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革命
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世界の終りのような気分だったのに、目覚めたら朝だった。人間は、どんな時だって、疲れれば眠ってしまうのだ。そうでなければ、生きていけないから。
窓の外で、ちゅんちゅんと鳥が鳴いている。その声で目を覚ました明日香は、身じろぎしたあと、むくりと起きあがった。顔は泣きすぎてむくんでいる。
「ひっどい顔だなあ」
ノアは窓辺の椅子に座っていた。美しい青の瞳がこちらを見ている。しっぽがメトロノームのように揺れていた。見ていると、嵐のようだった心が落ち着いてくる。
「泣いてすっきりしたかよ」
明日香がうなずくと、
「んじゃ、提案だ。お前、俺様の代理人にならないか?」
「……」
「おーい、また聞いてねえのか?」
「きいてる。しゃべるとのどが痛くて」
「お前でも『ノア計画』くらいは知ってんだろ? ああ、首ふるかうなずくかでいいぜ」
そう言われ、もう一度うなずく。
「ここで最優秀生徒ってのになったら、箱舟に乗れるわけだが」
ノアが言葉を止めた。
「ちびっと無粋だと思うわけよ」
「ぶすい」
「俺様は音楽を愛する猫だ。音楽ってのは本来優劣をつけるもんじゃねえ。そうだろ? アカデミックに測ったものには面白味が欠けてるのさ」
猫のくせに、えらく難しいことを言ってる。
「それで、俺様たちで革命児になろうって寸法だ」
明日香は首を傾げた。ノアは肉球をこちらに向け、
「お前はここを追い出されたら行くとこがない。俺様は革命を目指してる。手を組めば互いの利益は一致する」
「手を組むって、何するの」
「簡単さ」
ノアがにやりと笑った。
「ピアノを弾くんだ」
☆
明日香は、緊張のあまり手を震えさせながら、理事長室の前に立っていた。背負ったリュックを握りしめ、帽子をぎゅ、と目深におろし、深呼吸をする。
「し、失礼します」
「入りなさい」
ドアを開けると、教師たちがソファに座っていた。理事長はただ一人デスクにかけて、やすりで爪を研いでいる。
彼は、パーカーにスーツと言う不思議な格好をしていた。理事長を間近で見たのは初めてだが、思いのほか若い。もしかして二十代なんだろうか。
部屋の中央には、白いグランドピアノがあった。
――白いピアノだ……めずらしいな。
「座りなさい」
明日香は勧められるままに一人掛けのソファに腰かけた。教師たちの視線が集まる。まるで裁判みたいだ。教師の一人が口を開く。
「おばあさまのことは聞いた。災難だったね」
明日香は、黙って頭をさげた。
「しかし、君は先日のテストで落第した。厳しいことを言うようだが、学院に残るのは無理だ。もちろん今すぐ出て行けとは言えないが」
「あ、あの」
明日香が口をはさむと、教師の一人がこちらを向く。
「何かな」
「もう一度だけテストしてもらえませんか」
「なんだって?」
教師たちが眉をしかめる。
「君、何を言ってるのかわかってるのか」
「わかってます。私だけ再テストなんておかしいって、だからほかの四人も一緒に」
「残念だが、ほかの生徒はみな実家に帰ったよ。ああ、吉野くんだけ残っていたかな」
「え」
もう帰ったの!? 早くない!? 明日香の表情を読み取って、教師は皮肉気に言う。
「あまり未練がないようだったがね。特に春川。あいつは入学時からやる気がないと思ってたんだ」
「大体、もう一度再テストしてだめだった場合、君はどうするつもりなのかね」
別の教師の言葉に、明日香はぐっと拳を握りしめた。
「仕方がないから、出ていきます」
「班目(まだらめ)理事長、どういたしますか」
理事長は磨いていた爪を眺めながら、あっさりと言う。
「無理だねえ」
「え」
「教師たちに聞いたんだよ。君はどうなんだって。そしたら微妙な返事しかないわけ。そんな生徒残しとくメリットがうちにないよね」
