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13巻
13-2
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「さて、行き先も決まったし、そろそろ寮に戻ろうか……って、あれ?」
庭にいるメンバーの中に、光鶏のコハクの姿がないことに気がついた。
「コハクはどこだろ?」
「いませんね」
カイルもあたりを見回し、ヒスイが首を傾げる。
【さっきまでランドウの真似をして転がっていましたのに……】
コハクは時々、物陰や隅っこでお昼寝していることがあるんだよなぁ。
どこかで眠っちゃっているのかな。
「コハク~、どこにいるの?」
俺たちは名前を呼びながら、花壇やテーブルや椅子の陰を覗き込む。
すると、思っても見ない方向から、コハクの声が聞こえた。
【フィ~ル~!】
庭の端にある鍛錬場の奥の木陰からコハクが飛び出し、俺たちのほうへ向かって走ってくる。
俺が両手のひらを地面に近づけてスタンバイすると、コハクはそこへ勢いよく飛び込んだ。
俺はそのままコハクをすくい上げ、胸ポケットに入れる。
「どこに行ってたの? コハクは小さいんだから、あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
だが、その注意も聞こえていないのか、コハクは興奮気味にペシペシと羽根で俺の胸元を叩く。
【フィル、あっち! あっち!】
鼻息荒く、自分が来た方向を指し示す。
小さなコハクは視界も低く、時々他の皆が見落とすようなものを発見することがある。
今回も何か見つけたんだろうか。
俺は小さく笑って、コハクに尋ねる。
「あっちに何があったの?」
【まいご!】
元気よく言ったコハクに、俺は目を瞬かせた。
「は? ……迷子? 迷子がいるの?」
コハクはコックリと頷いて、再びピッと来た方向を示した。
「生徒でしょうか? 小屋のあるこの森は、道がわかりにくくなっていますから」
眉を顰めるカイルに、俺は低く唸る。
「でも、コハクが発見したなら、小屋の敷地内で発見したってことでしょ。敷地に入ってきたら、さすがにコクヨウが気づくよね?」
俺が顔を向けて聞くと、コクヨウは【そうだな】と言って頷く。
小屋の周囲を囲むここの塀は高さがあり、全面を蔦がびっしり覆っている。
登ればガサガサ音がするから、コクヨウやカイルがその音に気づかないはずはない。
【今も人の気配はない。もしかすると……気配の小さい小動物かもしれん】
なるほど。動物か。森には野生の小動物も棲息しているから、可能性はある。
まぁ、この辺に棲息している動物が、迷子になるというのも少し考えにくいけど。
「ともかく、どんな子にしろ、困っているなら助けてあげないといけないね」
そう言って、皆でコハクの案内するほうへと歩いていく。
場所はコハクが出てきた木陰からさらに奥、周囲を囲う板塀のあたりだった。
迷子はすぐに見つかった。
うわぁぁ、可愛い。白色の体毛の、小さな子猫?
一瞬そう思ったが、柄を見て間違いだと気づく。
「あの子、雪豹だ。このあたりじゃ珍しいなぁ」
雪がたくさん降る、寒い国に棲息している動物だ。
「ということは、野生ではなく誰かの召喚獣でしょうかね」
「そうかもしれないね」
雪豹は敷地の内側の塀の前で、「ミュウミュウ」鳴きながらあっちへ行きこっちへ行きしている。
板塀の一部に小さな隙間があるから、多分そこをくぐったんだな。
【あっちかな。こっちかな】
雪豹は動揺しているのか、キョロキョロしているのにまったく俺たちに気がついていない。
【さっきのヒヨコさん、どこ行ったんだろう……】
そう言って、しょんぼりと俯く。
【コハク、ここいる!】
雪豹の呟きを聞き、コハクが俺の胸ポケットから、トウ! とばかりに飛び出した。
「え、ちょっ! コハク!? 危な……!」
無鉄砲な! そんな小さな羽根じゃ飛べないのに!
