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勤労感謝の日編 5
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シーツがベタベタに濡れてしまったから、私と晃は、床に敷いた布団に二人で寝た。晃はスマホを眺めてにやにやしている。今朝も見てたけど、なんだろう。まさか、グラビアアイドルの写真だろうか。
「晃さん、何見てるんですか?」
晃が画面を向けてきた。
「ミチの写真。服部に送ったやつ」
エプロンをつけた私の写真だ。私はかあ、と赤くなる。
「ちょ、そんなの人に送らないでください」
「なんで。かわいいのに」
「恥ずかしいです」
晃は私に口づけて、ぎゅっと抱き寄せた。
「おやすみ」
「おやすみ、なさい」
私は晃を抱きしめ返して、目を閉じた。
★
翌朝起きだすと、父が台所に立っていた。
「父さん」
声をかけると、父が振り向いた。
「おはよう」
「おはよう」
私は父の隣に立ち、朝食の用意を手伝った。彼はちら、とこちらを見て、
「髪くらいときなさい」
「あ、はい」
私は慌てて手ぐしをした。
「彼は不思議な男だな」
「え?」
「三澤くんだ。裏表がないというか……」
「ああ、嘘はつけないかな」
だから、浮気したらすぐわかってしまいそうだ。
「彼が好きなのか」
「……うん」
私は小さな声で答えた。なんだか恥ずかしい。父はワカメを戻しながら言う。
「結婚式は、早めにしなさい」
「え?」
「随分仲がいいようだからな。子供ができる前に」
「!」
私が固まっていたら、廊下を歩く足音が聞こえてきた。暖簾をかき分けて、呑気な顔の晃が現れる。
「おはようございます」
「おはよう」
「お、おはようございます」
私は慌ててネギを切るふりをした。恥ずかしくて、晃の顔が見られない。彼はこちらに近づいて、ひょい、と顔を覗き込んできた。
「なに?」
「なんでも、ないです」
「今日もかわいい」
晃がそう言って、私のまぶたにちゅ、と口づける。私はかあっと赤くなった。
「ちょ、な、何するんですか」
「なんだよ。何照れてんの」
攻防していたら、父が冷たい声で言った。
「親の前でいちゃつくのは、やめてほしいのだが」
「あ、すいません」
彼は私を抱き寄せ、悪びれなく言う。
「一日三回かわいいって言うのが、結婚の条件で」
父が呆れ顔でこちらを見た。私は真っ赤になって目を泳がせた。
「……水やりにやってくる。三澤くん、ミチを手伝ってやってくれ」
父はそう言って歩いていく。私は、キョトンとしている晃を押しのけた。
「 父さんの前で変なこと言わないでください」
「変なことって?」
「だから……もういいから、油揚げ切ってください」
「わかった」
晃は不器用な手つきで、油揚げを切り始める。真剣な眼差しで切ってるのが、なんだかおかしかった。自慢げに揚げを差し出してくる。
「できた」
「全然切れてないですが」
私は呆れて、包丁を手にする。油揚げを切りなおしていたら、
「なあ、ミチ」
「なんですか?」
「だいすき」
「……知ってます」
「そこは、私もって言えよ」
「知ってるでしょ、言わなくても」
「言って」
「……だいすき、晃さん」
視線が合って、私は包丁を置いた。晃の顔が近づいてくる。朝日にきらきら輝く、艶のある黒髪。切れ長の瞳。やらしいことばっかり言う唇。全部私のキライな夫、三澤晃を形作るもの。
ことことお湯が沸く音に混じって、ちゅ、と口づける音が響いた。
★
リーンゴーン……。晴れ渡った空に、鐘の鳴る音が響いている。二月十五日。本日、大安。結婚式日和である。
私はドレス姿で、鏡の前に立っていた。真っ白なドレスには、ビーズがきらきらと光っている。
「綺麗よ、ミチさん」
陽子さん──女将さんが朗らかな声で言う。
「ありがとうございます」
私は照れ笑いをした。彼女は腕時計を見て、
「巧は来るかしら。一応知らせはしたのだけど」
