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14巻
14-2
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「うう~ん、ヴェールに使えそうな柔らかくて軽い糸かぁ。うちの商店で他に使えそうな素材があれば、すぐ用意するんだけど……」
ライラは腕組みして、考え込む。
「あぁ、君はトリスタン商会の子だもんな。心遣いは嬉しいけど、無理はしないで。トリスタン商会は今、グレスハート関係の発注で忙しいだろう?」
心配そうに言うサイードに、ライラは胸を叩いて言った。
「お気になさらず! お客様がいたら、お届けするのが商人なので。まぁ、最近特に注文や急ぎの発送依頼が増えて、大変なのは事実ですけどね」
大変と言う割には、満面の笑顔である。
最近特に増えた?
うちの国が婚姻式に向けていろいろと発注をかけているのは事実だけど、数年前から準備できるものは少しずつ買い揃えているはず。
そんな急ぎの発注をかけていたっけ?
「そんなに発注があるの?」
俺が小首を傾げて尋ねると、サイードとライラはコクリと頷く。
「グレスハートだけじゃなく、出席する各国からも受注があるのよ」
「ティリアの店や工房はおかげで賑わっているよ。ドレスの布やリボンが飛ぶように売れてる」
「そしてその商品は、だいたいうちが輸送しているわ。だけどうちは、アルフォンス殿下の婚姻が間もないという話を聞いていたから、この時のために大量に雇用を増やしといたのよねぇ。まさに読み通り!」
にんまりと笑って胸を張るライラの言葉に、俺は驚く。
「え! うちの婚姻式……あ、いや、うちの国の婚姻式のために?」
「だって、グレスハート皇太子とコルトフィア王女の婚姻式よ。一番の稼ぎ時じゃない。どんな無理難題でも対応できるように準備しておくのが、商人ってものよ。幸いグレスハートの商品の注文が各国からたくさん入っているから、婚姻式が終わってもそのまま雇用は続けるつもりよ」
ライラの言葉に、サイードが何かを思い出した顔をする。
「あ、そういえばトリスタン商会には、本当に驚いたよ。俺たちが交流会から帰国した日には、発注した日干し王子印の石鹸が学校に届いていたんだから」
ステア王立学校の寮のお風呂には、俺が開発した石鹸が納品されている。先日の交流会の時、ライラは巧みなセールストークで、他の学校にも納品を勧めていたんだよね。
「我がトリスタン商会は独自の輸送ルートを持っておりますので。おほほほ」
ライラは口に手を当てて、貴婦人のように笑う。
そんなライラを見つめ、レイが恐ろしいものでも見るかのように顔を歪めた。
「事前に学校前に用意してたんじゃねーか?」
ヒソヒソと囁かれ、俺とカイルとトーマは「あり得る」とコクリと頷く。
何事にも先を見て準備をするライラだ。本当に、商人向きだよね。
「では、私のほうでも父や商人たちに聞いて、ヴェールに使えそうな糸を探してみますね。ただ、ティリアでも使ったことがない新素材の糸となると、かなり難しいかもしれませんが」
眉を寄せて唸るライラに、サイードは苦笑する。
「ありがとう。さっきも言ったけど、無理しないで。うちの国は糸を加工する技術がかなり発展していて、動物の毛や植物や昆虫……すでにいろいろな素材の糸が作られているからね」
「うん。また他にいいデザイン考えるから……」
サイードやイルフォードは、半ば諦めているようだ。
個人的には、理想のヴェールを作ってもらいたいけど……。
とはいっても、ライラみたいに新素材を用意できるあてがないしなぁ。
俺が唸っていると、隣のカイルが顎に手を当ててブツブツと何か呟き始めた。
「新素材……。今まで使ったことがない糸……。もしあれでできるなら……」
むむっ、気になる呟き。
「カイル、何か思い当たる素材でもあるの?」
俺がカイルの顔を覗き込むと、眉間にしわを寄せたままの顔をこちらに向ける。
「思い当たるものが一つだけ。とても軽くて、丈夫で、しなやかな素材を知っています。糸に加工できたら、ヴェールの材料として使えるんじゃないかと……」
「え! それ本当!?」
俺たちは目を大きく見開き、カイルに向かって身を乗り出す。
「ティリアにもない新素材ってことだよな?」
「それどんな素材? 動物? 植物?」
レイとライラが詰め寄り、サイードが切実な顔でお祈りのポーズをする。
「糸の加工はどうにかするから、ぜひ教えてほしい!!」
カイルは期待する俺たちの眼差しを見回して、口を開いた。
「ミネルオーの毛です」
一瞬パチクリと目を瞬かせた俺は、すぐに手をポンと打った。
「そうか、ミネルオー!」
ミネルオーは発見されたばかりなのだから、その毛糸は間違いなく新素材。
ティリアでもきっとまだ糸にしたことがないはずだ。
「ミネルオー……って、その名前ティリア王国新聞で見たな。例の共同研究の探索で発見された動物だったっけ? 古い時代、神様として崇められていたという。確かに新素材だろうけど、そんな希少な毛なんて手に入るかな」
不安を口にするサイードに、俺はにっこり笑った。