俺とカイルが慌てて落下するコハクをキャッチしようとしたが、あと少しのところで掴みそこなった。地面にぶつかると思った瞬間、風が吹いてコハクの体が浮き、ふわりと地面に落ちる。
【もうコハクったら、一直線で困りますわね】
風を纏ったヒスイが、ふぅと息を吐く。
び、びっくりしたぁ。ヒスイが風でサポートしてくれなかったら、どうなっていたことか。
「ヒスイ、ありがと」
俺とカイルはぐったりとして、しゃがみ込む。
一方コハクは、こちらの焦りなど知らぬ顔で、そのまま雪豹の元へと駆けていった。
【コハク、来た!】
【ヒヨコさん……】
雪豹はまずコハクを見て、それから俺たちに目を向ける。
「こんにちは。フィルだよ」
雪豹に向かって、俺は優しく微笑む。
「安心して。そこにいるコハクと、召喚獣契約をしているんだ。君は召喚獣? ご主人さまとはぐれちゃったのかな? もしよかったらお手伝いするよ」
【おてつ……だい?】
おずおずと尋ねる雪豹に、ホタルとザクロが話しかける。
【フィルさまがご主人さまを見つけてくれるお手伝いしてくれるです!】
【だから、安心しな!】
【ご主人さまのところに? ほんと!?】
尻尾を振って一瞬喜んだ雪豹だったが、俺の後ろにいたコクヨウを見て耳をぺしょっとたたむ。
【ほ、ほんとに、ご主人さまのところ?】
……疑われてる。
ディアロスであるコクヨウの強大な気は、子狼姿でも変わることはない。
普段からその気を抑えてもらっているのだが、小さい子にはそれでも怖いようだ。
ぷるぷると震える雪豹に、コクヨウはフンと鼻息を吐く。
【案ずるな。フィルのせいで、最近の我は美味いものしか受けつけぬ舌になっておる】
その言い方ってどうなんだ。
そう思ったが、意外にも雪豹は安心したようだ。
【じゃあ、ほんとに連れてってくれる?】
そう言って、一歩前に出てきた雪豹に、俺はにっこりと微笑んだ。
「うん。きっと見つけてあげるよ」
さて、ご主人さまを見つけてあげるには、まずこの子から話を聞かないと。
雪豹を召喚獣にしている生徒に心当たりはないが、俺たちが知らないだけの可能性もある。
早く会わせてあげられたらいいんだけど……。
そんなことを思いつつ、俺は雪豹に目線を近づけ優しく尋ねる。
「君のお名前と、ご主人さまのお名前を教えてくれる?」
【ボクのお名前は、イヴェル。えっと、ご主人さまのお名前はね。ご主人さま……えっと、ご主人さまは……】
言いながら空を見上げたイヴェルは、その状態のまま固まった。
【どうしたんでぇ】
【動かなくなったな】
ザクロは首を傾げ、ランドウはイヴェルの目の前で前足を左右に振った。
「イヴェル、どうしたの?」
俺が声をかけると、イヴェルは悲しげな顔でこちらを見て、再びぺしょっと耳をたたんだ。
【ボク……いつもご主人さまって呼んでるから……お名前……わ、わすれちゃった】
【えーーーーっ!】
【忘れちゃったです!?】
【それは大変っす!】
コハクは嘴をパカッと開けて驚き、ホタルやテンガはわたわたと慌てる。
【主人の名を忘れるなど、そんなことあり得るのか?】
怪訝な様子のコクヨウに、カイルは低く唸って言う。
「召喚獣契約をしたばかりなら、可能性はなくもないと思います」
「それに、この子はまだ幼いもんね」
主人の名前がわかれば、すぐに誰の召喚獣か判明すると思ったけど。そう簡単にいかないか。
ふむ。忘れちゃったなら、別の方法を取るしかないな。
俺は顎に手を当てて少し考え、それからイヴェルに再度尋ねた。
「ご主人さまってどんな人? 男の人? 女の人?」
ご主人さまの特徴から、人を絞っていこう。
【男のひと。とっても優しいよ。ボク失敗してばかりなんだ。でも、『気にするな』って頭なでて、いっぱいなぐさめてくれるの】
嬉しそうに答えるその様子から、とても可愛がられているのがわかる。
【でも、なでる力が強いから、ボクちょっと目がまわっちゃう時あるんだ】
優しい男の人で力が強いか……。
俺の頭の中に、『ワハハ』と笑いながら、イヴェルの頭を撫でる豪快な人が現れる。
マクベアー先輩が思い浮かんだが、新しく召喚獣契約をしたという話は聞いていない。
「どれくらいの背丈かはわかるか?」
カイルの問いに、イヴェルは頭をちょこんと傾け考える。
【ん~、あなたよりちょっと大きい……かな?】
カイルより大きいってことは、百七十センチくらい?
生徒であれば、三年生か高等部の生徒。そうでなければ、先生か学校に出入りする大人?
とりあえず、初等部の生徒の線は消えたな。
それに有力情報はゲットしたけど、人物を特定するにはまだヒントが足りないなぁ。
「じゃあ、どうやってここまで来たのかは覚えている? ご主人さまとはこの近くで別れたのかな? 迷子になる前は何をしていた?」
来た方向や何かしらの情報を得ることができれば、それを手がかりにご主人さまを見つけられるかもしれない。
イヴェルは思い出しながら、少しずつ話し始める。
【えっとね。迷子になる前は広い原っぱにいて、ご主人さまがボクを訓練してくれてたの】
ふむふむ、イヴェルの能力訓練かな。
まだ幼いと、能力を上手く使えないことがある。
能力向上や威力の安定、お互いの信頼関係を強めるためにも、契約初期の訓練や遊び、スキンシップはおすすめだ。
原っぱということは、歓迎会を開いた広場かな。この森と寮の間にある場所だ。
いや、東側にも通りに面した広場があるか……。
俺が考え込んでいると、ザクロが興味津々で尋ねる。
【原っぱで訓練して、なんで森で迷子になっているんでぃ】
イヴェルは少しもじもじしながら言う。
【あのね、大きな音がしたの】
「大きな音? どんな音?」
そんな大きな音、したかなぁ?