「残念だが千秋くん、そういうことだ」
「え、わっ」
教師の一人が立ちあがり、扉の方へと、明日香の体を押す。
「ちょ、ちょっと待って」
その時、明日香のリュックから何かが飛び出した。部屋の中が騒然となる。
「うわ!」
「なんだ、いったい」
「猫だ!」
飛び出したノアが教師たちにとびかかる。青い瞳でちらりと見られ、明日香は慌ててピアノに駆け寄った。
「ちょっと、君なにしてんの。そのピアノ高いんだからね」
爪を磨いていた理事長が立ち上がり、こちらに来る。明日香はひるみそうになるが、次の瞬間、祖母の言葉を思い出す。
――どんなだろうと、チャンスはつかめ。
腕をつかまれる寸前、鍵盤に指を置いて、ショパンの「革命」を弾き始めた。驚くほど指が滑らかに動く。
教師たちがはっとしたようにこちらを見る。
右手のオクターブを押す時に、指を大きく広げたが、痛みはほとんどなかった。最難関である第四小節目も、左手が誤りを恐れず動いたため、ミスがあっても大きな瑕疵にはならずに済んだ。
すごい、自分の指ではないようだ。まるでショパンが乗り移ったみたい。
理事長はじっと明日香を見つめ、ふうんとつぶやいて机に戻る。腰かけて、爪やすりを手に取った。その様子を見ていたほかの教師陣も、席に着いた。
「失礼します」
ちょうどそのとき、滝沢が部屋に入ってきた。明日香のピアノを聞いて足を止める。
演奏は止められることなく、明日香は曲を弾き終わる。部屋は、水をうったようにしん、としていた。
「……し、しつれいしました」
部屋に落ちた沈黙が気まずくて、明日香はそろそろ出ていこうとする。理事長が声を上げた。
「ちょっと、磨いといて。高いんだから」
明日香は慌ててピアノの前に引き換えし、フェルト布で鍵盤を拭いた。理事長は爪やすりをドアに向け、すげなく告げる。
「拭いたら出てって」
「でも、あの」
「同じこと何回も言わせないでね」
「はいっ、失礼します!」
明日香はノアを抱き上げ、部屋を飛び出す。すれ違う際、滝沢の視線が突き刺さったが、気がつかないふりをして全力で走り抜けた。
明日香は寮へと続く道を走っていた。はあはあと息をつき、へたりこむ。
「つ、疲れた……」
「よかったじゃねーか、ロックじゃねえか!」
明日香の腕の中にいるノアは、愉快そうに尻尾を振る。
「よくないよ……なんかみんなぽかんとしてたよ」
「いーんだよ! 圧倒されてたんだよお前のロックに!」
「私のっていうか」
明日香は帽子をとった。
「これのせいなんでしょ?」
猫耳がぴょこんと揺れる。
千秋明日香は「押し」に弱い。案の定ノアの提案に「乗って」しまい、ノアと「契約」したのだ。
☆
一時間前。
「──さて、といっても今のお前のピアノに革命力はない。ゼロだ。ノーロックノールックだ」
ノアが尻尾で「ゼロ」を形作る。
「ゼロ……」
「だから俺様の音楽力を分けてやる。ちょっとかがみな!」
明日香は言われるままにした。すると、ノアが思いきり明日香の頭をたたく。
「いった!」
明日香は痛みに頭を押さえる。
「もー、なにするの……あれ?」
頭頂部に妙な感触がして、明日香はそこを撫でた。
「な、なんか、はえてる!」
「おー、イカしてるぜ、明日香!」
明日香は慌てて鏡を覗き込んだ。
「うわあ!」
見慣れた自分の耳に、おかしなものがある。これは──どう見ても猫の耳だ。パニックに陥る明日香。
「なにこれ! なにこれ!?」
「これでお前もロックだぜ」
「いや、どっちかっていうとファンシーだよ!」
「ともかく、これでお前の演奏はロックになる! 俺様を信じろ!」
「本当……?」
いぶかりながら頭をなでていると、ノックの音がした。
「はい」
慌てて返事をしたら、静乃の声が聞こえた。
「明日香ちゃん、起きてる?」
「し、静乃さん」
明日香はその辺にあった帽子をひっつかみ、かぶってドアを開けた。静乃が心配げな視線を向けてくる。
「大丈夫?」