「……」
私が目を伏せたら、女将さんが微笑んだ。
「大丈夫、巧は結構打たれ強いの。晃と違って」
「ああ……たしかに」
彼女は私の手をきゅっと握り、
「ミチさんが支えてあげてね」
「はい、陽子さん」
両開きの扉が、音を立てて開く。私は父とともに、バージンロードを歩いた。拍手と共に、花が舞う。
父はあまり機嫌よく見えなかったが、何も言わずに一緒に歩いてくれた。バージンロードの先に、晃が立っている。タキシードなんか着ちゃって、真面目な顔しちゃって、なんだかおかしい。あの人、こういうかしこまった席は苦手なのだ。
あれから三カ月たち、晃の足はすっかり治っていた。結婚式までに治らなかったら、えらくダサいことになっていただろう。
バージンロードをゆっくり歩いていくと、参列席が目に入った。なぜだか、河原さんが感極まって泣いている。橋本さんは、ちょっと恥ずかしそうな顔でそれをなだめていた。式場の扉が開き、巧が入ってくるのが見える。
──あ。一瞬目が合い、会釈をした。彼は小さく手をあげ、参列席の一番後ろに座った。女将さんもそれに気づいたようで、笑顔を浮かべている。 私は晃と向かい合わせで立つ。指輪の交換をしながら、晃が囁いた。
「すげー綺麗」
私は顔を赤らめる。
「それでは、誓いのキスを」
牧師様に促され、私たちは唇を近づけた。その時。
「異議あり」
参列席の中から、手がすっ、と上がる。自然とそちらに視線が向かう。
女性が一人、立ち上がった。まるで人形のように綺麗な女性だ。羽織っていた白いストールを、するりと降ろす。
彼女が着ているのは、どう見ても喪服だった。晴れなのに、真っ黒な傘を持っている。
彼女は細い指をすっとあげた。抑揚の欠けた声で、
「その男は人殺しです」
思わぬ言葉に、場内がざわつく。神父は戸惑い顔で晃を見た。
係員が慌てて飛んできて、女性に何事かを呼びかける。
彼女は連れて行かれる寸前、晃の方を見て薄く笑った。
晃がかすれた声でつぶやく。
「……佳代子」
私は、晃を見上げた。彼は蒼白になっている。
「晃さん、知り合いですか?」
「俺の、元恋人だ」
晃がかすれた声で呟いた。
「晃さん、何見てるんですか?」
晃が画面を向けてきた。
「ミチの写真。服部に送ったやつ」
エプロンをつけた私の写真だ。私はかあ、と赤くなる。
「ちょ、そんなの人に送らないでください」
「なんで。かわいいのに」
「恥ずかしいです」
晃は私に口づけて、ぎゅっと抱き寄せた。
「おやすみ」
「おやすみ、なさい」
私は晃を抱きしめ返して、目を閉じた。
★
翌朝起きだすと、父が台所に立っていた。
「父さん」
声をかけると、父が振り向いた。
「おはよう」
「おはよう」
私は父の隣に立ち、朝食の用意を手伝った。彼はちら、とこちらを見て、
「髪くらいときなさい」
「あ、はい」
私は慌てて手ぐしをした。
「彼は不思議な男だな」
「え?」
「三澤くんだ。裏表がないというか……」
「ああ、嘘はつけないかな」
だから、浮気したらすぐわかってしまいそうだ。
「彼が好きなのか」
「……うん」
私は小さな声で答えた。なんだか恥ずかしい。父はワカメを戻しながら言う。
「結婚式は、早めにしなさい」
「え?」
「随分仲がいいようだからな。子供ができる前に」
「!」
私が固まっていたら、廊下を歩く足音が聞こえてきた。暖簾をかき分けて、呑気な顔の晃が現れる。
「おはようございます」
「おはよう」
「お、おはようございます」
私は慌ててネギを切るふりをした。恥ずかしくて、晃の顔が見られない。彼はこちらに近づいて、ひょい、と顔を覗き込んできた。
「なに?」
「なんでも、ないです」
「今日もかわいい」
晃がそう言って、私のまぶたにちゅ、と口づける。私はかあっと赤くなった。
「ちょ、な、何するんですか」
「なんだよ。何照れてんの」
攻防していたら、父が冷たい声で言った。
「親の前でいちゃつくのは、やめてほしいのだが」
