転生王子はダラけたい

朝比奈 和

文字の大きさ
上 下
66 / 329
5巻

5-2

しおりを挟む
 レイの召喚獣契約を終えた俺たちは、フラムを連れて新しい動物探しを続けた。
 フラムはこれから始まる人間世界の生活が気になるのか、ワクワクした様子で俺に質問する。

【ほぅ、人間は鏡というもので姿を見るわけだね。僕もぜひ使ってみたいものだ】
「レイの部屋に、大きな鏡があるよ」

 俺が微笑んで言うと、大きな耳をピクピクと動かして目をきらめかせる。

【そうか! さすがリーダーだな。それは楽しみだ……んん?】

 話している途中で、フラムが急に立ち止まった。

【この臭いは、いふぇない】

 自分の尻尾を前に持ってきて、それで鼻を押さえる。そしてすかさず、レイのローブを引っ張った。

「うぉっ! ……何だぁ?」

 レイが驚いてフラムを振り返ると、フラムは鼻を押さえたままレイを見上げた。

【フィーダー、ぼきゅはこれいひょう、さきへふふめないのだが】

 んんー? 何て言ったぁ?
 鼻と一緒に口元を押さえているから、解読に自信はないけど。
 ……リーダー、僕はこれ以上、先へ進めないのだが……って言ったのかな?

【たいひゃんひたい】

 そう言ったフラムは、鼻を押さえたままうつむく。
 退散? 俺にはわからないが、何かの匂いを感じているのか?

「フラムが退散したいって言ってるんだけど。レイ、控えさせてあげたら?」

 俺が言うと、レイもフラムの様子を見て、何かおかしいと感じたらしい。

「わ、わかった。フラム、我が身に控えよ」

 レイの言葉で、フラムは空間のゆがみに消えた。

「ホタルは何か匂いを感じる?」

 俺が聞くと、ホタルはフンフンと小さな鼻を動かす。
 それから「ナウ~」と鳴いて、尻尾をゆらゆらと動かした。

【平気です。ボクには甘い匂いするです】

 フラムには嫌な臭いだけど、ホタルには甘く感じるのか。

「あぁ、確かに言われてみれば、甘い匂いがしますね」

 カイルもそう言うので、俺たちは空気を大きく吸い込んだ。

「本当だ。かすかに甘い花の香りがする。でも、変だな。花らしきものは見当たらないのに……」

 俺が辺りを見回していると、トーマは手をポンと打った。

「あ! もしかして香鳥かな?」

 香鳥? ……あぁ、アリスのお目当ての、香りを振りまくという鳥か。

「花のない季節に花のみつのような甘い香りがしたら、香鳥が近くにいる可能性があるんだ。広範囲に香りを振りまくことができるって話だし、きっとそうだよ」

 嬉しそうに頬を紅潮させるトーマの隣で、レイはあごに手をあててうなった。

「じゃあ、フラムが嫌がったのは……香鳥が出した匂いってことか?」

 レイの問いに、トーマがにこっと笑って頷く。

「うん、多分そう。香鳥の発する香りは複雑なんだ。特定の動物には不快だけど、他のものにはいい匂いに感じたりする。多分、フラムが嫌な臭いって感じたのは、ファイクがここら辺にむ肉食獣だからじゃないかなぁ?」

 ホタルがいい匂いだって言ったのは、毛玉猫が香鳥にとって害のないものだからか。

「じゃあ、この匂いをたどれば香鳥がいるってわけね」

 ライラは一つ息をつき、張り切って歩きだす。
 アリスは、そんなライラを呼び止めた。

「ライラ待って。香鳥はおくびょうで、人間が不用意に近づいたら逃げてしまうんですって」
「そっかぁ。じゃあどうするの?」

 ライラが困った顔をして尋ねると、アリスはふところから小袋を取り出し、ぽふぽふと叩いた。叩くたびに、鼻にスッと抜けるような清涼感のある香りがする。
 レイはその小袋に顔を近づけ、鼻をクンクンと動かした。

