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脇役Cにフラグはたたない

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 私の名前はルミナ・ヴァイス。特筆すべきところのない、平凡な娘だ。一応良家の出てはあるが、そう、この世界が、乙女ゲーム内であるということに気づいている以外は──

「おはよう、ルミナさん」
 凛とした声に、私は顔をあげる。とんでもない美女がそこにいた。うわ、まぶしっ。
「セーレさま、おはようございます」

 周りにいた人々が、敬礼せんばかりにおはようございます! と声をあげる。セーレさまはこのリュミエール学園でひそかに「女帝」と呼ばれているのだ……。

 美しく、気高く、厳しく、恐ろしい存在。みんな、セーレさまをそういうひとだと思っている。
 だが、しかし、それは間違っているのだ。セーレさまは、実はお優しい方だ。

 一度、子猫を拾っているところを見たことがある。その時のセーレさまは、とても優しい顔をしていた。だけど今は……まさに、気高いお嬢さま。

 彼女は、女帝「っぽく」振る舞っている。外見と中身が食い違っているのだ。なぜそんなことをするのか──思い当たる理由が、ひとつだけあった。

 セーレさまは、恐らく私と同じように転生されたのだと思う。

 この世界は、乙女ゲーム「真紅のリディア」内にある。孤児のリディアが、足長おじさんに引き取られ、良家の子息が通うリュミエール学園にやってくる。そこでわけありの男の子たちと出会う、というストーリー。

 私はこのゲームに、中学生のときはまっていた。が、事故に遭い、死んで、物心つく頃にはこの世界がゲーム内だと気づいていた。

 そして自分が、リディアの恋敵、セーレ・バーネットさまの「取り巻き」であることにも。

 セーレ・バーネットさま。才色兼備の彼女は、このリュミエールにおいて「七つ星」のひとりと考えられているお方だ。七つ星になるには、家柄だけではなれない。成績や他の分野ですぐれた功績をのこしているものがそう呼ばれる。

 ──今日もお綺麗だわ。
 私はほうっ、とセーレさまに見惚れた。ウエーブのかかった髪、少し眦のあがった目元は上品で、大輪の薔薇が似合いそうな美しい顔立ちをしている。

「どうしたの?」
「い、いえっ」

 私は顔を赤らめ、目を伏せた。いけない、じろじろ見てしまった。転生者だとわかっていても、私は彼女を尊敬する。だって、セーレさまはきっと役割にふさわしい能力を身につけようと、努力されたはずだから。

 対して私は、セーレさまにくっついて、事態を傍観しているだけだ。まさに脇役である。

「セーレ、ちょっといいか」

 低い美声がして、私はぴくりと肩を揺らした。こちらに来るのは、セーレさまの婚約者、アーカード・コーンウェルさまだ。彼が歩いているだけで、女生徒たちが頬を染める。アーカードさまは品行方正な優等生で、我が校の模範とされているのだ。

 セーレさまは私にじゃあ後で、と告げて、アーカードさまと共に歩き出した。

 二人の間に甘い雰囲気はない。だが美男美女で、思わず見惚れてしまうくらいに、とてもお似合いだ。

 だけど──このままシナリオ通りに行くと、セーレさまは、婚約破棄されて、セーレさまの父親がリディアをさらう、という展開になってしまう。

 教室に向かうと、セーレさまはご自分の席について、本を読んでいた。なにを読まれているのだろう? きになるけれど、邪魔をしてはいけない。と思ったのもつかの間。

「セーレさま、なにをお読みになっていらっしゃるのですか?」
 私と同じ、セーレさまの取り巻きふたりが、彼女に近づいて行った。

「マグノリアの「神戒」よ」
「さすがセーレさま、難解なことで有名な「神戒」を読みこなすなんて!」
 そう言った髪の短い女の子はセラス。
「ええ、さすがですわ!」
 追従したのはラナ。

 あの二人は絶対に転生者じゃないな、と思う。「悪役令嬢を盲目的に崇める」演技にしてはあまりにも自然すぎるからだ。自分の役割に対してなんの抵抗もないのは、ちょっとうらやましい。

