転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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2巻

2-1

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 1


 大学生の俺、いちはるは、異世界にあるグレスハート王国という小さな国の第三王子フィル・グレスハートとして転生した。
 こちらの世界に文明の利器はないけれど、代わりに召喚獣や、不思議な力を持つ鉱石がある。
 束縛だらけだった前世と違って、せっかく王子、しかも比較的気楽な三男として転生したんだ。好きな動物をモフモフしながら、のんびりダラけて生きてやる!
 ……と思っていたんだけど、人生ってなかなか思った通りに進まないよね。
 予定外なことばかり起こる。
 例えば……。
 一、俺の髪は、この世界でも珍しい青みがかった銀髪でした。おかげで、どこに行っても目立ちます。
 二、前世の味恋しさに干物やプリンを作りました。結果、国の名産が着々と増えています。
 三、なぜか動物や妖精と話せるメルヘンな体質でした。知らない人が見たら、怪しいです。


 だけど、これらはまだいい。


 四、初めて召喚獣にした黒い狼が、国ひとつ滅ぼす力を持った伝承の獣ディアロスでした。
 五、弱っている希少な精霊を助けたら、いつの間にかその精霊と主従契約を結んでいました。
 六、今度こそもふもふ召喚獣ゲットしてやると森に行ったら、魔獣化したおおを退治することになりました。


 ……ねぇ! 俺ののんびりライフどこへ行ったー! 全然ダラけられてないんだけど!
 おおに関しちゃ、この世界でもう一度死ぬかと思ったよ!
 でも……でも、いいんだ。森で暴れていたおおを退治したら、その恩返しに、俺が召喚獣にしたかったもふもふの毛玉猫が「召喚獣にして」と大勢でやって来たのだから。
 おお退治してみるもんだね! ……そう思わないとやってられない。
 城の裏門から百メートル離れた場所。護衛の兵士と、長老をはじめとした毛玉猫の皆に囲まれる中、俺は三度目の召喚獣契約を結んだ。
 新しく召喚獣になった毛玉猫は、他の毛玉猫がてちてち歩く中、転がって移動する愉快な子だった。おかげで毛が汚れちゃって、いろんな色に染まっている。それが蛍石を連想させたから、俺はホタルと名づけたんだ。

「よろしくね。ホタル」

 俺はにっこり微笑んで、グリグリとホタルの頭を撫でる。

「ゲホッ!」

 撫でた拍子にほこりが舞った。それを思い切り吸い込んだ俺は、ゲホゲホと咳き込んでしまった。
 ゆ、油断したーっっ!!

「だ、大丈夫ですかっ?」

 慌てて駆け寄るカクさんを、俺は手で制した。スケさんも心配そうにこちらを見ている。
 この二人は俺の護衛を務める兵士で、本名は・キナスと、マイク・ルス。二人の雰囲気が前世で見た時代劇の彼らに似ているので、俺はスケさん、カクさんて呼んでいる。

「ケホケホッ……だ、大丈夫」

 咳が少し落ち着いてきて、俺は何とかそう答えた。
 だけど、ほこりと一緒に変な綿毛みたいなのも吸い込んじゃったよ。
 咳き込んでいた俺を、心配そうにホタルが見上げる。その姿はとても愛らしい。
 だが……汚かった。これは早急に洗わないとダメなレベルだ。
 俺はカクさん達を振り返る。

「事態収拾に鉱石は使うなって父さまが言ってたけど、もう一件落着したんだし、洗うのに鉱石を使ってもいいよね?」

 突然、城に向かって押し寄せてきた毛玉猫の大群。あまりの事態に驚いたけれど、俺は毛玉猫と契約したくて、現場に行かせて欲しいと父さんに頼んだ。それを許す条件が、騒動の解決に鉱石を使わないこと、規格外の行動を起こさないことだったのだ。
 俺の場合、漢字と一緒に鉱石の効果をイメージできるぶん、異常な威力になってしまう。だが騒動の解決に使うわけじゃないし、使い方さえ注意すれば大丈夫なはずだ。

「問題ないんじゃないですか? 俺は汚れ落とすの大賛成です」

 手を上げて元気よく一票を入れるスケさんに、カクさんが眉をひそめる。

「おい。私達がそのように勝手な判断をしては……」
「だって、こーんなに薄汚れちゃってるんだぜ。洗うくらい、いいじゃないか。汚いまま城内に入れたら、メイド長が悲鳴を上げるぞ」
「まぁ……それはそうだが」