「なんとかできるかもしれません。イルフォードさん、サイードさん。こっちに来てください。皆も一緒に」
俺は席を立って、和室の部屋を開けて入る。それから、靴を脱いで座敷に上がった。
皆やイルフォードが同様に靴を脱いで上がるので、サイードは戸惑いつつも真似して靴を脱ぐ。
イルフォードは以前出入りしていたので驚かなかったが、和室を初めて見たサイードは口をあんぐりと開けた。
「な、な、なんだこの部屋……。見たこともないデザインばかりだ」
畳が敷かれた床や、中央にある掘りゴタツを見て、サイードは目をパチパチさせる。
「何この床。青草を編んでるの? このテーブルなんでこんな低いの? テーブルクロス長すぎない? え、下が窪んでるんだけど!」
サイードは屈んで畳を触ったり、コタツにかかった綿入りのカバーをめくったりして驚いていた。
普段は全面畳にして使用するのだが、冬の時期は一部の畳を外し、掘りゴタツとして使用できるようにしている。そのため、この部屋は他の部屋より床が一段高くなっていた。
「初めて見たら驚きますよねぇ」
トーマがのほほんと言い、レイはコクコクと頷く。
「俺たちはもう見慣れたけど、初めて見たらそうだよなぁ」
「お披露目の時も、皆サイードさんみたいな反応をしそうね」
「絶対に驚くでしょ」
アリスやライラは口元に手を当てて、くすくすと笑う。
俺はコタツを覗き込むサイードの横に膝をついて、彼の疑問に答える。
「この床は畳といって、植物の草を編んだ床です。そのまま寝転がれますよ。床が窪んでいるのは、座った時に足を入れるためです。このテーブルは中を温めて使うので、熱を逃がさないよう布で覆っているんです」
サイードはその説明に相槌を打ちながら、なおもコタツを覗き込む。
コタツの仕組みに興味津々だ。
「イルフォードさん。サイードさんに内装のこと話さなかったんですか?」
カイルがイルフォードに聞くと、イルフォードは少し上を見上げて考える。
「言った……多分」
「聞きましたけど、想像を遥かに超えてきましたよ。こんなに変わったものが置いてあると思わなくて……」
そう言いながら、サイードは何気なく窓側に視線を向ける。すると、何かに驚いて、四つん這いの状態でサカサカと窓側へ移動した。
「明るいと思ったら、もしかしてこの扉って紙!?」
窓側の障子に顔を近づけ、まじまじと観察する。
「はぁ~、そうか。扉を閉めていても外の光を通すのか。へぇ~」
感心しながら障子を見上げたサイードは、ギョッとして立ち上がった。
なんだ。今度は何に気づいたんだ?
「こ、これ、これが、イルフォード先輩が言っていた彫刻!? イルフォード先輩とフィル君の合作なんだよね?」
サイードが指をさしたのは、障子の上に飾られた欄間。木製の装飾だ。
俺の召喚獣たちと、それを取り囲む花や木が彫られている。
「はい。そうです。僕が動物たちを彫って、イルフォードさんが周りの装飾を彫ってくれたんです」
「すごい。イルフォード先輩の腕が、見事なのは当然だけど。フィル君の動物たちも可愛らしさがよく表現されているよ」
ため息を吐くサイードに、俺は頭を掻いて照れる。
「ありがとうございます」
鉱石を使って木を加工したので、イルフォードみたいに手で彫刻したのではないのだけど、それでも苦労したから褒められると嬉しい。
欄間を見上げて、イルフォードは穏やかに微笑む。
「やっぱり飾るといいね。外光が漏れて、壁に影絵を作ってる」
欄間をはめたのは、イルフォードが帰国してからだったもんね。
サイードはそんな欄間を見上げ、羨ましそうに呟く。
「これいいなぁ。国に持って帰りたい……」
それを聞いて、俺は大いに慌てた。
「ダ、ダメですよ。あ、そうだ。それよりも、ミネルオーの毛だ」
それを見せるために、和室に来たんだった。
俺は床の間の横にある、茶箪笥の前に座った。
この茶箪笥はからくりになっていて、特定の開け方じゃないと扉が開かないようになっている。
大事な小物をしまう時に使っていた。
仕掛けを解けば、カチャっと中で音がする。扉を開けると、さらに引き出しがあって、そこから箱を取り出した。
「これがミネルオーの毛玉です」
俺は手のひらに、ミネルオーの毛玉を載せて、サイードたちに見せた。
ミネルオーの毛玉は、表面がツルツルして見える。一見すると、卓球の玉みたいだ。
本来はふわふわの糸なのだが、ぎゅっと凝縮するとつややかになるらしい。
サイードは俺の手のひらの白い玉を、訝しげに観察しながら言う。
「これ……ミネルオーの毛玉なの? なんでこんな希少なものを持っているわけ?」
明らかに、誰かに騙されているんじゃないかという顔をしているな。
「僕とカイルも共同研究の探索に参加したんです。その時に、ミネルオーたちと会って仲良くなったんですよ。ミネルオーたちからもらったものなので、偽物じゃありません」
真面目な顔の俺に、サイードは呆気にとられつつ白い玉を見つめる。
「ミネルオーたちと仲良くって……。そういう希少種って、警戒心が強いもんじゃないのか? ウォルガーや袋鼠を召喚獣にしていることといい、フィル君って動物を引き寄せる何か特別な力でもあるわけ?」
