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王宮での日々
追放
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「こんなことで諮問委員会が収集されるなんて。ほんっと迷惑な女ですよねえ」
アレックスはそう言って眉をひそめ、脇腹を抑えた。
「肋骨にヒビが入ったんだろう。寝ていた方がいいんじゃないのか」
エントは調書をめくりながらそう言った。アレックスは興奮気味に瞳を輝かせる。
「だってこんな機会はめったにないですよ。各省庁のトップが一同に介するんですから」
あわよくば顔を売り込んでおこうという魂胆か。あばらの痛みに耐えてまで出世への布石を置きに行くのはすごいというべきなのか。シルフィーが感情をたかぶらせ、虫を暴走させた。それだけなら全て彼女の責任ということになる。しかし、エントには一つ引っ掛かっていることがあった。懐から瓶を出し、眺める。この瓶の中には先ほど回収した黒い砂が入っている。エントはアレックスに瓶を見せた。
「それは──」
「賢者の石だ。あの虫の腹から出てきた」
「あの女が錬成したんですよ。巨大な虫を引き連れて、王都を占拠する気だったのでは?」
その幼稚すぎる発想は置いても、シルフィーにそこまでの錬成技術があるのだろうか。彼女はアカデミーには通っていない。かつてはオズワルド長官に、今はマルゴーに手ほどきを受けた可能性はあるが、生物錬成は高等錬金術だ。考え込んでいると、会議室の扉が開いてマルゴーが入ってきた。アレックスは彼を見て、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「元婚約者の擁護にでもきたんですかね?」
おそらく目撃者として呼ばれたのだろうと思った。あそこにいたのは孤児院の子供たち、それからシスターだ。彼らはパニックになっていて、何があったのか把握できていないだろう。遠目から見ていたマルゴーならば冷静な証言ができるはずだ。エントは再び瓶の中身に視線を向けた。シルフィーがバロンを巨大化させた時、バロンは彼女の言葉を聞いていた。しかし、クワガタは違う。シルフィーの言葉を無視して暴れていた。この差は一体なんなのだろう。エントが考え込んでいると、アレックスが「始まるみたいです」と囁いてきた。委員会には各省庁の長官が集まっている。今から話し合いでシルフィーの処遇を決定するのだ。エントは立ち上がって、シルフィーから聞き取ったことを発表した。
長官のエドヴィアは爪をやすりで磨きながら言った。
「このような騒動を起こすとは、やはり悪女の娘と言うべきですな。相手が孤児だったからよかったようなものの、王宮で何かあったらことだ」
「そういう言い方はどうかと思いますが。それに、そもそもは、あなたのご子息が彼女を傷つけたせいでこうなったんだ」
エントの言葉に、エドヴィアは鼻を鳴らした。エントはマルゴーに視線を向ける。
「君は何か言いたいことはないのか」
「し、シルフィーは──錬金術に興味津々でした。虫を凶暴化させたとしても、悪気はなかったと思います」
「マルゴー、かばう必要はない。もうあの娘はおまえの婚約者ではにあんだ」
他庁の長官が口を挟む。
「君は彼女の危険思想を知っていて放置してたのかね」
「ち、違います。危険も何も、彼女は素人で」
「君は素人ではないだろう」
そう言われて、マルゴーが身体を縮めた。他の長たちが口々に言う。
「王宮に置いておくのは危険だ。どこか田舎にでも連れていくのはどうだね」
「聞けば随分と変わり者だそうだね。人のいない場所の方が、彼女自身も生きやすいんじゃないか」
「私は幽閉すべきだと思いますね」
皆、得体の知れないシルフィーを排除しようとしていた。バロンは始末し、シルフィーは幽閉、または田舎で隠遁生活をさせる。その方向性で決まりかけた時、会議室のドアが開いて、王妃が姿を現した。長官たちが慌てて席を立ち、低頭する。
「王妃様」
