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3.皇帝陛下と賭け
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「砂漠の帝国の大軍が、我が西の帝国を狙って北上しております。どうか、お助けを……」
と、ジャコウウシのステーキにかぶり付く私の足下で、惨めったらしく哀願しているのは皇帝陛下だ。
「実はウチって弱いのか……?」
この前も絹の帝国に攻められたばかりだ。
「代替わりしたばかりの混乱を狙われているのです……。どうか、お助けを……」
この皇帝に即位したばかりの義兄、控え目に言ってクズだ。
「お久しぶり~」と、自分が流刑にしたソフィアがウインクして見せると、ヘラヘラと鼻の下を伸ばしている。
私が最初に婚約してた神聖王国の王太子を掠奪したのが、当時、聖女と持て囃されてたソフィアだ。神聖王国なんて大層な名前だけど、所詮は四帝国の緩衝国に過ぎない。
その分際で、聖女に目が眩んで帝国皇女を追い出しただけでも許し難いのに、さらにその王太子がウチの亡くなった叔父さん――皇帝の弟の隠し子であることが判明して、跡取りのいなかった帝国に、急遽、皇太子として迎えられた。
名前も神聖王国風のカルロから、西の帝国風のシャルルに改めたこのクズは、一転してソフィアのことが邪魔になった。
で、追い出そうとしたら、そもそも私に無実の罪を着せてたことが露見して流刑。無事に婚約解消したという訳だ。まあ、2人ともクズだ。
その後、先頃引退された父上に代わって、皇帝に即位した。緩衝国の王太子と西の帝国皇帝では月とスッポン以上の差がある。私と婚約破棄して大出世した筆頭格だ。
しかも、こいつは即位するにあたって姉上を娶った。「それなら、私でいいんじゃ……」と思ったけど、それは気まずいらしい。
元婚約者で従兄弟で義兄で主君の面倒なヤツだ。
かと言って、私も帝国は愛している。帝国の危機を放置する訳にはいかない。皇女だし。
**千里眼**
魔導で覗いてみると、確かに砂漠の帝国の大軍がこっちに向かって北上してる。
「ね。アルマちゃん」
と、皇帝が猫撫で声を出した。
「ちょちょいと、魔導で、ね」
半分無視してステーキをかっ喰らう元婚約者の女2人を前に、よくそんな声を出せるもんだ。
しかし、皇帝がどんなに情けなくても帝国民には関係ないことだ。帝国民に迷惑はかけられん。皇女だし。
**土よ壁になれ**
「国境に土の壁を作っといたから、当分、攻めて来れん。その間に和平交渉でもなんでもやれ」
「そんなぁ。もっと、ちゃちゃっと撃退してほしいなぁ……」
「他人にばかり頼るな! 自分でも汗をかけ、汗を。皇帝だろ!?」
と、私が一喝したとき、庭からドスンドスンと地響きのような足音が鳴り響き、婚約者の相談に乗ってやった海竜の声がした。
〈皇女ちゃんいるー?〉
すっかり懐かれた。身体は大きいし、はなはだ迷惑だが、慕ってくれているものを無下にも出来ない。皇女だし。
「どうした? マリーベル」
見た目との乖離が甚だしい可愛い名前の海竜と話しに、ソフィアと外に出た。皇帝は顎が外れそうに驚いていたが、私は知らん。というか、早く帰って仕事しろ。
〈いいクジラが獲れたのよー♡〉
と言うマリーベルの後ろではクジラがピチピチしている。
〈皇女ちゃん、お魚は苦手って言ってたけど、クジラなら大丈夫なんじゃないかと思ってー♡〉
「うん、そうだな。食べたことはないが、珍味と聞く」
〈美味しいわよー♡〉
「では、早速捌いて、いただくとするか」