 スケさんの言葉に、カクさんがうなる。
 そんな二人の会話を聞いて、ホタルはシュンとした。薄汚れているやら汚いやらとハッキリ言われて、落ち込んだらしい。
 自分が汚れることにはとんちゃくでも、内面はデリケートな毛玉猫のようだ。
 しおれたホタルに気づき、カクさんが「うっ」と声を詰まらせる。

「あぁ……わかりました。この場合、致し方ないでしょう」

 その言葉に俺は微笑んで頷くと、毛玉猫に水の指輪を掲げた。

「洗う」

 洗濯機をイメージしながら唱えると、水がホタルの体をぐるぐると取り囲む。
 一瞬、息継ぎできるのかと不安になったが、鼻と口は水から出ているらしく、ホタルはとても気持ち良さそうだ。洗われている間、陽気に「ナウナウ」鳴いている。
 そんなに気持ちいいのか? 自分でもやってみようかなぁ。
 ホタルを撫でていた俺の手も少し汚れていたので、ついでに鉱石を重ねて発動してみた。

「手洗い」

 水が手にまとわりついて、付着していた汚れを綺麗にしていく。
 重力に関係なく水が手を覆うなんて、不思議な感じだ。
 やってみてわかったけど、鉱石を同時に発動することってできるんだな。
 だからと言って、効果の持続時間の短さを、絶えず唱え続けることでカバーするのは面倒だろうが……。
 手を覆っていた水が、パシャリと地面に落ちた。どうやら持続力がなくなったらしい。
 鉱石を使う時には、イメージだけでなく唱える文字数も重要だ。短いほうが効果が高い。漢字を意識した場合は読みの音数ではなく、表記の文字数が優先されるようだった。
 だから、「洗う」は二文字で、「手洗い」は三文字。
 俺の手洗いは終わったのに、未だにホタルの洗浄が終わっていないところを見ると、三文字より二文字の方が持続力があるのか……。

「しかし……汚いですね……」

 カクさんがしみじみと呟く。
 確かになぁ……と、洗われているホタルを見た。
 ホタルを取り囲んでいる水が、みるみる茶色に変わっていく。毛の中に小石や木の実がからまっていたのか、茶色い水の中に浮遊物がいくつもあった。
 せっけんでもあれば、ジャブジャブ泡立てて洗いたいところだなぁ。
 あ、駄目だ。こちらの世界のせっけんは、泡立ちがいまいちなんだった。
 今まで我慢していたけど、ホタルがよく汚れるのなら作ってみようかな。
 せっけん作りの原理は、小学生の時に自由研究でやったことがあるからわかっている。
 せいソーダがあれば簡単に作れるんだけど。この世界にはないから、灰でやってみるか。
 俺がそんなことを考えている間に、ホタルの洗浄が終わったらしい。
 体を覆っていた水が弾け、濡れてぺションと一回り小さくなったホタルが現れた。
 ……丸いフォルムは変わらないんだな。みずまんじゅうみたいにプルンとしてる。何か美味しそう。

「ホタルって、元は真っ白だったんだね」

 驚きながら、濡れているホタルの毛を撫で付ける。
 てっきり薄い灰色だと思っていたんだけど……。そうか、土や草の汁で様々な色に染まって、元の毛色がわからなかったんだな。つか、どんだけ汚れてたんだよ。
 撫でていると、今まで毛で隠れていた目も、ちゃんと見ることができた。その瞳は、右目が青、左目が黄色のオッドアイだ。

「うわぁ。瞳の色が違うんだ? 可愛いぃぃ」

 俺が微笑むと、後ろからカクさんが覗き込んできた。

「あぁ、本当ですね。瞳の色違いは、珍しいですよ。瞳には力が宿るそうでして、色違いの獣は二種類の力を持っていると聞きます」
「へぇ、二種類かぁ。まぁ、俺としては癒して、あっためてくれるだけで充分だけど」
【はい、あったかくするです!】

 言うが早いか、ホタルは薄く光りだした。
 しばらくすると、濡れていた毛がかわいていく。
 後で鉱石を使ってドライヤーをかけるみたいにかわかそうと思っていたのだが、ホタルは自分の体から発する熱で毛をかわかしてしまった。

