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敬老の日編(下)
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部屋に入るなり、彼は私をぎゅっと抱きしめて、布団に押したおした。私は三澤のシャツを掴んで、身じろぎする。
「晃、さん」
「ん?」
「女将さんが、寝てた布団だから」
「恥ずかしい?」
聞かなくたって、わかってるくせに。私はぎゅっと目を閉じた。三澤はまた唇を重ねて、ささやいた。
「似合うな、着物」
「思って、ないくせに」
「そんなこと言ってないじゃん」
「七五三って、言ったくせに」
「ああ、胸がない的な意味で」
私は三澤の首筋に噛み付いた。
「いて、噛むなって」
「デリカシーのない上司は、死んじゃえ」
「死んだら泣くくせに」
「晃さんこそ、私が死んだら、泣くくせに」
「死ぬとか言うなよ」
三澤が私を抱きしめる力が強くなった。私も、彼を抱きしめ返す。まだ、くっつくには暑い季節だ。でも、ぎゅっとされると、嬉しくて胸が弾んだ。
くるん、と向きを変えた三澤が、着物のあわせに手を入れた。大きな手のひらが、私の胸を包む。
「ふ」
「ちっさいけど乳首立ってる」
「ぎゅってしたら、い、たい」
三澤は私の乳首をつまんで、耳たぶを舐め上げた。
「あきら、さ、痛い」
「痛いだけ?」
指先が乳首をしこるように動く。そんな風にされたら、じんじんして、下半身が熱くなる。私は三澤の手に自分の手を重ね、もう片方を足の間に差し入れた。
「自分でいじってんの? やらしいな」
「だ、って」
瞳を潤ませたら、三澤が私の頭を支え、唇を重ねてきた。優しく髪を撫でられると、きゅんとして、身体がふるえる。
くちゅりと入り込んできた舌が、口の中を動き回った。
「ん、っ……」
彼がちゅぱ、と舌を引くと、唾液が伝って、私の胸元に落ちた。
「着物、よごれちゃう」
「そうだな」
三澤は帯を解いて、素早く着物を脱がせた。首筋から背中に、唇が這う。お尻に口付けられて、はずかしくて身をよじったら、いきなり蜜口を開かれた。くちゅ、と響いた音が恥ずかしくて、身体を跳ねさせる。
「は、ぅ」
「べとべとだな」
指先が、蜜口を撫でると、とろとろと蜜が溢れ出してきた。もどかしい感触に、喉を鳴らす。
「あ、きら、さ」
「なに?」
「お布団、シミできちゃう」
「どうせ、匂いでばれるよ」
やらしい匂いする。そう言って、三澤は私の蜜口に顔を寄せた。彼の舌が、私の濡れた部分を這う。
「っ、あ、あ……」
私ははくはく息を吐いて、シーツにしがみつく。舌を引いた三澤が、鞄を引き寄せた。手早く避妊具をつけ、入ってくる。
「あ、っ」
その、あまりの熱さに、ぎゅうっ、と締め付けてしまった。
「あ、あ、あきら、さ」
「今日、すげー、濡れてる」
「う、う」
痺れるような快感に、私は無意識のうちに、足をぱたぱた動かした。三澤が手を伸ばし、卓上にあった私のスマホを手にする。
ツイッターを起動させ、私に持たせた。
「な、に」
「いまえっちしてます、って打てよ」
「や、だ」
三澤は絶えず、腰を打ち付けてくる。スマホを持っていられなくて、私は手を震わせた。突き上げが早くなる。
「ふぁ」
「どうした? ツイッターすきなんだろ」
恥ずかしくて、きもちいい。頭の奥が熱くなって、息が苦しくなる。もっとほしくて、腰が揺れてしまう。