俺が首を捻りつつ尋ねると、イヴェルは両前足を大きく広げる。
【ドォーン! って、とっても大きな音だよ。近くに落ちたの。雷かも!】
短い前足をめいっぱい広げたイヴェルは、めちゃくちゃ可愛かった。
でも、イヴェルは真剣なんだから、ニヤけちゃダメだ。
俺はニヤけそうになる口元を隠し、小さく咳払いした。
「……大きな落雷か」
今日は晴天。晴天でも雷が落ちないわけではないが、近くで雷が落ちたら、離れている俺たちだってさすがに気づく。
召喚獣の能力という可能性もあるが、ビックリするぐらい大きな雷を落とせるのなんてヒスイくらいだろうしなぁ。
イヴェルの説明に、ますます謎が深まるばかりだ。
「それで、その大きな音に驚いたのか?」
カイルの言葉に、イヴェルはしょんぼりしながら頷いた。
【ボク……ビックリして。夢中で走ったの。そしたら……知らない森のなかで。それで、ご主人さまを呼んでたら、ヒヨコさんがそこからのぞいてたの】
イヴェルは板塀の隙間と、コハクを順番に前足で指し示した。
【コハク、まいご見つけた!】
イヴェルの前で仁王立ちしていたコハクは、俺たちに向かって誇らしげに胸を張る。
【なるほど。コハクを見かけて、敷地内に入ってきたんですのね】
ヒスイの言葉に、イヴェルがコクリと頷く。
「事情はわかったよ。つまり、訓練中に大きな音がして驚いて、森の中に逃げてきたってわけだね」
「でも、話を聞いた限りでは、結局どのあたりから来たのかわかりませんでしたね。まぁ、仮に元いた場所がわかっても、主人がこの子の捜索のため、すでに移動しているかもしれませんけど」
難しい顔をするカイルに、イヴェルの目がみるみるうちに潤んでくる。
カイルがそれに気がつき、顔を引きつらせた時にはもう遅かった。
イヴェルは地面に伏せて「ミュゥゥ、ミュゥゥ」と大きな声で泣き始める。
あわわわ、泣いてしまった。
俺は小さなイヴェルを抱き上げると、背中をぽんぽんと優しく叩く。
「大丈夫だよ。ちゃんと見つけてあげるから。ね! カイル」
「は、はい! フィル様のおっしゃる通り、方法はいくらでもある!」
俺とカイルが言うと、イヴェルは心細げに顔を上げる。
【ほ、ほんとぉ?】
「うん。イヴェルはこの地方では珍しい子だしね。いろんな人に聞いたら、きっと君のご主人さまのことを知っている人が出てくるよ」
そう言って励ますと、イヴェルは「ミュゥ」と小さく鳴く。
まだ不安そうだけれど、少しは気持ちが落ち着いたみたいだ。
「フィル様。雪豹を保護したことを、中等部の寮生に知らせてみませんか。この森は中等部の裏手にありますし、まずは主人が中等部関係者かどうか確認してみては?」
「そうだね。そうしよう」
カイルの提案に俺は微笑み、それからヒスイを見上げた。
「ヒスイ、お願いがあるんだけど。僕たちはこの子のご主人さまを探しながら寮に戻るから、ヒスイも上から見てそれらしい人がいたら教えてくれない?」
【わかりましたわ。もしかしたら、そのご主人さま自身が捜索するため、こちらに来ている可能性もありますものね。見つけ次第お知らせしますわ】
ヒスイはにっこり笑って、ふわりと空に浮かび上がり姿を消す。
よし、これで行き違いになることもないだろう。
「皆、寮に移動するよ」
俺がイヴェルを抱いたまま胸ポケットにコハクとルリを入れると、カイルがホタルとザクロを抱える。コクヨウとランドウとテンガには歩いてついてきてもらって、寮に戻ることにした。
俺とカイルは歩きながら、キョロキョロとあたりを見回す。
う~ん、それらしい人影もないし、イヴェルを探している声も聞こえないなぁ。
そのご主人さまも、小さいイヴェルがまさかこんな森の奥深くまで来ていると思っていないのかもしれない。
ご主人さまも心配しているだろうから、早くイヴェルの無事を教えてあげたいな。
腕の中のイヴェルを見下ろすと、胸ポケットのコハクやルリと一緒に遊んでいた。
『どっちがポケットから頭を出すでしょーかっ!』というゲームみたいだ。
ルリかコハクのどちらかが頭を出すのと同じタイミングで、イヴェルが名前を呼び、当たるかどうかという遊びらしい。
……さっきからポケットが、やけにガサガサするなぁって思ってたんだよね。
まぁ、迷子になって落ち込んでいたイヴェルの気持ちが、向上したのはいいけど。
正解するたびに、イヴェルは小さな足をジタバタさせて喜んでいた。
雪豹の子供って、足が少し短めで、体型がコロコロしていて可愛いなぁ。
それにホタルたちとは、また違ったもふもふ感。
短毛なんだけど、寒い地域に棲む動物だからか、ぎゅっと毛が詰まっていてボリュームたっぷりだ。
こんなに小さくて可愛いのに、成獣になれば成人男性より大きくなるんだよね。
このもふもふも今だけの限定かと思うと、より特別な気がする。
無邪気に遊んでいるイヴェルたちに顔を綻ばせていると、ふいに空中にヒスイが現れた。
【フィル、ここから少し東寄りに進んでください。十数人の生徒たちがイヴェルを探しております。もしかしたらその中の誰かが、その子の主人かもしれませんわ】
その言葉に、イヴェルの目が輝く。
「ありがとうヒスイ。カイル、行ってみよう!」
「はい!」
俺たちはヒスイの案内で、その生徒たちのいる方向へと駆け出した。
到着すると、高等部の生徒が数人散らばってイヴェルの名前を呼んでいた。
「え……先輩?」
そこにいたのは、去年卒業したジェイ・ハリス先輩やティム・ミラー先輩たちだった。
一年の時、商学のお菓子をよく買いに来てくれた先輩たちである。
ハリス先輩は俺たちに気がつくと、満面の笑みで挨拶をする。
「やあやあやあ! テイラとグラバー! どうしたんだ、こんなところで!」
久々に会ったけど、勢いの激しさと熱血っぽさはまったく変わらない。
声の大きさとその勢いにちょっと圧倒されながら、俺は答える。
「えっと、雪豹の子供を保護しまして」
「皆さんの中に、この雪豹と契約されている方はいませんか?」
俺に続いてカイルが尋ねると、ハリス先輩はようやく俺が抱く雪豹に気がついたようだ。
「ゆ、雪豹だ! 皆、いたぞー!」
大きな声で叫ぶと、散らばっていた先輩たちがゾロゾロと集まってきた。
……やっぱりお菓子を買いに来てくれた先輩方ばかりだ。
「おお! イヴェルが見つかったのか。良かった、良かった。なぁ、ディーン」
マクベアー先輩が快活に笑いながら、ディーンとともにやって来る。
え? 誰がイヴェルのご主人さま!?
