転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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15巻

15-3

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「トーマ君のグレスハート滞在を許可していただけたので、ちゃんとご挨拶をしようと思いまして」 
「礼儀正しい子なんだね。こちらもトーマがお世話になるから、挨拶ができたらと思っていたんだ。迎えに来るまで、うちのトーマをどうぞよろしくね」

 そう言って、ロブさんはにこにこと俺たちを見回す。
 ロブさんは今回再受注された物を、何日か後にまた納品しに来るそうだ。

「宿泊場所に関しては、ご安心ください」

 ライラがポンと胸を叩き、続いて俺が真面目な顔で言う。

「トーマ君のことは責任をもって、うちの国で預かります」
「うちの国かぁ。頼もしいなぁ」

 子供にしては言い方が大げさだと感じたのか、ロブさんは可笑おかしそうに笑う。
 こんなほがらかな顔のロブさんに告白するのは、勇気がいるけど……。
 俺は小さく息を吸い、意を決して話し始める。

「実は……ロブさんが出立しゅったつする前に、話さなきゃいけないことがあるんです」
「ん? 話さなきゃいけないこと?」

 ロブさんはきょとんとした顔で首を傾げ、俺の深刻そうな顔にハッと息をむ。

「もしかして、うちのトーマが何かやらかした? うちの子、動物に夢中になると周りが見えないって言うか。昨日も兵士に捕まったって宿屋で聞いて、心臓が止まりそうになったんだよ」

 まぁ、現場を発見した俺たちも、あの葉っぱ人間には度肝どぎもを抜かれたからね。
 息子がそんなことをしていたと知ったら、心臓が止まりかけても無理はない。

「グレスハートに来る道中、何か草でんでるなぁとは思ったんだけど、まさかグイルス狼除けのみのだと思わなくて。もしかして、改めて捕まるなんてことは……」

 しゃべりながらみるみる青くなっていくロブさんに、俺は首を横に振る。

「違います。違います。捕まりません」
「そうだよ、お父さん。シーアの草を分けたら兵士の人も喜んでくれて、仲良くなったんだから」

 トーマは言うが、その言葉はロブさんを安心させるものではなかった。
 のほほんとした息子の肩を掴み、真剣な顔で言う。

「いいか、トーマ。草をあげて許してくれるくらいなら、牢屋なんか必要ないんだぞ! 今回は運が良かっただけだ!」

 まぁ、そりゃ、そうだよね。
 草で免除されていたら、法などあってないようなもの。悪人が野に放たれ放題である。

「トーマのお父さんも、心配が尽きないだろうな……」

 カイルの同情めいた呟きに、レイが反応する。

「″も″って、誰と比べてんだ? もしかして、フィルか? カイルもフィルのこと、心配してばかりだもんな」

 チラッと俺を見るレイに、カイルはため息を吐いた。

「俺もそうだが、それ以上にフィル様のお父上のほうが、いろいろと気苦労が絶えないと思う」

 カイルの言葉にスケさんやカクさんが、しみじみと呟く。

「昨日お見かけしたら、お疲れなご様子でいらっしゃったな」
「フィル様に驚かされることが多いですからね」

 その言葉を聞いて、レイとライラが「あぁ」と声をらした。

「俺も毎回驚いているもんなぁ」
「お会いしていないけれど、心中お察しするわ」

 ……そんなに共感する人がいたら、反論できないじゃん。
 まぁ、自覚はあるから、それがなくても反論しにくいんだけどさ。

「本当に捕まらないってば。反省を示したら許してくれたんだから」

 困り顔のトーマに、ロブさんは未だ不安そうだ。

「だけどなぁ。怪しまれていたらどうする。なんだか残していくのが心配になってきたなぁ」

 俺はそんなロブさんに、そっと声をかける。

「あの、本当に違うんです。ロブさんに話したいことは、トーマ君のことではなく、僕の身分に関する話でして……」
「え? フィル君の身分?」

 トーマの肩をつかんでいたロブさんは振り返り、目をまたたかせて俺を見る。

「実は僕、学校に平民としてかよっているのですが……。本当は、平民ではないんです」
「ち、違う? まさかフィル君……様も、貴族のご子息とか?」

 ロブさんは、チラッとレイに視線を向ける。
 どうやらレイも、ロブさんに自分の家のことを話したらしい。
 俺は意を決して口を開く。

「本当の名前は、フィル・グレスハートです」
「……へ?」

 聞き返すロブさんに、スケさんとカクさんがペコリとお辞儀する。

「グレスハート王国第三王子、フィル・グレスハート殿下です」
「そして我々は、フィル殿下の傍付そばつきの護衛です」
「昨日、偶然トーマ君にバレてしまいまして……。ならば、保護者であるロブさんにも、お話しすべきかと思いました」