 とはいえ、私は自分の役割に満足している。セーレさまが本当に悪役のような人だったら大層辛かっただろうが、彼女は優しくていい方だ。

「セーレさま、神戒を読まれているのか」
「神になる気なのかな……」

 ひそひそ話す声が聞こえてくる。
 まるでゲームのシナリオ通りにならねばならないと言わんばかりに、なんらかの力が働き、セーレさまはみんなに恐れられている。私はそれがもどかしい。出来ることならこのまま平和に、セーレさまが幸せになるルートへ行ってくれればいいのに。

 そう、「彼女」さえ来なければ、「物語」は動き出さないのだから。

 チャイムが鳴り響くと、セラスとラナは席へ戻っていった。
 ガラリと教室の扉が開き、教師が入ってくる。その後ろからついてくる女の子を見て、私は息を飲んだ。

 とっさにセーレさまの背中をみたら、彼女もからだを硬ばらせたのがわかった。

 赤いリボン、濃い茶髪、亜麻色の瞳。いかにもヒロイン然とした見た目の彼女は、緊張ゆえか、頰を紅潮させて頭をさげる。

「リディア・セルフィーナです。よろしくお願いします」
 ──ああ、ついに、リディア・セルフィーナが転校してきてしまった……!


 ☆


 放課後になると、リディアは女生徒たちにわらわらと囲まれた。
「リディアさん、どちらからいらしたの?」
「家名を聞いたことがないけど、海外に住んでらしたのかしら」
「ええと……わたし、孤児院育ちなんです」
 まあ、孤児院? リディアの言葉を聞いて、教室内がざわつく。

「孤児院育ちなのにこの学園に?」
「親切な方がお金を出してくださって」
「まあ、それって……」

 なにか下世話な想像をしたのか、女生徒たちが口もとに手を当てる。私は嫌な気分になった。

「──リディアさん、だったかしら」
 その時、ウエーブの髪が揺れ、リディアの前に美女が立つ。リディアはセーレさまの美しさに、ぽかんと口を開けている。セーレさまは艶然とほほえみ、手を差し出した。
「セーレ・バーネットです。よろしく」
「あ、よろしく、お願いします」

 ふたりが握手すると、周りがざわついた。最高ランクの家柄をもつものは、気軽に握手をしない。セーレさまが握手を求めたということは、彼女をこの教室の一員だと認めたってことなのだ。

 さすがセーレさま、さりげなくリディアをクラスに認めさせるなんて。このまま、セーレさまとリディアが仲良くなって、婚約破棄エンドがなくなればいいのに。


 昼休み、みなが各々昼食を食べているなか、リディアはポツンとしている。
「セーレさま、食堂に参りましょう」
「ええ……」

 セーレさまはちら、とリディアをみたあと、私たちに先に行っていて、と告げて、リディアに近づいて行った。
「リディアさん、一緒にお昼ご飯をどう?」
「は、はい、ありがとうございます」
「敬語じゃなくていいわ。同級生なんだから」

 セーレさまの言葉に、リディアがはにかんだ。
「ありがとう、セーレ」

「まあ、あの子、セーレさまにタメ口をきいてるわよ」
「なんてことなの」

 セラスとラナは、リディアのほうをみてひそひそ話していたが、セーレさまがリディアを連れて歩いてくると、慌てて口を噤んだ。
「彼女も一緒に。いいわね?」
 セーレさまにそう言われては、ラナたちも頷くしかない。
「あ、は、はい」

 私たち四人は、食堂へと向かった。食堂につくと、リディアは物珍しげにキョロキョロする。
「なにか珍しい?」
「はい、こんな立派な食堂、見たことなくて」
 リディアがトレーをとらずに並ぼうとしたので、私は慌てて声をかけた。
「リディア、トレーを」
「あ、うん」

 トレーを手にするリディアに、ラナが皮肉げな言葉を投げる。
「孤児院の食堂にはトレーはなかったのかしら?」
 真っ赤になったリディアの肩に、セーレさまがそっと手を置く。それから、少し冷たい声を出した。
「ラナ、場所取りをお願いできる?」
「は、はい」
 ラナは慌てて場所取りへ向かった。