困惑気味に言われて、俺はフルフルと首を振って笑う。
「特別な力なんてないですよ。初めは警戒されて、大変でしたし」
「でも、多分フィル様じゃなかったら、もっと大変な状態になっていたと思います。実際、俺は貝の蓋を開けなくてもいいかって思いました」
カイルはその時のことを思い出してか、遠くを見つめてため息を吐く。
大きな貝の中に入って身を守るミネルオーたち。その中でも交渉相手のミネルオー三匹の警戒が強くて、蓋を開けてくれなかったんだよね。
コクヨウは不機嫌になって蓋を押さえるし、ミネルオーたちは騒ぐし、カイルも開けなくていいとか言い出すし……。本当、どうなるかと思った。
「じゃあ、これは正真正銘、本物のミネルオーの毛玉?」
サイードは毛玉を見つめ、ゴクリと喉を鳴らす。
「フィルとカイルいいなぁ。僕もミネルオーから仲良しの証が欲しい」
トーマは羨ましそうに毛玉を見つめる。
動物好きのトーマとしては、やはり仲良しの証は欲しいらしい。
「それにしても、いつの間にミネルオーの毛玉なんてもらったんだよ。俺、聞いてないぞ」
レイに言われて、俺は首を傾げる。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「全然、聞いてない」
レイは少し拗ねた顔で言い、ライラたちもそれに頷く。
「毛玉をもらったのは探索の時じゃありませんから、言ってなかったかもしれませんね」
カイルに言われ、俺は「あぁ、そっか」と頭を上下に動かす。
「毛玉をもらったの、ピクニックの時だったっけ」
「ピクニックって、この間フィルとカイルが行ったご褒美ピクニック?」
尋ねるアリスに、俺は笑って頷いた。
先日行われた交流会の際、準備などで忙しくて、召喚獣の皆と遊んであげられなかった。
ご褒美ピクニックとは、我慢したホタルたちへのご褒美のお出かけである。
実はレイたちも誘ったのだが、それぞれ用事があって、残念ながら予定が合わなかったんだよね。
ピクニックの予定自体かなりズレていたから、これ以上は延期するわけにいかなくて、俺とカイルと俺の召喚獣たちとで行くことにしたのだった。
「ミネルオーに会いたかったなぁ」
「まだ話でしか聞いていないものね」
トーマはしょんぼりと項垂れ、アリスたちも残念そうに言う。
「ごめん。今度ミネルオーたちと遊ぶ時には、必ず一緒に連れていくから」
「本当に!? やったぁ!!」
トーマは悲しい顔から一転して笑顔になる。その様子に俺が安堵していると、サイードが戸惑い顔で手を挙げた。
「あの……フィル君。今度会う時って、ミネルオーってそう簡単に会えるものなのか?」
「あ、そうよね。遺跡の中に入るの? でも、あの遺跡ってステア王国が管理しているはずよね?」
不思議そうなライラに、俺は微笑んだ。
「僕らは遺跡には入らないよ。合図を送って、ミネルオーたちに遺跡の外に出てきてもらうんだ」
「ミネルオーたちは遺跡の地下水脈を通って、自由に遺跡外に出ることができるらしいからな」
カイルの補足に、レイたちは納得したようだ。
「そっか。合図で遺跡の外に……。でも、どうやって中と連絡を……。あ、テンガの空間移動能力でか?」
尋ねるレイに、俺はにっこりと笑う。
「そう。テンガの空間移動能力でルリを送って、遺跡の中に絵札を届けてもらうんだ」
テンガの袋は、小動物なら空間移動も可能だ。確実にミネルオーの長老の手に届くよう、ルリに絵札を持たせて配達してもらっている。
待ち合わせに関する詳細はルリが口頭で伝えて、ダメなら返事とともに絵札を返してもらう。
ミネルオーとランドウの交流は持ち続けたかったから、こういう方法をとることにしたのだ。
「すごいな。絵札を見て出てきてくれるなんて、ミネルオーは頭が良いんだな。さすがは古代の神様ってところか」
サイードは感心したのか、大きく息を吐く。
「もしミネルオーの毛糸が使えそうなら、その方法でミネルオーにお願いしてみますが……。どうですか? 糸にできそうでしょうか?」
俺がおそるおそる尋ねると、イルフォードが俺の手のひらの毛玉を見つめて言う。
「手に取ってもいい?」
俺がそれに承諾すると、イルフォードはミネルオーの毛玉をそっと手に取って観察を始めた。
少しほどけていた繊維をつまみ、ちょっと引っ張ったり、指で感触を確かめたりしている。
いつもはふんわりとした印象だけど、こういう時のイルフォードの眼差しは鋭くて、緊迫感さえ感じる。
俺たちがドキドキしながら答えを待っていると、イルフォードは毛玉から視線を上げて微笑んだ。
「……うん。繊細で柔らかさがあって、伸縮性と強度もある。これなら細くて良い毛糸になりそう。これでヴェールを作ってみたら、良いのができると思う」
それを聞いて、皆はホッと息を吐く。
「では、明日ミネルオーを呼んで、毛玉をもらえないかお願いしてみます」
俺が言うと、イルフォードはコクリと頷いた。
「一部だけでも軽量化にはなるから……。もらえたら嬉しい」
そう言って、ふわりと微笑む。
こんなに安堵した表情は、ここに来てから初めてかもしれない。
