転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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18巻

18-2

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「じゃあ、カツラで変装するしかないかなぁ」

 こちらの世界のカツラは質がいまいちで、重くてれるんだよねぇ。

「でも、背に腹は替えられないか。服装も変えて……」

 俺がしぶい顔で呟くと、アリスとライラがパァッと目を輝かせた。

「フィル、変装をするの?」 
「それなら、手伝いたい!」

 そう言って、二人は大きく手を挙げた。

「え……僕の変装の……手伝い?」 

 俺が聞き返すと、アリスとライラは笑顔でコクコクと頷いた。

「グレスハート王国に滞在していた時の変装は、毎回アルフォンス様とレイラ様とルーゼリア様が選んでいらっしゃったでしょう? ずっとうらやましいと思っていたの」
「そう! 私たちもフィル君の変装のお手伝いをしてみたいって、アリスと話をしていたのよ」

 うーん。手伝いかぁ。
 確かに、変装するとなると自分だけで決めるのは不安だ。
 二人が手伝ってくれるのは、とてもありがたい。

「それなら、お願いしようかな。だけど、グレスハートの時とは違うよ? あの時はキラキラ王子な変装だったけど、今回は地味で絶対に目立たない格好にしないといけないからね?」 

 俺は二人に念を押す。
 グレスハートに滞在していた時は、学校の知り合いが公務中の俺を見かけてもわからないよう、普段の俺がしないような派手な格好をしていた。
 今回はキラキラにかざられて目立ってしまっては困るのだ。
 俺の言葉に、アリスは真剣な顔で頷く。

「わかっているわ。フィルが無事に商学の体験学習に参加できるようにするためだもの」
「ええ、安心して!」

 ポンッと自分の胸を叩いたライラだったが、俺から顔をそらしてボソッと呟く。

「本当はキラキラにさせたいけどね」
「本音が漏れているぞ。ライラ」

 カイルに指摘されて、ライラはペロッとしたを出す。

「冗談だってば。ちゃんとひかえめにするわ。ちなみに……控えめな衣装にするから、女の子に変装させるのってあり?」 

 ライラが俺の顔を窺いながら尋ねた。
 表情から察するに、冗談を言っているわけではないようだ。
 俺はそんなライラを、半眼はんがんで見つめ返す。
 胸の前で腕をクロスして、大きなバツを作った。

「なしです」

 普通に考えて、なしに決まっている。
 却下されたライラは、「ちぇ、ダメかぁ」と肩を落とした。
 ガッカリしているライラに、俺は息を吐く。

「体験学習の当日は自由な服装でいいとは言われているけど、それは、お店ごとの特徴にあわせて作業しやすいようにするためってことだからね。女の子の格好じゃ、落ち着かないよ」

 俺が理由を述べると、トーマとカイルも賛同する。

「そうだね。特にフィルが希望するニコさんのお店は、軽作業が多いだろうからズボンのほうが動きやすいだろうし」
「俺も、今回は別に女子生徒に変装する必要はないと思います」

 二人の意見にレイもコックリと頷いて、真剣な顔で言う。

「何より女の子姿のフィルは可愛かわいすぎる。……俺には未来が見える。可愛くなったフィルが注目を浴び、ニコさんのお店の名物看板娘かんばんむすめになって、一年の時の仮装パーティーと同じ悲劇を起こすのだ!」

 バッと大きく手を広げたレイは、まるでうらない師か預言者よげんしゃのようだ。
 身振り手振りが大げさでうさんくさいが、レイの未来予測は当たりそうな気がする。
 現に、中等部一年の時に参加した仮装パーティーは大変だったのだ。
 あの時も、俺だとわからない変装をしなければならず、ライラの提案でお姫様の仮装をしたんだよね。
 金髪ロングヘアのカツラをかぶり、ふわふわドレスを着たお姫様。
 正体が俺だと、ヒントなしで気がついたのはデュラント先輩せんぱいだけで、ほとんどの人にはバレなかった。
 変装としては大成功だったのだが、男子生徒から「名前を教えてくれ」と声をかけられるわ、女の子たちからライバル視されるわ、取り囲まれて大変な目にあったのだ。
 その時、寮長の初恋はつこいうばってしまったんだよなぁ。
 一年後に、ずっと謎のお姫様を探しているって話を寮長から聞いた時は、血のが引いた。
 正体を明かした時の彼の顔は、思い出すだけでも心が痛む。
 だますつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったので、本当に申し訳ない。
 あんな悲劇は二度と起こしてはいけない。
 俺はうつむいて、力なくため息を吐く。
 アリスはそんな俺の様子に気がついて、気遣うように言う。

