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7話
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3/10(木)
本日、『白い檻』のPV増加数の方が
3ビュー分多かったので、こちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品の動画のPV増加数に応じて、
その日更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL)
https://youtu.be/L_ejA7vBPxc
◆『白い檻』(閉鎖病棟BL)
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
○●----------------------------------------------------●○
噎せかえるようなバラの香りで、目を覚ました。
バラが一番匂い立つのは、早朝だ。朝日の暖かさでほころび始めた花弁から、朝露にまじって香りが立ち上るからだ。
地面に仰向けに寝転がった私は、視界を覆うバラの茂みをぼおっと眺めていた。
昨日あったことがまるで夢のようだった。しかし腕に走る無数の傷跡が、そうではないことを伝えていた。
(〝王様〟は、なぜあんなことをしたのだろう)
考えるまでもない。答えは一つだ。
彼は狂っている。それだけだ。
たとえようもない無力感を感じ、ゆるゆると目を閉じた。もはや立ち上がる気力すらない。
まるで空っぽの人形になった気分だった。
しかし、そうなれるならなりたいとまで思った。何も感じない人形に。
そうすればこの理解不能で、胸や頭を締め付けてくる感情のことなど考えずに済むのに。
バサバサッ。
何かが、自分の体の上に落ちてきた。
目を開けると、色とりどりのバラの花が、自分の胸元に散らばっていた。
「そんな格好していたら、風邪をひいてしまうわよ」
セーラー服を着た少女が、私の横に膝をつき、顔を覗きこんできていた。
「君は……あっ!」
慌てて起きあがり、側にあった服を引き寄せる。今の自分は、シャツ一枚かけられただけの半裸状態だった。
「ご、ごめん……」
「あら、何が?」
少女は動じた様子もなく、立ち上がると周りの茂みのバラを切り取り始めた。赤い大きな花が、生首のようにぼとぼとと地面に落ちていく。
「何をしているんだい? えっと……樒さん」
「樒で結構よ」
樒はくるりと振り返ると、腕に抱えていた花を、一つひとつ、私の膝元に落としていった。
「これはドン・ファン。これは、パパ・メイアン。そしてこれが、最近日本に来たばかりのピース」
樒は香りを確かめるよう手に持った花に顔を埋めると、すぐに興味をなくしたように私の上に落としていく。私は自分の膝の上に広がる花畑を見やった。
「この花は、どうするんだい……? 飾るの?」
「いいえ。捨てるのよ。いつもならすぐに捨てるんだけど、今日は〝人形〟さんがいたから、少し遊んじゃった」
くすくすと幼女のように笑う樒に、私は眉を顰める。
「捨てる? こんなにキレイに咲いているのに? それに蕾まで……」
「間引きというのよ。バラはね、栄養を一つの花に集中させるために、余分な蕾は摘み取らないといけないの。そうやって咲かせた花も、次の花につなげるために、早く摘み取るの」
穏やかだが真面目くさった口調は、〝先生〟にそっくりだった。血が繋がっていないとはいえ、さすがは親子だと認めざるをえない。
しかし彼女の黒い瞳は、なぜか他の誰かを彷彿とさせた。
「……君が来た時、他に誰かいた?」
目の端で辺りを確認しながら聞く。
「いいえ。〝人形〟さん、一人だったわよ」
ホッと息をつく。こんな無邪気な少女に、あんな光景は絶対に見せられない。
「じゃぁ、驚いただろう? こんなところに、こんな格好で寝ていて」
「いいえ」
樒は即答した。
「ここの人は、みんなそういうものよ。今更、誰が何をしたって驚かないわ」
「そう……」
複雑な気分だった。
この少女にとっては、私も精神病患者の一人なのだ。そんな私が外で、しかも半裸で寝ていようと、大したことではないのだろう。
「……?」
視線を感じて顔を上げると、樒が微笑みながらこちらを見ていた。
「あなたは綺麗ね、〝人形〟さん。そうやって花に囲まれていると、本物の人形みたい」
「……それを言うなら、君の方が」
あら、と樒が目を見開く。
「まさか、あなたにそんなこと言われるなんて思ってもみなかったわ。前のあなたなら絶対にお世辞なんか言わなかったのに」
「お世辞では──……えっ? 君は、もしかして前の私を知っているのか?」
身を乗り出すと、膝の上にあった花が何個か地面に落ちた。
「えぇ、知っているわ。〝人形〟さんとは、このバラ園で何度かお会いしたことがあるから」
「君は──」
聞こうか聞かないか迷い、結局、口を開いた。
「君は……何で〝人形〟が自殺したのか、知っている?」
「いいえ、ごめんなさい。私は、『内』での出来事は何も知らないの。お父様から入るのを固く禁じられているから」
「そう……」
一瞬落胆したが、聞きたいことはまだまだたくさんあった。