「アリスちゃん、何それ? いい香りがするけど」
「これは香鳥の好む花で作った、香り袋なの。こうやって叩いて匂いを出して、香鳥を誘い出すのよ。トーマにもらったの」

 アリスが微笑むと、レイは片眉を上げてトーマを見やる。

「トーマ……。知識で、さりげなくアリスちゃんの評価上げてくるなぁ」

 若干しっのこもった瞳で見られて、トーマはキョトンと首を傾げた。

「ん? どういう意味?」

 レイはトーマの問いには答えず、腕を組んで低くうなる。

「フィルもじんちくがいそうで、モテるし。最近の流行はそういうタイプなのかな?」

 ブツブツ呟いているレイに、ライラはため息をついた。

「モテるのは、あんたと真逆のタイプよ。あんたにはなれないから諦めなさい」
「そんなのわからないだろ」

 レイが面白くなさそうに言い、俺たちが笑う。
 その時、不意に花の甘い香りが強くなった。
 羽ばたきとともに、サッと小さな影が空を横切る。
 影の流れた方向を見ると、鮮やかな色をした鳥が木の上にとまっていた。
 頭は白く、翼は黄色。体は緑で、尾は青かった。体長は十五センチくらいで、頭のかんがピョコンとはねている。ぐせみたいで、ちょっと可愛い。

「わぁ、綺麗」

 アリスは驚かさないように、小さな声で言う。
 辺りを見回していた香鳥は、「ピョールル」と楽しげに鳴くと、アリスに向かってかっくうした。
 驚いたアリスが身を縮こまらせたが、香鳥は当たる直前でバサバサと翼を羽ばたかせ、スピードを落としてアリスの肩にとまる。

【失礼いたしました。驚かせてしまいましたか? こちらから、いい香りがしたもので……】

「ピョルル」と鳴いた香鳥は、申し訳なさそうにアリスの顔をうかがう。とても礼儀正しい口調の鳥だ。
 その様子から、香鳥が自分のことを心配していると、アリスにもわかったのだろう。