「そ、そうね。そういう可能性があるなら、やめといたほうがいいかもね」

 ライラも当時のことを思い出したようだ。

「確かに、あの時のフィル君は美少女だったものねぇ。はぁ、もう一度可愛いフィル君がおがめると思ったのになぁ」
あきらめましょう。ライラ」

 苦笑するアリスに対して、ライラは残念そうに「はぁーい」と返事をした。

「ありがとう。手伝ってくれるのは助かるから、二人ともよろしくね」

 ホッとして笑うと、アリスが微笑み返す。

「頑張るわ」
「任せて。さぁ! そうと決まれば、張り切って対策をるわよ!」

 ライラが元気な声で言い、それから俺に向き直る。

「服は派手すぎないものがいいわよね。フィル君、そういう私服はある? こちらで用意したほうがいいかしら?」 

 俺が答える前に、小さくき出したレイが口を挟んできた。

「フィルならあるよ。普段から派手な服とか装飾が多い服とかは着ないじゃん。『俺のお下がりあげようか』って言っても、断るしさぁ」

 レイから不満そうな視線を向けられ、俺は「あ……はは」と口元を引きつらせて笑った。
 お洒落大好きなレイは、俺が地味な服ばかり着ているのに納得しておらず、いろいろな服を着せたがる。
 でもなぁ、レイがお下がりとしてゆずろうとする服は、ちょっと……。
 派手な色だったり装飾が華美かびだったりするから、俺の趣味しゅみじゃないんだよね。

「お下がりはありがたいけど、目立つ服って苦手なんだよ」

 苦笑いする俺に、カイルとトーマが共感を示す。

「わかります。俺もです」
「僕はレイの服をもらったけど、結局着る機会がないもんなぁ」

 確かに、トーマがレイの服を着ているのは、あまり見かけないかも。
 カイルは体が大きいためレイのお下がり対象者ではないのだが、俺が断った服がトーマに流れることはある。
 俺たちから拒否されたレイは、頬を膨らませた。

「ティリア製の高級品なのに!」

 それで言ったら、地味でシンプルな俺の服だって、素材は最高級の品である。
 俺の好みを熟知じゅくちしたアルフォンス兄さんが買ってくれたものだから、間違いはない。
 この前、里帰りした時にも買ってもらったんだよね。
 その中に、ちょうどいいやつがあった気がする。

「服は自分で用意できるよ」

 俺が言うと、ライラはにこっと笑った。

「それなら良かったわ。変装となると……メガネとかはどうかしら?」 

 ライラの呟きを聞いて、メガネ男子のトーマが小さく手を挙げる。

「僕、実家からいろいろなメガネフレームを持ってきてるよ」
「メガネフレームを持ち込んだの?」 

 小首を傾げて尋ねるアリスに、トーマは頷いた。

「うん。メガネがこわれた時用に、何個か予備を用意しているんだ。ステアにはメガネ屋さんが多いから、レンズはどうにかなるんだけど……。やっぱり、フレームはうちの国のじゃないと合わなくて」

 ステアは勉強や研究で目を酷使して視力が落ちる者が多く、メガネ屋がたくさんある。
 だけど、メガネのフレームはやはり、職人の多いクーベル国製が一番なんだよね。
 俺がグレスハートで変装した際に使用したメガネも、クーベル国のものだったはずだ。

「フレームの微調整なら僕もできるし、ガラスを入れたらフィルも使えるよ」

 さすが、金物屋かなものやの息子。普段から『よく実家のお手伝いをしている』と言うだけはある。

「助かるよ、トーマ。ありがとう」

 俺がお礼を言うと、トーマははにかんだ。
 ライラはにこにこと笑って、「うんうん」と頷く。

「じゃあ、トーマ君はフレームをいくつか持ってきてもらえる? フィル君に試着してもらって、似合うものにガラスを入れて使いましょ。……あと、最後の問題はやっぱり髪ねぇ」

