幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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私達3人は全ての学びを終え、後片付けをしていた。

「子供達、楽しそうだったわね。良かったわ」

ブランカが手を止め嬉しそうに言った。

「うん。本当に良かったよね。初めての学びで、ちょっと不安だっんだよね」
「あら?ラフィでも不安になる事なんてあるの?」
「それはあるよ。ブランカは一体僕をどう思ってるんだい?」
「え!あの…それは…えっと…」

ブランカは顔を赤くし、俯いてしまった。
ラフィは、そんな彼女をジッと見つけている。

「ラフィ、君は飄々としてるから不安とは無縁に見えるのだ」

私が慌てて声を掛けると、ラフィはブランカから目線を外し私を見た。

「それって褒めてる?」
「勿論、褒め言葉だ」
「う~ん…あんまり褒められてる気がしないんだよね。ちょっと複雑」

ふとブランカを見ると、ホッとした表情で私を見ていた。
目が合うと、彼女はラフィに分からないように唇を動かした。
注意深く唇の動きに注目する。

「ア、リ、ガ、ト、ウ」

私は頷き、同じように唇の動きだけで答える。

「キ、ニ、ス、ル、ナ」

ブランカは笑顔で頷いた。



その後あらかた片付けが終わると、ラフィが申し訳なさそうに私達に言った。

「これから約束があって、そろそろ行かないと行けないんだ。先に戻っても良いかい?」
「ええ、勿論良いわよ」
「大丈夫だ、ラフィ。あとは任せてくれ」
「2人共ありがとう。じゃ、先に失礼するよ」

ラフィはホッとした表情で戻っていった。

「あと少しだから、片付けちゃいましょう」
「そうだな」

私はブランカの言葉に頷き、片付けを続行した。
ほぼ終わっていた為、それほど時間を取る事なく、片付けは終了した。

「さてと…片付け終わったわね」
「そうだな。では帰るとするか」
「あら…?ちょっとまってサビィ…ブランコの椅子に何かあるわ」

ブランカが巨木のブランコに駆け寄る。

「これ…ラフィの百科事典よ」
「百科事典を忘れたのか…」
「ラフィ、約束があると言ってたけど…まだ近くにいるかしら?ちょっと探してみるわね。それじゃ、サビィまたね」
「ああ…また」

ブランカは百科事典を抱え、私に手を振るとラフィが戻った道を辿って行った。

「さて、私も帰るとするか…」

私は、水盤を抱え自室へと戻った。




私が自室へ戻り少し経った頃、扉をノックする音が響いた。

「サビィ…私よ…」

ブランカの力のない声に、私は慌てて扉を開ける。
胸の前でラフィの百科事典を抱き締め、俯くブランカに私は何か嫌な予感がした。

「ブランカ…どうしたんだ?何かあったのか?」
「サビィ…」

顔を上げたブランカの瞳から涙が溢れている。

「ブランカ…とにかく中に入るんだ」

私は、ブランカの手を引きソファに座らせた。

「それは、一旦私が預かろう」

彼女の手から百科事典を受け取ると、テーブルに置いた。

私は、指を鳴らしティーポットとカップを取り出す。
マレンジュリテイーがカップに注がれた瞬間、甘く爽やかな香りが室内に広がる。

「この香り…マレンジュリね?とても良い香り…」
「これを飲むと良い。気持ちが落ち着くはずだ」

ブランカがマレンジュリテイーを口にすると、フーッと深い溜息をついた。

「ありがとう…サビィ。少し落ち着いたわ。やっぱり、サビィが淹れるマレンジュリテイーが一番だわ」

ブランカはニコッと笑ったが、その笑顔は痛々しく私の胸に痛みが走る。

「ブランカ…何があった?」
「サビィ…」

ブランカは再び俯くと、膝に置いた手をグッと握りポツリポツリと話し始めた。

「私…あの後…ラフィを探しに行ったの。そうしたら…神殿の階段を登っている姿が見えて…声を掛けようとしたの…」

ブランカは一旦言葉を切ると、切なげに瞳を揺らした。
その続きを話すべきか否か、彼女は迷っているようだった。

「ブランカ…苦しいのならば、無理して話さなくても良いが…」

私の言葉に、ブランカはフルフルと左右に頭を振る。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。

「その時…エイミーが泣きながらラフィに駆け寄って…ラフィ…が…彼女を抱き締めたのよ…」

苦しげに言葉を吐き出したブランカ。
その肩が小さく震えている。
自分が発した言葉に傷付き、頬を涙が伝う。
美しくいつも輝いているブランカが、肩を震わせ泣いている。
やけに小さく見える彼女を、抱き締めたい衝動に駆られる。
思わず伸ばしかけた手をグッと握り、ゆっくりと下ろす。

「何か理由があるんじゃないのか?」

私は努めて冷静に答える。
ラフィはブランカが好きだ。
それは間違いない。
だから、ラフィがエイミーを抱き締めるとは到底考えられない…

「理由…?ラフィはエイミーを好き…だから…じゃないの?」

苦しそうに眉根を寄せるブランカ…
再び、彼女を抱き締めたい衝動に駆られる。
私は両手を強く握り締める。

(しっかりするんだ。サビィ…感情に流されるな…)

自分自身を叱責する。

(感情に流され、彼女を抱き締めたら…彼女を混乱させ悩ませる…それは…避けねばならない。私が願うのは…ブランカの幸せ…)

