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ずっと大好き 1
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高校時代は、いつも眠たくて仕方なかった。いや、今も眠いけれど。俺はカルテを片手に、病院の廊下を歩いていた。歩くたびに、白衣の裾がパタパタなびく。すれ違った老人に声をかけられた。
「アースベル先生、おはよう」
「おはようございます、キーンさん。お加減はどうですか」
「すっかりいいですよ。先生のおかげでねえ」
ニコニコ笑う老人に、俺も微笑みかける。財閥の息子なのに、苦労して医者になるなんて。しかも、寝たきりのセーレとの婚約を解消しないなんて。みんなに散々そう言われた。だけど、母さんだけは賛成してくれた。
父さんは、利用価値がなくなったバーネットには関わる意味がないと思ってるみたいだけど。母さんはずっと、セーレのお見舞いにもきてくれる。
俺は、305号室の特別病室へ入った。ここに泊まるだけで、一泊で何万って金が飛んで行く。セーレのお父さんが、一番いい部屋に入れたのだ。彼はいつも優しくセーレの手を握って、何かを語りかけてる。
悪役令嬢だろうとなんだろうと、セーレはちゃんと、大事にされている。だってセーレはいい子だし、確かに俺たちと同じ人間なんだから。アレックスが言っていたみたいに、スイッチ一つで消してしまえる記号じゃないんだ。
「おはよう、セーレ」
俺はカーテンを開けてまわった後、セーレの顔を覗き込んだ。点滴でしか栄養が取れないから、少しだけ痩せて、大人びて見える。きれいなセーレ。やっぱり俺の恋人は、いつ見てもすごく美人だ。口の中の掃除をしようと、スポンジブラシを取り出したら、薄い瞼がぴくりと動いた。
ああ、この瞬間、何度も見た。例えば卵が孵化する時のように、セーレが目覚めて、俺を見つめるんじゃないかって、そんな期待を持ってしまう。だけど大抵は、無駄骨に終わる。この十年、ずっとそうだった。
だけど。次の瞬間、信じられないことが起きた。
セーレの目が、開いたのだ。
俺はしばらく、口を聞けなかった。なんて言おう。なんて言ったらいいかわからなかった。ずっと考えていたはずなのに。
セーレの、形のいい唇が動いた。
「……のど、かわいた」
「あ、お水、飲む?」
俺は慌てて、水差しを彼女に渡した。セーレはこくこく水を飲む。俺はぼう、っとそれを見ていた。
こちらを見た瞳に、心臓が跳ねる。
「おれのこと、覚えてる?」
ドキドキしながらそう尋ねたら、セーレは困った顔をした。
「ええと、あの……」
ああ。そうか。わからないんだ。これも、罰の一部なんだろう。悪役令嬢っていう記号が消えたら、セーレの大事なところも消されたんだ。
「俺は、レイ・アースベル」
そっと彼女の手を握る。
「君のことが大好きなんだ。友達になってくれる?」
セーレは頷いてくれた。なんでだろう、胸が詰まる。セーレが起きてくれたから、嬉しいのかな。そうだ、セーレが、元気になってくれた。それでいいんだ。
だけど、もう、俺をすきだって言ってくれたセーレはいない。
少しだけさみしくて、だけど彼女が目覚めてくれたことが嬉しくて、俺はセーレを抱きしめて、涙をこぼした。
「泣かないで」
セーレが困った声で言う。細い指が、俺の背中をそっと撫でる。
「泣かないで、レイ」
俺はハッとして、顔を上げた。セーレが微笑んで、細い指先で、俺の涙を拭う。
「男の人なのに、泣き虫なのね」
「うん、そうなんだ」
セーレを心配させたらいけない。笑おう。セーレが幸せって思えるように、目覚めて良かったって思えるように、泣いたりしたらダメだ。
おおかみとうさぎのように、一緒に死ぬのが美しいなんて、俺は思わない。これからまた、セーレを取り戻していけばいいんだ。セーレは金の髪を揺らし、不思議そうに問いかけてきた。
「どうして私、寝てたの?」
「ちょっと、長い話になるよ」
「聞かせて」
俺はセーレに話し始めた。
「あるところにね、悪役令嬢って呼ばれてる女の子がいたんだ──」
俺とセーレの、恋の話を。
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