 ライラは俺の髪を見つめ、渋い顔で唸る。

「もちろん、隠さないとだよな?」 

 レイの言葉に、アリスは困った顔で言う。

「そうね。こんなに綺麗きれいな髪、本当は隠したくないけど目立ってしまうから……。髪を染められないとなると、やっぱりカツラよね?」 

 それを聞いて、俺は憂鬱ゆううつな気持ちで嘆息する。

「カツラかぁ。カツラって蒸れるんだよねぇ」

 お姫様の仮装の時もカツラをかぶったのだが、こちらの世界のカツラは付け心地が良くない。
 オーダーメイドではなかったこともあるだろうけど、フィット感がいまいちだったし、何より蒸れて暑かったのだ。
 俯く俺を見て、トーマとカイルが同情の眼差まなざしを向ける。

「夏の時期にカツラをかぶるのは、かなりつらそうだよねぇ」
「もしかすると、鍛冶場を見学させてもらうことになるかもしれないですしね」
「夏の鍛冶場かぁ。すっげぇ暑そう」

 レイが顔を引きつらせている。
 そうなんだよねぇ。それが容易に想像できるから、俺も憂鬱なのだ。

「体験学習中、帽子をかぶらせてもらっては?」 

 カイルの提案に、俺は考え込む。
 確かにお店のロゴを入れた帽子なら、店内でかぶっていても違和感は持たれなそうだけど……。
 ただ、髪を完全に隠し、なおかつ作業のために動いても落ちない帽子となると、頭にピッタリとフィットするものじゃないとダメだよね。
 それだと、帽子でもカツラでも暑さはそんなに変わらない気がする。
 ツバがある分、カツラより帽子のほうが視界は悪そうだし。

「蒸れにくいカツラを作るしかないかなぁ」
「「そんなカツラ作れるの!?」」

 俺がため息交じりに言うと、レイとライラがぎょっとした様子で叫んだ。
 普段は言い合いばかりしているのに、こういう時だけピッタリ揃う二人だ。

「少しすずしくなる程度だよ? 頭皮に接するところを網状あみじょうにしたら、通気性が良くなると思って」

 この世界のカツラは、皮や布に毛をえつけるタイプか、ボンネットに毛をいつけるタイプが主流だ。
 メッシュ生地にしたら、暑さや蒸れは軽減できると思う。

「そうか。網状に……なんて画期的な……」

 レイが驚嘆きょうたんすると、ライラはくやしそうにくちびるんだ。

「くっ! これが、日干ひぼし王子の実力! あふれるアイデアに、嫉妬しっとしそうだわ!」

 いや、前世の知識ありきなので、俺の実力ではないんだけど。

「上手くできるかはまだわからないよ。加工の担当教諭のボイド先生に手伝ってもらって、試作してみる」

 こちらの世界の技術力でどこまで再現できるかは不明だから、まずは作ってみないと。
 俺がそう呟くと、ライラはグッと身を乗り出した。

「フィル君。カツラがもし実用化できたら、販売はんばいについてグレスハート国王陛下とお話をさせていただいてもいいかしら?」 

 俺が発明したものに関するライセンス契約などは、全て父さんかアルフォンス兄さんを通すことになっている。

「上手くできたらね」

 そう言って頷くと、ライラは「きゃー!」と声をあげて喜んだ。
 歓喜かんきするライラを横目に見ながら、カイルが不安そうに尋ねてくる。

「フィル様、大丈夫なんですか?」 
「ん? 何が?」 

 俺はキョトンとした。

「今回の件が陛下の耳に入れば、なぜカツラを開発するに至ったのか、説明を求められると思うのですが」

 カイルに言われて、俺は「あ~」と声を漏らす。

「そうか、理由を聞かれたら、噂の件を話さないといけないのかなぁ」

 考え込む俺を見て、トーマが小さく首を傾げた。

「あれ? 陛下にまだご連絡していないの?」 

 その質問に、コクリと頷く。

「実際のところ、何か被害を受けたわけじゃないから、まだ報告していないんだよね。最近、胃が痛むことが増えたって言っていたし、余計な心配かけたくなくて」

 この前、グレスハートに里帰りした時も、父さんは薬湯やくとうをがぶ飲みしていたっけ。

「陛下が胃痛を……。そりゃそうか」

 レイは俺をジッと見つめ、妙に納得した顔で頷く。
 そんな目で見ないでよ。俺のせいかな、って少しは自覚してるんだから。
 だからこうして、父さんの胃を気遣っているわけである。
 アリスは微笑みながら、俺をさとすように言う。

