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脇役Cは写真を撮りたい

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 私は、写真映りがものすごく悪い。いろんな行事で、ろくな顔で写っていたことがないのだ。え? モデルがわるいから? そうかもね……。
 なんせ、脇役Cですから。


 パシャ、とシャッター音が響いて、私は振り向いた。
「なんだ、あんたなの」
 カメラを構えてニヤニヤ笑っているのは、アレックスだ。
「よ。今日も変哲ないな、ルミナ」
「余計なお世話」
 どんな挨拶なんだ。
「写真買わね? リカルド・バルマンの」
「え」
「リカルド先輩は競泳大会には出てなかったけど、ななつ星だから売れるかなーと思って撮っといた。一枚五百リラ」

 こいつが儲かるのはなんだか癪だけど、そんなこと言われたら、気になってしまう。アレックスは写真を手に持ち、扇みたいに広げた。アイスを食べてるところ、プールに浸かってるところ、わあ、勝手に先輩を撮られてムカつくけど、よく撮れてるなあ。

「おまえとのツーショットも撮ろうとしたけど、おまえ以外に売れないだろうしやめといた」
 撮ってよそれは。一枚ずつ見ていたら、衝撃的な写真が目にはいって、私は真っ赤になった。

「な、き、着替えてるとこ! あんたこれ盗撮じゃない!」
「いや、プールサイドで脱いでたから撮っただけだし」
 にしたってなんか、色っぽいっていうか……いけない感じがする。
「買わないならいーけど」
「あっ! 買う」

 私は慌ててアレックスを引き止めた。先輩が着替える写真に見惚れていたら、
「ルミナのむっつりすけべ」
「ち、違うし!」
 そうだ、彼女なんだから、写真ほしがるのくらい普通だ。ちょっと人には見せにくい写真だけど、でも彼女なんだし……。

「ルミナ」
「はいっ!?」
「ん? あいつ……アレックスじゃないか。何か話してたのか?」
「え、い、いえべつに」
 私は素早く写真を隠した。アレックスはいつのまにかどこかへ行ったらしい。
「今日お茶でも飲まないか? 
「いいですね」
 私は写真を鞄にしまいこみ、先輩とともに歩き出した。


 ☆



 先輩と付き合い始めて三カ月がたった。よく、喫茶店は三カ月持てば一年もつとかいうけど、私たちの場合はどうなんだろう。っていうか、喫茶店に例えるのは変だけど。
 いまだに……キスしたこともない。

 私は、目の前でドーナツを食べる先輩をちら、と見た。先輩はドーナツにかぶりつき、もぐもぐ食べている。不思議そうに私のほうをみて、
「ん? なんだ」
「い、いえ」
 私は先輩がすき……になってしまったけど、先輩はどうなんだろう。付き合うまえと、あんまり変わらない気がする。

「さっき、アレックスになにかもらってなかったか?」
「え、いえ、つまらないものなんです」
 いや、先輩の写真だから全然つまらなくないけど。先輩はそうか、とつぶやいて、またドーナツにかぶりつく。唇にかけらがついていた。

「先輩、ついてます」
 私が唇を指差したら、
「ああ、すまん」
 先輩がペロッと唇を舐めた。私はドキッとして目をそらす。なんか、先輩の一挙一動をすごく意識してしまう。やっぱり私、いやらしいのだろうか……。

 ふと、窓の外、噴水の前で、カップルが写真を撮ってもらっているのに気づいた。いいなあ……わたしも、先輩とのツーショット写真ほしいな。
 スマホがあれば、簡単に撮れるのに。

「あ、そうだ。先輩、今度の日曜日、うちに来ませんか?」
「ん? ルミナの家か」
「はい。いつもお邪魔してるので」
「また音読してくれるか?」
「はい」

 先輩は、じゃあいく、と答えた。よし、先輩を誘うのには成功した。日曜日、先輩とのツーショット写真を撮ってみせる!