「すごいね!! ホタル」

 褒めるように撫でると、ホタルは嬉しそうに「ナウ~」と鳴いた。
 抱き上げた白い毛玉は、意外と軽かった。
 あったかい。あつすぎずぬるすぎず、ちょうどいい温度だ。綺麗になった白いもふもふの毛はなめらかで、顔を埋めると優しく包んでくれる。至福とはこのことか。
 存分にもふもふして顔を上げると、「フォッフォッフォ」と毛玉猫の長老が笑ってこちらを見ていた。
 はっ! もふもふに夢中になりすぎて我を忘れていたっ!!
 慌てて、ホタルから顔を離す。
 長老は嬉しそうに頷いて、俺とホタルを見上げた。

【救い主様、ホタルを可愛がってくだされ。では、我らはそろそろ森へ帰りますじゃ】
「今回はどうもありがとう。帰り、送ろうか? 大変でしょう」

 転がって移動するホタルと違って、通常の毛玉猫は歩くのが遅そうだ。今から帰ったら、森につくのは夜になるだろう。
 だが、俺の申し出に長老は頭を振る。

【大丈夫ですじゃ。慣れておりますでのぅ。それより救い主様に伝えておきたいことがあります】
「伝えておきたいこと?」
【今回のことで、ご恩をすべて返せたとは思っておりません。何かありましたら、ホタルを介して我らをお呼びください】
「ホタルを介して?」

 ホタルは召喚獣として今後俺のそばにいるわけだが、遠く離れていても長老を呼ぶなんてことできるのか?
 首を傾げてホタルを見ると、肯定するように「ナウ」と鳴く。

【地面を叩いて、仲間に知らせる信号あるです。周りの毛玉猫づたいで、相手に知らせるです】

 一生懸命説明するホタルに、俺は「へぇ」と頷いた。
 毛玉猫用のモールス信号みたいなものか。それを毛玉猫ネットワークで送る、と。

【呼び出しがありましたら、我が一族はどこへでもせ参じ、力をお貸しするとお約束致しますじゃ】

 長老が「ニャア」と鳴くと、周りの毛玉猫たちも一斉に鳴き始めた。
 歩きが遅く、攻撃系ではないあいがんの毛玉猫。呼ぶ機会はおそらくあまりないだろうけど、気持ちは嬉しい。

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」

 微笑んだ俺にコクリと頷いた長老は、ホタルの前に立った。

【救い主様の召喚獣として、頑張るんじゃぞ】
【じっちゃんも長生きしてねです。毛玉猫信号、時々送るです】

 ぷるぷると震えて、ホタルが「ナウー」と鳴く。
 召喚獣になったら、なかなか会えなくなるしな。感動の別れだ。
 思わずホロリとしそうになり、目元を押さえ……ようとしたところで、あることに気づいて手が止まった。

「ん……? じっちゃん?」

 長老に親しみを込めてそう呼んでいるのか? いや、他の毛玉猫は「長老」と呼んでいた気がするけど……。
 首を傾げて長老を見ると、長老はケロッとして言った。

【だって、ホタルはワシの孫じゃもん】
「孫じゃもん? 長老の孫なの?」

 俺に聞かれて、ホタルはコクリと頷く。

【転がって移動したり、瞳の色が左右で違ったりと、我が一族の中でも異色でのぅ。なかなかれに馴染めんで心配しておったのじゃが。救い主様のところなら安心じゃ】

 長老が「フォッフォッフォッ」と笑う。
 そっか、ホタルは長老の孫だったのね。

【ところで救い主様、そこにある騎士の彫像。よくできておるのぅ。ワシにくれんじゃろうか?】

 ん? 騎士の彫像……?
 長老の視線の先には、猫嫌いのグランドール将軍が未だに硬直状態で仁王立ちしていた。
 この毛玉猫たちがいなくならない限り、動くことはないだろう。
 すっかり忘れてた。

