最上の番い

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武道大会

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「大丈夫か、シエル」
「はい……」
自室のベッドに座り込んだシエルは、真っ青になっていた。シエルを見上げたまるが、心配そうにきゅんきゅん鳴いている。俺は紅茶の入ったカップをシエルに差し出す。シエルはカップを受け取って、目を伏せた。
「きっと天罰ですね。あんなことしたから……」
「――なにか心当たりはないのか」

俺の問いに、シエルがかぶりを振った。彼を狙ったのが何者なのかはわからない。なんにせよ、今外に出るのは危険なので、真実がわかるまでは城にいるよう言った。しばらくシエルと一緒にいたら、御子柴がやってきた。
「八束、王様が呼んでるぜ。爆破現場にいた者として、話を聞きたいらしい」
「シエルは?」
「そいつは部屋から出すなってよ」
シエルには監視の兵士がつけられることになった。きっと、命を守る意味もあるのだろう。俺は御子柴と一緒に会議室へ向かった。そこにはニール、ヤハウェ、アドラス、官吏たちが集まっていた。アドラスは赤いカードを俺に差し出した。

「これが門のところにあった。爆発事故のいざこざの最中に置いたんだろう」
赤いカードには「偽りの信者とアルファたちには死を与える」と書かれていた。途端に会議室がざわつきだす。
「「偽りの信者」という言葉には聞き覚えがある。やつらは、教団への潜入者を見せしめに殺した。その時に出された声明と一緒だ。間違いなく、本物の赤の教団だ」
「これは警告だ。やつらは本気でシエルを殺そうとした」
「陛下、やはり、武道大会は中止したほうが……」
「大会は行う。おかしな連中に怯える必要はない」

ニールには全く動じている様子がなかった。不安と反発で、会議室はしばらくざわめきがやまなかった。
十分後、俺はスミス・アンド・ウェッソンを手に庭のベンチに座っていた。土のうを担いだ園丁が通りかかったので声をかける。
「じいさん、あんた武道大会の日は何してる」
「何って、仕事だよ」
「見慣れないやつに気づいたら、知らせてほしいんだよ。変なカードが届いたんだ」
「武道大会では部外者が大勢うろつくんだろう。不審者を見つけようなんて無駄だね」
老人はすげなく言って、さっさと歩いていった。まあ、ニールの言う通り、周遊魔法があるからおそらく問題ないだろうが……。ふと、なにか嫌な匂いが香った。俺は自分の手に鼻先を近づける。燃料の匂いが手に移ったのだろうか?この匂いはなかなか取れないだろう。ニールに顔をしかめられそうだ、と思った。

晴れ渡る空の下、剣がぶつかり合う音が響いている。戦っているのはアドラスと、年配のアルファだ。アドラスが剣を振ると、相手が吹っ飛んで武道場の壁にぶつかり、動かなくなった。審判が赤い旗を上げる。倒れた相手が戦闘不能になったら勝ち――。実にシンプルなルールだ。参加者はアルファ50名。AとB、二組に別れたトーナメント制で、一週間にわたって行われる。現在、Bブロックの2回戦だ。結局、武道大会は厳重体制の元で行われることになった。といっても、国中のアルファが集まっていることに加えて、見物客も外部から来ている。すべての人間の行動を完璧に監視するのは難しいと思われた。俺は怪しい動きをしている者がいないか、あたりを見回っていた。アドラスは今の所、全く危なげなく勝利している。俺に近づいてきたアドラスは、自慢げに胸を張った。

「おう、八束。見たか? 俺は強いだろう」
「弱かったら騎士団長を名乗れないんじゃないのか」
「おまえは冷たいね。ミコシバは?」
「あいつは帰る準備をしてる」
「はあ? 俺の勇姿を見ずに行くのか?」

アドラスは不満そうな顔をした。あいつは早急に帰りたがっていたから、さっさと帰るのは当然ではないだろうか。なんとなく落ち込んでいる様子のアドラスが、のろのろと戻っていく。ああ見えて、御子柴に対して本気だったのだろうか。珍しいアドラスの姿を意外に思っていたら、誰かが俺の隣に立った。
「あれ? 御子柴……」
「帰るのを延期した」
延期したって、あんなに帰りたがっていたのに、どうしてだ? もしかして……。俺がアドラスの方を見ると、御子柴の頬が紅潮した。
「あの男は関係ない。まだきなくさいことがあるんだろう」
御子柴が帰ったと聞いたからか、アドラスはすっかりやる気を失っていた。先程までと違って、まるでゾンビみたいな動きである。失恋したゴリラってあんな感じだろうか。カツカツ。御子柴が靴を鳴らす音で、イライラしているのがわかった。
「おいっ、何をしてるんだ! おまえ、強いんだろう。さっさと倒せ!」
御子柴が叫ぶと、アドラスがこちらを見た。彼の瞳が御子柴を捉えた瞬間、表情がぱっと明るくなった。――ああ、犬だ。それからのアドラスの動きは人が変わったようだった。対戦相手は剣をへし折られ、頭を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。あれは脳震盪でしばらく立てないだろうな。これはアルファの力を誇示する大会だろうが。握力じゃなくて魔法を使えよ。アドラスは勝敗の結果も聞かずにこちらにすっ飛んできて、御子柴を抱き上げた。御子柴はアドラスの腕から逃れようと暴れている。

「離せ!」
「なんだよ、いるじゃねーか。嘘ついたのかよ、八束」
おまえの試合が気になって戻ってきたらしいぞ──なんて言ったら、御子柴がこの場で犯されそうだと思ったので黙っておいた。
「俺が優勝したらやらせろよ、な?」
「調子に乗るなっ」
御子柴は真っ赤になってアドラスを蹴り飛ばしている。次の試合に呼ばれ、アドラスはご機嫌で戻っていく。俺が踵を返すと、御子柴が声をかけてきた。
「どこに行くんだ、八束。次は王様の番らしいぞ」
「ちょっとタバコ吸ってくる」
俺はそう言って、片手をあげた。
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