「ごめんなさい。悪い子じゃないんだけど」
「いえ、気にしてません。この学園、私みたいな子はふさわしくないみたい」
「そんなことないわ。ふさわしくなかったら、入学できるはずがないのだから」
 セーレさまの言葉に、リディアはじっと彼女を見上げた。

「な、にかしら?」
「とても、お優しいんですね」
 リディアの言葉に、セーレさまは目を伏せる。
「優しくなんてないわ。じきに、わかるから」
「え……?」
「さあ、どれにする?」

 ショーケースに並べられた惣菜を、リディアは目を輝かせてみる。
「わあ、美味しそう」

 嬉しそうなリディアを、セーレさまは微笑ましそうにみている。セーレさまは、リディアがお好きなのだ。いや、「真紅のリディア」をプレイしたユーザーならば、彼女に感情移入するのは当たり前だ。

 だからこそ、セーレさまは、できるだけリディアと険悪になるようなことは避けたいだろう。トレーに惣菜を乗せた私たちは、席へと向かう。

「リディア、そんなにとって食べられるの?」
「はい、私、結構食べるんです」

 リディアとセーレさまが、楽しげに話しながら席へ向かう。私は後ろからそれを見て、ほのぼのとした気持ちになる。リディアはセーレさまの方を見ていたので、立ち上がった人影に気づかなかった。

 ──あっ。

 そう思ったのもつかの間、リディアとその人物はぶつかった。ばしゃり。リディアがこぼしたコーヒーが、彼のシャツに飛び散る。

「あっ」
 リディアは真っ青になって、慌ててトレーを置いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
 シャツが汚れたというのに、彼は冷静にそう返した。翡翠の瞳が、リディアにさだまる。
「君は……転校生の?」
「リディア・セルフィーナです。あの、シミになるといけないから、洗いに行きましょう」
「え?」
 リディアはアーカードさまの手を引いた。セラスとラナがきゃあ、と悲鳴をあげる。
 ああ、フラグが立った──セーレさまがそう呟いたのが聞こえた。


 フラグ──乙女ゲーム内でフラグといえば、恋愛フラグである。私は脇役なので、もちろんそんなものとは無縁の存在なのだが。リディアとアーカードさまにフラグが立った。つまりは、アーカードさまがリディアを好きになる確率が、ぐんと増したのだ。

「聞きまして? リディアとかいう転校生が、アーカードさまの手を握ったとか」
「しかも、セーレさまの前で、ですわよ」
「信じられませんわ」

 ざわつく教室で、リディアは居心地悪そうに身を縮めている。と、セーレさまが教室に入ってきた。リディアはハッとして、セーレさまに駆け寄る。
「セーレさん、ごめんなさい。あの時は慌てていて。あの人がセーレさんの婚約者だなんて知らなかったから」
「いいのよ。気にしていないから」

 セーレさまは多分本当に気にしていなかったんだろうけど、周りはそうはとらなかった。
「ああ、セーレさま、かなり怒ってらっしゃるな」
「あの転校生、命知らずだな。セーレさまを敵にまわすなんて……」
 それはラナとセラスも同じだったようで。

「リディア、更衣室の場所がわからないでしょう? 一緒に行きましょう」
「は、はい」
 体育の時間、リディアとともに教室を出ようとするセーレさまに、彼女たちは囁いた。
「セーレさま、納得いきませんわ、どうしてあの子に優しくなさるんですか」
「リディアは転校してきたばかりで不慣れなのよ」
「アーカードさまに馴れ馴れしくして、腹がたちます」
「たかが手を握っただけでしょう。目くじらをたてることはないわ」

 リディアには、その会話が聞こえていたのだろう。彼女は目を伏せて、笑顔をつくった。
「あの、私ひとりでいけるから」
「リディア」
 歩いていくリディアを、セーレさまは追おうとした。

「セーレさま、甘い顔をしたらつけあがりますわよ」
「そうですわ、更衣室くらい行けますわよ、子供じゃないのだから」
 セーレさまはラナとセラスの言葉をよそに、心配そうな顔でリディアをみていた。