「じゃぁ、〝人形〟は、一体、どうゆう人だった? 君から見て」
「そうね……」
樒は申し訳なさそうにこちらの顔を窺ったあと、遠慮がちに話し始めた。
「あなたは、とても冷たい人だった。ここにも治療の一環として来ているだけで、たとえどんなに綺麗な花が咲いていたとしても、ただ無感動に見下ろしているだけだった。あぁ、感情がないってこういうことなんだって、私、何だか可哀相で……あなたは別に、何とも思っていなかったのかもしれないけど、私にはあなたが寂しげに見えて……ごめんなさい。本人の前で」
「いや……ありがとう。教えてくれて」
どうやら〝人形〟が相当嫌な奴だったことは、衆知の事実らしい。実際には自分のことではないのに、なぜか私は打ちひしがれてしまった。
(でも、寂しげ、か……)
一瞬、〝王様〟の顔が頭に浮かんできて、慌てて首を振る。途端思い出したように、ずくりと腰が痛む。
自分の内と外に残る彼の感覚に、知らず頬が熱くなる。
「その傷、バラの棘?」
樒が、私の腕の傷に気がついた。だが何と答えていいかわからず、代わりに樒の腕を見る。
「ちょっとね。それより、君の方こそ大丈夫? 止血した方がいいんじゃない?」
素手でバラを扱う樒の手には、新しい傷がまたできていた。
「ありがとう。でも、いいの。これはこの子たちの肥料みたいなものだから」
「肥料……?」
「そう。おかしいと思うでしょう。でも私の血をあげるようになってから、バラたちが一層綺麗になっている気がするの。きっと濃い血が好きなんでしょうね。自分たちに似た……あら?」
何かに気づいたように樒が腰をかがめ、私の髪に手をやった。
「髪を、お伸ばしになるの?」
少女の指が、棘に絡まりさんざんになった私の髪を丁寧に梳く。
「確か、前はこんなに長くなかったでしょう?」
「それは……」
正直、自分でも何をしているのだと何度も自問してきた。
でも、思い出してしまうのだ。
あの朝、この髪に触れた、彼の指の感触を。
(こんなの馬鹿げてる……)
今となっては、何ですぐに切ってしまわなかったのかと後悔している。
「私は、いいと思うわ。とても良く似合っている」
髪を整えながら、樒が歌うように言った。
「それにしても、『内』の人たちは、ほんと気が利かないのね。これでは目が悪くなってしまうわ。ほら、できた」
樒はセーラー服のポケットから取り出した髪ゴムで、私の髪を一つにくくった。
「あ……」
驚いた。髪をくくった途端、視界が開け、世界が鮮明に見えた。朝の光は庭園を柔らかに包み込み、その向こうに見える門は厳重だが、意外と低く見えた。
思わず樒の方を見る。彼女は、にっこりと頷き返してきた。
「これから、あなたはよく見ないといけない。その目で。誰を、何を信じるのか。自分で見つけるの。大丈夫。あなたなら出来るわ」
樒は、母親が子どもにするように優しく私の髪を撫でた。
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動画を見てくださった方、ありがとうございます!
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その日更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『マイ・フェア・マスター』(SM主従BL)
https://youtu.be/L_ejA7vBPxc
◆『白い檻』(閉鎖病棟BL)
https://youtu.be/Kvxqco7GcPQ
○●----------------------------------------------------●○
噎せかえるようなバラの香りで、目を覚ました。
バラが一番匂い立つのは、早朝だ。朝日の暖かさでほころび始めた花弁から、朝露にまじって香りが立ち上るからだ。
地面に仰向けに寝転がった私は、視界を覆うバラの茂みをぼおっと眺めていた。
昨日あったことがまるで夢のようだった。しかし腕に走る無数の傷跡が、そうではないことを伝えていた。
(〝王様〟は、なぜあんなことをしたのだろう)
考えるまでもない。答えは一つだ。
彼は狂っている。それだけだ。
たとえようもない無力感を感じ、ゆるゆると目を閉じた。もはや立ち上がる気力すらない。
まるで空っぽの人形になった気分だった。
しかし、そうなれるならなりたいとまで思った。何も感じない人形に。
そうすればこの理解不能で、胸や頭を締め付けてくる感情のことなど考えずに済むのに。
バサバサッ。
何かが、自分の体の上に落ちてきた。
目を開けると、色とりどりのバラの花が、自分の胸元に散らばっていた。
「そんな格好していたら、風邪をひいてしまうわよ」
セーラー服を着た少女が、私の横に膝をつき、顔を覗きこんできていた。
「君は……あっ!」
慌てて起きあがり、側にあった服を引き寄せる。今の自分は、シャツ一枚かけられただけの半裸状態だった。
「ご、ごめん……」
「あら、何が?」
少女は動じた様子もなく、立ち上がると周りの茂みのバラを切り取り始めた。赤い大きな花が、生首のようにぼとぼとと地面に落ちていく。
「何をしているんだい? えっと……樒さん」
「樒で結構よ」
樒はくるりと振り返ると、腕に抱えていた花を、一つひとつ、私の膝元に落としていった。