俺が動揺して先輩方を見回していると、イヴェルが嬉しそうな声で言った。
【そうだ! ご主人さまのお名前、ディーンさまだ!】
え、ディーン!?
目をパチクリとさせる俺の腕の中で、イヴェルは「ミュウミュウ」と鳴きながら、ディーンに向かって両前足を伸ばす。
【ご主人さま、会えてよかったぁぁぁ!】
元気に鳴くイヴェルに、ディーンは安堵した顔で近づいてきた。
それから、じたばたともがくイヴェルを俺から受け取り、そっと腕に抱え込む。
【ご主人さま、もう会えないかと思ったよ】
「探したぞ。怪我はしていないか」
ディーンはよく見るためか、イヴェルを持ち上げ体勢を変えようとする。
だが、イヴェルは離されると勘違いしたのだろう。
【やだやだ】
もう絶対に離れないといった様子で、ディーンの腕にしがみついた。
イヴェルも加減しているのだろうが、子供とはいえ雪豹の爪だ。
鍛錬で日に焼けたディーンの肌に、赤いひっかき傷を作る。
微かに眉を顰めたディーンは、ため息を吐いた。
「まったく……」
呆れ気味に笑って、イヴェルの小さい頭を撫でる。イヴェルは嬉しそうに、その手に頭をすりつけた。
イヴェルにご主人さまの特徴を聞いた時、とても優しい人だって言っていたけど……。
確かにイヴェルのこと、すごく大切にしているようだ。イヴェルも幸せそう。
俺たちはそんな彼らを見て、自然と笑顔になった。
強面の人が子供の雪豹を可愛がってる姿って、ギャップがあってなんだかほんわかするよね。
すると、ディーンは俺たちの視線に気がついたのか、眉間にしわを寄せる。
一見不機嫌そうではあるが、これが照れ隠しであることはわかっている。
だって、うっすら耳が赤くなっているもんね。
俺はディーンに向かって、にっこり笑った。
「ディーンさんがご主人さまだったんですね。見つかって良かったです」
「保護した時にフィル様が怪我がないか確認されていましたので、安心してください」
続いてカイルが言うと、ディーンは安堵の息を吐く。それから、俺たちに向かって頭を下げた。
「イヴェルが世話になったな。感謝する」
そんなディーンに、カイルと俺は恐縮する。
「頭を上げてください。俺たちはただ迷子を保護しただけなんで……」
「コハクがたまたま発見したんです。でなかったら、僕たちも気がつかなかったかもしれません」
コハクが胸ポケットから顔を出し、フンスと鼻息を吐く。
【コハク、見つけた!】
得意げなコハクを見て、ディーンは微かに笑った。
「そうか。ありがとうな」
【ヒヨコさん、ありがと! 皆もありがと!】
イヴェルも俺たちに向かって、お礼を言う。
「でも、本当に良かったなぁ」
「ああ、日が暮れても見つからなかったらどうしようかと思っていたもんなぁ」
「そうだな。テイラたちが保護してくれて本当に助かった」
ハリス先輩たちは安心したと、胸に手を当てて息を吐く。
「どのあたりで発見したんだ?」
マクベアー先輩の問いに、カイルが答える。
「小屋の鍛錬場付近の塀の傍です」
「あぁ、小屋まで行っていたのか。それじゃ、探しても見つからないはずだ。俺たちが重点的に捜索していたのは、東の広場付近の森だからな」
マクベアー先輩はそう言って、東側を指さす。
やっぱりイヴェルが訓練していたのは東の広場か。
先輩たちが東側で捜索していると知って、もしかしてとは思ったんだよね。
しかし、候補地ではあったけど、そこから小屋までって寮側の広場と比べると距離が倍はあるよな。こんなに小さな体で、それだけ移動してきたのか。雪豹ってすごいんだな。
俺が感心していると、突然コハクがポケットの中で翼をバタつかせた。