「あ、すいません」
彼は私を抱き寄せ、悪びれなく言う。
「一日三回かわいいって言うのが、結婚の条件で」
父が呆れ顔でこちらを見た。私は真っ赤になって目を泳がせた。
「……水やりにやってくる。三澤くん、ミチを手伝ってやってくれ」
父はそう言って歩いていく。私は、キョトンとしている晃を押しのけた。
「 父さんの前で変なこと言わないでください」
「変なことって?」
「だから……もういいから、油揚げ切ってください」
「わかった」
晃は不器用な手つきで、油揚げを切り始める。真剣な眼差しで切ってるのが、なんだかおかしかった。自慢げに揚げを差し出してくる。
「できた」
「全然切れてないですが」
私は呆れて、包丁を手にする。油揚げを切りなおしていたら、
「なあ、ミチ」
「なんですか?」
「だいすき」
「……知ってます」
「そこは、私もって言えよ」
「知ってるでしょ、言わなくても」
「言って」
「……だいすき、晃さん」
視線が合って、私は包丁を置いた。晃の顔が近づいてくる。朝日にきらきら輝く、艶のある黒髪。切れ長の瞳。やらしいことばっかり言う唇。全部私のキライな夫、三澤晃を形作るもの。
ことことお湯が沸く音に混じって、ちゅ、と口づける音が響いた。
★
リーンゴーン……。晴れ渡った空に、鐘の鳴る音が響いている。二月十五日。本日、大安。結婚式日和である。
私はドレス姿で、鏡の前に立っていた。真っ白なドレスには、ビーズがきらきらと光っている。
「綺麗よ、ミチさん」
陽子さん──女将さんが朗らかな声で言う。
「ありがとうございます」
私は照れ笑いをした。彼女は腕時計を見て、
「巧は来るかしら。一応知らせはしたのだけど」
「……」
私が目を伏せたら、女将さんが微笑んだ。
「大丈夫、巧は結構打たれ強いの。晃と違って」
「ああ……たしかに」
彼女は私の手をきゅっと握り、
「ミチさんが支えてあげてね」
「はい、陽子さん」
両開きの扉が、音を立てて開く。私は父とともに、バージンロードを歩いた。拍手と共に、花が舞う。
父はあまり機嫌よく見えなかったが、何も言わずに一緒に歩いてくれた。バージンロードの先に、晃が立っている。タキシードなんか着ちゃって、真面目な顔しちゃって、なんだかおかしい。あの人、こういうかしこまった席は苦手なのだ。
あれから三カ月たち、晃の足はすっかり治っていた。結婚式までに治らなかったら、えらくダサいことになっていただろう。
バージンロードをゆっくり歩いていくと、参列席が目に入った。なぜだか、河原さんが感極まって泣いている。橋本さんは、ちょっと恥ずかしそうな顔でそれをなだめていた。式場の扉が開き、巧が入ってくるのが見える。
──あ。一瞬目が合い、会釈をした。彼は小さく手をあげ、参列席の一番後ろに座った。女将さんもそれに気づいたようで、笑顔を浮かべている。 私は晃と向かい合わせで立つ。指輪の交換をしながら、晃が囁いた。
「すげー綺麗」
私は顔を赤らめる。
「それでは、誓いのキスを」
牧師様に促され、私たちは唇を近づけた。その時。
「異議あり」
参列席の中から、手がすっ、と上がる。自然とそちらに視線が向かう。
女性が一人、立ち上がった。まるで人形のように綺麗な女性だ。羽織っていた白いストールを、するりと降ろす。
彼女が着ているのは、どう見ても喪服だった。晴れなのに、真っ黒な傘を持っている。
彼女は細い指をすっとあげた。抑揚の欠けた声で、
「その男は人殺しです」
思わぬ言葉に、場内がざわつく。神父は戸惑い顔で晃を見た。
係員が慌てて飛んできて、女性に何事かを呼びかける。
彼女は連れて行かれる寸前、晃の方を見て薄く笑った。
晃がかすれた声でつぶやく。
「……佳代子」
私は、晃を見上げた。彼は蒼白になっている。
「晃さん、知り合いですか?」
「俺の、元恋人だ」
晃がかすれた声で呟いた。
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