒業式が終わったあとも、アルフォンソ殿下はずっとマダレナのことをお尋ねであったのだぞ?」
「そ、それは……」
「王都はなにかと騒がしかろう。叙爵式を終えたら、領地に赴くがよい」
「りょ、領地!? ……でございますか?」
思わず声がひっくり返ってしまった。
王太后陛下から賜ろうとしているのは、名目だけの〈宮廷爵位〉ではなくて、領地に紐づいた〈領主爵位〉なのか……。
「ふふっ。……自然豊かで景色の美しいところだ。しばらく羽根を伸ばしてくればいい」
そう言って微笑まれる王太后陛下。
すべてが夢の中の出来事のようで、わたしは身体がふわふわと浮かんでるような、心持ちになってしまっていた――。
国王陛下が住まわれる王宮と比べても遜色のない、壮大な宮殿に向けて馬車が走る。
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――はあぁぁぁぁぁ!? なんで、わたしが王太后陛下の賓客待遇なの???
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「……なにかお間違えなのでは?」
と、わたしがそっと尋ねた執事様は、にこやかに微笑んでくださった。
「いえ。王太后陛下のお指図にございますれば、しばらくお待ちくださいませ」
そして、
――案内する場所を間違えた執事様が、叱られてしまうのでは?
というわたしの心配は、杞憂に終わった。
優しげな微笑みを浮かべた王太后陛下が、貴賓室に入って来られたのだ。
「急に呼び出して、すまなかったな」
と、目のまえのソファに腰を降ろされるエレオノラ王太后陛下。
わたしの白っぽい銀髪と違い、落ち着いた色合いのアッシュシルバーなお髪はナチュラルに巻いている。
お母様より年上の57歳におなりなのに、お肌は艶やかで年齢を感じさせない。
なにより、そのお顔立ちはわたしやベアトリスと同じ系統で〈端正過ぎる〉凛々しい美貌の持ち主。
しかも、早逝された先王陛下に代わり、実質的に王国を統治されていた期間も長い。
王国の男性貴族が可愛らしい令嬢を好むのは、王太后陛下への畏怖がそうさせているのではないかと疑っているほどだ。
「い、いえ……。めっそうもございません……」
と、かろうじて返答できたけど、
おなじ目線の高さで声をかけていただく、返答させていただくなど、通例では考えられない。
居心地の悪いこと、この上ない待遇だ。
カルドーゾ侯爵家の家史に特筆すべき〈慶事〉と言っても、大袈裟ではない。
「まあ、そう緊張するな……、と言っても無理かな?」
「え、ええ……。出来るかぎり努力はさせていただきますけれども……」
「はっは。努力はいいな。女性で初めて王立学院を首席卒業した才媛、マダレナらしい謙虚な言い回しだ」
「お、お褒めにあずかり、光栄にございます……」
「うむ」
と、満足気に微笑まれた王太后陛下が、そっと視線を落とされた。
「……わざわざマダレナに来てもらったのは、詫びるためだ」
「わ、詫び……?」
王太后陛下は、気品ある菖蒲色をした瞳でわたしを真っ直ぐに見詰められた。
「妾が帝都ソリス・エテルナに出かけ不在の間に、リカルドが勝手なことを仕出かしていたようだ」
「い、いえ、そんな……」
「マダレナの運命を気軽に曲げてしまう軽率な行動。国王ともども、妾からキツく叱っておいた」
王太后陛下の孫君にあたられる、第2王子リカルド殿下。
だけど、妹パトリシアとの結婚を〈軽率な行動〉と、忌々しげに吐き捨てられては、姉として少し立場がないような気もした。
「かと言って、すでに国王の勅許まで布告させておっては、取り消させる訳にもいかぬ。バカ孫に言い包められたバカ息子とはいえ、国王は国王だ。妾みずから、その権威に傷を入れれば国の礎を揺るがす」