「可愛い」

 小さく笑って、喉元の羽を指でさわってあやす。

「アリスにビックリさせたことを、丁寧に謝ってるよ。いい匂いがしたから来たんだって」

 俺が通訳すると、香鳥は目をパチクリさせて背筋を伸ばした。
 自分の言葉を理解する人間がいたので、驚いたらしい。
 そんな香鳥に、アリスは優しく微笑む。

「私はアリスというの。実は、あなたとお話がしたくて、この香り袋を使ったのよ」

 取り出した香り袋に、香鳥はコクリと頷く。それから、アリスを見上げた。

【僕にお話ですか? 何でしょうか?】

 首を傾げる香鳥に向かい、俺は優しい口調で話しかけた。

「彼女は今、香鳥で召喚獣になってくれる子を探しているんだ」

 俺の話に頷いてあいづちをうっていた香鳥は、嬉しそうに片翼を挙げて「ピョルル」と鳴く。

【召喚獣! なら、ちょうどいいです。僕ではいかがでしょう?】
「え……」

 それは、ありがたい。性格も真面目そうだし、雰囲気的にアリスとも相性が良さそうだ。
 しかし、意外とあっさり契約希望が通って、拍子抜けしてしまった。

「何か言ってるのか?」

 レイの問いかけに、俺はまだ少し驚きつつ口を開く。

「召喚獣になりたいって言ってる」

 それを聞いて、ライラが「えぇっ!」と声を上げた。

「何で皆、そんなあっさり契約が決まるのっ! いや、嬉しいわよ。アリスの召喚獣が増えて、喜ばしいことなんだけどっ!」

 ライラの中にあせりと喜びが生まれ、複雑な感情がうず巻いているらしい。
 頭を抱えて、表情をクルクル変えながらうなり声を上げる。

「あの……私としては嬉しいけど。本当に私が主でいいの?」

 アリスも少し不安に思ったのか、肩にとまっている香鳥を見つめる。
 すると、香鳥はコックリと頷いた。

【僕の兄弟はすでに人間の方に仕えておりまして。僕もいずれ召喚獣になりたいと思っていたのです】

 へぇ。野生で暮らすほうが、動物にとって幸せなのかと思ってたけど。そういう考えの動物もいるんだ?
 香鳥は俺たちの顔を見回して、「ピョルル」と鳴く。

【僕たち香鳥は、雰囲気を香りとして捉えることができるのですが、皆さんはとても良い香りです。でなければ、いくら香り袋があっても、こんなにすぐ近づいては来られません】

 香鳥はもともとおくびょうな鳥だと聞いていた。香鳥のいう、雰囲気から感じる香りがどういったものなのかはわからないが、慎重な鳥が俺たちを信用してくれたことはとても嬉しい。
 俺が香鳥の言葉をそのまま伝えると、アリスは顔をほころばせる。

「そうであれば、私もとても嬉しいわ」

 香鳥がアリスの肩から地面に下り、うやうやしくこうべを垂れる。
 召喚獣の契約を行おうという、香鳥の意思表示だった。

「ノトス」

 アリスが名前を呼ぶと、香鳥の周りに風が巻き起こった。
 風がやむと同時に、ノトスは飛び上がり空を軽やかにせんかいする。何か言っているようだが、俺の耳には聞こえない。

「喜んでいるみたいですよ」

 ノトスを見上げながら、カイルが小さく微笑んで教えてくれた。



 2


 一日がかりの課外授業には、お弁当がつきものだ。歩き回っていたら、当然お腹が減る。
 食べる時間は各班にゆだねられていたので、きりのいいところでお昼にすることにした。
 フラムの契約に多少時間はかかったけど、反対にノトスとの契約はあっさり終わったのでわりと順調ではないだろうか。
 俺がお弁当をリュックから取り出すと、アリスは申し訳なさそうな顔をした。

「お弁当を準備するの大変じゃなかった? 私たちの分まで作ってもらって……」
「いや、僕が作りたかっただけだし。今回のお弁当は、簡単なおかずばかりだから」

 課外授業に持って行くお弁当は、希望すれば寮のコックさんが作ってくれる。
 鉱石の課外授業の時は、俺たちもそのお弁当を持って行った。
 ただ、今回はあったかいスープを持って行きたいと思い、どうせならと皆の分のお弁当を作ることにしたのだ。
 授業不参加のカイルにも、ついでだからと用意してあげたのだが、結局こちらに来たのでお弁当があって良かったのかもしれない。
 寮の厨房の片隅を借りて作った本日のお弁当は、ロースト肉のサンドイッチと野菜の肉巻き、卵焼き、ポテトフライ。あとは水筒に入れた野菜スープを、食べる時に火の鉱石で温め直す。
 野菜スープを一口飲んで、俺はホッと息を吐いた。熱めの液体が、お腹をほかほかにしていく。
 ……今日もお弁当が死守できて良かった。スープを飲みながら、しみじみと思う。
 寮のコックさんと仲良くなり、厨房にちょこちょこ出入りしている俺だが、「厨房にいるよ!」なんて知らせてもいないのに、なぜかお腹を減らした寮生たちが集まってくる。
 今朝もカイルが規制してくれなかったら、厨房になだれ込んで来ただろう。
 朝練が終わってお腹が空いてるのか、もうとにかく先輩方の目のギラツキが凄かった。
 量が少ないから全員に味見させるわけにはいかないし、かといって、一人にあげたら喧嘩になりそうだしなぁ。
 俺は朝の様子を思い出してサンドイッチを食べながら、困ったもんだと小さくため息をつく。
 そういえば今日、ジェイ・ハリス先輩ひきいる三年生十数人からエプロンをもらった。
 以前、先輩方にエッグタルトをあげたことがあり、そのお礼らしい。
 淡い水色の生地で、ポケットに毛玉猫のアップリケが付いている可愛いエプロンだ。
 先輩方の俺の認識って、どうなってるんだろう。
 いや、料理は好きだし、エプロンはありがたいんだけどさ。お礼が可愛いエプロンって……。
 男の先輩方に囲まれてプレゼントを渡された時のことを思い出し、微妙な気持ちになる。
 すると俺のかたわらから、プー……プー……と変な音が聞こえてきた。
 見れば昼用のプリンを平らげて満足したコクヨウが、仰向けになって変な寝息を立てている。
 伝承の獣……寝息に威厳がまったく感じられない。
 他の召喚獣はと見回すと、ヒスイは近くの木に寄りかかって森林浴をし、ホタルとふくろねずみのテンガ、こおりがめのザクロとこうけいのコハクは湖の方でキャッキャと声を上げながら遊んでいた。
 新しい召喚獣を紹介するためテンガたちを出したのに、挨拶もそこそこに湖に走り出したんだよね。
 トーマやレイやアリスの召喚獣は、大人しく主人のかたわらに寄り添っているのに。
 俺の召喚獣、自由すぎる。
 俺はそんな召喚獣たちを眺めながら、肉巻きを頬張る。
 すると、ふと元気のないライラが視界に入った。いつもは美味しそうにご飯を食べてくれるのに、何だか思いつめた表情をしている。