イルフォードが良い作品を作るためにも、ミネルオーの毛玉欲しいなぁ。
ミネルオーは毎年換毛期があるって言っていたし、仲良しの証とするくらいだから、これ以外にも大事に取ってあると思うんだけど……。
「ん~、もらえるかなぁ。もらえたらいいなぁ。もらえるならどのくらいか……。交渉が大事だよなぁ。とりあえず、手土産を多めに用意しよう」
俺がブツブツと呟いていると、ライラとトーマとサイードが同時に席を立った。
わっ! びっくりした。
「フィル君、明日のミネルオーとの交渉に私もついていきたいわ!」
「僕もミネルオーに会いたい!」
「俺とイルフォード先輩も同行していいかな!」
三方向から鼻息荒く言われ、気圧された俺は少し身を引きながら頷く。
「それは構わないですけど……」
ライラの交渉術は頼りになるし、トーマもミネルオーに会わせてあげたい。
サイードやイルフォードは一緒に来てくれたら、毛玉がもらえた時にすぐに制作に入ってもらえるだろう。
「でも、サイードさんたちは、今日帰国しなくて大丈夫なんですか? 毛玉がもらえたら、できるだけ早くお送りしますよ」
「いや、どうせ明日も休息日だし、明後日の授業に間に合えばいいから」
サイードはキリッとした顔で、胸をポンと叩く。
明後日の授業って……。最悪、朝までにつけばいいってこと?
まぁ、やきもきして国で毛玉を待つよりは、一緒に行ったほうが安心か。
少し遅くなったら、ルリで国境付近まで送ってあげればいいし。
「わかりました。じゃあ、明日皆でミネルオーに会いに行きましょう」
俺がにっこり笑うと、サイードはホッとした顔で言った。
「ありがとう」
2
翌日、俺たちは南西の湖に来ていた。
ここは先日、ご褒美ピクニックをした場所である。
遺跡は地下水脈でいくつかの場所に繋がっていて、この湖にも通じているらしい。
昨日絵札を使って連絡し、約束を取りつけてある。
ルリからの伝言では、長老の孫のミネルオー三匹が来るそうだ。
「ミネルオーたち、もうそろそろ来るかな」
湖のほとりで、皆がソワソワとあたりを見回している。
皆、ミネルオーと会うのが楽しみみたいだ。
トーマは楽しみすぎて、昨日なかなか眠れなかったって言っていたもんね。
イルフォードだけは光る湖面を眩しそうに見ていて、感情が読みにくいけど……。
じっと見ていると、微かに笑ってボソッと呟く。
「ミネルオー……楽しみ」
良かった。イルフォードも楽しみにしているみたい。
【なぁ、フィル。ミネルオーたちまだかな?】
ランドウがキョロキョロしながら聞く。
「前と同じ時間だとしたら、もうそろそろだと思うんだけどなぁ」
【楽しみやなぁ。貝に入ってるんやろ】
ライラの召喚獣のナッシュが、ワクワクしている。
【すっごい賑やかな三匹だから、とっても楽しいぞ!】
ランドウの言葉に、コクヨウが鼻にしわを寄せる。
【やかましいの間違いだろう】
コクヨウってば、こんなに喜んでるのに水を差すようなことを……。
だが、幸いにも湖に気をとられていたランドウの耳には入らなかったみたいだ。
【あ! 湖が凍り始めたぞ!】
ランドウは前足で湖を指すと、嬉しそうに俺の足をペシぺシと叩く。
「湖の一部が凍ってきた」
目をぱちぱちとさせて驚くトーマに、俺は説明する。
「ミネルオーが来たんだよ。あの氷を利用して、岸に上がるんだ」
言い終えたタイミングで、大きな貝が三つ、湖から水しぶきをあげながら飛び出した。
「「貝が跳んだぁっ!?」」
レイやサイードがあんぐりと口を開けるその前で、貝たちは凍った湖面に着地し、風の噴射で勢いをつけて、滑りながら岸に上がる。
俺たちの目の前に、大きな貝三つが横一列に並んだ。
「貝があんなふうに動くなんて……。これ、現実か……」
愕然とするレイに、カイルは呆れた顔をする。
「ミネルオーは貝のまま移動するって言っていただろう」
「聞いたけど、こんなに俊敏だと思わなかったんだよ! すっごい速いじゃないか」
「確かに、こんなに速いなんて思わなかったわ」
「本当ね。貝のままであんなに高く跳ぶなんて……」
ライラやアリスが言い、トーマは興奮気味に叫ぶ。
「本当にすごいねぇ!」
俺も初めて見た時は、驚いたもんなぁ。
風の能力を使って推進力を得ているらしいんだけど、それを聞いてもあのジャンプとスピードにはびっくりする。
「ティリア新聞にも書いてはあったけど、想像を遥かに超える存在だ。貝のままで移動するだなんて。本当にすごい」
サイードは相当に度肝を抜かれたらしく、大きく息を吐く。
そんな話をしていると、微かな笑い声とともにカタカタという音が聞こえてきた。
ライラは腕組みして、考え込む。
「あぁ、君はトリスタン商会の子だもんな。心遣いは嬉しいけど、無理はしないで。トリスタン商会は今、グレスハート関係の発注で忙しいだろう?」
心配そうに言うサイードに、ライラは胸を叩いて言った。
「お気になさらず! お客様がいたら、お届けするのが商人なので。まぁ、最近特に注文や急ぎの発送依頼が増えて、大変なのは事実ですけどね」
大変と言う割には、満面の笑顔である。
最近特に増えた?