「ええ……、それは至極当然のことにございましょう……」
「だが、妾の又甥でもあるアルフォンソ第2皇子殿下より、直々にお言葉を賜ったマダレナに対し、このままにしておく訳にもいかぬ」
「……なんと、もったいないお言葉。わたしごときにお心を傾けていただけました一事だけでも、このマダレナ、すでに生涯の誉れを賜りましてごさいます」
「うむ。なかなか愛いことを言ってくれるが、話しは最後まで聞いてくれ」
「これは、失礼を……」
「いや、いいのだが……。せめてもの詫びの印として、妾が保持しておる伯爵位を、マダレナに贈りたい」
「ええっ!? ……そ、そ、それは?」
「もちろん、帝国伯爵位だ」
宗主国たる太陽帝国から賜る爵位と、属国であるネヴィス王国の爵位では価値も身分も、受ける礼遇もまったく異なる。
そもそも国王陛下でさえ帝国に赴けば、準帝国公爵の待遇だ。
――公・候・伯・子・男。
と、爵位の名称はおなじだけど、帝国爵位は王国爵位の〈一枚半〉上の待遇となる。
つまり、帝国の伯爵位とは、王国の侯爵であるお父様より〈半枚上〉と位置付けられるのだ。
わたしがこのまま本当に帝国伯爵に叙爵されたら、お父様は部屋に入るわたしを立って出迎えないといけないし、公式の場では膝を突いてわたしの話を聞かなくてはならない。
そして――、
「リカルドめにも、膝を突かせてやればよいのだ」
と、眉を寄せて笑われる王太后陛下。
帝国からの勅使にもなり得る帝国伯爵ともなれば、属国の王子よりも上の待遇と解される。
――たとえ、王族のワガママに振り回されたのだとしても、その詫びとしては大きすぎるのでは……?
と、戸惑うわたしだけど、
よもや、王太后陛下の思し召しに逆らったり出来るはずもない。
そんなことをすれば、カルドーゾ侯爵家など瞬く間に、お取り潰しの憂き目を見ることにもなりかねない。
「……か、過分なご配慮。身に余る栄誉。……ふかく感謝申し上げるよりほか、言葉が見付かりません……」
「うん、そうか。受けてくれるか?」
「はっ……、謹んで」
「それは良かった。これでアルフォンソ殿下に対して、妾の顔が立つというもの。感謝するのはマダレナではなく、妾の方であるぞ?」
「……も、もったいなきお言葉」
うんうんと、慈愛に満ちた表情でうなずかれる王太后陛下。
急転に急転を重ねた自分の運命に、わたしの頭がついていかない。
――こ、これは膝を突いて謝辞を述べるべきところ? ん? カーテシー?
とか、混乱した頭で考えるのだけど、あるべき儀礼を思い出すことができない。
そもそも、王太后陛下から賓客待遇でもてなされている時点で、わたしの知る常識がすべて塗り替えられているので、我ながら無理もないことではあるのだけど……。
そういえば、王太后陛下は近侍の方もお連れにならず、おひとりで入って来られた――。
――ふたりきりでの拝謁。
いまさらながら、寒気がするほどの緊張が、ドッと押し寄せてくる。
そんなわたしの心中を知ってか知らずか、王太后陛下が優しく語りかけてくださった。
「マダレナの卒業論文は、ほんとうに素晴らしかった。卒業式が終わったあとも、アルフォンソ殿下はずっとマダレナのことをお尋ねであったのだぞ?」
「そ、それは……」
「王都はなにかと騒がしかろう。叙爵式を終えたら、領地に赴くがよい」
「りょ、領地!? ……でございますか?」
思わず声がひっくり返ってしまった。
王太后陛下から賜ろうとしているのは、名目だけの〈宮廷爵位〉ではなくて、領地に紐づいた〈領主爵位〉なのか……。
「ふふっ。……自然豊かで景色の美しいところだ。しばらく羽根を伸ばしてくればいい」
そう言って微笑まれる王太后陛下。
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