 ☆


 翌日曜日。私はちょっとおしゃれして、先輩がくるのを待っていた。なんせ、写真はずっと残るものだし、写真映りが悪いから、最大限努力しなきゃ。今日のために、カメラもちゃんと用意したし。

 あ、でも、誰に撮ってもらおう。親に撮ってもらうのは恥ずかしいしなあ。
 思い浮かんだのは、残念な男の顔だった。

「なんだよ、朝っぱらから」
 アレックスは、ベッドに寝転がってあくびしていた。こいつ、自堕落すぎでしょ。私はもじもじしながら、
「あの、これから先輩が家に来るんだけどさ、ツーショット写真、撮ってくれない?」
「ハア? なんで俺が。めんどくさいからヤダ」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
「いくら払う?」

 こんの……。いや、怒ったらだめだ。先輩とのツーショットを手に入れるためなら、ムカつくやつにも頭をさげよう。
「1000リラ払う」
「まあいいけど」
 金が絡んだ途端に、アレックスはきびきび起き出した。こいつほんとサイテーね。ファインダーを磨くアレックスに、
「ねえ、あんたまだセーレさまにつきまとってるの?」
「いや? 今は静観してる」
「静観?」

「レイ・アースベルが、セーレさまに関心がなくなったら、セーレさまは俺と付き合ってくれるって」
「そんなこと、ありえないわよ」
「なんで」
「なんでって」

 セーレさまはあんなに素敵なのだ。それに、レイさまはセーレさまのことを、本気で好きなのだ。
「あのね、レイさまはあんたとは違うのよ」
 アレックスは片目をつむり、レンズを覗き込んだ。
「まあな、確かに違うな。レイ・アースベルは俺とは全然違う」

 当たり前だ。レイさまは「真紅のリディア」攻略対象なのだ。アレックスみたいなモブとは違う。アレックスはレンズをぱちんと嵌めて、
「よし。リカルド先輩はいつくんの」
「あ、もうすぐ。早く早く」
 私はアレックスを家から連れ出した。

 ちょうど先輩がきていた。
「先輩!」
「おお、ルミナ」
 先輩は笑顔になり、アレックスをみて怪訝な顔をした。
「なんで、そいつがいるんだ?」
「あっ、こいつがどーしても私と先輩のツーショットを撮りたいっていうもので」
 私の言葉にたいし、アレックスが胡乱な目を向けてきた。

「ツーショット?」
「はい。アレックス、早く」
 私は先輩の隣に立って、アレックスに合図した。
「はいじゃあ撮りますよー」
 カメラを構えたアレックスは、
「リカルド先輩、もうちょいにこやかにしてくれます?」

 先輩はむっとした顔で私をみていた。
「あいつとずっと一緒にいたのか?」
「え?」
 私は慌てて首を振った。
「ち、違います、たまたま偶然出会っただけで」
「そうは見えないが」

 え……先輩、なんか怒ってる? 私が困惑していたら、パシャリと音がした。
「タイトル「痴話喧嘩」」
「ちょっ」
 私がカメラを取り上げる前に、先輩がカメラのファインダーを手のひらで塞いだ。
「!」
「悪いが、帰ってくれ。ルミナと話がある」
「はーい」

 アレックスは「ルミナ、明日1000リラよこせよ」と言い、すたすた歩いていく。
「あの、先輩」
「ちょっと、歩こう」

 先輩は私の手を握って、歩き出した。どこへいくんだろう。先輩が私を連れて行ったのは、近所にある公園だった。日曜日なのに子供が全然いない。大丈夫なんだろうか、この世界。私はそんな心配をしてしまう。

 2人並んでブランコに座る。先輩は背が高いので、なんというか、シュールだった。ブランコをきいきい鳴らし、先輩がぽつりとつぶやいた。
「ルミナは、アレックスがすきなのか?」
「は?」

 思わずそんな返事をしてしまった。先輩、何言ってんですか!
「そ、そんなばかな!」
「でも、仲が良さそうだ」
 先輩は唇をとがらせている。
「いつも一緒にいる」
「ち、違います、たまたまです!」
「俺には、あんな喋り方しないし」
「だって先輩は、先輩だし」