庭にいるメンバーの中に、光鶏のコハクの姿がないことに気がついた。
「コハクはどこだろ?」
「いませんね」
カイルもあたりを見回し、ヒスイが首を傾げる。
【さっきまでランドウの真似をして転がっていましたのに……】
コハクは時々、物陰や隅っこでお昼寝していることがあるんだよなぁ。
どこかで眠っちゃっているのかな。
「コハク~、どこにいるの?」
俺たちは名前を呼びながら、花壇やテーブルや椅子の陰を覗き込む。
すると、思っても見ない方向から、コハクの声が聞こえた。
【フィ~ル~!】
庭の端にある鍛錬場の奥の木陰からコハクが飛び出し、俺たちのほうへ向かって走ってくる。
俺が両手のひらを地面に近づけてスタンバイすると、コハクはそこへ勢いよく飛び込んだ。
俺はそのままコハクをすくい上げ、胸ポケットに入れる。
「どこに行ってたの? コハクは小さいんだから、あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
だが、その注意も聞こえていないのか、コハクは興奮気味にペシペシと羽根で俺の胸元を叩く。
【フィル、あっち! あっち!】
鼻息荒く、自分が来た方向を指し示す。
小さなコハクは視界も低く、時々他の皆が見落とすようなものを発見することがある。
今回も何か見つけたんだろうか。
俺は小さく笑って、コハクに尋ねる。
「あっちに何があったの?」
【まいご!】
元気よく言ったコハクに、俺は目を瞬かせた。
「は? ……迷子? 迷子がいるの?」
コハクはコックリと頷いて、再びピッと来た方向を示した。
「生徒でしょうか? 小屋のあるこの森は、道がわかりにくくなっていますから」
眉を顰めるカイルに、俺は低く唸る。
「でも、コハクが発見したなら、小屋の敷地内で発見したってことでしょ。敷地に入ってきたら、さすがにコクヨウが気づくよね?」
俺が顔を向けて聞くと、コクヨウは【そうだな】と言って頷く。
小屋の周囲を囲むここの塀は高さがあり、全面を蔦がびっしり覆っている。
登ればガサガサ音がするから、コクヨウやカイルがその音に気づかないはずはない。
【今も人の気配はない。もしかすると……気配の小さい小動物かもしれん】
なるほど。動物か。森には野生の小動物も棲息しているから、可能性はある。
まぁ、この辺に棲息している動物が、迷子になるというのも少し考えにくいけど。
「ともかく、どんな子にしろ、困っているなら助けてあげないといけないね」
そう言って、皆でコハクの案内するほうへと歩いていく。
場所はコハクが出てきた木陰からさらに奥、周囲を囲う板塀のあたりだった。
迷子はすぐに見つかった。
うわぁぁ、可愛い。白色の体毛の、小さな子猫?
一瞬そう思ったが、柄を見て間違いだと気づく。
「あの子、雪豹だ。このあたりじゃ珍しいなぁ」
雪がたくさん降る、寒い国に棲息している動物だ。
「ということは、野生ではなく誰かの召喚獣でしょうかね」
「そうかもしれないね」
雪豹は敷地の内側の塀の前で、「ミュウミュウ」鳴きながらあっちへ行きこっちへ行きしている。
板塀の一部に小さな隙間があるから、多分そこをくぐったんだな。
【あっちかな。こっちかな】
雪豹は動揺しているのか、キョロキョロしているのにまったく俺たちに気がついていない。
【さっきのヒヨコさん、どこ行ったんだろう……】
そう言って、しょんぼりと俯く。
【コハク、ここいる!】
雪豹の呟きを聞き、コハクが俺の胸ポケットから、トウ! とばかりに飛び出した。
「え、ちょっ! コハク!? 危な……!」
無鉄砲な! そんな小さな羽根じゃ飛べないのに!
