転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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第32章~転生王子と聖なる髪の少年

カツラいろいろ

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 それから五日後。俺たちは再び、寮の裏手にある小屋に訪れていた。
 ニコさんのお店の体験学習をさせてもらうことが決まったので、それに向けて変装の衣装を選ぶことになったのだ。
 変装できるようになったのも、父さんのおかげだよなぁ。
 アリスたちに勧められ、あの後すぐに父さんに手紙で連絡を取ったんだよね。
 俺の現状を話すと、父さんも変装したほうがいいって言ってくれた。
 しかも、『危機対策を考えて偉い』って、褒められちゃったよ。
 まぁ、その褒め言葉の後に『フィルは対策をとっても巻き込まれるんだから、細心の注意を払うんだぞ!』という注意も一緒に添えられていたけども。
 本当にうちの父さんは、心配性である。
 ともあれ、父さんが学校長に連絡をとってくれたので、体験学習中に変装して参加してもいいという学校長の許可ももらえた。
 学校長はここステアで、俺の正体がグレスハート王国の第三王子だと知る、数少ない人物だ。
 そんな俺の立場や、巻き込まれ体質という俺の事情もわかってくれているので、今回の変装対策を許可してくれたんだろうな。
 商学担当教諭のトラス・カウル先生は俺の正体を知らないけど、学校長の許可がおりているならって承諾してくれたし。
 父さんのおかげで、許可取りが大変スムーズでした。
 事前に連絡しておいて本当に良かった。
 そんなことを考えていると、ライラが手を鳴らして、ソファに座っていた俺たちの視線を集める。
 「さて、許可も貰えたことだし、本格的にどんな変装にするか決めましょう!」
 変装実行委員長は、やる気満々だ。
 そんなライラに向かって、俺は手を挙げる。
 「ボイド先生から、カツラのサンプルをもらってきたよ」
 俺はそう言って、カバンからサンプルの小さなカツラを三つ取り出す。
 ボイド先生と一緒に制作した、サンプル品である。
 とりあえず、手の平サイズの部分ウィッグを作ってもらい、色が決まったらフルウィッグを作ってもらう予定だ。
 「うぉぉ、すげぇ!本当に裏が網になってんだな!」
 「本物の毛みたいに、毛の流れが違うのね!」
 レイとライラは興味津々に、カツラを手に取って観察する。
 「通気性はもちろんのこと、不自然にならないように、毛の付け方にもこだわったんだ。それから、クリップをつけて、外れないようにする予定だよ」
 俺の説明に、アリスとカイルは感嘆の声を漏らす。
 「だから、こんなに自然なのね。すごいわ」
 「これをつけたら、絶対にカツラだってわからないと思います」
 トーマとレイとライラは感心した様子で頷いている。
 「クリップで安定感を出したのもいいよね」
 「網状だから、軽いしな!」
 「画期的なアイデアよね。これはもう革命よ!」
 皆からの手放しの賛辞に、俺は微笑む。
 この世界のカツラって、皮や布に毛を植え付けているタイプか、ボンネットに毛を縫い付けているタイプが主流だもんね。
 皆からしたら、画期的なカツラだろうなぁ。
 「これができたのは、全部ボイド先生のおかげだよ。アイデアを実行できる技術がなきゃ、絶対にできなかったもん。急なお願いなのに、快く引き受けてくれて助かったよ」
 教師でもあり、発明家でもあるボイド先生は、常にいろいろな発明に取り組んでいる。
 今も他に抱えている発明品があったみたいなのに、カツラの話をしたら「面白そうだ!」と引き受けてくれたのだ。
 ボイド先生も新しいアイデアに貪欲だから、作らずにいられなかったのかもしれないけど。
 喜々としてカツラ制作に励むボイド先生の姿を思い出して、俺は小さく笑った。
 すると、カツラを観察していたライラが、ブツブツと独り言を言い始めた。
 「これだけの品質のものを作るには、かなりの技術力が必要だわ。つまり、少なくとも腕利きの職人でないとダメよね。ってことは、量産は難しいかぁ。どのみちフィット感を重視するなら、オーダーメイドの方がいいんだろうし……。オーダーメイドは高額になるけど、これだけ自然な髪だもの。絶対に欲しい人がいるに違いないわ。ふふ……ふふふ……ふふふふふ」
 手で口元を押さえているが、不気味な笑いが隙間からこぼれ落ちている。
 レイは顔を引きつらながら、そんなライラの肩をポンと叩く。
 「おい、ライラ落ち着け。また目が、ダイルコインになってるぞ」
 ライラは商売のことになると、我を失う時があるんだよなぁ。
 俺は少し不安になって、ライラに言う。
 「あの、一応言っておくけど……。カツラの契約は、父さまにカツラの完成品を送って、売り出せるか判断してもらってからだからね?」
 どんなに素晴らしい品であっても、工場や職人や材料などがちゃんと確保出来て、ようやく商品として市場に出せるのだ。
 中途半端な状態では、たとえ発売することができてもすぐに立ち行かなくなる。