「どうしよぉぉ。もう契約できる自信がなくなってきたわ」

 ライラは泣きそうな顔で、サンドイッチを見つめる。
 ノトスとの契約後、俺たちは何匹か動物にそうぐうしていた。
 ライラは召喚獣がいなかったので、彼女の契約を優先的に行おうとしたのだが、やる気が空回りして契約に至らなかったのだ。

「平気だよ。まだ午後があるんだから」

 俺がそうなぐさめても、ライラは小さく頷くだけだった。
 んー。今日契約できなくても、補習もあるからあせることはないんだけどな。

「僕はライラの落ち込む気持ち、少しわかるよ。僕もこんなに苦戦するとは思わなかった……」

 トーマは力なく言って、悲しそうな笑みを浮かべる。
 ライラとは別の意味で、トーマも召喚獣契約ができないでいた。
 トーマと契約を望む動物がいても、エリザベスがいろいろチェックして動物をビビらせてしまうのだ。
 ライラは落ち着けばチャンスがあるが、トーマは難航しそうだよな。

【トーマをどれだけ好きか聞いてるだけなのに、逃げるなんて根性ないわ】

 ぷりぷりと怒るエリザベスをひざに抱え、トーマがしょんぼりとしている。
 レイは落ち込む二人を見て、手に持っていたサンドイッチを頬張りながら言った。

「ま、あせったってしょうがねーだろ? 暗い顔をしてると、飯がまずくなるぜ」

 すると、かたわらで話を聞いていたフラムが大きく口を開ける。

【さっき少しもらった肉は美味しかったのに、リーダーは味覚おんなのか? 召喚獣は食べなくても大丈夫だと聞くが、主人がまずいと言うのであれば僕が食べてあげよう】

 そう言ってレイのお弁当に顔を近づけ、鼻をふんふんと動かす。
 レイはそれに気づいて、慌ててフラムの頭を押さえた。

「ちょっ、フラム! どうしたんだよ! 味の薄いとこなら、あとで少し分けてあげるからっ!」

 困惑するレイに、カイルは冷めた視線を向けて言う。

「フィル様手作りのお弁当をレイがまずいと言うから、自分が食べてやるって言ってる」
「えっ! ち、違うって! 『飯がまずくなる』ってのは言葉のあやだから! すっげー美味いからっ!」
【遠慮するなリーダー!】