 俺がそう言いながら顔を窺うと、ロブさんはポカンと口を開けたまま固まっていた。
 しばらくすると、油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと動き出し、トーマに視線を向ける。

「フィル殿下……?」

 その質問に、トーマはあっさりと頷いた。

「うん、そう。フィルって、グレスハートの王子様なんだって。すごいよねぇ」

 明るい返答に、ロブさんは、戸惑いながら言う。

「お、王子様なんだってって……。すごい。すごいけども。トーマ、そんなのほほんと……。じゃあ、本当に王子殿下で……?」

 困惑しつつそう言ったロブさんは、突然雷に打たれたように体を震わせた。

「そうだ! トーマ! 呼び捨て! 不敬罪!」

 トーマが俺を呼び捨てにしているのが、不敬罪に当たると考えたらしい。
 青い顔で慌てるロブさんに、俺は言う。

「いえ、いつも通りに接してほしいとお願いしているんです。ロブさんもどうぞ今まで通りに接していただけると嬉しいです」

 微笑む俺に、ロブさんはブルブルと首を横に振る。

「そ、そういうわけにはいきません! あぁ、息子の友人に伯爵家のご子息がいらっしゃると聞いて驚いていたのに。グレスハートの王子殿下まで……」

 ロブさんはブツブツと呟いて、頭を抱える。
 どうやら、受け止めきれる容量を超えてしまったようだ。

「俺の家のこと教えた時も思ったけど、トーマのお父さんにしては常識人だよな」

 レイがボソッと言うと、トーマは眉を寄せる。

「僕が非常識ってこと?」
「というか、トーマは『まぁいいか』ってなんでも受け入れすぎるからさぁ」
「トーマ君はふところが大きいのよ」

 アリスは微笑み、俺やカイルは頷く。

「そういう性格に救われているよね」
「そうですね。空気がなごみます」
「えぇ~、そう思ってくれていたの? 嬉しい。ありがとう~」

 のほほんと言うトーマに、俺たちは「これこれ」と笑い合う。
 そんな俺たちを、ロブさんは呆気にとられた顔で見回す。

「……トーマ、本当に皆さんと仲が良いんだなぁ」
「うん!」

 満面の笑みで返すトーマに、ロブさんは息を吐き、俺に向かって深々とお辞儀をする。

「どうぞこれからも息子と仲良くしてください」
「こちらこそ! どうぞよろしくお願いします。それから、驚かせてしまってすみません」

 俺がお辞儀を返すと、ロブさんは慌てる。

「頭をお上げください。確かにとても驚きましたが、身分を超えてトーマに素晴らしい友人ができたことを心より嬉しく思います」

 そう話すロブさんに向かって、スケさんとカクさんが言う。

「まことに勝手ながら、このことはご家族以外には話さないでいただけますか?」
「フィル様は注目を浴びることを好みません。お父上であらせられる陛下も、その気持ちを尊重したいと考えておりまして」

 スケさんとカクさんの言葉に、ロブさんは深く頷く。

「そうですよね。もちろん話しません。グレスハートには御恩ごおんがありますから! それをあだで返すことはしません」
「御恩?」

 俺が聞き返すと、ロブさんはコクコクと頷いた。

「はい。日干し王子様効果と申しますか、グレスハートの商店が活性化したおかげで、うちの金物商品の売れ行きも良くて。お兄様には本当にお世話に……」
「あ、違います。日干し王子は……僕です」

 俺はそろりと、小さく手を挙げる。
 アルフォンス兄さんはなんでもできるから、日干し王子もそうだろうって思う人が多いみたいなんだよね。訂正するのは恥ずかしいが、もともと言おうと思っていたし……。
 ロブさんの顔を窺うと、はと豆鉄砲まめでっぽうを食ったような目で俺を見ていた。

