幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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攻防と力の譲渡

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「お前達の攻撃は、それで終わりか!」

声を荒げ、勝ち誇ったように笑みを浮かべるイルファス。

「いや、まだだ」

私はラフィとブランカの前に立ち、剣を構えた。

「サビィ様。私はあなたとは闘わないと何度言えば分かるのですか?」

イルファスが、半ば呆れたように大きく溜め息をつく。

「言ったはずだ。私は天使達と天使の国を守ると」
「サビィ様。例えあなたと言えど…これ以上の邪魔だては許せません。暫く大人しくしてもらいます」

イルファスは、私に手のひらを向け目を瞑る。

「ルグーレ!」

彼女が呪文を唱えた途端、私の体は全く動かなくなった。

「…………!」

声が出ない。
私はもう一度声を出そうと試みる。

「………」

声が喉に張り付いてしまったような、不思議な感覚…
口を開けば、空気が漏れるような不快な音がするだけだ。

「サビィ様、無駄です。あなたは動けません。勿論、話す事もできません。こちらは危険ですから離れていて下さい」

イルファスが空を指差した瞬間、私の体は上空へと舞い上がり、突然ピタリと止まった。

「サビィ様、そこからラフィとブランカが痛め付けられながら、命を落とす瞬間を見ていて下さい。あなたには、危害が加わらないないように仕掛けを致します」

空中で固定された私の周りに、透明なガラスが張り巡らされる。

「まずは、あの2人に消えてもらいます。サビィ様は、その様子をゆっくりとご堪能下さい」

イルファスは、わざとらしく深々と頭を下げた。
私は、まるでガラスケースに閉じ込められたようだ。
眼下にはラフィとブランカ、そして対峙しているイルファス。
ここで、ただ見ているしかないのか…
私は、どうにかして体が動かないか抗ってみた。
しかし、それは無駄な抵抗だと思い知る。

(ラフィ、ブランカ…すまない…)

私は、心の中で2人に詫びる。
あの2人なら、大丈夫だと自分に言い聞かせ、上空から戦いの行方を見守る。
双方、攻撃と防御を繰り返している。
しかし、ラフィとブランカは苦戦している。
イルファスは、ブランカに執拗に攻撃し続けている。
ラフィはブランカを守りながら戦っている為、負担が大きくなっている。

(私の体が動ければ…)

私は意識を集中させる。
光の球が胸の中で輝いてる様をイメージした。
その光が、どんどん強くなるに従い球も大きくなる。
その輝きが限界に達し球が弾け、光が全身を駆け巡ると指先が微かに動いた。
それをキッカケに全身の強張りが解けていく。
試しに手や腕を動かしてみる。

「問題ないようだ…」

声も出る。

「このガラスを壊さねば…」

目の前のガラスを叩いてみる。
やはり、その程度ではびくともしない。
私は、再び意識を集中し両手のひらをガラスに当て光を集める。
徐々に光が強くなり、ガラス内が輝きに満たされる。

「あと少し…」

ガラスがビリビリと振動し始めた。
更に光を集め続けると、振動が激しさを増していく。
耐えられなくなったガラスにひびが入ると、突然弾けるように割れ粉々に飛び散った。

「やっと、出られた…」

私は、剣を手にすると、急いでラフィとブランカの元に向かった。


「ラフィ!ブランカ!」

私の呼び掛けに2人が振り返った。

「サビィ…良かった…」 
「サビィ!出られたのね?」

2人はホッとした表情を見せる。

「心配かけてすまない」
「ううん。とにかく無事で良かったわ」

ブランカが花のような笑顔を浮かべ私を見た。

「まさか…あれを破壊するとは…」

呆然としたイルファス声を耳にし、私は振り向いた。

「イルファス…もう止めるんだ。君は魔界ではなく、天使の国で生きるべきだ」

 私の言葉にイルファスは眉根を寄せる。

「サビィ様、無理です。もう後戻りはできません。それに、私は天使の国に居場所はありません。ならば…創るのみ!」

イルファスが顔の前で両腕を交差させ叫ぶ。

「ブランカ!喰らえ!」

その瞬間、イルファスの翼から無数の灰色の羽がブランカ目掛け飛んで行く。
羽は気付けば、全て小さなナイフへと変化している。
ブランカは、一瞬で光の盾を作り全てを跳ね返した。

「小癪な!」

イルファスは、剣を構えブランカに向かって行った。
ラフィと私は、ブランカの前に立ち塞がる。
一瞬イルファスは怯んだが、私を避けラフィに切り付けた。

「邪魔なんだよ!どけ!」

ラフィは、その剣を一旦受け止め払い落とす。

「どかないよ。ブランカに手出しはさせない」
「くそっ!」

イルファスは一旦後方に下がり、目を瞑り胸の前で手を合わせる。
次の瞬間、3人 のイルファスが現れた。

「分身か…これは、少々厄介だ…」

私は思わず呟く。
分身はイルファスから離れ、私やラフィ、ブランカの元にやって来た。

「一気に肩を付けさせてもらう」

4人のイルファスは、一斉に言葉を発しニヤリと笑った。

「サビィ様、あなたは私を相手をして下さい。ブランカの所には行かせません」

私の目の前のイルファスが剣を構える。

「でも、ご安心下さい。私はあなたを傷付けるつもりはありません」
「何をふざけた事を…」

イルファスの分身を睨み、剣を構える。

「フフフ…目的はブランカに近付けさせない為ですから。私が美しいあなたを傷付けるなど、あり得ません」

イルファスの分身は、私に駆け寄り剣を振り上げた。
ヒラリとかわすと、彼女は一拍遅れて振り下ろす。
空を切る剣。
明らかに、わざと剣を振り下ろすタイミングを遅らせているのが分かる。
肩から腹部目掛け切り付けるが、分身の剣が受け止め、金属音が響く。
交差する剣、ぶつかる視線。
分身は薄らと笑みを浮かべている。