「後ろからされてます、って。俺がかわりに打つか?」
三澤の長い指が、画面に触れた。
「あ、や、だ」
「キライな上司とえっちして、たくさんぬれてます、って打ったら?」
耳元に響く声が、なかを蹂躙する熱いものが、どんどん、理性をこわしていく。私はスマホを離して、三澤の指をぎゅっと握りしめた。
「や、だ……」
「なんで? 俺の悪口書くの好きなんだろ」
ふる、と首を横に動かす。セクハラ野郎で、いじわるなところはキライで、でも、それ以上にこの人のことが、好き。
「だ、って、かわいいって、言ってくれないから……」
「そんなの、いつも言ってんじゃん」
「もっと、言って、ほしい、あきらさんに、かわいいって、思われたいの」
耳にかかる吐息が熱くなった。
「ミチ、かわいい」
後ろからたくさん突かれて、頭の奥がちかちかする。
「っ、あ、あ、んっ……」
「すきだ、ミチ。ずっと、俺のそばにいろよ」
「あきら、さ……」
唇が重なって、とろとろの奥を突き回される。三澤の指先が花芯を撫でて、潮がぴゅっ、と噴き出した。
「あ……あっ」
反射で、なかを強く食い締めたら、三澤が息を飲んだ。
「や、べぇ」
抱きしめられて、硬くて熱いのでいっぱい突かれて、頭の奥が真っ白になった。
「っあ、い、く」
「いけ、ミチ」
「ふぁ……あ、あっ」
びくびく震えた瞬間、三澤も呻いた。
★
翌日、朝食を終えてくつろいでいたら、女将さんが現れた。
「昨日はご迷惑おかけしました」
深々と頭を下げた彼女に、私は慌てる。
「いえ、私はなにも」
「そろそろ引退したらどうだよ、歳だし」
「ちょっと、晃さん!」
私は慌てて三澤の袖を引っ張った。女将さんは、三澤の口の悪さなんて慣れっこなのか、おっとりと返す。
「そうねえ、巧がお嫁さんを連れて戻ってきたら、考えるわ」
「つーか、巧は来ないわけ?」
「忙しそうだから、仕方ないわよ」
私たちは女将に見送られ、旅館を出た。
「ちょっと晃、きなさい」
女将は三澤さんを離れたところに連れて行き、なにやらひそひそ話している。「逃すな」とか「孫」とかいう単語が聞こえてきた。
私は手持ち無沙汰に、駐車場の脇に植えられた松を眺める。と、タクシーがやってきた。そこから、一人の男が降りてくる。
「母さん」
「あ、巧」
「何やってるんだ。寝てないと」
この人が巧さんか。兄弟だけあって、三澤によく似ている。眼鏡をかけているぶん、こちらのほうが賢そうだったが。巧の目がこちらに向いた。一瞬、彼が固まった気がした。なんだろう……。私は小さく頭を下げる。
「……あなたは?」
「え、あ、私、原田ミチといいます」
「俺の部下」
付け加えたのは三澤だ。巧はちら、と三澤を見て、
「おまえいたのか」
「ずっといたよ。つーか、今更来たのか、おまえ」
「仕方ないだろう。おまえと違って暇じゃないんだ」
三澤が顔を引きつらせる。
「誰が暇だってえ?」
この二人、あんまり仲良くないのだろうか。巧はこちらを見下ろし、
「こんなやつの元は、早く去った方が賢明ですよ。じゃ」
女将を促し、旅館に入って行った。三澤は、巧を見送り、舌打ちする。
「相変わらずやなやつ」
「なんか、あんまり似てませんね、顔以外」
「当たり前だろ。俺の方がマシだわ。あいつマザコンだし」
「知性を感じました」
「コラ、俺に知性がないみたいな言い方はやめろ」
「あるんですか?」
「かわいくねーな」
三澤は私の頭をぐりぐり撫でた。