「私は事前に話すべきだと思うわ。何かあった時に、あとで聞かされたほうが、驚くはずだもの」

 ……確かに、それもそうだな。
 トラブルに巻き込まれないよう、いろいろ対策を取っていることを伝えておいたほうが、父さんも安心だろう。
 万が一何かあっても、怒られずに済むかも。

「よし、じゃあさっそく手紙を書くよ!」

 俺はそう言って、座っていたソファから立ち上がった。



 2


 それから五日後。俺たちは再び、寮の裏手にある小屋を訪れていた。
 俺、そしてカイルがニコさんのお店で体験学習をさせてもらうことが正式に決まったので、それに向けて変装の衣装を選ぶことになったのだ。
 大手おおでを振って変装できるようになったのは、父さんのおかげだなぁ。
 アリスにすすめられ、俺はすぐに手紙で連絡を取った。
 現状を伝えると、父さんも『変装したほうがいい』という意見だった。
 しかも、『危機対策を考えてえらい』って、められちゃったよ。
 まぁ、その褒め言葉に続いて、『フィルは対策を取ってもトラブルに巻き込まれるんだから、細心の注意をはらうんだぞ!』という言葉もえられていたけども。
 本当に、うちの父さんは心配性である。
 ともあれ、父さんが学校長に連絡を取ってくれたため、体験学習中は変装して参加していいというお墨付すみつきをもらえた。
 学校長はここステアで、俺の本来の身分がグレスハート王国の第三王子だと知る、数少ない人物だ。
 俺の立場や、巻き込まれ体質であるという事情もわかってくれているから、今回の変装作戦を許可してくれたんだろうな。
 商学担当教諭のトラス・カウル先生は俺の正体を知らないけど、「学校長の許可が下りているなら」って承諾してくれたし。
 父さんのおかげで、許可取りは大変スムーズでした。
 事前に連絡しておいて本当に良かった。
 そんなことを考えていると、ライラが手をたたき、ソファに座っていた俺たちの視線を集める。

「さて、許可をもらえたことだし、どんな変装にするか本格的に決めましょう!」

 変装実行委員長は、やる気満々だ。
 そんなライラに向かって、俺は手を挙げる。

「ボイド先生から、カツラのサンプルをもらってきたよ」

 俺は鞄から小さなカツラを三つ取り出し、テーブルの上に置いた。
 ボイド先生と一緒に制作した、試作品である。
 とりあえず、手のひらサイズの部分ウィッグを作ってもらい、色が決まったらフルウィッグを作ってもらう予定だ。

「うぉぉ、すげぇ! 本当に裏地が網目になってんだな!」
「本物の髪の毛みたい。毛の流れが違うのね!」

 レイとライラは興味津々しんしんで、カツラの一つを手に取って観察している。

「通気性はもちろんのこと、不自然に見えないように、毛の付け方にもこだわったんだ。かぶるときには、クリップをつけて、外れないように固定する予定だよ」

 俺の説明を聞き、アリスとカイルが感嘆の声を漏らす。

「だから、こんなに自然なのね。すごいわ」
「これをつけていたら、絶対にカツラだってわからないと思います」

 トーマとレイとライラは感心した様子で頷いている。

「クリップで留めれば安定感が出るのもいいよね」
「網状だから、軽いしな!」
「画期的なアイデアよね。これはもう革命よ!」

 手放しの賛辞を送ってくる友人たちに、俺は微笑む。
 皮や布に毛を植えつけたり、ボンネットに毛を縫いつけたりするカツラしか知らない皆にしたら、画期的にうつるだろうなぁ。

「これを作れたのは、全部ボイド先生のおかげだよ。僕がアイデアを出したって、実行できる技術力がなきゃ、絶対にできなかったもん。急なお願いなのに、こころよく引き受けてくれて助かったよ」