うちの国が婚姻式に向けていろいろと発注をかけているのは事実だけど、数年前から準備できるものは少しずつ買い揃えているはず。
そんな急ぎの発注をかけていたっけ?
「そんなに発注があるの?」
俺が小首を傾げて尋ねると、サイードとライラはコクリと頷く。
「グレスハートだけじゃなく、出席する各国からも受注があるのよ」
「ティリアの店や工房はおかげで賑わっているよ。ドレスの布やリボンが飛ぶように売れてる」
「そしてその商品は、だいたいうちが輸送しているわ。だけどうちは、アルフォンス殿下の婚姻が間もないという話を聞いていたから、この時のために大量に雇用を増やしといたのよねぇ。まさに読み通り!」
にんまりと笑って胸を張るライラの言葉に、俺は驚く。
「え! うちの婚姻式……あ、いや、うちの国の婚姻式のために?」
「だって、グレスハート皇太子とコルトフィア王女の婚姻式よ。一番の稼ぎ時じゃない。どんな無理難題でも対応できるように準備しておくのが、商人ってものよ。幸いグレスハートの商品の注文が各国からたくさん入っているから、婚姻式が終わってもそのまま雇用は続けるつもりよ」
ライラの言葉に、サイードが何かを思い出した顔をする。
「あ、そういえばトリスタン商会には、本当に驚いたよ。俺たちが交流会から帰国した日には、発注した日干し王子印の石鹸が学校に届いていたんだから」
ステア王立学校の寮のお風呂には、俺が開発した石鹸が納品されている。先日の交流会の時、ライラは巧みなセールストークで、他の学校にも納品を勧めていたんだよね。
「我がトリスタン商会は独自の輸送ルートを持っておりますので。おほほほ」
ライラは口に手を当てて、貴婦人のように笑う。
そんなライラを見つめ、レイが恐ろしいものでも見るかのように顔を歪めた。
「事前に学校前に用意してたんじゃねーか?」
ヒソヒソと囁かれ、俺とカイルとトーマは「あり得る」とコクリと頷く。
何事にも先を見て準備をするライラだ。本当に、商人向きだよね。
「では、私のほうでも父や商人たちに聞いて、ヴェールに使えそうな糸を探してみますね。ただ、ティリアでも使ったことがない新素材の糸となると、かなり難しいかもしれませんが」
眉を寄せて唸るライラに、サイードは苦笑する。
「ありがとう。さっきも言ったけど、無理しないで。うちの国は糸を加工する技術がかなり発展していて、動物の毛や植物や昆虫……すでにいろいろな素材の糸が作られているからね」
「うん。また他にいいデザイン考えるから……」
サイードやイルフォードは、半ば諦めているようだ。
個人的には、理想のヴェールを作ってもらいたいけど……。
とはいっても、ライラみたいに新素材を用意できるあてがないしなぁ。
俺が唸っていると、隣のカイルが顎に手を当ててブツブツと何か呟き始めた。
「新素材……。今まで使ったことがない糸……。もしあれでできるなら……」
むむっ、気になる呟き。
「カイル、何か思い当たる素材でもあるの?」
俺がカイルの顔を覗き込むと、眉間にしわを寄せたままの顔をこちらに向ける。
「思い当たるものが一つだけ。とても軽くて、丈夫で、しなやかな素材を知っています。糸に加工できたら、ヴェールの材料として使えるんじゃないかと……」
「え! それ本当!?」
俺たちは目を大きく見開き、カイルに向かって身を乗り出す。
「ティリアにもない新素材ってことだよな?」
「それどんな素材? 動物? 植物?」
レイとライラが詰め寄り、サイードが切実な顔でお祈りのポーズをする。
「糸の加工はどうにかするから、ぜひ教えてほしい!!」
カイルは期待する俺たちの眼差しを見回して、口を開いた。
「ミネルオーの毛です」
一瞬パチクリと目を瞬かせた俺は、すぐに手をポンと打った。
「そうか、ミネルオー!」
ミネルオーは発見されたばかりなのだから、その毛糸は間違いなく新素材。
ティリアでもきっとまだ糸にしたことがないはずだ。
「ミネルオー……って、その名前ティリア王国新聞で見たな。例の共同研究の探索で発見された動物だったっけ? 古い時代、神様として崇められていたという。確かに新素材だろうけど、そんな希少な毛なんて手に入るかな」
不安を口にするサイードに、俺はにっこり笑った。
「なんとかできるかもしれません。イルフォードさん、サイードさん。こっちに来てください。皆も一緒に」
俺は席を立って、和室の部屋を開けて入る。それから、靴を脱いで座敷に上がった。
皆やイルフォードが同様に靴を脱いで上がるので、サイードは戸惑いつつも真似して靴を脱ぐ。
イルフォードは以前出入りしていたので驚かなかったが、和室を初めて見たサイードは口をあんぐりと開けた。
「な、な、なんだこの部屋……。見たこともないデザインばかりだ」
畳が敷かれた床や、中央にある掘りゴタツを見て、サイードは目をパチパチさせる。