★
旅館から帰ってきた翌日、見知らぬ携帯から電話がかかってきた。
「はい、原田です」
「三澤巧です」
電話口からは、三澤によく似た声が聞こえてきた。
「巧、さん? 晃さんの……」
「兄です。先日はどうも」
「えっと、何かご用ですか」
「突然で申し訳ない。今から会えませんか」
三澤によく似た声なのに、真面目な口調だと、なんだかひどく違和感を覚える。私は腕時計を見た。
「はい、十五分くらいなら」
近所のファミレスを指定したあと、席から立ち、三澤の席に目をやる。「外出中」という札が立ててあった。私は、写真の選別をしていた橋本に声をかける。
「すいません、橋本さん、私ちょっと出てくるので、三澤さんに伝えてください」
「ああ、わかった。いってらー」
「行ってらっしゃい、原田さん」
私は橋本と河原に行ってきます、と返し、部屋を出た。
ファミレスに向かうと、巧はすでに窓際の席に座っていた。文庫本を手にして、姿勢よく座っている。 眼鏡をかけていなかったら、三澤だと錯覚してもおかしくない。
(やっぱり、晃さんに似てるな……)
だが、三澤晃なら、読んだとしても漫画とか雑誌だろう。それに、あんなに姿勢よくないし。近づいていくと、巧がすっくと立ち上がった。彼は冷静な口調で、
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
「いえ。あの、なんで電話番号……」
「母に聞きました」
ああ……って、なぜ?
何か飲みますか、と問われ、アイスコーヒーを注文した。コーヒーを飲む私を、巧はじっと見ている。
「あ、の」
「失礼だが、おいくつですか」
「はい?」
「女性に歳を聞くのは礼儀に反するのだろうが、参考に」
えらく堅苦しい話し方をする人だ。
「えっと、24です」
「なるほど」
巧はうなずいて、
「母から色々話を聞きました。母は、あなたを大層気に入っている」
そうですか、とは相槌を打ちづらい。曖昧に笑みを浮かべたら、
「晃と付き合っているそうだが、結婚する予定はあるのだろうか」
「いえ、まだそこまでは」
彼はまたなるほど、と頷く。一体どこへ向かう話なのだろうか、これは。
「それで、お話っていうのは」
「ええ」
三澤巧は、僕と結婚してください、と言った。
★
──そうして、巧の唐突なプロポーズのあと、これまた唐突に三澤晃が現れた。そして今、私は衝突する晃と巧を仲裁していた。
「晃に結婚願望があるとは思えません。ぜひ俺と結婚して、共に三澤旅館を守ってもらいたい」
巧は淡々と言い、晃が声を荒げる。
「何言ってんだこの眼鏡。なんでおまえが俺の結婚願望の有無を知ってんだよ」
「聞かなくてもわかる。おまえに計画とか結婚とか、責任という文字はないからだ」
「勝手に決めんなバカ」
周りの客からのうるせーな、という視線を感じ、私は慌てて言う。
「ここで騒ぐと迷惑ですから、外に行きましょう」
「いえ、すぐ済みます」
巧は晃に向き直り、
「じゃあ聞くが、おまえは彼女と結婚する気があるのか?」
「は?」
「三年以内に結婚する気があるなら、俺は諦めて身を引く」
「……」
黙り込んだ晃を見て、巧が目を細めた。
「ないんだろう」
図星だったらしい晃が叫ぶ。
「っだー、そんなことより! なんでいきなりプロポーズなんだよ、こないだ一瞬会っただけだろうが!」
「一目惚れした」
「は?」
晃が動きを止める。巧は私を見据え、