 結局、リディアは体育に遅刻してきた。初回から遅刻してきたリディアに対し、体育教諭は憤慨したようで、彼女にグラウンドを走ってくるよう告げた。

 リディアは赤いリボンを揺らし、体育館から出て行こうとする。その時、すっ、と手をあげた人物がいた。

「先生、なぜ彼女が遅刻したのか、尋ねるべきでは?」
 アーカードさまだ。
「どんな理由があろうと、遅刻は許されない」

 きゅっ、と上靴が鳴り、リディアと入れ違うように、一人の男子生徒が入ってきた。あくびをしながら、伸びをしている。

「レイ・アースベル……また遅刻か」
「はい、寝てたら休み時間が終わってて」
 教師の呆れ顔にもめげず、のんびりと答える。プラチナのような銀髪に、深い海色の瞳。眠そうでも美しい顔の造形は崩れない。

 彼は、アーカードと同じく、「真紅のリディア」の攻略対象だ。その瞳が、ふっ、とこちらに向いた。もちろん私ではない。彼は──セーレさまをみていた。セーレさまはというと、必死に目をそらしている。
 あら? これは、もしや……。

 並びなさい、と言われ、列に向かうレイさま。それをみたアーカードさまが口を挟んだ。
「セルフィーナに走ってこいというなら、レイにも走らせるべきでは?」
「へ?」
 レイさまは不思議そうに目を瞬いている。教師は咳払いし、
「……セルフィーナ、列に戻りなさい」

 リディアはおずおずとこちらへ戻ってきた。レイさまはアーカードさまに、「ねえ、なんの話?」
 と尋ねている。
 セーレさまが、ホッと息を吐いたのがわかった。

 ☆

 体育が終わったあと、体育館を出ようとする私たちに、声がかかった。いや、私たちに、ではない。セーレさまに、だ。
「セーレ、ちょっと来てくれ」

 アーカードさまである。セーレさまは私たちに先にいってて、と告げ、彼と共に歩き出す。先にいってろ、と言われても、気になる。私はトイレに行く、と嘘をつき、二人の後についていった。

 アーカードさまとセーレさまは、互いに向き合って立っていた。セーレさまは小首を傾げ、
「話ってなにかしら」
「リディアのことだ。昨日、君たちは彼女と一緒にいただろう。どうして今日、彼女はひとりだった?」
「それ、アーカードさまに関わりのあることかしら」
「彼女が俺の手を引いて消えたから、君が不愉快になった──と、もっぱらの噂だ」

「あら、私がやきもちを焼いたとでもおっしゃりたいの?」
「そんなことは言っていない。君はやきもちなんか焼かないだろう。俺が言ってるのは君のプライドの問題だ。違うのか?」
「つまり、プライドを傷つけられたからリディアと仲良くするのをやめたんじゃないか、っておっしゃりたいの? そこまで幼稚じゃありませんわ」
「ではなぜ?」 

「簡単ですわ。優しくして差し上げようかと思ったけれど──合わないんですの、貧乏人とは」
 アーカードさまの眉根が寄った。
「なんて言い草だ」
「私たちは良家の跡取り。付き合う人間の程度には限界がありますわ」
「……気高くあるのと他人を見下すのは違う」
「あなたこそ、なぜそんなにリディアを気にかけるのかしら。まさか気になるから、なんておっしゃらないわよね」
「出会ったばかりだぞ。そんなわけがない」

 アーカードさまはセーレさまに背を向け、歩き出した。セーレさまはというと、ため息をついている。リディアに断られたから、とは言えなかったんだろう。ああ、セーレさまの心労を思うと涙がでる。

「何してるんだ? ルミナ」
 その声に、私はびくりと震えた。こちらを見下ろすひとりの男。橙を含ませた茶の瞳、濃い茶の髪、ひょろりと背の高いそのひとは、私を不思議そうに見下ろしていた。

「り、リカルド先輩……」
 彼は、リカルド・バルマン。「真紅のリディア」の攻略キャラクターのひとり。そして、私の部活の先輩でもある。ちなみに美術部なんだけど。

「あれは……セーレ嬢か。噂にたがわぬ美人だ。一度モデルをお願いしたいものだな」
 リカルド先輩は、私のそばにしゃがみこんだ。なぜ隣に……?