「シルフィーが迷惑をかけたことは、謝罪します」
そう言って頭を下げた王妃に、皆が慌てた。
「王妃様の責任ではありません。生まれつき問題のあるものは、どうにもできないのです」
「シルフィーはとても優しい子です。ただ、自分の力をコントロールしきれていないだけです」
彼女はそう言って、エントに視線を向けた。
「あなたはどう思いますか、エント」
「──彼女が巨大化させたクワガタは、キメラインセクトでした」
エントはそう言って瓶を差し出した。その瓶に注目が集まる。
「その黒い粉がなんなのかね」
「錬成石の残骸です。そもそもこれを手に入れられるのは王宮錬金術師ぐらいのもの。シルフィーに可能だとは思えません」
「でも長官、あの女、庭園でなんか集めてましたよ、いてえ!」
エントは脇腹を殴ってアレックスを黙らせた。
「問題なのはシルフィーではない。生態系を拡大しているキメラインセクトの存在です」
「つまりは錬金術庁全体の問題というわけですな。キメラインセクトは錬金術師が作ったものだ」
「長官の管理に問題があるのでは──」
その言葉に、エドヴィアが顔を歪めた。彼は勢いよくテーブルを叩く。
「エント・ヨークシャー! 君は何が言いたいのかね。この後に及んで錬金術庁長官である私を貶める気か!」
「──私はシルフィーが錬金術を使えることを知っていました」
エントの言葉に、その場の注目が集まった。エントは幼少期のシルフィーが、蜘蛛を巨大化させたことを話した。エドヴィアが憤慨して叫ぶ。
「なんだと? そんな話を聞いたことはないぞ。貴様、報告書に偽りを書いたというのか!」
「そうです。彼女は8歳の頃に錬金術師法を破った。しかし、まだ子供だからと、罰も与えずに見逃しました」
「驚いたな! 違反者を取り締まるべき者が、とんでもない違反行為をおかしていたわけだ!」
エドヴィアは愉悦に満ちた笑い声をあげた。エントを追い落とす手段ができて嬉しくてたまらないのだろう。アレックスは唖然とした表情でエントを見上げている。マルゴーは黙り込んでいた。ざわつく会議室を鎮めたのは王妃だった。
「静かに」
王妃はエントに視線を向け、「沙汰は追って知らせます」と言った。エントは頷いて、深々と頭を下げた。
アレックスはそう言って眉をひそめ、脇腹を抑えた。
「肋骨にヒビが入ったんだろう。寝ていた方がいいんじゃないのか」
エントは調書をめくりながらそう言った。アレックスは興奮気味に瞳を輝かせる。
「だってこんな機会はめったにないですよ。各省庁のトップが一同に介するんですから」
あわよくば顔を売り込んでおこうという魂胆か。あばらの痛みに耐えてまで出世への布石を置きに行くのはすごいというべきなのか。シルフィーが感情をたかぶらせ、虫を暴走させた。それだけなら全て彼女の責任ということになる。しかし、エントには一つ引っ掛かっていることがあった。懐から瓶を出し、眺める。この瓶の中には先ほど回収した黒い砂が入っている。エントはアレックスに瓶を見せた。
「それは──」
「賢者の石だ。あの虫の腹から出てきた」
「あの女が錬成したんですよ。巨大な虫を引き連れて、王都を占拠する気だったのでは?」
その幼稚すぎる発想は置いても、シルフィーにそこまでの錬成技術があるのだろうか。彼女はアカデミーには通っていない。かつてはオズワルド長官に、今はマルゴーに手ほどきを受けた可能性はあるが、生物錬成は高等錬金術だ。考え込んでいると、会議室の扉が開いてマルゴーが入ってきた。アレックスは彼を見て、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「元婚約者の擁護にでもきたんですかね?」
おそらく目撃者として呼ばれたのだろうと思った。あそこにいたのは孤児院の子供たち、それからシスターだ。彼らはパニックになっていて、何があったのか把握できていないだろう。遠目から見ていたマルゴーならば冷静な証言ができるはずだ。エントは再び瓶の中身に視線を向けた。シルフィーがバロンを巨大化させた時、バロンは彼女の言葉を聞いていた。しかし、クワガタは違う。シルフィーの言葉を無視して暴れていた。この差は一体なんなのだろう。エントが考え込んでいると、アレックスが「始まるみたいです」と囁いてきた。委員会には各省庁の長官が集まっている。今から話し合いでシルフィーの処遇を決定するのだ。エントは立ち上がって、シルフィーから聞き取ったことを発表した。
