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1.帝国一の大魔導師

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「アルマ皇女殿下、どうか帝国をお救い下さい」

と、食事どきの私に跪いてるのは大将軍のカルロスだ。私との婚約を破棄して大出世した元婚約者の一人。わざわざ流刑地までご苦労なことだ。

目の前ではダヴィデが久しぶりのステーキを夢中で食べてるし、姉のソフィアは弟を肴に昼間からビールをあおってる。

「なにがあったのよ?」

と、食事を中断することなく聞いた。

絹の帝国シルク・エンパイアが東方諸国を糾合し、我が西の帝国ウエスト・エンパイアに攻め入らんと進軍しております」

世界は今、西ウエストシルクオーシャン砂漠デザートの四つの帝国が支配し、鎬を削っている。

「アルマ殿下の大魔導なしには、到底太刀打ち出来ません」

実は私は帝国一の大魔導師でもある。魔導師は魔力を高めるために、自分の大切なモノを捨てる。普通は親の形見とかなんだけど、こちとらガチ恋の婚約破棄を15回も喰らった。他の追随を許さぬ大魔導師だ。

今、食べてるステーキも、魔導を使って『千里眼クレアボヤンス』で見つけたジャコウウシを『取り寄せバックオーダー』したものだ。新鮮で美味い。

「なにとぞ、帝国のためにお力添えを」

と、自分が婚約を破棄した相手に頭を下げる大将軍にプライドはないのか。『真実の愛』とやらに目覚めさせた奥さんとよろしくやってるらしいが。

だが、私は他人の幸福を呪うような人間にはなりたくない。それに帝国のことも愛している。皇女だし。

テーブルの端に置いてあったチラシを裏返してサラサラと魔法陣を描いた。

「ほら、これ持ってけ」

「こ、これは……?」

と、大将軍がありがたそうに両手で受け取ろうとした時、元聖女のソフィアが声を上げた。

「あ! ちょっと。そのチラシにはクーポン券が付いてたのに!」

流刑地でほのぼのライフ送ってるんじゃないわよ。別のチラシの裏に描き直して、大将軍に渡してやった。

「その魔法陣かざしたら、敵が戦意を失うまで槍の雨が降るから」

と言うと、ソフィアが激しくビールを吹き出した。

「神秘も情緒もない魔法だな、おい」

「私に面倒な情緒なんか要らないの」

お腹すいたからって、生きたウシが丸ごと飛んで来た時点で気がつけ。

ビール塗れになった顔を拭きながら、大将軍が憂い声を上げた。

「ありがたいのですが……、そのような大虐殺を起こしては、西の帝国の評判が……」

捨てた女に縋り付いといて、偉そうにカッコつけてんじゃないわよ。とはいえ、私も帝国の評判は大切だ。皇女だし。

「大丈夫だ。槍に当たっても死にはしない。足が痒くなって立てなくなるだけだ」

「お……、おぉ……。なんと深淵な大魔導……。それならば……」

「無理して褒めなくてもいいぞ」

食事を再開してジャコウウシのステーキを頬張る。ソフィアの作ったソースが抜群に美味い。聖女や王妃なんか目指さずに小料理屋でもやってれば良かったんだ。

と、そのソフィアが思案顔で私に話し掛けてきた。

「なあなあ、アルマ。足が痒くて立てないんじゃ、帰って貰えないんじゃない?」

なんで呼び捨てなのかは疑問だけど、確かに言う通りだ。国境線に足を掻きむしるオッサンが大量に転がってたら迷惑だ。

魔法陣にちょちょいっと描き足した。

西ウチに向かって進軍しようとしたときだけ痒くなるようにしといたから」

「おお、それならば……」

と、大袈裟に喜んで見せた大将軍の腹がグウっと盛大に鳴った。こんな北の最果てまで馬を飛ばして来たんだ。そりゃ、腹も減るだろう。

「ステーキ……、食ってく?」

  ◇

しばらくして、絹の帝国の軍勢が引き上げたって報せが入った。

と同時に、近所の雑貨屋の主人が足が痒くて立てない奇病に罹ったって噂が流れてきた。

あのクーポン券か……。

早めに解呪に行ってやらないと。
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