 レイはお弁当を抱えて走りだし、フラムがそれを追いかける。
 まるでコントみたいなやり取りで、俺やアリスやカイルどころか、落ち込んでいたライラとトーマまで噴き出した。

「言葉のあやだとしても、フィル君のお弁当をまずいなんて言うからよ」
「だよねぇ。こんなに美味しいのに」

 ようやく見られた二人の笑顔に、俺とカイルとアリスは顔を見合わせてホッと息をついた。


 そんなランチタイムを終え、課外授業を再開するため、皆はそれぞれの召喚獣を一旦控えさせる。
 俺もそろそろホタルたちを呼び寄せようと思った時、凄い勢いでテンガが飛び込んできた。

【フィル様っ! フィル様、大変っす!!】
「わ!」

 びっくりしたぁ。呼び寄せる前に飛び込んでくるとは……。

「大変って、いったいどうしたの? ホタルたちは?」

 ハッハッと荒い息を吐くテンガを落ち着かせるために、その背中を優しくでる。

【あっちに怪しい奴いたっす!! 俺は急いで知らせに来たっす!】
「怪しい奴?」

 俺が眉をひそめると、テンガの声で目が覚めたらしいコクヨウが大きく欠伸あくびをして背筋を伸ばす。

【まったく、いつも慌ただしい奴だ】

 テンガは俺とコクヨウを交互に見ながら、俺のローブを引っ張った。

【フィル様、アニキ、とにかく来てくださいっす! 怪しい奴がいるんす!】

 俺は詳細を知りたいのだが、テンガはとりあえずそこに連れて行きたいようだ。
 しかしコクヨウはいぶかしげな顔で、テンガの指し示す方向を見る。

【怪しい奴? 不穏な気配は感じられないが……】

 コクヨウがそう断言するなら、怪しいと言っても危険はないのかな?

「フィル、どうしたの? 怪しい奴って何?」

 アリスが俺から発せられた単語を耳にして、不安げに眉を寄せる。
 俺は立ち上がって、小首を傾げた。

「危険なものではないと思うんだけど、ちょっと確認してくる。皆は待ってて」
「俺も行きます」

 カイルが俺の隣に並ぶと、コクヨウとヒスイもそれにならった。

【テンガの言うことだから大した奴ではなかろうが、暇だからな】
【面白そうですわよね】

 コクヨウは小馬鹿にした言い方をし、ヒスイは空中をヒラリと飛びながら軽やかに笑う。
 真面目に取り合わないコクヨウとヒスイに、テンガは大きく飛び跳ねて地面を鳴らした。

【本当っす! 怪しい奴っす!】

 俺がテンガをなだめていると、なぜかレイが俺の後ろについた。

「あれ? レイも来るの? 様子を見て来るだけだから、ここで待ってていいのに」
「いや、もし危なくなったら、俺がフラムを再度召喚して火の玉を使おうかと思って」

 ポーズを決めてニヤリと笑うレイを見て、ライラはため息交じりに立ち上がる。

「じゃあ、私はレイが馬鹿なことしないように見張ってるわ」
「私も心配だし、香鳥の香りが役に立つかもしれないから」

 アリスがそう言ってライラの後ろにつくと、トーマも慌てて立ち上がった。

「えぇぇ、僕一人で待ってるのは嫌だよ!」

 結局、全員で『怪しい奴』の目撃場所に向かうことになった。
 だが、テンガの案内で到着した場所には、怪しげな奴どころかホタルたちの姿も見当たらない。

「ホタルたちもいないね?」
【ここにいたっす! それで、怪しい奴が歩いていって……皆どこに行ったっす?】

 テンガが頭にハテナマークをつけて、首を傾げる。
 こっちが聞きたい。

「あちらから、何か水音がします」

 カイルがそう言って、湖のほとりでも特に木の密集している辺りを指さす。
 近づいてのぞき込むと、そこにはザクロとコハクとホタルとともに、もう一匹、別の動物がいた。
 その動物は湖に向かって身をかがめ、パシャパシャと水音を立てている。
 全体的に黄色っぽい毛色で、太い尻尾はふさふさで丸く、黒のしま模様が入っている。
 あれは、召喚獣の本の挿絵で見たことがある。アライグマみたいな外見で……確か名前は……。
 思い出していると、俺の後ろから一緒にのぞいていたトーマが「わぁぁ」とかすかに声を漏らした。