「あー……それは、ダメです。なまものなので」



 2


 ポカポカ陽気の午後。城の庭の中で、一番大きな木のかげ
 ピクニック用の布を敷き、頭にはふかふかのクッション。かたわらにホタルと子狼のコクヨウを置いて、のんびり横たわっていた。
 子狼状態で寝息を立てているコクヨウは、まったく伝承の獣に見えない。可愛いぬいぐるみのようだ。
 精霊のヒスイは太い木の枝に座り、気持ち良さそうに鼻歌を歌っている。
 さわやかな風が吹いて、俺の前髪を揺らす。くすぐられているみたいで、ちょっとこそばゆい。
 木漏れ日がまぶしくて、俺はゆっくり目をつむる。
 こんなにのんびりしているのは初めてだ。待ち望んでいたゴロゴロタイムに、思わずにやける。
 眠っちゃいそうな、でもこの心地よさをまだ味わっていたいような……。
 うつつと夢のはざまで、うとうととしていると……。

【ナーーー!!】

 突然、悲鳴が上がった。
 俺はビックリしてガバッと起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。
 見ると、ホタルのお尻に、コクヨウがかぶりついていた。
 ホタルはお尻をブンブン振って、コクヨウを振り払おうとしている。だが、どうにもできなくて俺に向かって「ナーウ」と鳴いた。

【助けてくださいですぅ】

 寝ぼけていた俺は、ようやく事態を把握する。

「そ、そうだねっ! 今取るから」

 そう言うと、慌ててコクヨウを引きがした。

「何やってんの、コクヨウ。かじったらダメだってば」

 すると、コクヨウは半眼で俺を見て、不満気に「ガウ」と鳴く。

【我のおやつだぞ】
「ホタルはおやつじゃありません」

 コクヨウを地面に下ろして、「めっ!」としかる。

【ぼっボク、おやつっ!?】

 おやつだと言われたホタルは、転がりながらあっという間に木のかげに隠れてしまった。

【我のしろまんじゅうが……】

 コクヨウは残念そうに呟いて、ホタルのいる木の方を見る。そして電池が切れたように、コテンと突っ伏し、そのまま寝息を立てて眠ってしまった。

「寝ぼけてたのかいっ!」

 思わずツッコミを入れる。
 なんて人騒がせな。確かにホタルは、大きな白いまんじゅうフォルムだけれども。寝ぼけてかぶりつくなんて……おやつを食べている夢でも見ていたのか?
 召喚獣は、生きるための食糧を必要としない。召喚獣が何かを食すのは、単にこうによるものだそうだ。
 だが、コクヨウは俺のグルメ改革のせいか、随分と甘いもの好きになってしまった。
 毎日五個もプリンを食べているのに、ホタルをまんじゅうと間違えるとは……。
 太ったらどうしよう。そもそも伝承の獣って不老不死なんだよね。太るのかな?
 コクヨウをひっくり返して、確かめるようにお腹を撫でる。寝ていてもお腹を撫でられると気持ちいいのか、後ろ足をカシカシと動かした。
 こうしてると、ただの子狼なんだけどなぁ。しみじみと思う。
 まぁ、ホタルにかじりついたのが、大きなコクヨウの時じゃないだけマシだったのかな。
 コクヨウは体のサイズを変えられるのだが、大きいコクヨウは当然ながら口も大きい。もしその状態だったら、俺の知らないうちにホタルがパックリ食べられていたかもしれない。いや、その時は俺だって、一緒にパクっといかれていたはず。
 しゃくもせずに呑み込まれ、目が覚めたら腹の中……コワーっ!
 コクヨウと一緒に昼寝する際は、必ず子狼でと約束させよう。もしくは寝る前にお腹いっぱいにさせるとか。でなけりゃ、おちおち昼寝もできやしない。

「ホタル、もう大丈夫だよ」

 未だ木のかげで、プルプル震えているホタルに声をかける。

【食べるですか?】

 すっかり疑心暗鬼になっているなぁ。

「食べないから。大丈夫だから」

 野良猫をあやす時と同じく、「チッチッチッ」と舌を鳴らしてみた。
 ホタルはそれにおびき寄せられるように、ゆっくりと近づいてくる。俺は近くまで転がってきたホタルを優しく抱き上げた。
 噛み跡がついて少し血が出ているが、深い傷ではない。コクヨウが歯の小さい子狼で本当に良かった。

【大したことなさそうで、良かったですわね】

 木から降りてきたヒスイは、傷口を見て苦笑する。

【食べられかけたです】

 しょんぼりするホタルを、敷物の上に置く。まだビクビクしているので、コクヨウとは離れたところにした。
 コクヨウはと言えば、ひっくり返された時のまま大の字になって、コーコーとお腹を揺らしている。
 なんだかなぁ……。