ソフィアが慌てたように体の前で手を振った。
「わ、私、クジラなんか捌いたことないわよ!」
「誰がお前にやれと言った」
**土よ働け**
と、私が魔力を放つと周囲の土が盛り上がって80体のゴーレムが現れて、クジラを捌き始めた。
◇
「いや、皇帝がこんなにストレスのかかるものだなんで思わなかったんですよ……」
と、皇帝が情けない声で弱音を吐くのを、海竜のマリーベルがうんうん聞いている。
〈分かる。分かるわぁ〉
「分かってくれますか?」
〈上に立つって大変よね〉
「そうなんですよ! だからね、敵の侵攻くらいはね、ちょちょいと撃退してくれるよう、アルマに言ってやってくださいよぉ」
「マリーベル。聞く必要はないぞ」
と、後ろから私が言うと皇帝はギクリとした顔をこっちに向けた。
「き、聞いてたんだ……」
「こいつのいつもの手なんだ」
と、手にしたクジラ串にかぶり付いた。
〈あら、そうなの?〉
「そうだ。泣き付けば誰かがどうにかしてくれると思ってる」
「そこが可愛いんだけどね」
と、ソフィアがウインクした。まだ懲りてないのか、この元聖女は。
〈皇女ちゃんの魔導で改心させたら?〉
「私は人の心を操る魔導は使わん。そりゃ『魅了』あたりを使えば、すぐに結婚出来るかもしれんが、そんな結婚して何になる」
〈純真なのねぇ……〉
「魔導で改心させたところで、それでは奴隷と同じだ。自分で汗をかいて、自分で気が付け」
「んじゃあ、悪い悪魔を祓ってあげたら?」
と、ソフィアが言った。
「どういうことだ?」
「怠け癖、頼り癖、無責任。そんなの起こさせるのはみんな悪魔の仕業よ」
「ふむ」
私は少し考えてから、指を鳴らした。
**浄化**
皇帝はキラキラした目をして帰って行った。
何日で元に戻るか、ソフィアとマリーベルと賭けをしたけど、勝ったのはソフィアだった。
悪いヤツほど人を見る目があるということか。というか、お前に『浄化』が要るんじゃないのか?
と、ジャコウウシのステーキにかぶり付く私の足下で、惨めったらしく哀願しているのは皇帝陛下だ。
「実はウチって弱いのか……?」
この前も絹の帝国に攻められたばかりだ。
「代替わりしたばかりの混乱を狙われているのです……。どうか、お助けを……」
この皇帝に即位したばかりの義兄、控え目に言ってクズだ。
「お久しぶり~」と、自分が流刑にしたソフィアがウインクして見せると、ヘラヘラと鼻の下を伸ばしている。
私が最初に婚約してた神聖王国の王太子を掠奪したのが、当時、聖女と持て囃されてたソフィアだ。神聖王国なんて大層な名前だけど、所詮は四帝国の緩衝国に過ぎない。
その分際で、聖女に目が眩んで帝国皇女を追い出しただけでも許し難いのに、さらにその王太子がウチの亡くなった叔父さん――皇帝の弟の隠し子であることが判明して、跡取りのいなかった帝国に、急遽、皇太子として迎えられた。
名前も神聖王国風のカルロから、西の帝国風のシャルルに改めたこのクズは、一転してソフィアのことが邪魔になった。
で、追い出そうとしたら、そもそも私に無実の罪を着せてたことが露見して流刑。無事に婚約解消したという訳だ。まあ、2人ともクズだ。
その後、先頃引退された父上に代わって、皇帝に即位した。緩衝国の王太子と西の帝国皇帝では月とスッポン以上の差がある。私と婚約破棄して大出世した筆頭格だ。
しかも、こいつは即位するにあたって姉上を娶った。「それなら、私でいいんじゃ……」と思ったけど、それは気まずいらしい。
元婚約者で従兄弟で義兄で主君の面倒なヤツだ。