「こんなにかわいい女性には初めて会った。とてもタイプだ」
三澤と似た顔でそんなことを言われると、ちょっとどきっとした。
「なに言っ」
巧は三澤を押しのけ、
「すきです」
私の手を握りしめた。晃がその手をはたき落とす。
「こいつは俺の女だ! おまえなんかにやるか」
三澤は、そのまま私の手を握り、さっさと歩き出した。
傍を、車が通り過ぎていく。私は三澤に手を引かれ、歩道を歩いていた。ぐいぐい手を引っ張られ、痛みに呻く。
「ちょっ、晃さん」
「あ?」
「手、いたいです」
三澤がああ、とつぶやき、私の手を離した。私はじんじんする手を撫でて、
「なんでここに?」
「ああ、たまたま通りかかったんだよ。巧といるから、やな予感した」
彼を上目遣いでみたら、なんだよ、と返ってきた。
「……結婚する気、ないって」
「わかんねーけど、三年以内とか言われるとちょっとな」
「わかんねーけど?」
彼は不思議そうにこちらを見た。
「おまえ、なんでちょっとキレてんの」
なに、その顔。私と結婚する気なんか、全然ないみたいに──。私が他の人にプロポーズされても、オッケーしたりしないって思ってるんだ。自信があるんだ。なんか、むかつく。
「べつに」
さっさと歩き出すと、三澤がついてくる。
「ついてこないでください」
「いや、会社こっちだし」
「ついてこないでってば!」
振り向いて叫んだら、三澤がむっと眉をしかめた。
「おまえな、俺はおまえの上司だぞ」
「そうやって、権力を振りかざすのはパワハラです」
「なにがパワハラだよ。くっだらねえ」
この人の、こういうところがキライ。昔感じてたムカムカが、ぶり返してくる。
「三澤さんはどちらかといえばセクハラが得意でしたね、すいません」
三澤が舌打ちする。ぼそっとつぶやく声が聞こえてきた。
「貧乳のくせに、セクハラセクハラ言うなよ」
──ぶちっ。そのとき、私は何かが切れた音を聞いた。また胸のこと馬鹿にした。私が気にしてるって、知ってるくせに。何を言っても私が怒らないって、この人は慢心してるんだ。
「──別れます」
「は?」
「付き合う時、すきな時に別れていい、って言いましたよね。別れます。あなたなんか大キライです」
三澤はぽかんとした顔でこちらを見ている。
「おい、ミチ」
呼び止める声に構わず、私はさっさと歩いて行った。
「晃、さん」
「ん?」
「女将さんが、寝てた布団だから」
「恥ずかしい?」
聞かなくたって、わかってるくせに。私はぎゅっと目を閉じた。三澤はまた唇を重ねて、ささやいた。
「似合うな、着物」
「思って、ないくせに」
「そんなこと言ってないじゃん」
「七五三って、言ったくせに」
「ああ、胸がない的な意味で」
私は三澤の首筋に噛み付いた。
「いて、噛むなって」
「デリカシーのない上司は、死んじゃえ」
「死んだら泣くくせに」
「晃さんこそ、私が死んだら、泣くくせに」
「死ぬとか言うなよ」
三澤が私を抱きしめる力が強くなった。私も、彼を抱きしめ返す。まだ、くっつくには暑い季節だ。でも、ぎゅっとされると、嬉しくて胸が弾んだ。
くるん、と向きを変えた三澤が、着物のあわせに手を入れた。大きな手のひらが、私の胸を包む。
「ふ」
「ちっさいけど乳首立ってる」
「ぎゅってしたら、い、たい」
三澤は私の乳首をつまんで、耳たぶを舐め上げた。
「あきら、さ、痛い」
「痛いだけ?」