【フィル様、痛いです】

 甘えてすり寄ってくるホタルを、ヨシヨシと撫でる。
 ホタルは、まだ一歳。三百年以上生きているコクヨウや、まゆの形態をとっていたとはいえ百年前からいるヒスイと比べたら、赤ちゃんみたいなものか。

「じゃあ、痛いのが治るおまじないをしてあげる」

 幼稚園の先生のような気分で、それを試してみようと思った。

【おまじないですか?】

 キョトンとするホタルに俺は頷くと、傷口を撫でていた手をバッと外へ向けた。

「痛いの痛いのとんでいけー!」

 俺の手の行き先を見ていたホタルだが、ハッとして俺を見る。

【すごいです! 痛くなくなったです!】
「そっか。それは良かった」

 無邪気なホタルに、小さく噴き出す。
 やはり子供だな。おまじないでだまされるとは。
 ホタルは痛みが消えたと思っているようだが、とりあえず傷口の手当てはしておこうかな。

「ん?」

 再度傷口を確認すると、何故か小さくなっている。先ほどまで、カップリ歯型があったのに。

【フィル、あのおまじないで本当に治したんですか?】

 ヒスイが傷口を見ながら聞いてくる。

「まさか、そんなはずはないよ」

 もともとの毛玉猫の回復力が高いのか。はたまた、プラシーボ効果で治癒力でも上がったか。
 俺は眉根を寄せて首を傾げる。

「フィル様ぁ~っ!」

 その時、不意に遠くから声が聞こえた。
 声のした方向を探したところ、城から庭へと出る扉の前で、スケさんが手を振っているのが見えた。そして俺が気づいたとわかると、すごい勢いで走ってくる。

「フィル様、探しました!」

 さすが鍛えているだけはある。息を切らしもせず、俺の前で臣下の礼をとった。

「どうしたの?」

 今日の予定は、何にもなかったはずだけど。

「急なことですが、近々舞踏会が開かれることになりました。王様がフィル様も参加するようにとおおせです」
「舞踏会!?」

 まったくみのない単語が出てきて、驚きのあまり目を見開く。
 舞踏会ってあれだろ、物語とか映画とかで出てくるやつ。その舞踏会に、俺が参加?

「何でぇ?」

 眉をハの字にして、泣きそうな声を出してしまう。
 これまで城でおおやけのパーティーがあっても、参加するのはアルフォンス兄さんとステラ姉さんだけだった。彼らは十四歳の時に、社交界デビューをしている。
 もうじき十四歳になるヒューバート兄さんは本来、今年社交界デビューする予定だったが、マナーの先生からのお墨付きがもらえず、来年に持ち越しになっていた。
 社交界デビューするには、それだけダンスや振る舞い、ウィットに富んだ会話術やらが完璧でなくてはならないのだ。

「僕、まだ社交界デビューしてないのに」

 不安な表情をすると、スケさんは困ったような顔をした。

らいひんの方の中に、六歳になるナハル国の姫君がいるそうなんですよ」
「ナハル国って、ルワインド大陸の? 別の大陸からのらいひんなんて珍しいね」

 ルワインド大陸はこの世界で二番目に大きい大陸で、ここから西南の位置にある。大陸の半分は砂漠という、暑いところらしい。
 スケさんは「よく御存じで」と頷く。

「最近フィル様のおかげで名産が増え、我が国は急成長をみせておりますからね。ご家族を連れての視察だそうですよ。フィル様は姫君と歳が近いので、ダンスのお相手になって欲しいと申し入れがあったとのことです」
「ダンスっ!?」

 ビックリして、声が引っくり返った。
 俺、盆踊りしかできないんだけどっ!
 マナーはともかく、こちらの世界のダンスはまだ習っていない。
 俺のあせりが伝わったのか、スケさんは「まぁまぁ」と落ち着かせるように笑う。

「それでお迎えにきたんです。これから舞踏会まで、ダンスの特訓をしていただきますから」

 特訓……マジか。
 サァーっと血の気が引いていくのがわかった。
 幸せなのんびりゴロゴロタイムは、終わってしまったのだ。

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