「これはドン・ファン。これは、パパ・メイアン。そしてこれが、最近日本に来たばかりのピース」
樒は香りを確かめるよう手に持った花に顔を埋めると、すぐに興味をなくしたように私の上に落としていく。私は自分の膝の上に広がる花畑を見やった。
「この花は、どうするんだい……? 飾るの?」
「いいえ。捨てるのよ。いつもならすぐに捨てるんだけど、今日は〝人形〟さんがいたから、少し遊んじゃった」
くすくすと幼女のように笑う樒に、私は眉を顰める。
「捨てる? こんなにキレイに咲いているのに? それに蕾まで……」
「間引きというのよ。バラはね、栄養を一つの花に集中させるために、余分な蕾は摘み取らないといけないの。そうやって咲かせた花も、次の花につなげるために、早く摘み取るの」
穏やかだが真面目くさった口調は、〝先生〟にそっくりだった。血が繋がっていないとはいえ、さすがは親子だと認めざるをえない。
しかし彼女の黒い瞳は、なぜか他の誰かを彷彿とさせた。
「……君が来た時、他に誰かいた?」
目の端で辺りを確認しながら聞く。
「いいえ。〝人形〟さん、一人だったわよ」
ホッと息をつく。こんな無邪気な少女に、あんな光景は絶対に見せられない。
「じゃぁ、驚いただろう? こんなところに、こんな格好で寝ていて」
「いいえ」
樒は即答した。
「ここの人は、みんなそういうものよ。今更、誰が何をしたって驚かないわ」
「そう……」
複雑な気分だった。
この少女にとっては、私も精神病患者の一人なのだ。そんな私が外で、しかも半裸で寝ていようと、大したことではないのだろう。
「……?」
視線を感じて顔を上げると、樒が微笑みながらこちらを見ていた。
「あなたは綺麗ね、〝人形〟さん。そうやって花に囲まれていると、本物の人形みたい」
「……それを言うなら、君の方が」
あら、と樒が目を見開く。
「まさか、あなたにそんなこと言われるなんて思ってもみなかったわ。前のあなたなら絶対にお世辞なんか言わなかったのに」
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身を乗り出すと、膝の上にあった花が何個か地面に落ちた。
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「君は──」
聞こうか聞かないか迷い、結局、口を開いた。
「君は……何で〝人形〟が自殺したのか、知っている?」
「いいえ、ごめんなさい。私は、『内』での出来事は何も知らないの。お父様から入るのを固く禁じられているから」
「そう……」
一瞬落胆したが、聞きたいことはまだまだたくさんあった。
「じゃぁ、〝人形〟は、一体、どうゆう人だった? 君から見て」
「そうね……」
樒は申し訳なさそうにこちらの顔を窺ったあと、遠慮がちに話し始めた。
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「いや……ありがとう。教えてくれて」
どうやら〝人形〟が相当嫌な奴だったことは、衆知の事実らしい。実際には自分のことではないのに、なぜか私は打ちひしがれてしまった。
(でも、寂しげ、か……)
一瞬、〝王様〟の顔が頭に浮かんできて、慌てて首を振る。途端思い出したように、ずくりと腰が痛む。
自分の内と外に残る彼の感覚に、知らず頬が熱くなる。
「その傷、バラの棘?」
樒が、私の腕の傷に気がついた。だが何と答えていいかわからず、代わりに樒の腕を見る。
「ちょっとね。それより、君の方こそ大丈夫? 止血した方がいいんじゃない?」
素手でバラを扱う樒の手には、新しい傷がまたできていた。
「ありがとう。でも、いいの。これはこの子たちの肥料みたいなものだから」
「肥料……?」
「そう。おかしいと思うでしょう。でも私の血をあげるようになってから、バラたちが一層綺麗になっている気がするの。きっと濃い血が好きなんでしょうね。自分たちに似た……あら?」
何かに気づいたように樒が腰をかがめ、私の髪に手をやった。
「髪を、お伸ばしになるの?」
少女の指が、棘に絡まりさんざんになった私の髪を丁寧に梳く。
「確か、前はこんなに長くなかったでしょう?」
「それは……」
正直、自分でも何をしているのだと何度も自問してきた。
でも、思い出してしまうのだ。
あの朝、この髪に触れた、彼の指の感触を。
(こんなの馬鹿げてる……)
今となっては、何ですぐに切ってしまわなかったのかと後悔している。
「私は、いいと思うわ。とても良く似合っている」
髪を整えながら、樒が歌うように言った。
「それにしても、『内』の人たちは、ほんと気が利かないのね。これでは目が悪くなってしまうわ。ほら、できた」
樒はセーラー服のポケットから取り出した髪ゴムで、私の髪を一つにくくった。
「あ……」
驚いた。髪をくくった途端、視界が開け、世界が鮮明に見えた。朝の光は庭園を柔らかに包み込み、その向こうに見える門は厳重だが、意外と低く見えた。
思わず樒の方を見る。彼女は、にっこりと頷き返してきた。
「これから、あなたはよく見ないといけない。その目で。誰を、何を信じるのか。自分で見つけるの。大丈夫。あなたなら出来るわ」
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