指先が乳首をしこるように動く。そんな風にされたら、じんじんして、下半身が熱くなる。私は三澤の手に自分の手を重ね、もう片方を足の間に差し入れた。
「自分でいじってんの? やらしいな」
「だ、って」
瞳を潤ませたら、三澤が私の頭を支え、唇を重ねてきた。優しく髪を撫でられると、きゅんとして、身体がふるえる。
くちゅりと入り込んできた舌が、口の中を動き回った。
「ん、っ……」
彼がちゅぱ、と舌を引くと、唾液が伝って、私の胸元に落ちた。
「着物、よごれちゃう」
「そうだな」
三澤は帯を解いて、素早く着物を脱がせた。首筋から背中に、唇が這う。お尻に口付けられて、はずかしくて身をよじったら、いきなり蜜口を開かれた。くちゅ、と響いた音が恥ずかしくて、身体を跳ねさせる。
「は、ぅ」
「べとべとだな」
指先が、蜜口を撫でると、とろとろと蜜が溢れ出してきた。もどかしい感触に、喉を鳴らす。
「あ、きら、さ」
「なに?」
「お布団、シミできちゃう」
「どうせ、匂いでばれるよ」
やらしい匂いする。そう言って、三澤は私の蜜口に顔を寄せた。彼の舌が、私の濡れた部分を這う。
「っ、あ、あ……」
私ははくはく息を吐いて、シーツにしがみつく。舌を引いた三澤が、鞄を引き寄せた。手早く避妊具をつけ、入ってくる。
「あ、っ」
その、あまりの熱さに、ぎゅうっ、と締め付けてしまった。
「あ、あ、あきら、さ」
「今日、すげー、濡れてる」
「う、う」
痺れるような快感に、私は無意識のうちに、足をぱたぱた動かした。三澤が手を伸ばし、卓上にあった私のスマホを手にする。
ツイッターを起動させ、私に持たせた。
「な、に」
「いまえっちしてます、って打てよ」
「や、だ」
三澤は絶えず、腰を打ち付けてくる。スマホを持っていられなくて、私は手を震わせた。突き上げが早くなる。
「ふぁ」
「どうした? ツイッターすきなんだろ」
恥ずかしくて、きもちいい。頭の奥が熱くなって、息が苦しくなる。もっとほしくて、腰が揺れてしまう。
「後ろからされてます、って。俺がかわりに打つか?」
三澤の長い指が、画面に触れた。
「あ、や、だ」
「キライな上司とえっちして、たくさんぬれてます、って打ったら?」
耳元に響く声が、なかを蹂躙する熱いものが、どんどん、理性をこわしていく。私はスマホを離して、三澤の指をぎゅっと握りしめた。
「や、だ……」
「なんで? 俺の悪口書くの好きなんだろ」
ふる、と首を横に動かす。セクハラ野郎で、いじわるなところはキライで、でも、それ以上にこの人のことが、好き。
「だ、って、かわいいって、言ってくれないから……」
「そんなの、いつも言ってんじゃん」
「もっと、言って、ほしい、あきらさんに、かわいいって、思われたいの」
耳にかかる吐息が熱くなった。
「ミチ、かわいい」
後ろからたくさん突かれて、頭の奥がちかちかする。
「っ、あ、あ、んっ……」
「すきだ、ミチ。ずっと、俺のそばにいろよ」
「あきら、さ……」
唇が重なって、とろとろの奥を突き回される。三澤の指先が花芯を撫でて、潮がぴゅっ、と噴き出した。
「あ……あっ」
反射で、なかを強く食い締めたら、三澤が息を飲んだ。
「や、べぇ」
抱きしめられて、硬くて熱いのでいっぱい突かれて、頭の奥が真っ白になった。
「っあ、い、く」
「いけ、ミチ」
「ふぁ……あ、あっ」
びくびく震えた瞬間、三澤も呻いた。
★
翌日、朝食を終えてくつろいでいたら、女将さんが現れた。
「昨日はご迷惑おかけしました」
