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ずっと大好き 7

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 翌日、俺は仕事帰りに、アーカードの家へ向かった。アーカードはリディアと一緒に、新しい家に住んでいた。久しぶりに会ったアーカードは、少し髪を切っていた。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「うん」

 俺はアーカードに促されて、ソファに腰掛けた。キッチンで紅茶を淹れたリディアが、こちらへやってくる。彼女は紅茶を差し出しながら、俺に向かって笑顔を向けた。

「こんにちは」
「こんにちは」

 アーカードは、キッチンに戻っていくリディアを、優しい目で見ている。あまい。さすが、新婚さん。
「セーレ・バーネットが目覚めたそうだな」
 アーカードの言葉に、俺は頷いた。
「うん。記憶がないけど」
「記憶が、ない……? なんの記憶だ」
「丸ごと全部。多分、アーカードのことも忘れてるよ」

 アーカードは、セーレの元婚約者だったのだ。

「おまえのこともか? 理由は?」
 俺がセーレを抱いたから──さすがにそれは言えなかった。セーレと俺の、ひみつだ。

「ねえ、アーカード」
「ん?」
「リディアと、えっちどれくらいする?」
 アーカードが紅茶を噴き出した。
「な、なにを」
 彼は驚愕の眼差しでこちらを見ている。うちの父と同じリアクションだ。アーカードは口元をぬぐいながら、小声で言う。

「いきなりなんなんだ……」
多分、リディアのことを気にしているのだろう。
「気になったから聞いてみただけ」
「……おまえは他人をからかうタイプじゃないからな……」

 彼は咳払いし、
「まあ、それなりに……」
「かわいいとか、きれいとか言うよね」
「……ああ、まあ」
 アーカードは気まずそうに答える。

「セーレの記憶がなくなる前、一回だけしたんだ。すごく、幸せな気分になれた」
 たくさんすきって、かわいいって言った。だけど、もうしない。俺はそう言った。

「どうして」
「悪いことのような気がするから」
「……よくわからないが、性行為が悪いことだったら、みんな罪を犯してるということにならないか」

 そう、ならどうしてセーレだけが。俺は小さな声でつぶやく。
「俺のせいなんだ、セーレが長い間眠って、記憶まで無くしたのは」
「おまえの、せい?」
「俺の眠りグセが、移っちゃったのかなって」
「そんなこと、絶対にありえない」

 アーカードが、真面目な顔で言った。
「誰も悪くないのに、そうなってしまうことはあるんだ」

 そうだな。きっと、誰も悪くなかった。誰も悪くないし、セーレはあんなにいい子なのに。ただ、空の向こうから来たってだけで、あんなに苦しめられたのだ。

「ありがとう」
 俺はアーカードにそう言って、ソファから立ち上がる。
「もう帰るのか?」
「うん。新婚さんの邪魔したら悪いから」
「邪魔ってことはないが」
 
嘘だろうな。アーカードは世話焼きだけど、それとこれとは別だ。俺がアーカードだったら、リディアとの生活を邪魔されたくない。
エプロンをつけたリディアが、パタパタとこちらに駆けてきた。

「レイさま、もう帰られるんですか。今お夕飯を作っていたんですが」
「今日は帰るよ。読みたい医学書があるから」
「そうですか……」

リディアはしゅんとしたあと、手を打ち合わせた。

「そうだわ。おかずをタッパーに詰めますね」

そう言って、またパタパタと駆けていく。ひらひら揺れるエプロンの紐が可愛らしい。もしセーレがあんな格好してたら、俺は抱きしめて離さないだろう。
アーカードは信じられないくらい蕩けた目でリディアを見ている。こんなにデレデレのアーカードを、学園の女の子たちが見たら驚くだろうな。二人が過ごしてきた十年は、俺とセーレが喪ったものだ。
正直、羨ましい。
セーレを待つって決めた。支えるって決めたんだ。
だけど、本当に取り戻せるんだろうかって、たまに不安になるんだ。

リディアは、アーカードと共に俺を見送ってくれた。二人の影が地面に伸びている。俺はアーカードの家を出て、家路についた。

 帰宅した俺は、部屋に入って、アルバムをめくった。高校時代のアルバムだ。セーレの写真は、現像に失敗したみたいに真っ白になっている。俺は、写真の表面をそっとなぞった。映っていなくても、わかる。セーレのかわいさ。綺麗で優しい表情。俺の恋人。

 だいすき。

 俺はセーレがだいすき。セーレも俺を、すきになってくれて嬉しかった。たとえ記憶をなくしても、セーレのことをずっと愛してる。

 だけど本当は、思い出してほしい。
 俺のこと、思い出してほしいんだ。

 もう一度、抱きしめたいから。
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