「何この床。青草を編んでるの? このテーブルなんでこんな低いの? テーブルクロス長すぎない? え、下が窪んでるんだけど!」
サイードは屈んで畳を触ったり、コタツにかかった綿入りのカバーをめくったりして驚いていた。
普段は全面畳にして使用するのだが、冬の時期は一部の畳を外し、掘りゴタツとして使用できるようにしている。そのため、この部屋は他の部屋より床が一段高くなっていた。
「初めて見たら驚きますよねぇ」
トーマがのほほんと言い、レイはコクコクと頷く。
「俺たちはもう見慣れたけど、初めて見たらそうだよなぁ」
「お披露目の時も、皆サイードさんみたいな反応をしそうね」
「絶対に驚くでしょ」
アリスやライラは口元に手を当てて、くすくすと笑う。
俺はコタツを覗き込むサイードの横に膝をついて、彼の疑問に答える。
「この床は畳といって、植物の草を編んだ床です。そのまま寝転がれますよ。床が窪んでいるのは、座った時に足を入れるためです。このテーブルは中を温めて使うので、熱を逃がさないよう布で覆っているんです」
サイードはその説明に相槌を打ちながら、なおもコタツを覗き込む。
コタツの仕組みに興味津々だ。
「イルフォードさん。サイードさんに内装のこと話さなかったんですか?」
カイルがイルフォードに聞くと、イルフォードは少し上を見上げて考える。
「言った……多分」
「聞きましたけど、想像を遥かに超えてきましたよ。こんなに変わったものが置いてあると思わなくて……」
そう言いながら、サイードは何気なく窓側に視線を向ける。すると、何かに驚いて、四つん這いの状態でサカサカと窓側へ移動した。
「明るいと思ったら、もしかしてこの扉って紙!?」
窓側の障子に顔を近づけ、まじまじと観察する。
「はぁ~、そうか。扉を閉めていても外の光を通すのか。へぇ~」
感心しながら障子を見上げたサイードは、ギョッとして立ち上がった。
なんだ。今度は何に気づいたんだ?
「こ、これ、これが、イルフォード先輩が言っていた彫刻!? イルフォード先輩とフィル君の合作なんだよね?」
サイードが指をさしたのは、障子の上に飾られた欄間。木製の装飾だ。
俺の召喚獣たちと、それを取り囲む花や木が彫られている。
「はい。そうです。僕が動物たちを彫って、イルフォードさんが周りの装飾を彫ってくれたんです」
「すごい。イルフォード先輩の腕が、見事なのは当然だけど。フィル君の動物たちも可愛らしさがよく表現されているよ」
ため息を吐くサイードに、俺は頭を掻いて照れる。
「ありがとうございます」
鉱石を使って木を加工したので、イルフォードみたいに手で彫刻したのではないのだけど、それでも苦労したから褒められると嬉しい。
欄間を見上げて、イルフォードは穏やかに微笑む。
「やっぱり飾るといいね。外光が漏れて、壁に影絵を作ってる」
欄間をはめたのは、イルフォードが帰国してからだったもんね。
サイードはそんな欄間を見上げ、羨ましそうに呟く。
「これいいなぁ。国に持って帰りたい……」
それを聞いて、俺は大いに慌てた。
「ダ、ダメですよ。あ、そうだ。それよりも、ミネルオーの毛だ」
それを見せるために、和室に来たんだった。
俺は床の間の横にある、茶箪笥の前に座った。
この茶箪笥はからくりになっていて、特定の開け方じゃないと扉が開かないようになっている。
大事な小物をしまう時に使っていた。
仕掛けを解けば、カチャっと中で音がする。扉を開けると、さらに引き出しがあって、そこから箱を取り出した。
「これがミネルオーの毛玉です」
俺は手のひらに、ミネルオーの毛玉を載せて、サイードたちに見せた。
ミネルオーの毛玉は、表面がツルツルして見える。一見すると、卓球の玉みたいだ。
本来はふわふわの糸なのだが、ぎゅっと凝縮するとつややかになるらしい。
サイードは俺の手のひらの白い玉を、訝しげに観察しながら言う。
「これ……ミネルオーの毛玉なの? なんでこんな希少なものを持っているわけ?」
明らかに、誰かに騙されているんじゃないかという顔をしているな。
「僕とカイルも共同研究の探索に参加したんです。その時に、ミネルオーたちと会って仲良くなったんですよ。ミネルオーたちからもらったものなので、偽物じゃありません」
真面目な顔の俺に、サイードは呆気にとられつつ白い玉を見つめる。
「ミネルオーたちと仲良くって……。そういう希少種って、警戒心が強いもんじゃないのか? ウォルガーや袋鼠を召喚獣にしていることといい、フィル君って動物を引き寄せる何か特別な力でもあるわけ?」
困惑気味に言われて、俺はフルフルと首を振って笑う。
「特別な力なんてないですよ。初めは警戒されて、大変でしたし」
