転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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第32章~転生王子と聖なる髪の少年

お客様来店

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 「「「「いらっしゃいませ」」」」
 俺たちが声を揃えて言うと、その扉の低い位置から、ぴょこぴょこっと二つの顔が飛び出す。
 「あれ、セインとタイン?」
 顔を出したのは、セイン・オルトとタイン・オルトという双子の男の子。
 初等部に通うユーリ・オルトの弟たちだ。
 彼らの家はステアで農園を営んでおり、フルーツを買いたい時によくお世話になっている。
 頭だけ出した二人は、カウンターにいる俺とカイルを見つけてニパッと笑う。
 「フィル兄ちゃんいたぁ!」
 「カイル兄ちゃんもだ!」
 嬉しそうに俺たちを指をさし、ドタドタと店内に入ってくる。
 俺をジーッと見つめた双子は、顔を見合わせて「ニシシ」と笑い合う。
 「聞いてたとおり、髪黒いね!タイン」
 「うん、本当だったな。セイン」
 聞いていた通り?
 誰に聞いたんだろ。もしかして、ユーリかな?
 中等部二年の商学体験学習は、学校でも話題になっているから、初等部のユーリが知っていても不思議ではない。
 でも、黒髪の変装をするって言うのは、同級生くらいしか教えていない。
 それに、俺たちがどのお店で体験学習しているかまでは、わからないはずなんだけど……。
 俺が首を捻っていると、セインとタインが俺の前にやって来た。
 背伸びをしてカウンターから顔半分を出す姿は、もぐらの子のようで可愛い。
 俺は優しく微笑み、二人に尋ねる。
 「二人だけで来たの?メイサさんは?」
 メイサさんとはユーリと双子の、お母さんである。
 ユーリは学校だろうし、まさか小さいのに二人だけってことはないよな。
 すると、双子は元気よく声を揃えて言う。
 「「一緒だよ!」」
 双子が振り返ると、ちょうど扉が開いてメイサさんが現れた。
 「もう、セインとタインったら。お店が見えた途端に、走り出すんだから」
 慌てて追いかけて来たのか、少し息が上がり、頬が紅潮している。
 以前は、季節の変わり目などに体調を崩していたようだが、薬湯のマクリナ茶を飲むようになって、少しずつ体質が改善してきていると聞いている。
 俺が全然街に来られなかったから、会うのは久しぶりだけど、顔色を見ると体調は良さそうだ。
 店内に入ってきたメイサさんは、双子の前に立つ。
 「セイン、タイン。お店に入る時は母さんと一緒にって約束していたわよね?」
 声のトーンは静かだったが、怒っているのがわかる。
 双子もそれを察知したようで、慌ててメイサさんの足に抱きついた。
 「「ごめんなさぁい」」
 謝る双子にメイサさんは息を吐くと、ニコさんに向かって頭を下げた。
 「おはようございます、ニコさん。すみません。私が来るまでの間に、うちの子たちが何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
 心配そうに顔を窺うメイサさんに、ニコさんは手を左右に振る。
 「いえいえ、大丈夫ですよ。いらっしゃいませ、メイサさん」
 あ、そうだ。お出迎えの挨拶をしないと。
 俺とカイルとマシューも、揃って挨拶をする。
 「「「いらっしゃいませ」」」
 メイサさんは微笑ましげに、俺たちを見つめる。
 「まぁ、今日は可愛い店員さんがいっぱいね。フィル君もカイル君も、その格好とても似合うわ」
 そんなお母さん目線で微笑まれると、何か照れる。
 まるで授業参観をされている気分だ。少しそわそわする。
 俺たちのことをどこで聞いてきたのかは気になるが、まずは接客をしないと。
 俺は姿勢を正して、メイサさんに尋ねる。
 「本日はお買い物でいらしたんですか?それとも、メンテナンスに?」
 ニコさんのお店は販売だけでなく、アフターサービスとして購入した商品のメンテナンスも行なっている。
 とくに包丁は、どんなに優れたものでも、研ぎを失敗すれば切れ味が悪くなるからね。
 すると、メイサさんが答える前に、セインとタインがカウンターをペシペシと叩いて言う。
 「違うよ!今日はハサミ~!」
 「ニコおじちゃんに教えにきたんだぁ!」
 それを聞いて、俺は首を傾げる。
 「ハサミ?教える?」
 在庫数を見てもわかるように、ニコさんのお店では数は少ないけどハサミを取り扱っている。
 だけど、ニコさんに教えるとは?