俺とカイルが慌てて落下するコハクをキャッチしようとしたが、あと少しのところで掴みそこなった。地面にぶつかると思った瞬間、風が吹いてコハクの体が浮き、ふわりと地面に落ちる。
【もうコハクったら、一直線で困りますわね】
風を纏ったヒスイが、ふぅと息を吐く。
び、びっくりしたぁ。ヒスイが風でサポートしてくれなかったら、どうなっていたことか。
「ヒスイ、ありがと」
俺とカイルはぐったりとして、しゃがみ込む。
一方コハクは、こちらの焦りなど知らぬ顔で、そのまま雪豹の元へと駆けていった。
【コハク、来た!】
【ヒヨコさん……】
雪豹はまずコハクを見て、それから俺たちに目を向ける。
「こんにちは。フィルだよ」
雪豹に向かって、俺は優しく微笑む。
「安心して。そこにいるコハクと、召喚獣契約をしているんだ。君は召喚獣? ご主人さまとはぐれちゃったのかな? もしよかったらお手伝いするよ」
【おてつ……だい?】
おずおずと尋ねる雪豹に、ホタルとザクロが話しかける。
【フィルさまがご主人さまを見つけてくれるお手伝いしてくれるです!】
【だから、安心しな!】
【ご主人さまのところに? ほんと!?】
尻尾を振って一瞬喜んだ雪豹だったが、俺の後ろにいたコクヨウを見て耳をぺしょっとたたむ。
【ほ、ほんとに、ご主人さまのところ?】
……疑われてる。
ディアロスであるコクヨウの強大な気は、子狼姿でも変わることはない。
普段からその気を抑えてもらっているのだが、小さい子にはそれでも怖いようだ。
ぷるぷると震える雪豹に、コクヨウはフンと鼻息を吐く。
【案ずるな。フィルのせいで、最近の我は美味いものしか受けつけぬ舌になっておる】
その言い方ってどうなんだ。
そう思ったが、意外にも雪豹は安心したようだ。
【じゃあ、ほんとに連れてってくれる?】
そう言って、一歩前に出てきた雪豹に、俺はにっこりと微笑んだ。
「うん。きっと見つけてあげるよ」
さて、ご主人さまを見つけてあげるには、まずこの子から話を聞かないと。
雪豹を召喚獣にしている生徒に心当たりはないが、俺たちが知らないだけの可能性もある。
早く会わせてあげられたらいいんだけど……。
そんなことを思いつつ、俺は雪豹に目線を近づけ優しく尋ねる。
「君のお名前と、ご主人さまのお名前を教えてくれる?」
【ボクのお名前は、イヴェル。えっと、ご主人さまのお名前はね。ご主人さま……えっと、ご主人さまは……】
言いながら空を見上げたイヴェルは、その状態のまま固まった。
【どうしたんでぇ】
【動かなくなったな】
ザクロは首を傾げ、ランドウはイヴェルの目の前で前足を左右に振った。
「イヴェル、どうしたの?」
俺が声をかけると、イヴェルは悲しげな顔でこちらを見て、再びぺしょっと耳をたたんだ。
【ボク……いつもご主人さまって呼んでるから……お名前……わ、わすれちゃった】
【えーーーーっ!】
【忘れちゃったです!?】
【それは大変っす!】
コハクは嘴をパカッと開けて驚き、ホタルやテンガはわたわたと慌てる。
【主人の名を忘れるなど、そんなことあり得るのか?】
怪訝な様子のコクヨウに、カイルは低く唸って言う。
「召喚獣契約をしたばかりなら、可能性はなくもないと思います」
「それに、この子はまだ幼いもんね」
主人の名前がわかれば、すぐに誰の召喚獣か判明すると思ったけど。そう簡単にいかないか。
ふむ。忘れちゃったなら、別の方法を取るしかないな。
俺は顎に手を当てて少し考え、それからイヴェルに再度尋ねた。
「ご主人さまってどんな人? 男の人? 女の人?」
ご主人さまの特徴から、人を絞っていこう。
【男のひと。とっても優しいよ。ボク失敗してばかりなんだ。でも、『気にするな』って頭なでて、いっぱいなぐさめてくれるの】
嬉しそうに答えるその様子から、とても可愛がられているのがわかる。
【でも、なでる力が強いから、ボクちょっと目がまわっちゃう時あるんだ】
優しい男の人で力が強いか……。
俺の頭の中に、『ワハハ』と笑いながら、イヴェルの頭を撫でる豪快な人が現れる。
マクベアー先輩が思い浮かんだが、新しく召喚獣契約をしたという話は聞いていない。
「どれくらいの背丈かはわかるか?」
カイルの問いに、イヴェルは頭をちょこんと傾け考える。
【ん~、あなたよりちょっと大きい……かな?】
カイルより大きいってことは、百七十センチくらい?
生徒であれば、三年生か高等部の生徒。そうでなければ、先生か学校に出入りする大人?
とりあえず、初等部の生徒の線は消えたな。
それに有力情報はゲットしたけど、人物を特定するにはまだヒントが足りないなぁ。
「じゃあ、どうやってここまで来たのかは覚えている? ご主人さまとはこの近くで別れたのかな? 迷子になる前は何をしていた?」
来た方向や何かしらの情報を得ることができれば、それを手がかりにご主人さまを見つけられるかもしれない。
イヴェルは思い出しながら、少しずつ話し始める。
【えっとね。迷子になる前は広い原っぱにいて、ご主人さまがボクを訓練してくれてたの】
ふむふむ、イヴェルの能力訓練かな。
まだ幼いと、能力を上手く使えないことがある。
能力向上や威力の安定、お互いの信頼関係を強めるためにも、契約初期の訓練や遊び、スキンシップはおすすめだ。
原っぱということは、歓迎会を開いた広場かな。この森と寮の間にある場所だ。
いや、東側にも通りに面した広場があるか……。
俺が考え込んでいると、ザクロが興味津々で尋ねる。
【原っぱで訓練して、なんで森で迷子になっているんでぃ】
イヴェルは少しもじもじしながら言う。
【あのね、大きな音がしたの】
「大きな音? どんな音?」
そんな大きな音、したかなぁ?