 すきな人と、どうでもいいやつに対する態度は、そりゃあ違うに決まってる。
「隠さなくていい、自分の気持ちを正直にいえ」
 もう、なんでわからないんですか。全然隠してないのに。先輩は鈍すぎる。そんなところもかわいいけど、わかってもらわなきゃ困ることもある。

「私がすきなのは先輩ですっ!」
 そう叫んだ後、顔が熱くなった。やだ、もう恥ずかしい。先輩は目を見開いてこちらをみている。
「だ、だから、勘違いしないでください」
 なんかツンデレみたい。
「……ほんとか?」
「ほんと、ですよ」

 先輩が顔を綻ばせた。──わ。ドキッとしたのもつかの間、ブランコごと引き寄せられる。カシャン、と持ち手が鳴った。
 ふわ、と柔らかい髪が額にふれた。なにか、唇にあたってる。
 これ、は。

 ふれたものが引いていき、私は何度も目を瞬いた。先輩はしばらく私を見つめた後、自分のしたことに気づいたのだろう、かーっと赤くなった。

「悪い、いきなり」
「い、え、嬉しいです」
「う、嬉しいのか?」
「はい」
 先輩は私がキスしたがってたことかんて知らないんだろうなあ。

「じゃあもう一回、していいか?」
「は、い」
 唇が近づいてきて、重なる。もう一回。ちゅ、と鳴るリップ音と、頰を滑る先輩の手のひらに、胸がきゅんとする。なんだか、ざわついてるような。

 いつのまにか、誰もいなかったはずの公園が、人だらけになっていた。というより老人だらけだ。どうやらゲートボール大会をやるらしい。だから人がいなかったのか……! 

 老人たちはほのぼのした目でこちらをみて、
「若いもんはいいの」
「わしもあと10年若かったらな」
「はは、10年じゃ足りんわ」
 かわされる会話に、私はぼん、と赤くなった。

「せ、んぱい、あの、なんか、人が」 
「俺は気にしない」
「気にしてください!」
 声をあげたら、先輩がしゅんとした。
「カレシが怒られとる」
「まーいい男だわあ。なぐさめてあげたいねえ」
「あんたじゃなんの足しにもならんわ、ばあさん」
 ギャラリーが強烈すぎる。

「あの、うちに行きましょう。音読、しますから」
「音読より、さっきの続きがいい」
 やけに甘い声で言われ、顔が熱くなる。
「な、先輩らしからぬ発言はやめてください」
「気持ちよかったからな」
 その言い方はなんかやらしいです。

「でも、音読もいいな。ルミナの音読はすきだ」
 先輩はにこ、と笑う。そんなこと言うの、多分先輩だけだ。
 私は先輩と手を繋いで、家へと戻った。


 ☆


「ルミナちゃーん、写真あげるから1000リラくださーい」
 翌日、学校でアレックスに呼び出され、私はやつに1000リラ払った。先輩が不機嫌顔のイマイチな写真だけど、まあいいか。
「あ、これおまけ。タイトルは「凡庸なルミナ」」
「いちいち喧嘩売ってるわけ」

 私はアレックスから写真を受け取った。こないだ振り向きざまに撮られたやつだ。やっぱりイマイチな写真うつり。
 写真を持って教室に戻ろうとしたら、階段上から声をかけられた。
「ルミナ」
「リカルド先輩」

 リカルド先輩は階段を降りてきて、私の手元を覗き込んだ。
「ああ、写真か。よく撮れてるな」
「いや、全然……」
 あれ? 先輩からみたら私はこれくらいイマイチなのかな? なんかへこむ。

「でもルミナは、実物のほうがかわいいな」
 なんでそんな恥ずかしいことをさらっと言うんですか!
「アレックスによると、タイトルは「凡庸なルミナ」ですからね」
 アレックスの名前をきいたら、先輩がむっとした。

「俺がかわいく描いてやる。美術室に行こう」
「へ? 授業始まりますよ、先輩!」
 それで私は美術室に連行され──あとで授業をサボった反省文を書かされる羽目になるのだった。
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