「は、はい、きのうはすいません」
「ううん、全然。理事長がおよびよ。いける?」
「はい」
明日香はノアを抱き上げ、リュックの中に入れて部屋を出た。
──そして現在、こんな姿になっているというわけである。
「猫耳で演奏がうまくなるっていうのも変だけど……」
「いいや、まったく弾けねえ人間に、ロック魂を表現することは不可能なのさ。つまりお前にはロックの才能がある!」
明日香はノアの美しい瞳からふい、と目をそらした。
「へえ……」
「なあんで興味なさそうなんだよっ」
「だってどうせ退学だもん。ああ、やっぱり荷物まとめとけばよかった」
「いじけ虫め……」
「おーい、チアキアスカー」
突然、自分を呼ぶ声が聞こえてきて、明日香はびくりと体を揺らす。足音が聞こえてきて、慌てて帽子をかぶった。
「は、はい!」
茂みの向こうからひょこ、と理事長が現れ、うずくまっている明日香を不思議そうに見た。
「何してんの? こんなとこで」
明日香はさかさかと砂を集めるそぶりをして見せた。
「え、ええと、記念に砂をもっていこうかなと」
「どうすんのそんなもん。っていうか、君出てかなくてもよくなったよ」
「え」
「でも生徒じゃないけど」
「え」
理事長がふっ、と爪に息を吹きかける。
「だあれも『君を残す』に手あげなかったからさあ。僕以外」
彼は手をぶらぶらさせて、
「まあ無理もないけどね。公式の試験じゃないし、君の演奏、お世辞にも超うまいとは言えなかったから」
「じゃあ、なんで残れるんですか?」
「僕が提案したんだよ。雑用係! ただ理事長室のピアノは弾いていいし、生徒に戻るためのテストも受けられる。落ちたら出てってもらうけど」
「ほ、ほんとですか!」
「そうだよ。いえーい」
理事長が差し出した掌に、明日香はハイタッチした。
「いえーい!」
「ただしさあ、死に物狂いでがんばってよ」
「え」
手をぎゅう、と握られる。
「い、いたい」
「だって推薦したの僕だからさ。やっぱり駄目でした、じゃ示しがつかないだろ?」
理事長の目は笑っていなかった。
「は、はい……」
明日香は後ずさり、ノアはにゃあ、と鳴いた。
窓の外で、ちゅんちゅんと鳥が鳴いている。その声で目を覚ました明日香は、身じろぎしたあと、むくりと起きあがった。顔は泣きすぎてむくんでいる。
「ひっどい顔だなあ」
ノアは窓辺の椅子に座っていた。美しい青の瞳がこちらを見ている。しっぽがメトロノームのように揺れていた。見ていると、嵐のようだった心が落ち着いてくる。
「泣いてすっきりしたかよ」
明日香がうなずくと、
「んじゃ、提案だ。お前、俺様の代理人にならないか?」
「……」
「おーい、また聞いてねえのか?」
「きいてる。しゃべるとのどが痛くて」
「お前でも『ノア計画』くらいは知ってんだろ? ああ、首ふるかうなずくかでいいぜ」
そう言われ、もう一度うなずく。
「ここで最優秀生徒ってのになったら、箱舟に乗れるわけだが」
ノアが言葉を止めた。
「ちびっと無粋だと思うわけよ」
「ぶすい」
「俺様は音楽を愛する猫だ。音楽ってのは本来優劣をつけるもんじゃねえ。そうだろ? アカデミックに測ったものには面白味が欠けてるのさ」
猫のくせに、えらく難しいことを言ってる。
「それで、俺様たちで革命児になろうって寸法だ」
明日香は首を傾げた。ノアは肉球をこちらに向け、
「お前はここを追い出されたら行くとこがない。俺様は革命を目指してる。手を組めば互いの利益は一致する」
「手を組むって、何するの」
「簡単さ」
ノアがにやりと笑った。
「ピアノを弾くんだ」
☆
明日香は、緊張のあまり手を震えさせながら、理事長室の前に立っていた。背負ったリュックを握りしめ、帽子をぎゅ、と目深におろし、深呼吸をする。
「し、失礼します」
「入りなさい」
ドアを開けると、教師たちがソファに座っていた。理事長はただ一人デスクにかけて、やすりで爪を研いでいる。