「ボク……? あの日干し王子印の?」
「はい。僕です」

 頷く俺の横腹を、レイがつつく。

「言っちゃっていいのか?」
「うん。父さまに許可もらったから。レイたちのご両親にも、挨拶の時に話すつもりだよ」
「それならいいんだが……。しかし、トーマのお父さん大丈夫かな」

 そう呟いて、レイはロブさんを見上げる。

「え?」

 振り返ると、ロブさんは「ぼく……僕? ……ボク」と呟きながら首を捻っていた。

「理解が追いついてないみたいですね」

 カイルの言葉に、トーマが「あ……」と声を漏らす。

「そう言えば、お父さん。いろんな商品を考案する日干し王子を尊敬しているっていうか、憧れているみたいなんだよね」
「え!?」

 聞いてないんですけど!

「商人や職人はそういう人多いわよ?」
「憧れの人物が息子と同い年じゃ、理解が追いつかないのも仕方ないよな」

 ライラやレイが言い、アリスは心配そうに未だ首を傾げるロブさんを見つめる。

「帰り道、平気かしら」

 確かに、この状態で帰すのは不安かも。

「……クーベルに着くまで、ヒスイに姿を消してついてってもらうよ」


   ◇ ◇ ◇


「お父さん、またねぇ!」

 クーベル国へ帰るロブさんの背に向かって、トーマは大きく手を振る。
 ロブさんは心配そうな顔で、こちらを振り返った。

「トーマ、くれぐれも皆さんにご迷惑をおかけするんじゃないぞぉ~!」

 その言葉、何回聞いただろう。

「フィルの正体を知って、トーマを置いていくのが一層心配になったんだろうなぁ」
「何度も後ろ振り返って、ああ言っているものねぇ」

 レイとライラが気の毒そうに、ロブさんを見つめる。

「もう、心配性なんだから。大丈夫だよぉ! お父さんも気をつけてねぇ!」

 トーマがそう言ったタイミングで、ロブさんが何かにつまずいてよろめく。
 慌てて体勢を立て直したロブさんは、照れた様子で頭を掻いた。
 ……トーマのお父さん、山越え大丈夫かな。
 一応、ヒスイにお願いして、国に帰るまで見守ってもらうことにしたけど、心配だ。
 そうしてロブさんの姿が見えなくなった頃、俺はレイたちに向かって言った。

「じゃあ、そろそろ移動しようか」

 歩き出した俺に、レイはウキウキしながらついてくる。

「いよいよ、グレスハート観光だな! これから、どこを案内してくれるんだ?」

 ライラもあとに続きながら、俺に尋ねる。

「学校の子に会うかもしれないから、街中は避けたほうがいいのよね?」
「あ、うん。なるべく目立たないところに行こうかなって。まずは、タルソ村に行こうと思ってるよ」
「もうすぐ山神やまがみ様のお祭りがあるのよね」

 アリスの言葉に、俺は頷く。
 タルソ村は、グレスハートの北東にある小さな村だ。
 山神信仰のある村で、一年に一度のこの時期、山神様へ供物くもつささげるお祭りが数日にわたり行われる。お祭り初日は明後日だ。

「今年はいろんなことをやるから、お祭り前に見てもらいたいんだって」

 祭りの準備期間中は観光客が入れないようになっているから、人目を気にしないで村を見て回れる。
 レイはぶんぶんと大きく腕を振る。

「うぉー、楽しみ! 祭り前に見学できるって、なんか特別感あるよな」
「僕、タルソ村に行きたいと思っていたんだ。フィルが案内してくれるなんて嬉しい」
「私も行きたかったから、ありがたいわ」

 嬉しそうなトーマとライラを見て、浮かれていたレイが振っていた腕を止める。

「なんだ? そんなに有名な村なのか?」
「うん! 村の洞窟どうくつに、大きなノビトカゲがんでいるんだよ。山神様の御使みつかい様って呼ばれている、こーんなに大きなノビトカゲが!」

 大きく手を広げるトーマに、レイは顔をしかめた。

「お、大きなノビトカゲ? 嘘だろ? ノビトカゲって普通、手のひらサイズじゃないか」

 ライラは口元に手を当てて、「うふふ」と笑う。

「それが、嘘じゃないのよ。ノビトカゲ様は特別に大きいの。タルソ村ではノビトカゲの脱皮した皮でいろいろ商品を出してるんだけど、ノビトカゲ様の皮は普通より大きくて分厚くて丈夫なのよ。まさに最上級品! 一度近くで、ノビトカゲ様の皮を見てみたいと思っていたのよねぇ」