俺が首を捻りつつ尋ねると、イヴェルは両前足を大きく広げる。
【ドォーン! って、とっても大きな音だよ。近くに落ちたの。雷かも!】
短い前足をめいっぱい広げたイヴェルは、めちゃくちゃ可愛かった。
でも、イヴェルは真剣なんだから、ニヤけちゃダメだ。
俺はニヤけそうになる口元を隠し、小さく咳払いした。
「……大きな落雷か」
今日は晴天。晴天でも雷が落ちないわけではないが、近くで雷が落ちたら、離れている俺たちだってさすがに気づく。
召喚獣の能力という可能性もあるが、ビックリするぐらい大きな雷を落とせるのなんてヒスイくらいだろうしなぁ。
イヴェルの説明に、ますます謎が深まるばかりだ。
「それで、その大きな音に驚いたのか?」
カイルの言葉に、イヴェルはしょんぼりしながら頷いた。
【ボク……ビックリして。夢中で走ったの。そしたら……知らない森のなかで。それで、ご主人さまを呼んでたら、ヒヨコさんがそこからのぞいてたの】
イヴェルは板塀の隙間と、コハクを順番に前足で指し示した。
【コハク、まいご見つけた!】
イヴェルの前で仁王立ちしていたコハクは、俺たちに向かって誇らしげに胸を張る。
【なるほど。コハクを見かけて、敷地内に入ってきたんですのね】
ヒスイの言葉に、イヴェルがコクリと頷く。
「事情はわかったよ。つまり、訓練中に大きな音がして驚いて、森の中に逃げてきたってわけだね」
「でも、話を聞いた限りでは、結局どのあたりから来たのかわかりませんでしたね。まぁ、仮に元いた場所がわかっても、主人がこの子の捜索のため、すでに移動しているかもしれませんけど」
難しい顔をするカイルに、イヴェルの目がみるみるうちに潤んでくる。
カイルがそれに気がつき、顔を引きつらせた時にはもう遅かった。
イヴェルは地面に伏せて「ミュゥゥ、ミュゥゥ」と大きな声で泣き始める。
あわわわ、泣いてしまった。
俺は小さなイヴェルを抱き上げると、背中をぽんぽんと優しく叩く。
「大丈夫だよ。ちゃんと見つけてあげるから。ね! カイル」
「は、はい! フィル様のおっしゃる通り、方法はいくらでもある!」
俺とカイルが言うと、イヴェルは心細げに顔を上げる。
【ほ、ほんとぉ?】
「うん。イヴェルはこの地方では珍しい子だしね。いろんな人に聞いたら、きっと君のご主人さまのことを知っている人が出てくるよ」
そう言って励ますと、イヴェルは「ミュゥ」と小さく鳴く。
まだ不安そうだけれど、少しは気持ちが落ち着いたみたいだ。
「フィル様。雪豹を保護したことを、中等部の寮生に知らせてみませんか。この森は中等部の裏手にありますし、まずは主人が中等部関係者かどうか確認してみては?」
「そうだね。そうしよう」
カイルの提案に俺は微笑み、それからヒスイを見上げた。
「ヒスイ、お願いがあるんだけど。僕たちはこの子のご主人さまを探しながら寮に戻るから、ヒスイも上から見てそれらしい人がいたら教えてくれない?」
【わかりましたわ。もしかしたら、そのご主人さま自身が捜索するため、こちらに来ている可能性もありますものね。見つけ次第お知らせしますわ】
ヒスイはにっこり笑って、ふわりと空に浮かび上がり姿を消す。
よし、これで行き違いになることもないだろう。
「皆、寮に移動するよ」
俺がイヴェルを抱いたまま胸ポケットにコハクとルリを入れると、カイルがホタルとザクロを抱える。コクヨウとランドウとテンガには歩いてついてきてもらって、寮に戻ることにした。
俺とカイルは歩きながら、キョロキョロとあたりを見回す。
う~ん、それらしい人影もないし、イヴェルを探している声も聞こえないなぁ。
そのご主人さまも、小さいイヴェルがまさかこんな森の奥深くまで来ていると思っていないのかもしれない。
ご主人さまも心配しているだろうから、早くイヴェルの無事を教えてあげたいな。
腕の中のイヴェルを見下ろすと、胸ポケットのコハクやルリと一緒に遊んでいた。
『どっちがポケットから頭を出すでしょーかっ!』というゲームみたいだ。
ルリかコハクのどちらかが頭を出すのと同じタイミングで、イヴェルが名前を呼び、当たるかどうかという遊びらしい。
……さっきからポケットが、やけにガサガサするなぁって思ってたんだよね。
まぁ、迷子になって落ち込んでいたイヴェルの気持ちが、向上したのはいいけど。
正解するたびに、イヴェルは小さな足をジタバタさせて喜んでいた。
雪豹の子供って、足が少し短めで、体型がコロコロしていて可愛いなぁ。
それにホタルたちとは、また違ったもふもふ感。
短毛なんだけど、寒い地域に棲む動物だからか、ぎゅっと毛が詰まっていてボリュームたっぷりだ。
こんなに小さくて可愛いのに、成獣になれば成人男性より大きくなるんだよね。
このもふもふも今だけの限定かと思うと、より特別な気がする。
無邪気に遊んでいるイヴェルたちに顔を綻ばせていると、ふいに空中にヒスイが現れた。
【フィル、ここから少し東寄りに進んでください。十数人の生徒たちがイヴェルを探しております。もしかしたらその中の誰かが、その子の主人かもしれませんわ】
その言葉に、イヴェルの目が輝く。
「ありがとうヒスイ。カイル、行ってみよう!」
「はい!」
俺たちはヒスイの案内で、その生徒たちのいる方向へと駆け出した。
到着すると、高等部の生徒が数人散らばってイヴェルの名前を呼んでいた。
「え……先輩?」
そこにいたのは、去年卒業したジェイ・ハリス先輩やティム・ミラー先輩たちだった。
一年の時、商学のお菓子をよく買いに来てくれた先輩たちである。
ハリス先輩は俺たちに気がつくと、満面の笑みで挨拶をする。
「やあやあやあ! テイラとグラバー! どうしたんだ、こんなところで!」
久々に会ったけど、勢いの激しさと熱血っぽさはまったく変わらない。
声の大きさとその勢いにちょっと圧倒されながら、俺は答える。
「えっと、雪豹の子供を保護しまして」
「皆さんの中に、この雪豹と契約されている方はいませんか?」
俺に続いてカイルが尋ねると、ハリス先輩はようやく俺が抱く雪豹に気がついたようだ。
「ゆ、雪豹だ! 皆、いたぞー!」
大きな声で叫ぶと、散らばっていた先輩たちがゾロゾロと集まってきた。
……やっぱりお菓子を買いに来てくれた先輩方ばかりだ。
「おお! イヴェルが見つかったのか。良かった、良かった。なぁ、ディーン」
マクベアー先輩が快活に笑いながら、ディーンとともにやって来る。
え? 誰がイヴェルのご主人さま!?