深々と頭を下げた彼女に、私は慌てる。
「いえ、私はなにも」
「そろそろ引退したらどうだよ、歳だし」
「ちょっと、晃さん!」
私は慌てて三澤の袖を引っ張った。女将さんは、三澤の口の悪さなんて慣れっこなのか、おっとりと返す。
「そうねえ、巧がお嫁さんを連れて戻ってきたら、考えるわ」
「つーか、巧は来ないわけ?」
「忙しそうだから、仕方ないわよ」
私たちは女将に見送られ、旅館を出た。
「ちょっと晃、きなさい」
女将は三澤さんを離れたところに連れて行き、なにやらひそひそ話している。「逃すな」とか「孫」とかいう単語が聞こえてきた。
私は手持ち無沙汰に、駐車場の脇に植えられた松を眺める。と、タクシーがやってきた。そこから、一人の男が降りてくる。
「母さん」
「あ、巧」
「何やってるんだ。寝てないと」
この人が巧さんか。兄弟だけあって、三澤によく似ている。眼鏡をかけているぶん、こちらのほうが賢そうだったが。巧の目がこちらに向いた。一瞬、彼が固まった気がした。なんだろう……。私は小さく頭を下げる。
「……あなたは?」
「え、あ、私、原田ミチといいます」
「俺の部下」
付け加えたのは三澤だ。巧はちら、と三澤を見て、
「おまえいたのか」
「ずっといたよ。つーか、今更来たのか、おまえ」
「仕方ないだろう。おまえと違って暇じゃないんだ」
三澤が顔を引きつらせる。
「誰が暇だってえ?」
この二人、あんまり仲良くないのだろうか。巧はこちらを見下ろし、
「こんなやつの元は、早く去った方が賢明ですよ。じゃ」
女将を促し、旅館に入って行った。三澤は、巧を見送り、舌打ちする。
「相変わらずやなやつ」
「なんか、あんまり似てませんね、顔以外」
「当たり前だろ。俺の方がマシだわ。あいつマザコンだし」
「知性を感じました」
「コラ、俺に知性がないみたいな言い方はやめろ」
「あるんですか?」
「かわいくねーな」
三澤は私の頭をぐりぐり撫でた。
★
旅館から帰ってきた翌日、見知らぬ携帯から電話がかかってきた。
「はい、原田です」
「三澤巧です」
電話口からは、三澤によく似た声が聞こえてきた。
「巧、さん? 晃さんの……」
「兄です。先日はどうも」
「えっと、何かご用ですか」
「突然で申し訳ない。今から会えませんか」
三澤によく似た声なのに、真面目な口調だと、なんだかひどく違和感を覚える。私は腕時計を見た。
「はい、十五分くらいなら」
近所のファミレスを指定したあと、席から立ち、三澤の席に目をやる。「外出中」という札が立ててあった。私は、写真の選別をしていた橋本に声をかける。
「すいません、橋本さん、私ちょっと出てくるので、三澤さんに伝えてください」
「ああ、わかった。いってらー」
「行ってらっしゃい、原田さん」
私は橋本と河原に行ってきます、と返し、部屋を出た。
ファミレスに向かうと、巧はすでに窓際の席に座っていた。文庫本を手にして、姿勢よく座っている。 眼鏡をかけていなかったら、三澤だと錯覚してもおかしくない。
(やっぱり、晃さんに似てるな……)
だが、三澤晃なら、読んだとしても漫画とか雑誌だろう。それに、あんなに姿勢よくないし。近づいていくと、巧がすっくと立ち上がった。彼は冷静な口調で、
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
「いえ。あの、なんで電話番号……」
「母に聞きました」
ああ……って、なぜ?