 教師でもあり、発明家でもあるボイド先生は、常にいろいろな発明に取り組んでいる。
 他に抱えている発明品があったみたいなのに、カツラの話をしたら「面白そうだ!」と手伝ってくれたのだ。
 ちなみに、商品化を視野に入れて、ボイド先生には『カツラ開発はグレスハート王国国王から頼まれた依頼だ』と説明している。
 カツラの特許権を俺とボイド先生ではなく、グレスハート王国とボイド先生で共有するためだ。
 国王が平民の俺をかいして依頼を出してきたことを、ボイド先生に不審に思われないか心配だったけど……。
 俺は表向き、グレスハート王国の援助を受けている留学生だからね。
 意外とすんなり信じてもらえた。
 まぁ、誰が依頼を持ってきたというよりも、アイデアへの興味がまさっただけかもしれないけど。
 ボイド先生は発明に貪欲どんよくだからなぁ。
 喜々としてカツラ制作にはげむボイド先生の姿を思い出して、俺は小さく笑った。
 すると、カツラを観察していたライラが、ブツブツと独り言をこぼす。

「これだけの品質のものを作るには、かなりの技術力が必要だわ。つまり、腕利うでききの職人でないとダメよね。ってことは、量産は難しいかぁ。フィット感を重視するなら、どのみちオーダーメイドのほうがいいだろうけど……。オーダーメイドは高額になるけど、これだけ自然な髪に見えるんだもの。絶対に欲しがる人がいるに違いないわ。ふふ……ふふふ……ふふふふふ」

 手で口元を押さえているが、不気味な笑いが指の隙間すきまからこぼれている。
 レイは顔を引きつらせながら、ライラの肩をポンと叩いた。

「おい。ライラ、落ち着け。また目が、ダイルコインになってるぞ」

 ライラは商売のことになると、われを失う時があるんだよなぁ。
 俺は少し不安になって、ライラに言う。

「あの、一応言っておくけど……。契約は、父さまにカツラの完成品を送って、売り出せるかきちんと判断してもらってからだからね?」 

 どんなに素晴らしい品であっても、商品として売り出すには工場や職人や材料の確保が必須ひっす。全ての要素が揃い、ようやく商品として市場におろせるのだ。
 中途半端な計画では、たとえ発売することはできてもすぐに立ちかなくなる。
 すると、ライラはみなまで言うなという顔で頷いた。

「フィル君の心配はよくわかっているし、許可が下りるまでちゃんと待つわ。でも、妄想もうそうはさせてちょうだい! 頭の中でいろいろ計画しちゃうのは、もう商売人のさがなの!」

 クッと唇を噛むライラに、レイが呆れる。

「……難儀なんぎな性だな」

 ライラは俺に向かって、にっこり笑った。

「待つつもりではあるけど、もし国王陛下が準備に困っていたら言ってね。うちの知り合いの腕利きカツラ職人たちをいつでもご紹介するし、必要な材料も格安で納品するから」

 任せろとばかりに、ライラは自分の胸を叩いた。
 そんなライラを見て、レイが呆気にとられた顔をする。

「何が待つだ! カツラを作らせる気満々じゃねぇか!」
「手伝って商品化したら、優先的に契約を結ばせてもらう気だろう」

 カイルが指摘すると、ライラは肩をすくめた。

「あくまでも、そうなったらいいなっていう希望よ。お手伝いを申し出ても、断られる可能性は充分あるわ。マティアス国王陛下もアルフォンス皇太子殿下も優秀な方々だから、うちの商会の手を借りなくても大丈夫そうだし」

 確かに、うちの父さんとアルフォンス兄さんなら、いざとなれば自分でどうにかしちゃうだろうなぁ。
 俺が知らないコネもいっぱい持っているだろうし、ライラの言う通り、とても優秀な人たちだからね。
 俺はクスッと笑って、ライラに言う。

「ありがたい申し出だとは思うから、この件は伝えておくよ。ただ、父さまたちが受けるかは保証できないけど」

 ライラはパアッと顔をほころばせ、俺に向かっていのるポーズをした。

「ありがとう、フィル君! 充分ですっ!」

 アリスはそんなライラに苦笑して、それから俺たちを見回した。

「さあ、ライラが落ち着いたところで、変装のお話を進めましょう」

 俺たちが「そうだった」と居ずまいを正すと、アリスはテーブルの上に置かれたサンプルを指さす。

「フィル、カツラの髪色は、この三つのどれかにするの?」 

 持ってきたサンプルは、ライトブラウンとダークブラウン、黒の三色だ。


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