長官のエドヴィアは爪をやすりで磨きながら言った。
「このような騒動を起こすとは、やはり悪女の娘と言うべきですな。相手が孤児だったからよかったようなものの、王宮で何かあったらことだ」
「そういう言い方はどうかと思いますが。それに、そもそもは、あなたのご子息が彼女を傷つけたせいでこうなったんだ」
エントの言葉に、エドヴィアは鼻を鳴らした。エントはマルゴーに視線を向ける。
「君は何か言いたいことはないのか」
「し、シルフィーは──錬金術に興味津々でした。虫を凶暴化させたとしても、悪気はなかったと思います」
「マルゴー、かばう必要はない。もうあの娘はおまえの婚約者ではにあんだ」
他庁の長官が口を挟む。
「君は彼女の危険思想を知っていて放置してたのかね」
「ち、違います。危険も何も、彼女は素人で」
「君は素人ではないだろう」
そう言われて、マルゴーが身体を縮めた。他の長たちが口々に言う。
「王宮に置いておくのは危険だ。どこか田舎にでも連れていくのはどうだね」
「聞けば随分と変わり者だそうだね。人のいない場所の方が、彼女自身も生きやすいんじゃないか」
「私は幽閉すべきだと思いますね」
皆、得体の知れないシルフィーを排除しようとしていた。バロンは始末し、シルフィーは幽閉、または田舎で隠遁生活をさせる。その方向性で決まりかけた時、会議室のドアが開いて、王妃が姿を現した。長官たちが慌てて席を立ち、低頭する。
「王妃様」
「シルフィーが迷惑をかけたことは、謝罪します」
そう言って頭を下げた王妃に、皆が慌てた。
「王妃様の責任ではありません。生まれつき問題のあるものは、どうにもできないのです」
「シルフィーはとても優しい子です。ただ、自分の力をコントロールしきれていないだけです」
彼女はそう言って、エントに視線を向けた。
「あなたはどう思いますか、エント」
「──彼女が巨大化させたクワガタは、キメラインセクトでした」
エントはそう言って瓶を差し出した。その瓶に注目が集まる。
「その黒い粉がなんなのかね」
「錬成石の残骸です。そもそもこれを手に入れられるのは王宮錬金術師ぐらいのもの。シルフィーに可能だとは思えません」
「でも長官、あの女、庭園でなんか集めてましたよ、いてえ!」
エントは脇腹を殴ってアレックスを黙らせた。
「問題なのはシルフィーではない。生態系を拡大しているキメラインセクトの存在です」
「つまりは錬金術庁全体の問題というわけですな。キメラインセクトは錬金術師が作ったものだ」
「長官の管理に問題があるのでは──」
その言葉に、エドヴィアが顔を歪めた。彼は勢いよくテーブルを叩く。
「エント・ヨークシャー! 君は何が言いたいのかね。この後に及んで錬金術庁長官である私を貶める気か!」
「──私はシルフィーが錬金術を使えることを知っていました」
エントの言葉に、その場の注目が集まった。エントは幼少期のシルフィーが、蜘蛛を巨大化させたことを話した。エドヴィアが憤慨して叫ぶ。
「なんだと? そんな話を聞いたことはないぞ。貴様、報告書に偽りを書いたというのか!」
「そうです。彼女は8歳の頃に錬金術師法を破った。しかし、まだ子供だからと、罰も与えずに見逃しました」
「驚いたな! 違反者を取り締まるべき者が、とんでもない違反行為をおかしていたわけだ!」
エドヴィアは愉悦に満ちた笑い声をあげた。エントを追い落とす手段ができて嬉しくてたまらないのだろう。アレックスは唖然とした表情でエントを見上げている。マルゴーは黙り込んでいた。ざわつく会議室を鎮めたのは王妃だった。
「静かに」
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