漆黒の闇に

森澄 弘

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漆黒の闇に

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 秋も深まりかけた11月下旬のことだ。バイト先の先輩、晃さんの故郷長野へ行くことになった。
 そこで先輩の友人、武史さん、孝宏さんと合流し酒を飲んだ。
 武史さんは酒が飲めないため、彼の車で店に行った。
 
 3人は中学の頃から、つるんで遊んでいたそうだ。それぞれ家庭に問題があり、家には寄り付かず、武史さんの家で溜まっていた。
 彼の家族は母親だけで、深夜までスナックで働いて、帰るのは朝方だったらしい。
 晃さんも父親は借金で失踪、母親はめったに帰ってこず、週に何度かふらりと現れ、テーブルの上にお金だけ置かれていたらしい。
 孝宏さんも似たような境遇のようだ。
 冗談を交えながらお互いの境遇を笑い飛ばしているが、キズとして心の奥底に残っているだろう。
 
 僕は彼らの話しを聞きながら、両親を思い出していた。
 小学校に上がる前に、父と母はクスリを飲み、僕を置き去りにした。
 両親との思い出は、影のようなぼんやりとしたものだった。
 
 やがて話題は、地元の話しになり、知り合いが事故にあったり、転んで足首を捻挫したやつがいる。そんなことを、武史さんと孝宏さんが話し出した。2人とも、山のふもとにある、廃屋に行ったからと、噂になっているらしかった。
 
 その廃屋というのは、もとは旅館だったが借金がかさみ、小さい子供を道連れに4人が心中したというものだった。
「行ってみようぜ」
先輩が言い出し、武史さんと孝宏さんものった。私は気がすすまなかったが、同行することになった。
 
 武史さんの運転で廃屋へ向かった。車内ではそれぞれの心霊体験を話した。
 みんな何かしら不思議な体験をしていた。
 僕は実家にいるころ金縛りになり、枕元に男が立っていたことがあった。という話しをした。
 
 心霊現象は否定はしないが、どの話しも確信のもてる話しではない。自分の体験も疲れていて、夢の断片だと思っている。
 
 時間は深夜1時をまわっていた。
 武史さんと孝宏さんは、昼間何度か行ったことがあるらしかった。
「あれ?」
   武史さんがあたりを見まわしている。あったはずの分かれ道がないと言うのだ。
「なんか、前来た時とは雰囲気が違う。もっとわかりやすい道だったけど」
 15分ほど山道を走った。
 「あ、ここだ」
 車はゆっくりと草に覆われた道を左に入った。
 ガクン、と車体が揺れた。溝に車輪が落ちたのだ。
 3人で押してみたが動かない。僕は、近くにあった石をタイヤと溝の間に埋めてはと言った。幸い小さい石から大きめの石まで、あたりにはたくさん転がっていた。この方法は上手くいった。
「イヤな感じがするな」
 車内に入ると先輩が顔をしかめた。
 孝宏さんは、頭が少し重くなってきたと言った。
 武史さんはもうすぐ着くからと、今度は慎重に車を、走らせた。
 
 時間は午前2時前。
「こんな時間に来たやついないだろ」
 先輩は自慢げに言ったが、声の調子は弱々しかった。
 樹々に覆われた闇が少しひらけた。わずかな月明かり下、黒々とした建物が現れた。
「着いだぞ」
 車内は沈黙したままだった。
「中、入ってみるか」
 武史さんが言った。
「やめよう。胸騒ぎがする」
 先輩が言い、孝宏さんも私もうなずいた。
 その建物は深夜の闇より、さらに濃い闇の中に建っているように見えた。
 私はフロントガラスごしに闇を見つめていた。
「どうかした」
 先輩に尋ねられた。
「いや、なんでもない。早く帰ろう」
 嘘だった。フロントガラスの前を、数人の人影が横切ったのが見えた。
 
 帰りの車内でも、孝宏さんの気分は良くならなかった。
 
 武史さんの家に帰って、また酒を飲み始めた。孝宏さんは酒を飲めば少し気分もよくなるだろうと、缶ビールをあおっている。3本ほど飲んだ後、落ち着いたのか、時折冗談を交えて話すようになった。
 
 外はまだ暗い。先輩と武史さんは、ほとんど眠りについていた。孝宏さんもウトウトしていた。
 孝宏さんがむっくり起き上がった。
「寝るか」
そう言って、電気を消した。
 室内が真っ暗になった。
 僕も眠ろうと瞼を閉じた。
 しばしらくして暗闇の中、孝宏さんが話しかけてきた。
「なあ、おまえ帰り際、見たんだろう」
 僕は何のことかわからなかった。だが沈黙の後、気がついた。フロントガラスに映った、数人の黒い影のことだ。
「なんで・・・孝宏さんも見たんですか?」
 彼の影だけがぼんやり見える。
「お前を見たんだよ。目が合ったろう」
 何の事を言っているのか、にわかには理解できなかった。
「お前が見た影は俺だったんだ。なんで、みんなに知らせなかったんだよ。俺たち家族はそこに居たのに」
 ゾッとした。
「俺の女房と子供達も中に入れてくれよ」
 闇よりも黒い3つの影が部屋の中に佇んでいる。
 
 2つの闇が僕に近づいて来た。金縛の時のように、身体は動かない。
 でも、怖くはなかった。なぜか懐かしさすら感じた。
 そして、身体が闇に包まれた。
 僕は呟いていた。
「父さん、母さん」
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