俺が動揺して先輩方を見回していると、イヴェルが嬉しそうな声で言った。
【そうだ! ご主人さまのお名前、ディーンさまだ!】
え、ディーン!?
目をパチクリとさせる俺の腕の中で、イヴェルは「ミュウミュウ」と鳴きながら、ディーンに向かって両前足を伸ばす。
【ご主人さま、会えてよかったぁぁぁ!】
元気に鳴くイヴェルに、ディーンは安堵した顔で近づいてきた。
それから、じたばたともがくイヴェルを俺から受け取り、そっと腕に抱え込む。
【ご主人さま、もう会えないかと思ったよ】
「探したぞ。怪我はしていないか」
ディーンはよく見るためか、イヴェルを持ち上げ体勢を変えようとする。
だが、イヴェルは離されると勘違いしたのだろう。
【やだやだ】
もう絶対に離れないといった様子で、ディーンの腕にしがみついた。
イヴェルも加減しているのだろうが、子供とはいえ雪豹の爪だ。
鍛錬で日に焼けたディーンの肌に、赤いひっかき傷を作る。
微かに眉を顰めたディーンは、ため息を吐いた。
「まったく……」
呆れ気味に笑って、イヴェルの小さい頭を撫でる。イヴェルは嬉しそうに、その手に頭をすりつけた。
イヴェルにご主人さまの特徴を聞いた時、とても優しい人だって言っていたけど……。
確かにイヴェルのこと、すごく大切にしているようだ。イヴェルも幸せそう。
俺たちはそんな彼らを見て、自然と笑顔になった。
強面の人が子供の雪豹を可愛がってる姿って、ギャップがあってなんだかほんわかするよね。
すると、ディーンは俺たちの視線に気がついたのか、眉間にしわを寄せる。
一見不機嫌そうではあるが、これが照れ隠しであることはわかっている。
だって、うっすら耳が赤くなっているもんね。
俺はディーンに向かって、にっこり笑った。
「ディーンさんがご主人さまだったんですね。見つかって良かったです」
「保護した時にフィル様が怪我がないか確認されていましたので、安心してください」
続いてカイルが言うと、ディーンは安堵の息を吐く。それから、俺たちに向かって頭を下げた。
「イヴェルが世話になったな。感謝する」
そんなディーンに、カイルと俺は恐縮する。
「頭を上げてください。俺たちはただ迷子を保護しただけなんで……」
「コハクがたまたま発見したんです。でなかったら、僕たちも気がつかなかったかもしれません」
コハクが胸ポケットから顔を出し、フンスと鼻息を吐く。
【コハク、見つけた!】
得意げなコハクを見て、ディーンは微かに笑った。
「そうか。ありがとうな」
【ヒヨコさん、ありがと! 皆もありがと!】
イヴェルも俺たちに向かって、お礼を言う。
「でも、本当に良かったなぁ」
「ああ、日が暮れても見つからなかったらどうしようかと思っていたもんなぁ」
「そうだな。テイラたちが保護してくれて本当に助かった」
ハリス先輩たちは安心したと、胸に手を当てて息を吐く。
「どのあたりで発見したんだ?」
マクベアー先輩の問いに、カイルが答える。
「小屋の鍛錬場付近の塀の傍です」
「あぁ、小屋まで行っていたのか。それじゃ、探しても見つからないはずだ。俺たちが重点的に捜索していたのは、東の広場付近の森だからな」
マクベアー先輩はそう言って、東側を指さす。
やっぱりイヴェルが訓練していたのは東の広場か。
先輩たちが東側で捜索していると知って、もしかしてとは思ったんだよね。
しかし、候補地ではあったけど、そこから小屋までって寮側の広場と比べると距離が倍はあるよな。こんなに小さな体で、それだけ移動してきたのか。雪豹ってすごいんだな。
俺が感心していると、突然コハクがポケットの中で翼をバタつかせた。
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