4 / 26
2.海竜の婚約者
しおりを挟む
解呪のお礼に来た雑貨屋の主人が気になることを言った。
「最近、魚が獲れないって漁師がボヤいてましてね」
「ほう。なにか訳があるのか?」
「それがどうも、この辺りを縄張りにしてる海竜の機嫌が悪いらしくて、魚がみんな逃げてしまってるって話で……」
私は肉の方が好きだが、この最果ての地で獲れる淡白な味の魚も捨てがたい。小骨が多いのは難点だが、ソフィアの作るソースによく合うのだ。
それに辺境の流刑地とはいえ西の帝国の住民。どうにかしてやりたい。私、皇女だし。
指を鳴らして、魔力を放った。
**取り寄せ**
ソフィアの住む掘立て小屋の庭に、ドッシーンッ! という轟音が響いて、大きな物体が落ちてきた。
青黒くてヌメヌメした皮膚に、長い首。この辺りに生息する海竜を呼び付けた。
「無茶苦茶だなぁ」
と、呆れるソフィアと庭に出た。
海竜は最初、なにが起きたのか分からずキョロキョロしていたけど、私の顔を見ると怒り狂いはじめた。
〈人間風情が何をするか!〉
「ひどい、ダミ声ね」
〈おのれ!愚弄するのか!我を誰だと思っているのか〉
海竜が大きく振り上げた足で踏み付けようとしてきたので、私は指を鳴らした。
**凍れ**
「どう? 落ち着いた?」
と、私が声を掛けると、ソフィアの小屋より大きな氷の塊からニュッと首だけ伸びてる海竜がヘコヘコしてきた。
〈あ、はい。すみませんでした〉
「なんか、あんた機嫌が悪いって聞いたんだけど?」
〈あ、いえいえ、お嬢様に聞かせるような話では〉
「いいから、話しなさいよ。魚が逃げちゃって、みんなが迷惑してんのよ」
〈じ、実は……〉
と、メスの海竜が話したのは、ここ数ヶ月ほど婚約者が行方を眩ませてるって話だった。なんて、ひどい話だろう。15回も婚約破棄された私でも、毎回面と向かって破棄を告げられたというのに、黙っていなくなるとは。
「探すの手伝ってあげるわ!」
〈ホントですか!?〉
**取り寄せ**
ドッシーンッ!
辺り一帯に轟音が響き渡り、別の海竜が落ちてきた。
〈な、なにをするか!人間風情が!〉
「こいつ?」
〈ち、違います……〉
と、メスの海竜は氷の塊から伸びた首を左右に振った。
「ごめんねぇ」
〈なんのつもり……〉
**戻れ**
**取り寄せ**
ドッシーンッ!
〈違います……〉
**戻れ**
というのを、5回か6回繰り返して、ようやく婚約者だというオスの海竜を引き当てた。
オスの海竜は別のメスと一緒だったので、ついでに取り寄せてやった。
〈人間風情が、なにをするか!〉
**凍れ**
「どう? 落ち着いて話し合いできそう?」
と、氷の塊から首だけ伸びた3頭の海竜がヘコヘコしている。
「あとは3人で話し合って」
と、私が小屋に戻ろうとしたら、ソフィアが慌てたように言った。
「ちょ、これ。仲裁とかしなくていいの?」
「私に面倒な情緒は要らん」
◇
小屋の中でソフィアの焼いたクッキーをいただきながらダヴィデと3人でお茶していると、外から海竜の呼ぶ声が聞こえた。
〈あのぉ……、お嬢様?〉
「なんだ? 話し合いがついたのか?」
〈そうなんです。この人ったら、私のために……〉
と、メスの海竜が頬を赤らめている。
「なんだか良く分からんが、仲直り出来たのなら良かった。もう、漁の邪魔になるようなことはするなよ」
**戻れ**
氷の塊から首をはやした3匹の海竜を、元いたところに戻した。
「乱暴過ぎない?」
と、ソフィアが呆れたように言った。
「痴話喧嘩なんか聞いてられん。こちとら15回も派手に痴話喧嘩して、もうお腹いっぱいだ。仲直り出来たのなら、それでいい」
「いや、そうじゃなくて」
「なんだ」
「身体が凍ったまま海に戻されたら、さすがの海竜でも溺れ死ぬんじゃない?」
**取り寄せ**
青黒い皮膚をどす黒くした海竜たちの氷を融かしてやってから、海に戻した。
しばらくして、ほくほく顔の雑貨屋の主人が大きな魚を届けてくれた。早速、ソフィアがムニエルにしてくれたけど、小骨を取るのが面倒だ。やっぱり、私は肉がいい。
「最近、魚が獲れないって漁師がボヤいてましてね」
「ほう。なにか訳があるのか?」
「それがどうも、この辺りを縄張りにしてる海竜の機嫌が悪いらしくて、魚がみんな逃げてしまってるって話で……」
私は肉の方が好きだが、この最果ての地で獲れる淡白な味の魚も捨てがたい。小骨が多いのは難点だが、ソフィアの作るソースによく合うのだ。
それに辺境の流刑地とはいえ西の帝国の住民。どうにかしてやりたい。私、皇女だし。
指を鳴らして、魔力を放った。
**取り寄せ**
ソフィアの住む掘立て小屋の庭に、ドッシーンッ! という轟音が響いて、大きな物体が落ちてきた。
青黒くてヌメヌメした皮膚に、長い首。この辺りに生息する海竜を呼び付けた。