彼は、パーカーにスーツと言う不思議な格好をしていた。理事長を間近で見たのは初めてだが、思いのほか若い。もしかして二十代なんだろうか。
部屋の中央には、白いグランドピアノがあった。
――白いピアノだ……めずらしいな。
「座りなさい」
明日香は勧められるままに一人掛けのソファに腰かけた。教師たちの視線が集まる。まるで裁判みたいだ。教師の一人が口を開く。
「おばあさまのことは聞いた。災難だったね」
明日香は、黙って頭をさげた。
「しかし、君は先日のテストで落第した。厳しいことを言うようだが、学院に残るのは無理だ。もちろん今すぐ出て行けとは言えないが」
「あ、あの」
明日香が口をはさむと、教師の一人がこちらを向く。
「何かな」
「もう一度だけテストしてもらえませんか」
「なんだって?」
教師たちが眉をしかめる。
「君、何を言ってるのかわかってるのか」
「わかってます。私だけ再テストなんておかしいって、だからほかの四人も一緒に」
「残念だが、ほかの生徒はみな実家に帰ったよ。ああ、吉野くんだけ残っていたかな」
「え」
もう帰ったの!? 早くない!? 明日香の表情を読み取って、教師は皮肉気に言う。
「あまり未練がないようだったがね。特に春川。あいつは入学時からやる気がないと思ってたんだ」
「大体、もう一度再テストしてだめだった場合、君はどうするつもりなのかね」
別の教師の言葉に、明日香はぐっと拳を握りしめた。
「仕方がないから、出ていきます」
「班目(まだらめ)理事長、どういたしますか」
理事長は磨いていた爪を眺めながら、あっさりと言う。
「無理だねえ」
「え」
「教師たちに聞いたんだよ。君はどうなんだって。そしたら微妙な返事しかないわけ。そんな生徒残しとくメリットがうちにないよね」
「残念だが千秋くん、そういうことだ」
「え、わっ」
教師の一人が立ちあがり、扉の方へと、明日香の体を押す。
「ちょ、ちょっと待って」
その時、明日香のリュックから何かが飛び出した。部屋の中が騒然となる。
「うわ!」
「なんだ、いったい」
「猫だ!」
飛び出したノアが教師たちにとびかかる。青い瞳でちらりと見られ、明日香は慌ててピアノに駆け寄った。
「ちょっと、君なにしてんの。そのピアノ高いんだからね」
爪を磨いていた理事長が立ち上がり、こちらに来る。明日香はひるみそうになるが、次の瞬間、祖母の言葉を思い出す。
――どんなだろうと、チャンスはつかめ。
腕をつかまれる寸前、鍵盤に指を置いて、ショパンの「革命」を弾き始めた。驚くほど指が滑らかに動く。
教師たちがはっとしたようにこちらを見る。
右手のオクターブを押す時に、指を大きく広げたが、痛みはほとんどなかった。最難関である第四小節目も、左手が誤りを恐れず動いたため、ミスがあっても大きな瑕疵にはならずに済んだ。
すごい、自分の指ではないようだ。まるでショパンが乗り移ったみたい。
理事長はじっと明日香を見つめ、ふうんとつぶやいて机に戻る。腰かけて、爪やすりを手に取った。その様子を見ていたほかの教師陣も、席に着いた。
「失礼します」
ちょうどそのとき、滝沢が部屋に入ってきた。明日香のピアノを聞いて足を止める。
演奏は止められることなく、明日香は曲を弾き終わる。部屋は、水をうったようにしん、としていた。
「……し、しつれいしました」
部屋に落ちた沈黙が気まずくて、明日香はそろそろ出ていこうとする。理事長が声を上げた。
「ちょっと、磨いといて。高いんだから」
明日香は慌ててピアノの前に引き換えし、フェルト布で鍵盤を拭いた。理事長は爪やすりをドアに向け、すげなく告げる。
「拭いたら出てって」
「でも、あの」
「同じこと何回も言わせないでね」
「はいっ、失礼します!」
明日香はノアを抱き上げ、部屋を飛び出す。すれ違う際、滝沢の視線が突き刺さったが、気がつかないふりをして全力で走り抜けた。
明日香は寮へと続く道を走っていた。はあはあと息をつき、へたりこむ。