何か飲みますか、と問われ、アイスコーヒーを注文した。コーヒーを飲む私を、巧はじっと見ている。
「あ、の」
「失礼だが、おいくつですか」
「はい?」
「女性に歳を聞くのは礼儀に反するのだろうが、参考に」
えらく堅苦しい話し方をする人だ。
「えっと、24です」
「なるほど」
巧はうなずいて、
「母から色々話を聞きました。母は、あなたを大層気に入っている」
そうですか、とは相槌を打ちづらい。曖昧に笑みを浮かべたら、
「晃と付き合っているそうだが、結婚する予定はあるのだろうか」
「いえ、まだそこまでは」
彼はまたなるほど、と頷く。一体どこへ向かう話なのだろうか、これは。
「それで、お話っていうのは」
「ええ」
三澤巧は、僕と結婚してください、と言った。
★
──そうして、巧の唐突なプロポーズのあと、これまた唐突に三澤晃が現れた。そして今、私は衝突する晃と巧を仲裁していた。
「晃に結婚願望があるとは思えません。ぜひ俺と結婚して、共に三澤旅館を守ってもらいたい」
巧は淡々と言い、晃が声を荒げる。
「何言ってんだこの眼鏡。なんでおまえが俺の結婚願望の有無を知ってんだよ」
「聞かなくてもわかる。おまえに計画とか結婚とか、責任という文字はないからだ」
「勝手に決めんなバカ」
周りの客からのうるせーな、という視線を感じ、私は慌てて言う。
「ここで騒ぐと迷惑ですから、外に行きましょう」
「いえ、すぐ済みます」
巧は晃に向き直り、
「じゃあ聞くが、おまえは彼女と結婚する気があるのか?」
「は?」
「三年以内に結婚する気があるなら、俺は諦めて身を引く」
「……」
黙り込んだ晃を見て、巧が目を細めた。
「ないんだろう」
図星だったらしい晃が叫ぶ。
「っだー、そんなことより! なんでいきなりプロポーズなんだよ、こないだ一瞬会っただけだろうが!」
「一目惚れした」
「は?」
晃が動きを止める。巧は私を見据え、
「こんなにかわいい女性には初めて会った。とてもタイプだ」
三澤と似た顔でそんなことを言われると、ちょっとどきっとした。
「なに言っ」
巧は三澤を押しのけ、
「すきです」
私の手を握りしめた。晃がその手をはたき落とす。
「こいつは俺の女だ! おまえなんかにやるか」
三澤は、そのまま私の手を握り、さっさと歩き出した。
傍を、車が通り過ぎていく。私は三澤に手を引かれ、歩道を歩いていた。ぐいぐい手を引っ張られ、痛みに呻く。
「ちょっ、晃さん」
「あ?」
「手、いたいです」
三澤がああ、とつぶやき、私の手を離した。私はじんじんする手を撫でて、
「なんでここに?」
「ああ、たまたま通りかかったんだよ。巧といるから、やな予感した」
彼を上目遣いでみたら、なんだよ、と返ってきた。
「……結婚する気、ないって」
「わかんねーけど、三年以内とか言われるとちょっとな」
「わかんねーけど?」
彼は不思議そうにこちらを見た。
「おまえ、なんでちょっとキレてんの」
なに、その顔。私と結婚する気なんか、全然ないみたいに──。私が他の人にプロポーズされても、オッケーしたりしないって思ってるんだ。自信があるんだ。なんか、むかつく。
「べつに」
さっさと歩き出すと、三澤がついてくる。
「ついてこないでください」
「いや、会社こっちだし」
「ついてこないでってば!」
振り向いて叫んだら、三澤がむっと眉をしかめた。
「おまえな、俺はおまえの上司だぞ」
「そうやって、権力を振りかざすのはパワハラです」
「なにがパワハラだよ。くっだらねえ」
この人の、こういうところがキライ。昔感じてたムカムカが、ぶり返してくる。
「三澤さんはどちらかといえばセクハラが得意でしたね、すいません」
三澤が舌打ちする。ぼそっとつぶやく声が聞こえてきた。
「貧乳のくせに、セクハラセクハラ言うなよ」
──ぶちっ。そのとき、私は何かが切れた音を聞いた。また胸のこと馬鹿にした。私が気にしてるって、知ってるくせに。何を言っても私が怒らないって、この人は慢心してるんだ。
「──別れます」
「は?」
「付き合う時、すきな時に別れていい、って言いましたよね。別れます。あなたなんか大キライです」
三澤はぽかんとした顔でこちらを見ている。
「おい、ミチ」
呼び止める声に構わず、私はさっさと歩いて行った。
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