「このような戦いは時間の無駄だ。私はブランカの元に向かう」

私が告げると、彼女の顔からスッと笑みが引いた。

「そんな事はさせません」

分身は、私を押し返し後方に下がる。
剣を構えると、彼女は矢のようなスピードで、私に隙を与える間もなく何度も剣を振るう。
私は、それを剣で受け時にかわした。

「サビィ様、もうブランカの事は諦めたらどうですか?彼女は、かなり苦戦しています。もう時間の問題です」

分身は剣を下ろし指を差した。
目を向けた先で、ブランカが分身と戦っている。
確かにブランカは苦戦している。
分身の攻撃に押され、今にも倒れそうだ。

「ブランカ!」

ブランカの元に向かおうとした時、分身が行く手を阻んだ。

「行かせるわけにはいきません」

分身の執拗な攻撃に、私は苛立ちを感じていた。

(これではキリがない。何か策はないのか…)

思考を巡らせ、一つの考えに行き着いた。
私は髪を1本抜き息を吹きかける。
それは、うねうねと動きながら長く太くなり、ロープへと変化していった。
私は、それを掴むとイルファスの分身に向かって投げ付けた。
ロープはクネクネと動きながら、彼女に向かって行く。

「くっ!何だこれは…」

イルファスの分身は、剣で叩き斬ろうとするが、ロープは器用に掻い潜り彼女の体に巻き付いていった。

「やめろ!放せ!」

どうにかして解こうと争うが、抵抗も虚しくロープは固くキツく巻き付いた。
私はそれを確認すると、イルファスの分身に駆け寄り振り上げた剣を一気に振り下ろす。

「ギャッ!」

分身は悲鳴を上げ、跡形もなくスーッと消えていった。
私は深く息を吐くと、ラフィとブランカを見た。
2人共、イルファスの分身の攻撃に苦戦していた。
再び自分の髪を2本抜き、息を吹きかける。
うねうねと動きながらロープに変化したそれを、分身2人に投げ付けた。
ロープは、クネクネと動きながら2人の体に巻き付いていく。

「何だこれは!」
「放せ!」

分身は必死に争うが解けるどころか、更にキツく締め上げる。

「ラフィ!ブランカ!今だ!」

私の呼び掛けに2人は頷き、分身を斬り付けた。

「ウッ!」
「キャッ!」

イルファスの分身は短い悲鳴を上げ、跡形もなく消えていった。
ラフィとブランカはホッとした表情で私を見た。

「サビィ…ありがとう」
「サビィ、助かったよ」
「2人共、無事で何よりだ」

私達はお互いの無事を確認すると、イルファスに目を向けた。
彼女は悔しそうに唇を噛み、こちらを睨んでいる。

「イルファス、お願い…もうやめて。天使の国を元に戻して」

ブランカの訴えにイルファスは激しく頭を振る。

「うるさいっ!元に戻すものか…私は諦めない。この日が来る事をどれほど待ち望んだか…お前達に何が分かる?生まれながらにして美しく優秀で人気者のお前達に…」

イルファスは俯き両手を握り締めた。

「せっかくのチャンスを逃してたまるか!」

彼女は語気を強め天を仰ぐ。

「お願いです!私をお助け下さい…あなた様の力が必要かです!」

大声で誰かに助けを求めるイルファス。

「嫌な予感がする…」

私は、どんよりとした空を見渡しながら呟いた。

「うん。僕も君と同意見だ。」
「私もよ…」

全身が粟立つような不快感を覚える。
私は、思わず両手で自分の体を抱き締めた。
空を仰ぐラフィとブランカも憂色を隠せない。

「お願いです!お答え下さい!」

イルファスの大声が辺りに響く。
すると、あのおぞましい声が聞こえてきた。

「イルファス。残念だが…ザキフェルに抵抗され、我の力は尽きかけている。限界が近い。」
「そんな…まさか…楽園はどうなるのですか?」

イルファスの表情に衝撃が走る。

「慌てるではない。話を最後まで聞け。お前に力を分けるのはこれで最後だ。力を分けた後、私は戻らねばならない。後はお前に任せる」
「私に…?」
「そうだ、お前に任せる。戻るとは言え一時的な事だ。回復後また来る。それまでに、天使の国を破壊しろ」
「承知しました」
「では、力を分けるとしよう。我に残る全ての力を託す!」

おぞましい声が地鳴りのように鳴り響くと、どんよりとした空に、真っ黒な雲がかかり稲妻が走った。
まるで意思があるかの様に、稲妻は空を駆け巡る。
そして、黒い空を切り裂き、稲光がイルファスに向かっていった。
耳をつんざくような爆音と共に、稲妻がイルファスの体を貫いた。

「イルファス!」

火花が散りもうもうと煙が立ち上がる。
目を凝らすが、彼女の姿は見えない。
少しずつ煙が晴れ、徐々に姿を現し始める。
そして、煙が全て晴れた時、私達はその姿を目にし、驚愕する事になるのだった。


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