「でも、多分フィル様じゃなかったら、もっと大変な状態になっていたと思います。実際、俺は貝の蓋を開けなくてもいいかって思いました」
カイルはその時のことを思い出してか、遠くを見つめてため息を吐く。
大きな貝の中に入って身を守るミネルオーたち。その中でも交渉相手のミネルオー三匹の警戒が強くて、蓋を開けてくれなかったんだよね。
コクヨウは不機嫌になって蓋を押さえるし、ミネルオーたちは騒ぐし、カイルも開けなくていいとか言い出すし……。本当、どうなるかと思った。
「じゃあ、これは正真正銘、本物のミネルオーの毛玉?」
サイードは毛玉を見つめ、ゴクリと喉を鳴らす。
「フィルとカイルいいなぁ。僕もミネルオーから仲良しの証が欲しい」
トーマは羨ましそうに毛玉を見つめる。
動物好きのトーマとしては、やはり仲良しの証は欲しいらしい。
「それにしても、いつの間にミネルオーの毛玉なんてもらったんだよ。俺、聞いてないぞ」
レイに言われて、俺は首を傾げる。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「全然、聞いてない」
レイは少し拗ねた顔で言い、ライラたちもそれに頷く。
「毛玉をもらったのは探索の時じゃありませんから、言ってなかったかもしれませんね」
カイルに言われ、俺は「あぁ、そっか」と頭を上下に動かす。
「毛玉をもらったの、ピクニックの時だったっけ」
「ピクニックって、この間フィルとカイルが行ったご褒美ピクニック?」
尋ねるアリスに、俺は笑って頷いた。
先日行われた交流会の際、準備などで忙しくて、召喚獣の皆と遊んであげられなかった。
ご褒美ピクニックとは、我慢したホタルたちへのご褒美のお出かけである。
実はレイたちも誘ったのだが、それぞれ用事があって、残念ながら予定が合わなかったんだよね。
ピクニックの予定自体かなりズレていたから、これ以上は延期するわけにいかなくて、俺とカイルと俺の召喚獣たちとで行くことにしたのだった。
「ミネルオーに会いたかったなぁ」
「まだ話でしか聞いていないものね」
トーマはしょんぼりと項垂れ、アリスたちも残念そうに言う。
「ごめん。今度ミネルオーたちと遊ぶ時には、必ず一緒に連れていくから」
「本当に!? やったぁ!!」
トーマは悲しい顔から一転して笑顔になる。その様子に俺が安堵していると、サイードが戸惑い顔で手を挙げた。
「あの……フィル君。今度会う時って、ミネルオーってそう簡単に会えるものなのか?」
「あ、そうよね。遺跡の中に入るの? でも、あの遺跡ってステア王国が管理しているはずよね?」
不思議そうなライラに、俺は微笑んだ。
「僕らは遺跡には入らないよ。合図を送って、ミネルオーたちに遺跡の外に出てきてもらうんだ」
「ミネルオーたちは遺跡の地下水脈を通って、自由に遺跡外に出ることができるらしいからな」
カイルの補足に、レイたちは納得したようだ。
「そっか。合図で遺跡の外に……。でも、どうやって中と連絡を……。あ、テンガの空間移動能力でか?」
尋ねるレイに、俺はにっこりと笑う。
「そう。テンガの空間移動能力でルリを送って、遺跡の中に絵札を届けてもらうんだ」
テンガの袋は、小動物なら空間移動も可能だ。確実にミネルオーの長老の手に届くよう、ルリに絵札を持たせて配達してもらっている。
待ち合わせに関する詳細はルリが口頭で伝えて、ダメなら返事とともに絵札を返してもらう。
ミネルオーとランドウの交流は持ち続けたかったから、こういう方法をとることにしたのだ。
「すごいな。絵札を見て出てきてくれるなんて、ミネルオーは頭が良いんだな。さすがは古代の神様ってところか」
サイードは感心したのか、大きく息を吐く。
「もしミネルオーの毛糸が使えそうなら、その方法でミネルオーにお願いしてみますが……。どうですか? 糸にできそうでしょうか?」
俺がおそるおそる尋ねると、イルフォードが俺の手のひらの毛玉を見つめて言う。
「手に取ってもいい?」
俺がそれに承諾すると、イルフォードはミネルオーの毛玉をそっと手に取って観察を始めた。
少しほどけていた繊維をつまみ、ちょっと引っ張ったり、指で感触を確かめたりしている。
いつもはふんわりとした印象だけど、こういう時のイルフォードの眼差しは鋭くて、緊迫感さえ感じる。
俺たちがドキドキしながら答えを待っていると、イルフォードは毛玉から視線を上げて微笑んだ。
「……うん。繊細で柔らかさがあって、伸縮性と強度もある。これなら細くて良い毛糸になりそう。これでヴェールを作ってみたら、良いのができると思う」
それを聞いて、皆はホッと息を吐く。
「では、明日ミネルオーを呼んで、毛玉をもらえないかお願いしてみます」
俺が言うと、イルフォードはコクリと頷いた。
「一部だけでも軽量化にはなるから……。もらえたら嬉しい」
そう言って、ふわりと微笑む。