「ラグールだ。何でこんなところにいるのかな? せいそく地、ここじゃないはずなんだけどなぁ」

 あ、そうだ。ラグールだ。確かルワインド大陸の動物で、数の少ない雷属性なんだよな。
 小動物が相手なら、電気をバチッと放って気絶させたりできるって話だ。
 俺たちは思いがけず出会ったラグールにさらに近づいて、こっそり様子をうかがう。
 ラグールはパシャパシャと音を立てて、何かを洗っていた。そしてそれを、ホタルとザクロとコハクが囲うようにしてのぞき込んでいる。
 何をやってるんだ、あの二匹と一羽は……。

【あぁぁ、フィル様を呼びに行ってる間に、怪しい奴と仲良くなってるっす!】

 テンガは頭を抱えて、ショックを受けている。

【興味があるから見ているだけよ、きっと】

 ヒスイが微笑んで、テンガの頭を優しくでた。
 別にテンガが言うほど、怪しいところはないよな。気になることと言えば、洗っているものか……。

【やっと洗えたわぁ。いやぁ、大変やった。俺が拾った時、泥だらけやったし】

 ふぅと息をついて、嬉しそうな声を上げる。
 それからラグールはスクッと立ち上がって、洗ったものを掲げた。
 それはカラフルな模様の入った子供用の木靴だった。しかも、片方だけ。

「……木靴?」

 俺たちはラグールの掲げる木靴を見て、首を傾げる。
 もしかして、湖に来た観光客が落としたのかな?
 ステア王国をはじめとしてほとんどの国では革靴が主流だが、民族によっては木靴もいている。
 手作りが基本のこちらの世界では靴は貴重なものだから、捨てた靴とは考えにくいもんな。
 俺は「ふむ」とあごに手をあてて、そんな推測をする。
 それにしても、何で人間の靴を洗ってるんだろう?
 ラグールの周りを囲むザクロたちも、同じ疑問を抱いたらしい。

【そりゃあ人間のはきものじゃぁねぇかい? それを洗って何をするんでい】

 ザクロは首を長くして靴をのぞき、ホタルは不思議そうに頭を傾ける。

【それ、くです?】

 ホタルの横にいたコハクも、体ごと傾けた。

【はく~?】

 ラグールは二匹と一羽に頷いて、靴をりを見せる。

【そうそう、片方だけをこうしてな。わー、人間のはでかいなぁ……って、んなわけあるかいっ!】

 ノリツッコミした……。
 しかしホタルたちは、ノリツッコミを理解できずに目を丸くしている。
 ラグールは咳払いを一つして、スベった感をした。そして靴を振り、ニヤリと笑う。

【人間はいつもこれをいてるやん? つまりは相当、大事なもんや。持ち主に返したら、きっとお礼をたんまりもらえるわ】

 ラグールは「くっくっくっ」と、肩を揺らしながら笑った。
 その様子を見て、テンガは「あわわ」と俺にすがりつく。

【また、怪しい笑いしてるっす! 何かたくらんでるっす!】

 この笑いを見て、怪しい奴って言ってたのか……。
 あ~うん。たくらんではいるね。浅いたくらみな気はするけども。
 確かに靴は貴重なものだが、失くした本人はもう諦めて帰っているのではないだろうか?
 観光客のものと考えたら、なおさらだ。持ち主に会えなきゃ、当然お礼も見込めない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。