 すると、ライラは皆まで言うなという顔で頷く。
 「フィル君の心配はよくわかっているし、契約が解禁されるまでちゃんと待つわ。でも、妄想だけはさせてちょうだい!頭でいろいろ計画しちゃうのは、もう商売人の性なの!」
 クッと唇を噛むライラに、レイは呆れた顔をする。
 「……難儀な性だな」
 ライラは俺に向かって、にっこり笑う。
 「待つつもりではあるけど、もし国王陛下が制作の準備に困っていたら言ってね。うちの知り合いの腕利きカツラ職人たちをいつでもご紹介するし、必要な材料も格安で納品するから」
 任せろとばかりに、ライラは自分の胸を叩く。
 そんなライラに、レイは呆気にとられた顔をする。
 「なにが待つだ!絶対にカツラを作らせる気満々じゃねぇか!」
 「手伝って商品化したら、優先的に契約権をもらう気だろう」
 カイルの指摘に、ライラは肩を竦める。
 「あくまでも、そうなったらいいなっていう希望よ。お手伝いを断られる可能性は、充分あるわ。マティアス国王陛下やアルフォンス皇太子殿下は優秀な方々だから、うちの商会の手を借りなくても大丈夫そうだし」
 確かに、うちの父さんとアルフォンス兄さんなら、いざとなれば自分でどうにかしちゃうだろうなぁ。
 俺の知らないコネもいっぱい持っているし、とても優秀な人たちだからね。
 俺はクスッと笑って、ライラに言う。
 「いい話だとは思うから、お手伝いの話は伝えておくよ。ただ、父さまたちが受けるかは保証できないけど」
 ライラはぱぁっと顔をほころばせ、俺に向かって祈るポーズをする。
 「ありがとう、フィル君!充分ですっ!」
 アリスはそんなライラに苦笑して、それから俺たちを見回す。
 「さあ、ライラが落ち着いたところで、変装のお話を進めましょう」
 皆が「そうだった」と居ずまいを正したところで、アリスはテーブルの上に置かれたサンプルを指差す。
 「フィル、カツラの髪色は、この三つのどれかにする予定なの?」
 持ってきたサンプルの色は、ライトブラウンとダークブラウン、黒髪の三つだ。
 「そう、他の髪色も作れるみたいなんだけど、とりあえずこの三種類から選ぼうと思うんだ」
 トーマは相槌を打ちながら、カツラを見つめる。
 「この三色はグラント大陸で比較的多い髪色で、尚且つ落ち着いた色だもんね」
 ライラはサンプルを見つめ、小さくため息を吐く。
 「個人的には、金髪のフィル君が一番なんだけどなぁ」
 残念そうなライラに、アリスはクスクスと笑う。
 「仮装パーティーでフィルが金髪だった時、とても似合っていたものね」
 「そうそう。輝く金色がフィル君の頭を彩ると、神々しい美しさがあるのよ」
 しみじみと呟くライラに、レイはじとりと睨む。
 「神々しかったら、控えめ変装にならないだろうが」
 「そんなことわかってるわよ」
 ライラは少し唇を尖らせ、それからダークブラウンのサンプルを手に取った。
 「控えめ変装なら、この暗めの茶髪かしらねぇ」
 そう言いながら、俺の頭にサンプルをあてる。
 「落ち着いた知的な印象ね。小型の茶フクロウみたいで可愛いわ」
 アリスが小さく拍手する。
 「僕は明るい茶髪の方がいいと思うな。赤みがあって、僕の髪に少し似てる!」
 トーマはそう言って、テーブルからライトブラウンのサンプルを取り、俺の頭にあてる。
 「子リスみたいに可愛い。こちらも捨てがたいわ」
 アリスは「むむむ」と困り眉で唸る。
 必ず小動物に喩えるのは、いったいなんなんだろう
 アリスは俺のことが、小動物かなにかに見えているのだろうか。
 すると、カイルがテーブルから黒髪のサンプルを手に取り、俺の頭にあてる。
 「フィル様!変装ならば、俺は黒髪をおすすめします!フィル様にとても似合うと思います!」
 グッと顔を寄せて、俺に黒髪サンプルをすすめる。
 な、何故。そんなに熱く、黒髪を推すのか。
 俺が困惑していると、レイがジッとカイルを見つめて言う。
 「カイル、自分と同じ髪色にして欲しくて黒髪をすすめてないか?」
 「え、そうなの?」
 俺が尋ねると、カイルはコホンと咳払いをして、サンプルをテーブルに戻す。
 「そんなことはありません。聖なる髪色と、正反対の印象を与えるのは黒髪です。変装の主旨に一番合っているからおすすめしたんです」
 そう説明するカイルの頬は、ほんのり赤かった。
 説明の内容も間違いではないのだろうが、レイの指摘もあながち的外れじゃなさそうだ。
 「わかるわ。私も同じ黒髪だから、嬉しいもの」
 カイルが否定したにもかかわらず、アリスは強く共感している。
 レイは俺を見て眉を寄せ、低く唸る。
 「ん~、そう言われると、銀髪から黒って印象がガラッと変わるよな」
 「黒髪のフィル君も見てみたいかも」
 「そうだね。フィルに似合いそう」
 ライラとトーマからも賛同を得ると、カイルが期待に輝く表情を俺に向ける。
 ……そんなにおすすめしたいのか。
 まぁ、俺も元日本人として、黒が一番落ち着くなって思っていたからな。
 「じゃあ、ボイド先生に黒髪のカツラを作ってもらおう」
 俺が微笑むと、カイルはヨシッとガッツポーズを作った。
 
 
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