こんなに安堵した表情は、ここに来てから初めてかもしれない。
イルフォードが良い作品を作るためにも、ミネルオーの毛玉欲しいなぁ。
ミネルオーは毎年換毛期があるって言っていたし、仲良しの証とするくらいだから、これ以外にも大事に取ってあると思うんだけど……。
「ん~、もらえるかなぁ。もらえたらいいなぁ。もらえるならどのくらいか……。交渉が大事だよなぁ。とりあえず、手土産を多めに用意しよう」
俺がブツブツと呟いていると、ライラとトーマとサイードが同時に席を立った。
わっ! びっくりした。
「フィル君、明日のミネルオーとの交渉に私もついていきたいわ!」
「僕もミネルオーに会いたい!」
「俺とイルフォード先輩も同行していいかな!」
三方向から鼻息荒く言われ、気圧された俺は少し身を引きながら頷く。
「それは構わないですけど……」
ライラの交渉術は頼りになるし、トーマもミネルオーに会わせてあげたい。
サイードやイルフォードは一緒に来てくれたら、毛玉がもらえた時にすぐに制作に入ってもらえるだろう。
「でも、サイードさんたちは、今日帰国しなくて大丈夫なんですか? 毛玉がもらえたら、できるだけ早くお送りしますよ」
「いや、どうせ明日も休息日だし、明後日の授業に間に合えばいいから」
サイードはキリッとした顔で、胸をポンと叩く。
明後日の授業って……。最悪、朝までにつけばいいってこと?
まぁ、やきもきして国で毛玉を待つよりは、一緒に行ったほうが安心か。
少し遅くなったら、ルリで国境付近まで送ってあげればいいし。
「わかりました。じゃあ、明日皆でミネルオーに会いに行きましょう」
俺がにっこり笑うと、サイードはホッとした顔で言った。
「ありがとう」
2
翌日、俺たちは南西の湖に来ていた。
ここは先日、ご褒美ピクニックをした場所である。
遺跡は地下水脈でいくつかの場所に繋がっていて、この湖にも通じているらしい。
昨日絵札を使って連絡し、約束を取りつけてある。
ルリからの伝言では、長老の孫のミネルオー三匹が来るそうだ。
「ミネルオーたち、もうそろそろ来るかな」
湖のほとりで、皆がソワソワとあたりを見回している。
皆、ミネルオーと会うのが楽しみみたいだ。
トーマは楽しみすぎて、昨日なかなか眠れなかったって言っていたもんね。
イルフォードだけは光る湖面を眩しそうに見ていて、感情が読みにくいけど……。
じっと見ていると、微かに笑ってボソッと呟く。
「ミネルオー……楽しみ」
良かった。イルフォードも楽しみにしているみたい。
【なぁ、フィル。ミネルオーたちまだかな?】
ランドウがキョロキョロしながら聞く。
「前と同じ時間だとしたら、もうそろそろだと思うんだけどなぁ」
【楽しみやなぁ。貝に入ってるんやろ】
ライラの召喚獣のナッシュが、ワクワクしている。
【すっごい賑やかな三匹だから、とっても楽しいぞ!】
ランドウの言葉に、コクヨウが鼻にしわを寄せる。
【やかましいの間違いだろう】
コクヨウってば、こんなに喜んでるのに水を差すようなことを……。
だが、幸いにも湖に気をとられていたランドウの耳には入らなかったみたいだ。
【あ! 湖が凍り始めたぞ!】
ランドウは前足で湖を指すと、嬉しそうに俺の足をペシぺシと叩く。
「湖の一部が凍ってきた」
目をぱちぱちとさせて驚くトーマに、俺は説明する。
「ミネルオーが来たんだよ。あの氷を利用して、岸に上がるんだ」
言い終えたタイミングで、大きな貝が三つ、湖から水しぶきをあげながら飛び出した。
「「貝が跳んだぁっ!?」」
レイやサイードがあんぐりと口を開けるその前で、貝たちは凍った湖面に着地し、風の噴射で勢いをつけて、滑りながら岸に上がる。
俺たちの目の前に、大きな貝三つが横一列に並んだ。
「貝があんなふうに動くなんて……。これ、現実か……」
愕然とするレイに、カイルは呆れた顔をする。
「ミネルオーは貝のまま移動するって言っていただろう」
「聞いたけど、こんなに俊敏だと思わなかったんだよ! すっごい速いじゃないか」
「確かに、こんなに速いなんて思わなかったわ」
「本当ね。貝のままであんなに高く跳ぶなんて……」
ライラやアリスが言い、トーマは興奮気味に叫ぶ。
「本当にすごいねぇ!」
俺も初めて見た時は、驚いたもんなぁ。
風の能力を使って推進力を得ているらしいんだけど、それを聞いてもあのジャンプとスピードにはびっくりする。
「ティリア新聞にも書いてはあったけど、想像を遥かに超える存在だ。貝のままで移動するだなんて。本当にすごい」
サイードは相当に度肝を抜かれたらしく、大きく息を吐く。
そんな話をしていると、微かな笑い声とともにカタカタという音が聞こえてきた。
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