 そう言って、ライラはうっとりとした顔をする。
 トーマが喜ぶのは想定内だったが、ライラがここまで喜ぶとは思わなかったな。
 どちらかというと、本体というより脱皮後の皮に興味があるみたいだけど。

「ノビトカゲ様? そ、そんなに大きいのか?」

 おそるおそる尋ねるレイに、トーマは笑顔で頷く。

「あまりに大きくて、初めはノビトカゲじゃなくて、竜と間違われたって話だよ。ノビトカゲは脱皮するたびに大きくなるから、とっても長生きなんだろうなぁ」

 前世と比べると変わった生き物が多いこの世界でも、竜は架空の生き物だ。物語の中にしか出てこない。
 それなのに山神様の祭壇のある洞窟に竜が現れたって、発見当初は大騒動になったんだよね。
 今は山神様の御使い様という神聖な存在になったけれど。

「トーマ、竜事件のこと知ってるんだね」

 俺が感心すると、トーマはポンと胸を叩く。

「グレスハートに来る前に、生き物に関連することはいろいろ調べてきたからね」
「竜って……どれだけでかいんだよ」

 話を聞いて、レイはますます顔をこわばらせる。カイルが、そんなレイの肩を叩く。

「安心しろ。普通のノビトカゲよりははるかに大きいが、物語で語られる竜ほどではないから」
「見たことあるのか!?」

 目を見開くレイに、スケさんが笑って自分たちを指さす。

「見たも何も、その竜事件を解決したのは、フィル様とカイルと我々ですからね」
「えっ‼ そうなの!?」

 トーマは驚き、レイは俺に視線を向けてゴクリとのどを鳴らす。

「……本当に事件あるところに、フィルの姿ありだな」

 不吉の象徴みたいに言わないでくれるかな。

「僕だって事件に遭遇したくはないんだよ」

 そもそも洞窟探索に関しては、俺自身は決して乗り気じゃなかった。
 竜の話を聞いたコクヨウが興味を示してしまい、仕方なく様子を見に行くことになったんだよね。
 婚姻式もあるし、今回は事件が起こらないといいなぁ。
 そう祈りつつ、しばらく歩いていくと、タルソ村の近くまでやって来た。

「あ、大きい門が見えてきた! あれが、タルソ村か?」

 レイが前方を指さしながら、俺に尋ねる。

「……大きい門?」

 門はあったけど、そんなに大きかったっけ?
 そう思って見やると、村の入り口に『山神様の御使い様、ノビトカゲ様のいらっしゃる村・タルソ村』と書かれた、木製のアーチ状の門が立っていた。

「いつの間にあんなに立派な門を……」
「ノビトカゲの像までありますね」

 カイルに言われて目を向けると、門の両側に一メートルほどの大きさの木彫りのノビトカゲ像があった。
 本当だ。門の上部に気を取られていて、気づくのが遅れた。
 それにしても、あのノビトカゲの像……。

「可愛いらしいノビトカゲの像ね」

 アリスの言うように、ノビトカゲの像は丸みがあり、可愛い顔をしていた。
 マスコットキャラクターのような愛らしさがある。

「可愛いけど、ノビトカゲの特徴である模様はしっかり再現されているね」
「へぇ、像に『ようこそタルソ村へ』って看板を持たせてるのか」
「可愛くて親しみがあるわぁ」

 トーマとレイとライラが、像を眺めながら感心する。
 すると、スケさんとカクさんは笑いをこらえつつ教えてくれた。

「あの像はノビトカゲちゃんっていうそうですよ。半年前くらいに村の皆で作ったそうです」
「ノビトカゲ製品のおかげで、村もかなりうるおいましたので」

 ノビトカゲちゃん……。
 特産のなかったタルソ村が豊かになったのは、ノビトカゲの皮を利用した商品のおかげだ。
 しかし、まさかマスコットキャラクターまで作っているとは……。
 いや、村おこし戦略としては、マスコットキャラクターは必要か。
 それだけ村に余裕ができたのは、国としては喜ばしいよね。
 実際ライラたちも、親しみを感じているみたいだし。