「つ、疲れた……」
「よかったじゃねーか、ロックじゃねえか!」
明日香の腕の中にいるノアは、愉快そうに尻尾を振る。
「よくないよ……なんかみんなぽかんとしてたよ」
「いーんだよ! 圧倒されてたんだよお前のロックに!」
「私のっていうか」
明日香は帽子をとった。
「これのせいなんでしょ?」
猫耳がぴょこんと揺れる。
千秋明日香は「押し」に弱い。案の定ノアの提案に「乗って」しまい、ノアと「契約」したのだ。
☆
一時間前。
「──さて、といっても今のお前のピアノに革命力はない。ゼロだ。ノーロックノールックだ」
ノアが尻尾で「ゼロ」を形作る。
「ゼロ……」
「だから俺様の音楽力を分けてやる。ちょっとかがみな!」
明日香は言われるままにした。すると、ノアが思いきり明日香の頭をたたく。
「いった!」
明日香は痛みに頭を押さえる。
「もー、なにするの……あれ?」
頭頂部に妙な感触がして、明日香はそこを撫でた。
「な、なんか、はえてる!」
「おー、イカしてるぜ、明日香!」
明日香は慌てて鏡を覗き込んだ。
「うわあ!」
見慣れた自分の耳に、おかしなものがある。これは──どう見ても猫の耳だ。パニックに陥る明日香。
「なにこれ! なにこれ!?」
「これでお前もロックだぜ」
「いや、どっちかっていうとファンシーだよ!」
「ともかく、これでお前の演奏はロックになる! 俺様を信じろ!」
「本当……?」
いぶかりながら頭をなでていると、ノックの音がした。
「はい」
慌てて返事をしたら、静乃の声が聞こえた。
「明日香ちゃん、起きてる?」
「し、静乃さん」
明日香はその辺にあった帽子をひっつかみ、かぶってドアを開けた。静乃が心配げな視線を向けてくる。
「大丈夫?」
「は、はい、きのうはすいません」
「ううん、全然。理事長がおよびよ。いける?」
「はい」
明日香はノアを抱き上げ、リュックの中に入れて部屋を出た。
──そして現在、こんな姿になっているというわけである。
「猫耳で演奏がうまくなるっていうのも変だけど……」
「いいや、まったく弾けねえ人間に、ロック魂を表現することは不可能なのさ。つまりお前にはロックの才能がある!」
明日香はノアの美しい瞳からふい、と目をそらした。
「へえ……」
「なあんで興味なさそうなんだよっ」
「だってどうせ退学だもん。ああ、やっぱり荷物まとめとけばよかった」
「いじけ虫め……」
「おーい、チアキアスカー」
突然、自分を呼ぶ声が聞こえてきて、明日香はびくりと体を揺らす。足音が聞こえてきて、慌てて帽子をかぶった。
「は、はい!」
茂みの向こうからひょこ、と理事長が現れ、うずくまっている明日香を不思議そうに見た。
「何してんの? こんなとこで」
明日香はさかさかと砂を集めるそぶりをして見せた。
「え、ええと、記念に砂をもっていこうかなと」
「どうすんのそんなもん。っていうか、君出てかなくてもよくなったよ」
「え」
「でも生徒じゃないけど」
「え」
理事長がふっ、と爪に息を吹きかける。
「だあれも『君を残す』に手あげなかったからさあ。僕以外」
彼は手をぶらぶらさせて、
「まあ無理もないけどね。公式の試験じゃないし、君の演奏、お世辞にも超うまいとは言えなかったから」
「じゃあ、なんで残れるんですか?」
「僕が提案したんだよ。雑用係! ただ理事長室のピアノは弾いていいし、生徒に戻るためのテストも受けられる。落ちたら出てってもらうけど」
「ほ、ほんとですか!」
「そうだよ。いえーい」
理事長が差し出した掌に、明日香はハイタッチした。
「いえーい!」
「ただしさあ、死に物狂いでがんばってよ」
「え」
手をぎゅう、と握られる。
「い、いたい」
「だって推薦したの僕だからさ。やっぱり駄目でした、じゃ示しがつかないだろ?」
理事長の目は笑っていなかった。
「は、はい……」
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