かと言って、私も帝国は愛している。帝国の危機を放置する訳にはいかない。皇女だし。
**千里眼**
魔導で覗いてみると、確かに砂漠の帝国の大軍がこっちに向かって北上してる。
「ね。アルマちゃん」
と、皇帝が猫撫で声を出した。
「ちょちょいと、魔導で、ね」
半分無視してステーキをかっ喰らう元婚約者の女2人を前に、よくそんな声を出せるもんだ。
しかし、皇帝がどんなに情けなくても帝国民には関係ないことだ。帝国民に迷惑はかけられん。皇女だし。
**土よ壁になれ**
「国境に土の壁を作っといたから、当分、攻めて来れん。その間に和平交渉でもなんでもやれ」
「そんなぁ。もっと、ちゃちゃっと撃退してほしいなぁ……」
「他人にばかり頼るな! 自分でも汗をかけ、汗を。皇帝だろ!?」
と、私が一喝したとき、庭からドスンドスンと地響きのような足音が鳴り響き、婚約者の相談に乗ってやった海竜の声がした。
〈皇女ちゃんいるー?〉
すっかり懐かれた。身体は大きいし、はなはだ迷惑だが、慕ってくれているものを無下にも出来ない。皇女だし。
「どうした? マリーベル」
見た目との乖離が甚だしい可愛い名前の海竜と話しに、ソフィアと外に出た。皇帝は顎が外れそうに驚いていたが、私は知らん。というか、早く帰って仕事しろ。
〈いいクジラが獲れたのよー♡〉
と言うマリーベルの後ろではクジラがピチピチしている。
〈皇女ちゃん、お魚は苦手って言ってたけど、クジラなら大丈夫なんじゃないかと思ってー♡〉
「うん、そうだな。食べたことはないが、珍味と聞く」
〈美味しいわよー♡〉
「では、早速捌いて、いただくとするか」
ソフィアが慌てたように体の前で手を振った。
「わ、私、クジラなんか捌いたことないわよ!」
「誰がお前にやれと言った」
**土よ働け**
と、私が魔力を放つと周囲の土が盛り上がって80体のゴーレムが現れて、クジラを捌き始めた。
◇
「いや、皇帝がこんなにストレスのかかるものだなんで思わなかったんですよ……」
と、皇帝が情けない声で弱音を吐くのを、海竜のマリーベルがうんうん聞いている。
〈分かる。分かるわぁ〉
「分かってくれますか?」
〈上に立つって大変よね〉
「そうなんですよ! だからね、敵の侵攻くらいはね、ちょちょいと撃退してくれるよう、アルマに言ってやってくださいよぉ」
「マリーベル。聞く必要はないぞ」
と、後ろから私が言うと皇帝はギクリとした顔をこっちに向けた。
「き、聞いてたんだ……」
「こいつのいつもの手なんだ」
と、手にしたクジラ串にかぶり付いた。
〈あら、そうなの?〉
「そうだ。泣き付けば誰かがどうにかしてくれると思ってる」
「そこが可愛いんだけどね」
と、ソフィアがウインクした。まだ懲りてないのか、この元聖女は。
〈皇女ちゃんの魔導で改心させたら?〉
「私は人の心を操る魔導は使わん。そりゃ『魅了』あたりを使えば、すぐに結婚出来るかもしれんが、そんな結婚して何になる」
〈純真なのねぇ……〉
「魔導で改心させたところで、それでは奴隷と同じだ。自分で汗をかいて、自分で気が付け」
「んじゃあ、悪い悪魔を祓ってあげたら?」
と、ソフィアが言った。
「どういうことだ?」
「怠け癖、頼り癖、無責任。そんなの起こさせるのはみんな悪魔の仕業よ」
「ふむ」
私は少し考えてから、指を鳴らした。
**浄化**
皇帝はキラキラした目をして帰って行った。
何日で元に戻るか、ソフィアとマリーベルと賭けをしたけど、勝ったのはソフィアだった。
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