 村の入り口まで来ると、門の内側にノビトカゲちゃん帽子をかぶった村人が数人立っていた。
 タルソ村の人たちには、友人を連れて訪問するむねは事前に伝えている。
 彼らは俺たちに気がつき、帽子を取ると満面の笑みで出迎えてくれた。

「「フィル様、ご友人の皆様、ようこそいらっしゃいました!」」
「こんにちは。お祭りの準備で忙しいのに出迎えてくれてありがとう」

 俺がお礼を伝えると、村人たちはニコニコと笑って、村の中へと誘う。

「いえ! 祭りの準備はだいたい終わっておりますので」
「ぜひ見ていってください」

 去年よりも村の中が活気にあふれているのを感じる。

「今回のお祭りは楽しいものになりそうだね」
「ありがとうございます。全てはノビトカゲ様のおかげです」
「今年の飾り付けは、伝統を大事にしつつノビトカゲ様への感謝もこめました」

 説明に頷いて、俺たちは飾り付けられた村を見回す。
 なるほど。昔ながらの藁飾わらかざりの中に、ノビトカゲちゃんの飾りがあるのはそういうわけか。

「お祭りではノビトカゲちゃんの商品も売ったりするんですか?」

 ライラの質問に、村人はハキハキと答える。

「はい。通常とは違う、お祭り仕様のノビトカゲちゃん商品があります」
「この帽子もそうですよ」
「わぁ! 限定品ですか! 素晴らしいですね」

 村人の一人が被っている帽子を見て、ライラはパチパチと手を叩く。
 お祭りバージョンのノビトカゲちゃんか……。
 その前に、通常バージョンがあることも知らなかったけど。

「村長が洞窟の儀式を終えて村に帰ってくるまで、屋台を案内します」

 村人はそう言って、奥の屋台を手のひらで指した。
 村人が示した一角には、食べ物の屋台や商品の露店などが並んでいた。
 屋台のなべから湯気が立ちのぼり、こちらまでいいにおいが流れてきている。

「さっきからいい匂いがするなぁと思ったら、あそこからかぁ」

 レイは幸せそうに、クンクンと鼻を動かす。

「お祭り前なのに、もう屋台の準備ができているの?」

 祭り初日は明後日だよね。飾り付けを事前にやるのはわかるが、屋台の食べ物を作るのはさすがに早い気がする。
 俺が驚いて尋ねると、村人たちは照れた様子で頭を掻く。

「実は、フィル様がご友人を連れていらっしゃると聞いて、村人の皆がはりきってしまいまして」
「お祭り気分を、先取りしていただこうかと準備しました」
「え! 僕たちのためにわざわざ準備してくれたの? うわぁ、どうもありがとう!」

 俺が驚きつつお礼を言うと、村人たちは恐縮する。

「そんな、お礼を言われるほどではありませんよ」
「我々にとっても当日の練習になりますから」

 お祭りの準備で忙しかっただろうに……。
 村人たちの心遣いに、胸があたたかくなる。

「本当にありがとう。とても嬉しいよ」
「「ありがとうございます」」

 アリスたちも続いてお礼を言うと、村人は嬉しそうに微笑んだ。

「今回のお祭り用に開発した屋台料理や商品もありますので、お友だちの皆さんからも率直なご意見を聞かせていただけると嬉しいです」

 村人の一人が言うと、レイが大きく胸をらした。

「味見ならお任せください!」
「確かに、レイの得意分野だな」
「まぁ、だいたい『美味うまい』ばかりだから、参考にならないかもしれないけどね」

 カイルやライラの呆れ口調に、レイは頬をふくらませる。

「美味いは最上級の感想だろうが。いい匂いがしているから、絶対に美味いと思う!」

 妙に自信を持って断言するレイに、村人たちはコクコクと強く頷く。

「はい。味には自信があります!」
「きっと味には満足していただけると思います」
「ええ、味は保証します!」

 村人たち全員が身を乗り出し、真剣な顔で頷いてアピールしてくる。
 ……なんだか、やけに『味』を強調してくるな。
 それだけこだわった料理なんだろうか。
 村人たちに誘導されて、俺たちは露店の前にやって来る。
 手前に商品の並ぶ露店、奥に屋台が何軒かある。


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