私は自分を鼓舞するように強く頷き、ブランカを見る。

「私は…ラフィにとってエイミーは、友人の1人だと思う。」

私の言葉にブランカは目を瞬かせた。

「でも…友人を抱き締めたりはしないんじゃ… 」

私は頷きながら答える。

「確かに…だからこそ理由が何かあるのだと思う。しかし、確認もせず、2人が恋人同士だと決め付けるのは尚早だと思うが?ブランカは確認する前に諦めてしまうのか?」

ブランカは目を見開いたまま暫く動かない。

「ブランカ…?どうした?」

私は、彼女の目の前で手をヒラヒラと振ってみる。

「あ…ごめんなさい。ちょっと驚いて…私は…ラフィとエイミーは恋人同士だと思ってだから…サビィの見解に驚いたの…」
「ブランカは当事者だからな…心に余裕もないから視野も狭くまる。物事や問題に対して様々な角度から見て考える事も必要だと思っただけだ」

私の返答に、ブランカは感心したように何度も頷いている。

「なるほど…さすがサビィだわ。あなたの言う通り、私は心の余裕なんてなかった…そうよね…確認もせず諦めるなんて…私らしくないわ…」

(少しずつブランカの言葉に力が戻ってきている…これなら大丈夫か…)

私はホッと胸を撫で下ろす。

「サビィ…ありがとう。やっぱり、あなたに相談して良かったわ。私…やっぱり、ラフィが好きなの。このまま諦めるのは嫌だわ」

そう言って笑ったブランカは、とても美しかった。
可憐でありながら凛とした笑顔…それは、まるで野原に咲く一輪の花のようだ。 

(君を笑顔にさせるのは、ラフィへの一途な愛なのだな…)

瞬間、胸を鷲掴みにされたような痛みを感じた。
しかし、ブランカにそれを気取られないように、私は完璧な笑顔を貼り付けた。

「少しは心が軽くなったようだな」
「ええ。だいぶ軽くなったわ。サビィ、本当にありがとう。あ!ラフィに百科事典届けないと…きっと探してるはず。今から届けてくるわね。その時に、エイミーの事を聞いてみるわ」

ブランカがソファから立ち上がった時、ザキフェル様の声が室内に響いた。

「ブランカ、急で悪いが私の部屋に来てほしい」
「ザキフェル様…承知致しました。ラフィに百科事典を届けた後、そちらに向かいます」
「いや、申し訳ないが火急の用件だ。今すぐ来てほしい」
「承知致しました。では、そちらにすぐ向かいます」
「急がせてすまない。では、待っている」

ザキフェル様の声が聞こえなくなると、ブランカはスッキリした笑顔で言った。

「サビィ、話しを聞いてくれてありがとう。おかげで気持ちが楽になったわ。それじゃ、ザキフェル様の所へ行ってくるわね」

扉へ目を向けたブランカの腕を、私は思わず掴んだ。

「サビィ…?」

不思議そうな顔をするブランカ。
腕を引き抱き締めたい衝動を、私はなんとか抑える。

「ブランカ、百科事典は私が届けよう。ラフィも探しているかもしれない。早い方が良いだろう」
「サビィ、色々とありがとう。それじゃ…お願いするわね。ザキフェル様の用件が終わった後に、私もラフィの所に行くわ」

ブランカは、笑顔で私の手をスルリと抜くと、振り返る事なく部屋を出て行った。
彼女の温もりが残る手に、ふと目を落とす。

「確認する前に諦めてしまうのか…などと良く言えたものだ…私とて同じではないか…いや、確認するまでもないな…」

私は自嘲気味に呟く。

「あの~サビィ?話しかけてもよろしいですか?」

遠慮がちな声が聞こえてきた。
クルックに目を向けると、鞭を絡ませモジモジしている。

「クルック…何をしている?」

そう言えば…ブランカが訪ねて来たのに、クルックは全く話しかけてこなかった。
私は不思議に思っていると、モジモジしながらクルックが答えた。

「久しぶりにブランカにお会いできて、嬉しかったのですが…声をかけそびれてしまいました。とても、真剣な様子なので、遠慮させて頂きましたの…」
「何?クルックでも遠慮するのか?」

私は大袈裟に驚いて見せた。

「まぁ!失礼ですわよ。私は空気を読める時計ですわ」

クルックは得意気に胸を反らしたが、ハッと何かに気付き、再びモジモジし始めた。

「そんな事を言いたいのでありません…あの…サビィ…大丈夫ですの?」

クルックは、様子を伺うように私を見た。

「何がだ?」

彼女は何を言わんとしてるのか…?
私は眉根を寄せクルックを見る。

「サビィは…優し過ぎます…もっと、自分の気持ちを大切にするべきですわ」
「ああ…ブランカの事か…」
「サビィ…あなたは、ブランカに自分の気持ちを伝えるべきです。そのままでは、あなたは…サビィは苦しいままです…」

クルックは私を心配してくれているのだろう。
問題が多い時計だが、心根はとても優しい。

「クルック…私は別に優しくなどない…怖いのだ…彼女との関係が壊れるのが…」

今のままなら、友人として良き相談相手として傍にいられる。
しかし、私が気持ちを伝えてしまったら…?
この関係は、きっと壊れてしまうだろう。

「サビィ…それでも…気持ちを伝えた方が良いと思いますわ。このままだと…サビィの心が心配です…」

クルックは呟きながら俯いた。

「クルック…感謝する。自分の気持ちと向き合ってみよう…」

正直、自分の感情が理解できず戸惑っていた。
私とて、このままで良いとは思っていない。

「なかなか厄介な問題だ…」

私は溜息混じりに呟くと、百科事典を抱えラフィの部屋へと向かった。





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