レンタル彼氏-恋策-

蒼崎 恵生

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 昭がそういう気持ちになるのを狙って優と付き合ったけど、いざそういうことを言われると殴りたくなる。でも、今は優のこと復讐の道具だなんて思ってない。昭のことばかり責められないや。

 昭本人を前にしたら、簡単に冷静さを失ってしまう。これ以上相手にしていると水かけ論になりそうなので、私は席を立った。心晴も一緒に立ち上がる。

「他に好きな人作った昭に、優のこと悔しがる権利ないよ」

 言った!言ってやったぞー!

 座ったまま無言でうつむく昭を見下ろし、これまでにない爽快感を覚えた。


 昭を残してカフェを出るなり、心晴は晴れ晴れした顔をした。

「ひなた、よく言ったね!あたしもスカッとしたよ!」
「私も!」
「昭君、ホント勝手だよね!そばにいたらこっちまでイライラしてきたよ!ひなたの分までもっと色々言いたかった!」

 心晴がそこまで人のことを悪く言うなんて珍しい。昭の無神経さを再確認し、再びヘコむ。

「あんなヤツ好きな自分が嫌だよ……。付き合ってた事実記憶から消したい」
「だよね……」

 私の背中を優しくさすり、心晴は言った。

「さっきひなたから色々話聞いて『もしかしたら』と思ったけど、やっぱり昭君ひなたに未練あるんだね」
「そうかな?だったら最初から振らないんじゃない?」

 のほほんと返しつつ、心晴の指摘に胸が高鳴った。

「別れた後にひなたの大切さに気付いたのかもよ?」
「あの昭が?気まぐれで軽いとこあるから、さっきのもテキトー言っただけだよ。深い意味なんてないんじゃないかな」
「たしかに昭君の軽い部分は否定できないけど……。でも、優君の悪いウワサをわざわざひなたに伝える昭君に違和感がしたんだよね。それが作り話だったなんて、なおさら!確信犯だよ」
「ホント、くだらないウソで引っかき回してくれたよね。おかげで優と向き合えたから怪我(けが)の功名なのかもしれないけど」

 心晴の言葉を素直に受け入れられないフリをする一方、昭が未練を抱いているかもしれない可能性に喜んでしまう。優と真面目に付き合うって決めたばかりなのに、すでに気持ちがブレブレだ。

「ひなた、これから講義とかある?」
「今日はもう何もないよ。一緒に帰ろ?」
「じゃあ、帰るついでに服見に行かない?そろそろ冬服ほしくてさ」

 大学の近くに新しく出来たショッピングモールを指差し、心晴はニカッと笑った。

「そうだね!行こっか。私も新しい服ほしい」
「決まりだね!車取ってくるから正門で待ってて」

 バイト代を貯めて買ったという愛車の鍵をシャランと取り出し、心晴は大学の駐車場に走っていった。


 どうしようもないことを考えすぎた時は、パーッと買ってオシャレするに限る!ちょうどバイト代が出たばかりなので、ウキウキしながら買う物を想像した。

 高校までと違い、大学は制服がないので服のローテーションに困ることがけっこうある。今日は、買いすぎってくらい大量買いしようかな。

 心晴の車でショッピングモールに着いた時、彼女のスマホにバイト先からの電話がかかってきた。

「なんだろ?電話なんてめったにかかってこないのに。遊んでるし今は出たくないなぁ」
「緊急の用事かもよ?一応出てみたら?」
「分かった。ごめんね、サクッと終わらせるよ。
 お疲れ様です。はい、はい、え!?これからですか!?すいません、あたしも友達と会ってて……。はい、はい、そうなんですか……。はい。分かりました。用意してすぐ行きます」
「緊急事態みたいだね」
「本社の人から。今日出勤するはずの子が体調不良で休んだんだって……。他に休みだった子は旅行で来れないらしくて、あたしに出てもらわないとワゴンの子いなくて困るって……」

 心晴は、派遣会社を通してパチンコ屋でワゴンスタッフのバイトをしている。ワゴンスタッフとは、パチンコ屋に来ているお客さんに飲み物や軽食を販売する、女性だけしかできない接客の仕事だ。

 派遣会社の人から出勤の要請がきたなんて、よほどのこと。心晴の勤める地域では、他のワゴンスタッフが出てこれないということだ。

「ごめんね、ひなた。あたしから誘ったくせに……。この埋め合わせは絶対するから!」
「そんなの気にしないで。仕事なら仕方ないよ。また一緒に買い物しよ?」
「一人で買い物してくの?家まで送らなくて大丈夫?」
「バスで帰れるから大丈夫だよ」
「ホントごめんね、ありがとう。また連絡するね」
「バイト頑張って!」

 手を振り、心晴は大急ぎで来た道を戻っていった。

 ああ言ったものの、心晴としゃべりながら楽しい買い物ができなくなり、ちょっと寂しい。でも、仕事なんだから仕方ない。一人で買い物して、少しでも大人になるぞ。

 あれだけ買う気満々だったのに、好きな系統のショップをいくつ周っても購買欲が湧かなかった。買い物をしてると、たまにこういうことがある。買う気のない時ほどいいものがたくさん見つかり、こうやってお金と気持ちの準備が整ってる時ほど惹かれる物がないという。

 ショッピングモール内の通路に等間隔で置かれたベンチに座り、スマホを見た。せっかく来たんだし、ちょっと休んだらまた周ってみよう。

 スマホで今年の流行りを検索していると、

「また会えたね。ひなた」

 凜翔(りひと)に声をかけられた。彼も一人で買い物をしていたらしく、その手には紙袋が2つ下げられている。再会できた驚きの中で、凜翔が何を買ったのか気になった。

「どうして!?偶然重なりすぎだよっ」
「家、ここから近いんだよ。ひなたもここよく来るの?」
「ううん、初めて。大学の帰りにたまたま来て。さっきまで友達と一緒だったんだけど、今は一人」
「そうなんだ。休憩中?」
「そうなんだけど、なかなかいいものなくて」

 休憩したところで、いいものが見つかる気がしない。冬服ほしかったけど、今日は諦めて帰ろうかな。

「一緒に見ようよ」
「凜翔はもう買い物すんだんじゃ……」
「ひなたの服、選んであげる!」

 言葉と同時に、凜翔は私の手をつかみベンチから立ち上がらせた。

「ちょ、待って!?そんなの悪いよ!一人で大丈夫だからっ」
「あ、そっか。彼氏怒らせちゃう?」
「それは大丈夫だけど、女の子の服見たって凜翔は退屈だと思うしっ」
「全然!そういうの好きだから」

 ウソのなさそうな顔で、凜翔はそう言った。心から私との買い物を楽しみたい、そういう雰囲気。さすがだな。レンタル彼氏は女性との買い物もスマートにこなしそう。

「じゃあ、凜翔にお願いしよっかな」
「任せてっ!」


 偶然の再会に驚いたものの、凜翔と会えてよかった。普段着ない色や系統の服を勧められた時は後悔したけど、それらの服は着てみると意外に合っていた。その上、普段の服より華やかに見える。

 凜翔と会ったベンチに戻り、私達は並んで腰を下ろした。

「ここまで自分に合う服があるなんて思わなかった。凜翔の選んでくれたようなの、いつもは絶対選ばないからさ。さっき、あのまま帰らなくてホントによかった!」
「いい商品は早く売り切れちゃうから、早めに見とくのがいいと思って」

 凜翔の言葉から、さらりとした口調に合わない重みを感じる。

「ひなたは自分の魅力を過小評価してるからね。もったいないことしてると思ってたんだよ」
「ありがとう。でも、凜翔の見立てがいいだけだよ。私にはそこまでの魅力ないし」

 美人からは程遠い凡人。服も、女の子らしくないカジュアルで無難なものばかり選ぶクセがついていた。

「逆だよ。服がいいから私が良く見えるだけ!制服マジック的な?」
「ひなた。それは違うよ。服は引き立て役。主役はひなただよ」
「そんな風に言ってくれてありがと。凜翔はすごいね」

 無理を感じさせない気さくな口調で、女の子の気分を上げてくれる。そういう言葉がスラスラ出てくるなんて、さすがプロのレンタル彼氏だと思う。

「感謝してもらってるところ言いにくいんだけど、ひなたの服選びをしたのは俺のためでもあるから」
「凜翔のためって、どこが?」
「ううん、なんでもない。今の忘れて?」

 微笑する凜翔の瞳は、少し意地悪だった。不覚にも、ドキドキしてしまう。

 心なしか、凜翔との間に流れる空気が、初対面の頃より赤く色づいていた。そして、私自身、そのことを全く変だと思わず受け入れている。

 凜翔はなぜ、彼女でも友達でもない私に優しくしてくれるんだろう?


 買い物なんて時間のかかる面倒事に付き合ってくれたのが凜翔のためって、どういう意味?忘れてと言われても無理だ。凜翔の言葉が頭の中をグルグルする。

「お腹すいたし、そろそろ帰ろうかな」
「じゃあ、ここでご飯食べてこうよ。帰り遅くなったら送るし」
「でも……」

 断る理由が浮かばず言葉につまった。帰ると言ったのは凜翔と離れるためだった。でも、半日近く買い物に付き合ってくれた人にそんなこと言えない。

「俺といるの嫌だった?気付かなくてごめんね」

 捨てられた子犬のようにしょんぼりした顔でそう言われたら、他に選択肢なんてない!

「ううん!そんなことないよっ。今日付き合ってくれたお礼におごらせて?ね!」
「嫌がられてたんじゃなくてよかった」

 そう言い笑う凜翔を見て、こっちまで嬉しくなってしまった。

 私達は、ショッピングモール内にあるバイキング形式の焼肉店に入った。肉はもちろん、野菜や飲み物も好きなだけ注文できる。

 席に着いてハッとした。優の時はそういうことに気を遣わないから好きな店に入って食べたいだけ食べるけど、凜翔のような完璧男子を前に、食欲旺盛なところなんて見せられない。

「ひなた、あんまりお腹すいてない?」
「そ、そうみたい。お昼遅かったからかな~?ははは…」

 ウソです!細々とサラダを食べながら、私は肉を食べたくて仕方なかった。見かけによらずパクパク肉を食べる凜翔がうらやましいし、意外だった。

「凜翔お腹すいてたんだね。いつもそんな感じなの?」
「うーん。いつもはもっと少ないけど、ひなたといるからかな」
「私?」

 相手の食欲を増加させる特殊設定はないはずだけど。

「ひなたといると普段よりご飯がおいしく感じて、どんどん食べちゃう」
「なるほど!そういう意味だったんだ。初めて言われたよ」

 凜翔の褒め言葉は、ひとつひとつくすぐったい。自分でも気付かない細部を柔らかい羽でなでられているような感覚。

「でも、さすがに昨日はいっぱい食べたでしょ?」

 照れ隠しのため、昨日凜翔がお客さんと高級料亭で待ち合わせをしていた時のことを、話題にした。

「ううん。あそこの料理は食べてないよ」
「え?でも、待ち合わせ場所だったんだよね」
「ううん。昨日は誰とも待ち合わせしてない」
「え?」
「ごめんね。自分都合でひなたにウソついた」

 凜翔はうかがうようにジッとこっちを見つめる。心の奥まで見透かすような色っぽい視線に、心を丸裸にされそうな気持ちになった。

 どうしてそんなウソをーー?
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