「セーレ」
 聞こえてきた声に、セーレさまがびくりとした。現れたのは、レイさまだ。
「あ、あら、レイさま。なにかご用?」
「飴、あげる」
 レイさまはてくてく歩いて来て、セーレさまの手のひらにぽとりと飴を落とした。 

「あ、ありがとう、ございます」
 セーレさまは目をそらしながら言う。レイさまはじっとセーレさまをみて、
「元気ないの?」
「いえ、そんなことは」
 一歩近づいた。セーレさまが後退する。

「な、ぜ近づいてくるのですか」
「ぎゅってしたら元気になるかなって」
「されなくても元気です!」
「あ、まって、セーレ」

 逃げるセーレさまを、レイさまが追いかける。やっぱり──あのふたり、フラグが立ってるんだ。セーレさまが幸せになる活路が開くかも。リカルド先輩は顎に手を当て、
「ふうむ、セーレ嬢はアーカード・コーンウェルと婚約しているはずだが、アースベルも手玉にとっているのか」
 いや、今のをみてなぜそう言えるの?

「で、なぜルミナはデバガメをしていた? 人の恋路を邪魔する人間は、ロバに蹴られて死ぬぞ」
「馬です」
「ああそうか。あはは」

 リカルド先輩が笑い出す。こんな人だが、天才的な絵の才能があるのだ。そのかわり言語能力に瑕疵があるけど……。

「邪魔というか、むしろ協力したいです。アーカードさまと婚約破棄しても、レイさまと婚約しなおせば、破滅エンドは免れるんじゃないかって」
「よくわからんが、がんばれ」
「リカルド先輩、なにかいい方法はありませんか?」
「なるようにしかならんさ、恋愛なんてものは」
 リカルド先輩が口もとを緩めた。

「特に他人が動いても、ろくなことにはならんぞ」
「な、なんだか、実感がこもってますね」
 この人、こう見えて恋愛経験豊富だったりするんだろうか。

「まあ俺は恋なんかしたことないがな。あはは」
 なんなんですかそれは……。この人もリディアに出会ったら、すとんと恋におちるのかな。想像がつかないけど。

 ☆

 それから、私は悪役令嬢の取り巻きらしく、リディアにいやがらせをしたり(気が進まなかった……)したのだけど。それが仇になったりもしたのだけど。結局どうなったのかというと。

「セーレ嬢がレイ・アースベルと婚約したそうだな」
 あくる日、部室で絵を描いていたら、リカルド先輩が声をかけてきた。
「そうなんです。本当に良かった」

 私は口もとを綻ばせた。我が事のように嬉しい。キャンバスに向かい、鼻歌交じりに鉛筆を動かす。
「やけに嬉しそうだな」
「そりゃあ、セーレさまは転生仲間……いえ、ご学友ですから」
「てんせい?」

 私はごまかすように咳払いをした。リカルド先輩はじーっと私をみている。な、なんだろう。まさか、俺も転生者なんだあははとか言いださないよね。
「おまえは美人じゃないが、なかなか味のある顔をしている」
「味のある顔ってなんですか」

 私は、極めて平凡な顔だ。たぶん、特別に良くも悪くもない。
「見ていて飽きないというやつだな。美人は三日で飽きるというだろう?」

 先輩は、私の顔をスケッチし始めた。見られていると絵が描きにくい。とりあえず、鉛筆でも削ろうとナイフを手に取った。
「顔は普通だが──意外とまつ毛が長いな」
 その言葉に、思わず手が滑る。ざくっ。ナイフが指に刺さってしまった。
「いたーっ!」
「ああ、大変だ」

 リカルド先輩は私の指をとって、なんの躊躇もなく血を舐めとった。
「っひ」

 ぶわっと体温が上昇する。わなわな震える私をみて、リカルド先輩があ、と声を漏らした。それからわるい、とつぶやいて、顔を赤らめる。

 あれ、これって──フラグが、たった? 私はティッシュで指を押さえて立ち上がった。
 いや、そんなばかな、脇役の私に、恋愛フラグが立つわけがないのだ。
「保健室、行ってきます!」
 私はそのまま逃走した。
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