 俺がニコさんを見上げて答えを求めると、ニコさんは微笑んだ。
 「実は、剪定用のハサミを作ろうと思ってね。メイサさんにお願いして、使い心地を試して貰っているんだよ」
 「あぁ、剪定用のハサミですか」
 お店で扱っているのは、布を切るような裁ちバサミ。
 剪定用のハサミとは物が違う。
 メイサさんは農園だから、小枝の剪定やフルーツを収穫する時に必要だもんね。
 メイサさんはカバンから、革ケースに入ったハサミを取り出した。
 マシューはそのハサミを興味深げに観察する。
 「バネがついているハサミなんですね。初めて見ました」
 前世では似たようなものはあったが、この世界では初めて見る形かもしれない。
 興味を持ってもらって嬉しくなったのか、ニコさんは笑顔で説明を始める。
 「細い枝も切れるハサミなんだよ。収穫ナイフだとスパッと切れないし、のこぎりは細かいところに不向きだから、ハサミを改良しようかなって。普通のハサミだと力が必要だけど、このバネをつけたことで楽に切れるんだ」
 「このハサミはとても良かったですわ。力のないユーリや私でも、楽に使えましたもの」
 メイサさんの感想に、ニコさんの顔が輝く。
 「わー!それは良かったです!さらに刃を替えた改良版があるので、そちらも試してみていただけませんか?今、持ってきますので!」
 ニコさんは早歩きで裏口へ向かい、出る直前で足を止めてこちらを振り返る。
 「ごめん、僕が帰るまでの店番をよろしく!」
 それだけを言い残して、出て行ってしまった。
 あっという間の出来事に、俺とカイルは呆気にとられる。
 ただ、マシューやメイサさんは慣れているようだった。
 「ニコ兄さんも師匠と同じで、一直線な性格なんですよねぇ」
 「ニコさんが一人の時は、いつも私たちだけお店に残して行っちゃうのよ。信頼してくれているのだと思うけど、不用心よねぇ」
 二人はそう言って、クスクスと笑う。
 「戻ってくるまで、皆でお話をして待ちましょうか」
 メイサさんの提案に、セインとタインは「はーい」と手を挙げ、俺とカイルとマシューは頷く。
 「そう言えば、僕らが体験学習をやっていることを知っているみたいでしたが、ユーリから聞いたんですか?」
 気になっていたことを尋ねると、メイサさんは「うふふ」と笑う。
 「そうよ。中等部の生徒が職業体験するって言うから、お買い物ついでに様子を見られたらなぁって思って市場に来たの」
 「しかし、誰がどの店で体験学習に参加しているかや、フィル様が黒髪になっていることなどは、同級生くらいしか知らないと思うんですが……。ユーリはどこで聞いたんですかね?」
 カイルも俺と同じことを疑問に思っていたようだ。尋ねると、メイサさんは首をゆるく横に振る。
 「それに関しては、ユーリから聞いたんじゃないわ。お弁当を買いに行った時に、たまたまレイ君に会って、そこで聞いたのよ」
 セインとタインは大きく手を挙げて言う。
 「ここに来る前、レイ兄ちゃんに会ったの!」
 「お弁当売ってた!」
 なるほど、情報源はレイからだったか。
 ようやく合点がいった。
 「来る前に眠そうにしていたんですけど、大丈夫でしたか?」
 カイルの質問は、俺も心配なところである。
 別れ際は神妙な顔をしていたけど、何かの拍子に気が緩まないとも限らない。
 「レイ君も、とても頑張っていたわよ。通りの人に声をかけて、いつも以上にお客さんが来ていたわ」
 「え、ほ……本当ですか?」
 「レイも真面目にやっているんですね」
 俺たちの言葉を聞いたらレイが怒りそうだが、友人である俺たちはレイが調子に乗りやすい性格であることもよくわかっているのだ。
 「本当よ。惣菜店のご主人が、またお手伝いに来て欲しいって言っているのを聞いたもの」
 メイサさんの話にセインとタインは頷いて、身振り手振りをつけながら言う。
 「おキレイですねって言われて、みんな喜んでた!」
 「母さんもお嬢さまっていわれて、いっぱい買っちゃったんだ!」
 ……なんですと?
 俺とカイルがメイサさんを見ると、彼女は頬に手をあて恥ずかしそうに目を伏せる。
 「お世辞とわかっていても、嬉しいのよね。お弁当だけにしようと思っていたのに、お惣菜も買っちゃったの」
 メイサさんはそう言って、膨らんでいる手提げを見下ろした。
 レイは女性にお世辞は言わない。全て本心から言っている。
 だからトラブルも多いのだが、今回はそのレイの褒め上手が呼び込みの役に立ったようだ。
 「まぁ、真面目に頑張っているならいいか」
 「そうですね」
 俺とカイルはそう納得することにしたのだった。
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