「無茶苦茶だなぁ」
と、呆れるソフィアと庭に出た。
海竜は最初、なにが起きたのか分からずキョロキョロしていたけど、私の顔を見ると怒り狂いはじめた。
〈人間風情が何をするか!〉
「ひどい、ダミ声ね」
〈おのれ!愚弄するのか!我を誰だと思っているのか〉
海竜が大きく振り上げた足で踏み付けようとしてきたので、私は指を鳴らした。
**凍れ**
「どう? 落ち着いた?」
と、私が声を掛けると、ソフィアの小屋より大きな氷の塊からニュッと首だけ伸びてる海竜がヘコヘコしてきた。
〈あ、はい。すみませんでした〉
「なんか、あんた機嫌が悪いって聞いたんだけど?」
〈あ、いえいえ、お嬢様に聞かせるような話では〉
「いいから、話しなさいよ。魚が逃げちゃって、みんなが迷惑してんのよ」
〈じ、実は……〉
と、メスの海竜が話したのは、ここ数ヶ月ほど婚約者が行方を眩ませてるって話だった。なんて、ひどい話だろう。15回も婚約破棄された私でも、毎回面と向かって破棄を告げられたというのに、黙っていなくなるとは。
「探すの手伝ってあげるわ!」
〈ホントですか!?〉
**取り寄せ**
ドッシーンッ!
辺り一帯に轟音が響き渡り、別の海竜が落ちてきた。
〈な、なにをするか!人間風情が!〉
「こいつ?」
〈ち、違います……〉
と、メスの海竜は氷の塊から伸びた首を左右に振った。
「ごめんねぇ」
〈なんのつもり……〉
**戻れ**
**取り寄せ**
ドッシーンッ!
〈違います……〉
**戻れ**
というのを、5回か6回繰り返して、ようやく婚約者だというオスの海竜を引き当てた。
オスの海竜は別のメスと一緒だったので、ついでに取り寄せてやった。
〈人間風情が、なにをするか!〉
**凍れ**
「どう? 落ち着いて話し合いできそう?」
と、氷の塊から首だけ伸びた3頭の海竜がヘコヘコしている。
「あとは3人で話し合って」
と、私が小屋に戻ろうとしたら、ソフィアが慌てたように言った。
「ちょ、これ。仲裁とかしなくていいの?」
「私に面倒な情緒は要らん」
◇
小屋の中でソフィアの焼いたクッキーをいただきながらダヴィデと3人でお茶していると、外から海竜の呼ぶ声が聞こえた。
〈あのぉ……、お嬢様?〉
「なんだ? 話し合いがついたのか?」
〈そうなんです。この人ったら、私のために……〉
と、メスの海竜が頬を赤らめている。
「なんだか良く分からんが、仲直り出来たのなら良かった。もう、漁の邪魔になるようなことはするなよ」
**戻れ**
氷の塊から首をはやした3匹の海竜を、元いたところに戻した。
「乱暴過ぎない?」
と、ソフィアが呆れたように言った。
「痴話喧嘩なんか聞いてられん。こちとら15回も派手に痴話喧嘩して、もうお腹いっぱいだ。仲直り出来たのなら、それでいい」
「いや、そうじゃなくて」
「なんだ」
「身体が凍ったまま海に戻されたら、さすがの海竜でも溺れ死ぬんじゃない?」
**取り寄せ**
青黒い皮膚をどす黒くした海竜たちの氷を融かしてやってから、海に戻した。
しばらくして、ほくほく顔の雑貨屋の主人が大きな魚を届けてくれた。早速、ソフィアがムニエルにしてくれたけど、小骨を取るのが面倒だ。やっぱり、私は肉がいい。
61
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。
ぽんぽこ狸
恋愛
レーナは、婚約者であるアーベルと妹のマイリスから書類にサインを求められていた。
その書類は見る限り婚約解消と罪の自白が目的に見える。
ただの婚約解消ならばまだしも、後者は意味がわからない。覚えもないし、やってもいない。
しかし彼らは「名前すら書けないわけじゃないだろう?」とおちょくってくる。
それを今までは当然のこととして受け入れていたが、レーナはこうして歳を重ねて変わった。
彼らに馬鹿にされていることもちゃんとわかる。しかし、変わったということを示す方法がわからないので、一般貴族に解放されている図書館に向かうことにしたのだった。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
婚約破棄してみたらー婚約者は蓋をあけたらクズだった件
青空一夏
恋愛
アリッサ・エバン公爵令嬢はイザヤ・ワイアット子爵の次男と婚約していた。
最近、隣国で婚約破棄ブームが起こっているから、冗談でイザヤに婚約破棄を申し渡した。
すると、意外なことに、あれもこれもと、婚約者の悪事が公になる。
アリッサは思いがけない展開にショックをうける。
婚約破棄からはじまる、アリッサの恋愛物語。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる