レンタル彼氏-恋策-

蒼崎 恵生

文字の大きさ
上 下
4 / 15

4 ウソ

しおりを挟む
 凜翔(りひと)の顔を見れず、うつむいた。

 これじゃあ、まるでヤキモチ妬いてるみたい。凜翔との初デートは楽しかったけど、別に好きとかそんなんじゃないのに……。

 いたたまれなくなり席を立とうとすると、凜翔が尋ねてきた。

「彼氏と何かあった?」
「べ、別に何も……」
「そう?ならいいけど」

 いいけどと言いつつ、凜翔は心配そうな顔をやめない。私は私で、平気なフリして残りのミルクティーを口にする。さっぱりした甘さに、次第に冷静さを取り戻した。

 そうだよ、落ち着け、落ち着くんだ。昭(あき)から変な話を聞いたり、優(ゆう)と揉(も)めたりで、今日は異常に疲れてる。凜翔に苛立ったのはそのせい!単なる八つ当たりだよ。謝らなきゃ!

「あのさ、ごめ……」
「ここへ来たらひなたに会えそうな気がして。そしたらホントにいるからビックリした」
「え……?」

 私のごめんなさいを遮(さえぎ)るように、凜翔は言った。

「仕事じゃなかったら、このままひなたとデートしたいな」

 柔らかい凜翔の笑顔に、ほっこり癒される。初対面の時からそうだった。精神面は大人なのに、そういうところだけ幼い。

「ありがとう。そんな風に言ってくれて」
「よかった、ひなたも笑顔になれたね」

 ホントだ。凜翔につられて笑ってるし、さっきまでのイライラがウソみたいに消えていく。今なら心の底から謝れると思った。

「凜翔。さっきはごめんね。嫌なこと言った……。怒っていいんだよ?」
「怒らないよ」
「怒ってよ。今はレンタル中じゃないんだから。私はただの元顧客」
「元顧客!ひなたって面白いね。あははっ」

 なぜかウケている。凜翔はおかしそうに笑った後、笑いで潤んだ目を綺麗な指先で拭き、優しい目をした。

「気にしないで?そういう時って誰にでもあるし」
「でも……。凜翔も仕事前にわざわざ声かけてくれたのにさ、私感じ悪すぎる…」
「ひなたが笑ってくれたから、それでおあいこだよ」

 本当に、何なんだろう。凜翔は優しすぎる。そういう性格なのかな。にしても甘すぎだよ。『普通』の感覚がマヒしてしまいそうだ。

「こんなにゆっくりしてて、仕事は大丈夫なの?」
「うん。時間に余裕持って来てるから平気」

 チョコタルトをありがたく食べると、凜翔は両手で頬杖をつきこちらに身を乗り出してきた。そのせいで互いの顔が近付いて、彼の髪からふわりといい匂いがした。思わずドキッとしてしまう。

「ど、どうしたの?急にっ。近いよっ」 

 軽くのけぞると、凜翔は唇を尖らせ元の姿勢に戻った。

「ひなたのこと悩ませてるのは、彼氏?」
「え……?そんなことないよっ。尽くしてくれる優しい人だし」
「彼氏、優しいんだ。幸せ?」
「うん。まあまあ」
「まあまあなんだ」

 この質問、何だろう?胸がくすぐったい。

 こっちの心を見透かすみたいな目をして、凜翔は視線を外さない。凜翔といるのは決して嫌じゃないのに変に緊張して、どうにか空気を変えようと勝手に口が動いてしまう。

「私にはもったいない人なんだよねー……」

 その一言をキッカケに、私は全てを凜翔に話した。優との関係を終わらせるつもりなことや、今日、昭や優との間にあったことを。優と付き合うことにした邪(よこしま)な理由も隠さず話した。

 その間凜翔は、まばたきも少なめに相槌(あいづち)を打ちながら話を聞いてくれていた。顔には出さないけど、内心ドン引きしてるだろうな……。

 こんな優しい人に嫌われるのは悲しいけど、自業自得だ。凜翔にガツンと否定されたら、それこそ私には良薬になるかもしれない。

「……初めて会った時、凜翔は私のこと褒めてくれたけど、この通り、いいヤツではないんだ。自分でも最低な女だって自覚ある」

 自己中だし、自分のためなら平気で優の好意を利用する。後で罪悪感持ったって許されることじゃないんだ。

「……ありがとう。話してくれて嬉しい」

 凜翔は、心なしかさっきより柔らかい顔でそう言った。落ち着いた凜翔の反応を、すぐには信じられなかった。

「引いたならそう言って?気遣わずさ。そしたらもう、偶然こういうとこで会っても声かけないし」
「引いてないよ。だって、俺もひなたと同じだから」
「凜翔が?そうは見えないけど」
「好きな子に振り向いてもらうためなら計算するし、他者を悪者にすることも厭(いと)わないよ」

 まさかの腹黒宣言…?凜翔が?

「全然俺のイメージじゃないって思ってる?」
「ひ、人の気持ち勝手に読まないでっ!」
「思ってるんだ」
「うう……」

 凜翔は小悪魔っぽく笑う。優しい顔して、実は意地悪な性格なの!?

 凜翔の思考が分からない。薄く笑うその瞳に色気がにじみ、背中がぞくっとした。ただ見つめられただけなのに、体が熱くなる。これは、レンタル彼氏の魔術だ!私を常連客にするための撒(ま)き餌(え)だ!そうに違いない!

「あ、あのさっ!凜翔…!」

 これ以上ドキドキしてたらマズイ。まんまと凜翔の魅力にハマったら最後、レンタル彼氏利用料の支払いに首が回らなくなる未来確定。今の私にはレンタル料金を払う経済力はないし、ここは早々に話を変えよう!

「凜翔って、何歳なの?」
「18だよ」

 サラッと言ってくれる。

「今年の春に高校出たよ」
「詐欺だ……」
「ひなたひどーい!それどういう意味ー?」
「だって、話してるとタメの子より大人な感じするもん。見た目は若いけどさ……」

 凜翔はわざといじけた顔をしているけど、それすら大人な内面ゆえに演技している風に思える。私はすっかりタジタジだった。優しいのか意地悪なのか、大人っぽいのか子供っぽいのか、はっきりしてほしいっ!


 色んなことを話したおかげか、空気はだいぶ和んでいた。


 凜翔は挑むような目つきでこっちをまっすぐ見つめ、言った。

「年下だけど、ひなたの周りにいるお兄さん達には負けないつもりだよ」
「それってどういう……?」
「なんてね、冗談だよ!ドキドキした?」
「か、からかったの!?ひどいっ!」
「ドキドキしたんだ?」
「してないっ!寿命縮むからホントやめて!職業病にもほどがあるよっ」
「大丈夫だよ、ひなた」

 冗談を言い合った後、凜翔は改まって丁寧に言った。

「好きな人のこと、別れた後も好きでいるの普通だし、優さんにも無理にそれを隠すことないよ。優さんだって分かってるだろうし。それに、今は迷路の中にいるような恋だとしても、時間が経てば自分の中で行くべきところに落ち着くと思うから、今は自然にしてたらいいんじゃないかな」
「いいのかな、そういうの……。優にとっては残酷だよね」
「いいんだよ。だって、昭さんとの恋を大切にしてるひなたの気持ちはひなただけのものだもん。どうするか決めるのはひなた。忘れるのがつらいなら無理に吹っ切ることないよ。優さんだって、それを分かっててひなたに告白したんでしょ?」
「それはそうだけど……」

 そんな優しいことを男の人に言ってもらえるなんて思わなかった。心晴(こはる)や他の女友達に言われるなら分かるけど。

 でも、凜翔のおかげで、口に出すためらいの気持ちはじょじょに消え、前向きな気分が胸に満ちていた。

「ありがとう。凜翔に聞いてもらえて本当によかった」
「ひなたが楽になれたなら、俺も嬉しい」
「張りつめてたものが、ふっと和らいだかも……」

 もう一度、優に会って素直な気持ちを話そう。それで優を傷つけるのは確実だけど、お互いのためにも、別れるなら早い方がいい。

 気持ちを整えていると、凜翔のスマホのアラームが鳴った。仕事の時間が近いらしい。凜翔は席を立ち、座ったまま彼の顔を見上げる私の頭をポンポンした。

「そろそろ行くね」
「うん。仕事前なのに色々相談乗ってくれてありがとう。頑張ってね!」
「ひなたもね。遠くから応援してるから」

 肩越しに振り返り、凜翔は片手を上げ店を出ていった。

 遠くから応援してる、か。そうだよね。凜翔とはこれきり、二度と会うことはないんだ。あんなに楽しく話した仲なのに……。仕方ないと分かっていても、けっこう寂しかった。

 頭にはまだ、凜翔の手の感覚が残ってる……。

 って、ウジウジしてたらダメだ。凜翔の後押しを無駄にしないよう、これからちゃんとしないと!


 帰って夕食を済ませると、優から電話がかかってきた。こんなに早く連絡が来るとは思ってなかったので、少しビックリした。

「……はい」
『さっきはごめんね。感情的になってた』
「ううん、私が悪いから」
『さっきあんな別れ方したのにこんなこと言うの勝手なんだけど、もう一度今から会えない?迎えに行くから』
「うん、会お。私も優に話したいことがあるから」


 30分後、車で来てくれた優の運転で、近所の遊歩道にやってきた。夜も遅く、人の往来も少ない。街頭の光が、遊歩道脇に流れる川の水をキラキラさせていた。

 私達はどちらかともなく車を降り、遊歩道の手すりに並んでもたれた。動くと暑い昼間と違い、涼しい風が吹いて気持ちいい。

「寒くない?」
「ちょうどいいよ。優こそ平気?」
「うん。秋とは思えないくらい、室内暑いよね」
「外の方が逆に適温だよね」
「こんな時間に呼び出してごめんね。家の人心配してなかった?」
「大丈夫だよ。夜は時々心晴(こはる)と遊んでるから、今日もそういうのだと思われてる」

 何でもない会話から一転、優は待っていたとばかりに本題を切り出した。

「さっきは、ひなたの話ちゃんと聞けなくてごめん。昭と何話したのか、教えてくれる?どんな内容でも、聞く準備できてるから」

 そう言われ、私は迷った。自分のことなら全部話すつもりでいたけど、昭から聞いたウワサの件は、絶対優を嫌な気分にさせる。

 でも、ここでごまかしたら優をますます苦しめるかもしれない。それに、優は心の準備をしてると言ってる。私は、昭から聞いたことを全て話した。

「気分悪いよね、自分に関するそんなウワサが学校で流れてるなんてさ……」
「驚いたよ」
「だよね……」
「昭の口達者さに」
「え……?」

 優は、苛立ちを抑えたように言った。

「1年の子に告白されたのは本当だよ。でも、それはひなたと付き合う前の話だし、その時からひなたのこと好きだったからその子とは付き合ってない」
「それって……。昭が作り話をしたってこと?」
「そう。微妙に真実混ぜてるからホントのことっぽく感じるのも仕方ない。……あの時、告白されてるところを待ち合わせしてた昭にたまたま見られたんだ。そんなデタラメ言う人だったなんて、昭とは縁切って本当によかった」

 そう言い、優は深いため息をつく。

「すぐに信じるのは無理かもしれないけど、俺はひなたにしか興味ないよ」
「でも、男の子はただ付き合ってるだけじゃ満足しないんでしょ?昭もそういうとこあったし、だから……」
「だから俺も陰で遊んでるかもって?」
「そ、それは……。でも、昭が言ってた!男はそういう生き物だって……。優のこと疑うわけじゃないけど……。ごめん、こんなことしか言えなくて……」

 男の子の全てを信じるのはこわい。昔はここまで男性に不信感なんかなかったはずなのに……。やっぱり、昭とあんな別れ方をしたのが原因なんだろうか。

 優は右手で髪をかき混ぜ、もう片方の空いた手で私を強く抱き寄せた。最近やっと慣れたその腕の中、もどかしげな優の声を聞いた。

「悔しいな。すっごい妬ける……」
「え……」
「別れてもひなたに影響与え続けてる昭に、今ものすごく嫉妬してる」
「優……」
「ごめん、こんなこと言うなんて小さいよね」
「そんな…。私こそ、いつまでも昭の言うことに惑わされてダメだなって思う。もう忘れたつもりだったのに……。ごめんね、優」

 謝り、優の胸をそっと押し返した。そして、優と付き合うことにした理由を隠さず白状した。

「……そういうことなの。優の優しさと好意につけ込んで、昭が苦しむことばかり考えてた。優しくされる資格ないんだよ」
「ひなた……。昭のこと、大好きなんだね」
「認めたくないけど、そうみたい」

 苦笑が涙でにじみそうだった。

「だから、もう別れよ。今日はそのために会ったんだ。最初は昭への復讐心だったけど、最近は罪悪感で苦しい。バイバイは優のためでもあるけど、大半は自分のため。優は私なんかに巻き込まれていい人じゃない」

 勝手に他の子を好きになった昭のことなんて嫌いになりたいのに、優しいところがあったのも本当。優と付き合ってから、バイトで昭と顔を合わすのも平気になったけど、だからって心までは簡単に変わらないと知った。知ってしまった。

「今日昭が、優との友情失って悲しんでるの知って、ざまあみろって思った。そうなったのは私の力じゃないのに、優を利用したクセに、昭が苦しむの見て喜んでた。全部、自分のためだった」

 ここまで言えば、優は私を嫌うはず。罵倒(ばとう)されるのを覚悟で、優の答えを待った。

 深い深呼吸をし、優は言った。

「言いにくいこと話してくれてありがとう。でも、言われなくても分かってたよ。ひなたは俺のこと好きで付き合ってるわけじゃないって」
「え……?」

 意外な言葉だった。

「じゃあ、どうして何も言わなかったの?」
「俺のこと、昭を忘れるための道具にしてもらいたかったから」
「そんなっ……」
「これからも迷わず利用してよ。俺のこと」
「ダ、ダメだよ。そんなの残酷すぎる!私が優だったら絶対耐えられない…!」

 別れるのが優にとっての最善だと思ってた。でも、優はそれを拒んだ。

 私の手を両手でそっと包み、優は穏やかに笑った。

「耐えられるよ。片想いの頃の痛みに比べたら、こんなのなんでもない」
「そんな……」
「こんないい子と付き合えてたのに、昭はホント見る目ないよね。色んな意味でざまあみろだよ」

 優らしくない悪口は彼の優しさ。

「優……。今別れなかったら、いつか優がつらくなるよ。それに、優はモテる。私なんかよりいい子が、これからもっと現れるよ」
「そんなことないよ。好きな人に振り向いてもらえなきゃ幸せになれないって、ひなたと出会って知ったから。昭には理解できないだろうけど、男にだって心はあるんだよ。欲求だけで動いてるわけじゃない。ひなたと付き合えて毎日幸せだったよ」

 優の熱っぽいまなざし。そこにウソはないのだと分かった。

 別れ話をしていたはずなのに、それを撤回したい心持ちになってしまう。優のまっすぐな想いに触れ、私の心にあった冷たいものがじんわり溶けていくような気がした。

 付き合うキッカケは最低なものだったけど、これから真面目に優と向き合えば、違うものが見えてくるのかな?昭と付き合ってた時みたいに愛される幸せを感じ、毎日明るく過ごせる自分になれるーー?優のことを好きになれば、失恋の傷なんて忘れてしまえるのかもしれない。

「ごめん。俺ばっかり幸せな思いしてる。ひなたはずっと悩んでたのに」

 優は、そっと私を抱き寄せた。

「昭のこと、忘れなくていいよ。一度好きになった人を忘れるなんて無理なの当たり前だから。これからはこの関係を一緒に大切にしてこ?」
「そうだね……。分かったよ」

 こんなに想われて、悪事も許してもらって、他に言えることなんてなかった。

「本当に、私にはもったいない人だね。優は……」
「またそんなこと言う」

 抱きしめていた体をそっと離し、優は優しいキスをしてきた。付き合ってもうすぐ3ヶ月目。初めて優と交わしたキスは、視界に入る夜の川のように穏やかだった。


「お母さんに聞いたよ。昨日バイト中家に来てくれたんだって?ごめんね、話聞けなくて~!大丈夫だった?」

 翌日、そう言い大学に顔を出してくれた心晴と学内のカフェに行き、昭や優との間にあったことをかいつまんで話した。

「優君、男だね!そんなこと、あたしも言われたいよぉ~」

 心晴はうっとりした顔でベーグルサンドを頬張る。優と再スタートを切った私のことを自分のことのように喜んでくれる心晴を前に、ためらいが大きくなる。

「でも、なんか、都合良く進みすぎじゃない?普通怒るとこだよね?優、優しいから、本当は我慢してるのかもしれない」
「そういう部分があったとしても、優君からしたらそれは我慢じゃなくて、幸せな恋のための努力なんじゃないかな?」
「そんなこと思いつかなかったよ。すごいね、心晴」
「いやぁ、照れるなぁ。あははっ」

 時々、心晴の発言にハッとさせられる。彼女はすごい。明るくて優しいだけじゃなく、こういう時私の気持ちを切り替えるような言葉をスラッと口にしてくれる。魔法みたいに、心晴の言葉は私の心を明るくしてくれた。

「ありがとう。聞いてもらったら楽になった」
「よかった。なにせ、あたしもそうだからさ。優君のこと、他人事とは思えなくて」
「イサキさんのこと?」
「うん!」

 イサキさんとは、心晴の彼氏のことだ。私はまだ会ったことがないけど、心晴はイサキさんとマメに会っている。バイト先のパチンコ屋で出会った社員さんだ。

「イサキさんと付き合ってそろそろ半年になるよね。年上の人だと色々甘えられそう!いいなぁ」
「そうなんだけど、イサキってけっこう甘えん坊なところあるんだよ。5歳差って、実はそんなに大きくないのかも」

 イサキさんは23歳。二十代ってだけでものすごく大人に見えるけど、実際付き合ってみるとそうでない面がたくさんあると、心晴は言った。

「優君はイサキより大人かも。精神的に余裕あるっていうか、ひなたのことすごく大切にしてるのが分かるよ」
「それが分かるから、こういうことになって戸惑ってもいるよ……」
「だよね。別れるつもりだったひなたからしたら、ビックリな展開だよね!」

 うなだれる私の肩を、心晴は優しく叩いた。
 
「大丈夫だよ。最初から100%両想いってパターンの方が稀(まれ)なんだから。優君のこと、じょじょに好きになっていけたらいいね」
「それまで優には寂しい思いさせるね。キスするまでも3ヶ月かかったし……。それ以上のことなんて、今はとても考えられなくて」
「分かる分かる!無理せずひなたのペースでいけばいいよ。優君はひなたのそばにいるだけで満たされてるんだし」
「そうかな?」
「そうだよ。ひなたに関するもの全てが、優君にとっては愛しいんだよ。分かるんだ。あたしもイサキを振り向かせるの楽しかったから。振り向いてもらえた時もすごく嬉しかった。つらくても諦めずに頑張ってよかったと思ったし、付き合ってからもすれ違いやケンカはあるけど、大切な人だから仲良くいられる努力をするのも嫌じゃないよ。全部好きでしてる。優君もきっと同じだよ」

 心晴はアイスティーを一気飲みし、晴れ晴れした顔で言った。

「涙なんて似合わない。ひなたは幸せになるべきだよ。優君もそう言いたかったんじゃないかな」
「心晴……」

 そうだよね。悩んでばかりいても前に進めない。優のくれた気持ちを、今はしっかり受け止めたい。

「これからは優のこと大事にするよ。ありがとう、心晴」
「ひなたはやっぱり、笑ってる顔が一番可愛いよ」
「もう、心晴!からかわないの!」
「ホントのことだよ~」

 心晴のこういう言葉に本気でドキドキしていた中学時代が、遠くに感じた。それでも、彼女を慕う気持ちはこれからも同じ。

「相変わらず仲良いな~」

 和やかに語り合う私達の席に、無遠慮な男子学生の声が割り入った。

「昭!何で?今講義中じゃ……」
「寝坊した。お前こそゼミはどしたの?」
「教授の学会があるから休みー」

 当たり前のように、昭は私の隣に座った。

「今心晴といるんだから、昭は違う席に行ってよ」
「少しくらいいいじゃん。付き合ってた頃はこうやってよく三人で飯食ってたんだし」

 悪びれない昭を見て、心晴も不快感をあらわにした。

「昭君、まだひなたにつきまとってたんだね」
「つきまとうって。同じ学校だしこういうことも普通だろ?心晴ちゃん、そんなこわい顔するなよ」
「するよ!昭君こそ良心痛まない?ひなたと優君の仲を裂くようなウワサ吹き込んだりしてさ……。ひどいと思う!」
「ウワサ?何のこと?」

 ちょ、とぼける気!?

 心晴も、私と同じように不快感をあらわにした。それでもひょうひょうとしている昭に、私は問い詰めた。

「ちょっと待って!優が遊んでるとか、元親友だからそういうの分かるとか、男はそういうもんとか、言ってたよね?昨日のバイト中に!」
「あー、言ったっけ、そんなこと。真に受けるとは思わなかったわ」
「あんな深刻な口調で言われたら信じるよ!なんであんなウソつくの?ひどい!!」
「お前だって大概(たいがい)じゃん。優と付き合ってるクセに俺の言葉信じたり、元カレの親友と付き合ったりさ」
「ぐぬぬ……」

 悔しいけど何も言い返せない。

 雑談のノリで、昭は言った。

「優が浮気なんかするかよ。モテるクセに女関係に慎重なんだよなぁ、アイツ。そこだけはずっと理解できなかった」
「そんなの知らないよ!こっちの気も知らないで!もう変なこと言ってこないでね」
「ぷっ……」

 怒る私を見て、昭は笑った。その笑い方には愛しさが浮かんで見えた。付き合ってた頃のことを嫌でも思い出してしまう。

「ひなたはやっぱり可愛いよな、そういうとこ。いじめたくなる」
「調子いいこと言わないで」
「ウソ言うかよ。優のウワサでっちあげたのだって、ひなたを奪(と)られて悔しかったからだし」
「よく言うよ。振ったのはそっちなのに」
「元カノがよく知るヤツと付き合うなんて、面白くないに決まってるだろ。気分良く祝える方がどうかしてる」

 お前が言うなっ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...