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ずっと大好き 5

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 アレックスとセーレが一緒にいるのを見たら、すごく嫌な気持ちになった。まるで学生のときみたいに、余裕がなくなってしまったんだ。

 セーレは、不思議そうな顔で俺を見ていた。セーレは今すごく困惑しているはずだ。だから俺は、優しくて頼り甲斐のある、大人な感じに見られたかったんだ。

 でもよく考えたら、俺はセーレが目覚めたときに泣いてしまったのだった──。

 ほんとは、全然余裕なんかない。抱きしめて、キスして、もう離さないように、セーレをいっぱい愛したい。だけど、また同じことが起こったら。もし、もっとひどいことが起こったら。セーレが消えてしまったりしたら。

 俺はきっと、生きていけないから。だから何もできない。俺は臆病で情けないんだ。

 俺はセーレの病室を出て、はあ、とため息をついた。つい、キスしてしまいそうになった。十年たってもセーレは相変わらず無防備で、我慢するのが大変だ。さっきのことを思い出したら、なんとも言えない気持ちが込み上げてきた。コーヒーでも飲んで落ち着こうかな。

 白衣をひらひらさせながら廊下を歩いていたら、共有スペースでアレックスがコーヒーを飲んでいるのが見えた。こちらを見て、手をあげる。

「よ、レイさま」
「……」
 俺はアレックスを睨みつけた。まだいたのか。早く帰れ。
「こわー。そんな顔してたら、愛しのセーレさまが怯えちゃうよ?」
 相変わらず、感じがわるいやつ。俺はコーヒーを淹れて、アレックスに向き直る。

「おまえ、なんで来たんだ」
「なんでって、学生時代の憧れが目覚めたって聞いて駆けつけた」
「十年間、一度も来なかったくせに」
 俺の言葉に、アレックスが肩を竦めた。
「だってさあ、寝てる人間に会っても仕方ないじゃん。起きて反応するから楽しいんだろ?」

 その言い草に、不快感を覚えた。
「セーレはおまえのおもちゃじゃない」
「わかってるよ」
「大体おまえ、彼女いるんだろ」
「なんで知ってんの?」
「ルミナに聞いた。彼女できても、すぐ変わるんだって」

 いや、なんか長続きしないんだよね。アレックスはそう言って、
「相性も悪いからさあ、夜の」
「……」
 じわじわと嫌な感じが沸き上がる。まだこいつ、セーレのこと諦めてなかったんだ。アレックスは俺の表情を見ながらニヤニヤ笑う。

「やっぱり、俺の運命はセーレさまなのかなって」
 セーレの運命は俺なのに。勝手なことばかり言うアレックスに、ものすごくムカムカしてしまう。

「おまえ、絶対おかしい。もうセーレに構うな」
「ん? もうやったの。モノにした?」
「……そんなこと」
「俺ならする。なんでしないの?」

 記憶がないセーレに、そんなことできない。それに。
「強制力がまた働くかもしれない」
 アレックスはうーん、とつぶやいた。
「あのさ、悪役令嬢の話をしたじゃん」
「リディアのかわりに、セーレが不幸になるって役?」
「そう。リディア・セラフィーナは、すでにアーカードと結婚した。知ってる?」
「ああ、知ってる。結婚式、出たし」

 アーカードとリディアは、身分差──ばかみたいだけど──のせいで、中々結婚できなかった。でも苦難を乗り越えたからなのか、結婚式では二人ともすごく幸せそうだった。

リディアはきらきら輝いていて、ああ、セーレもきっと、ドレスを着たらすごく綺麗だろうな、と俺は思った。アレックスが鼻を鳴らす。

「いい身分だよな。セーレさまはいかず後家なのに」
「そんなこと、させない」
「え? でもセックスする気ないんだろ」
「しなくても……結婚はできる」

 そう、俺が我慢すればいいのだ。それくらいできる。俺はセーレを、愛してるから。
「えー、ありえなーい。無理だろ、絶対無理。賭けてもいいけど無理」
「うるさい。まずは、セーレの気持ちを取り戻さなきゃいけないんだ。邪魔するなよ」
「はいはい」

 アレックスは、コーヒーが入っていた紙コップを捨てて、さっさと歩き出した。嫌味な男と話したせいで、セーレとの甘い時間の余韻はすっかり消え去っていた。もうくるな。俺はそう念じながらやつを見送り、医局へと戻った。
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