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「最低限の生活以上のことを望むな」
「我が家の恥にならない程度の成績は残せ」
「私に迷惑をかけるな、陽翔」
あー、またこの夢か……。
嫌なもの見ちゃったなぁ。
思い出したくないのに、時々夢として現れる。
中学一年……両親が亡くなった際に母方の祖父から言われた言葉だ。
母方の祖母、父方の祖父母はすでにいない。他に身寄りがない自分が生きていくために、この人の世話にならなければならないと知った時、初めて人生に絶望した。
せめてもの救いは、学業がそこそこ優秀であったことか。祖父の助けを借りずに奨学金で入学した高校は寮のあるところを選んだし、大学も同じく奨学金制度を使いながら家庭教師のバイトで一人暮らし。贅沢はできなかったが、祖父と一緒に暮らすより断然マシだ。
だがそばにいなくても、精神的な束縛はいつも感じていた。生活に追われることにも疲れてしまった。
こうやって夢に見るたびに、つい考えてしまう。
管理された優等生……そういうものではなく、何か別の自分になれなかったのだろうかと。
のんびりゆったり、しがらみなく。ペットを飼って、モフモフ手触りに癒されて。
趣味の料理で美味しい物作って食べて。好きな人と温かい家庭築いて。
平日にめいっぱい働いたら、そのぶん週末は好きな人や物に囲まれてダラダラごろごろ……。
あぁ……思いっきりダラけたい。
重い瞼をゆっくりと開ける。部屋に差し込む光は、ひどく眩しかった。
こんなに明るいなんて、今、何時だ? 寝坊した?
今日は何月何日で何曜日だろう。バイトの日だったか授業の日だったか……。
記憶があやふやでよく思い出せない。
目だけ動かして辺りを見回す。自分が寝ているのは、天蓋付きベッドのようだった。
白地に金糸の刺繍が入ったベッドカバー。ベッドの天蓋にある装飾は、美術館とかにありそうなアンティーク調。
天蓋から垂れ下がるカーテンも、臙脂色のベルベットに金糸の刺繍がされて、高級感たっぷりである。
こんなに大きなベッドを置いてもスペースに余裕がありそうなところから、相当大きな部屋だとわかる。
ここ……どこだっけ。何でこんなところに寝てるんだ?
視界に入る洋館の景色を眺めながら、まだとろりとした頭で考える。
正直、目覚めはあまりよくない。目が覚めても、頭が覚醒するのはまた別というか。毎朝、起きてからボーッとする時間がある。だからいつも、余裕を持って大学に行く二時間前には起きるようにしていた。
……何かおかしいな。
俺の家は、古い木造平屋のアパート。1DKで、広さ六畳の畳部屋だ。部屋の天井は杉板で、長年の間に付いたシミが不気味な柄になっている。ベッドはあったが友人から貰った中古のシングルベッドだし、もちろん天蓋なんか付いていない。
それが、何でこんなところにいるんだろうか。
寝ぼけているせいか頭が働かないなぁ。いや、ちょっとズキズキと痛む。どこかにぶつけたのか?
……わかんない。
もう、考えてもわからないから寝ちゃおうかな。
さっきの夢は、きっと「ダラけたい」という願望の裏返しだ。こんなに日が高くなっているんじゃどのみち遅刻だろうし、それならば諦めて今日は休んでしまおう。頭がスッキリしたら、もう一度考えればいい。
よーし、そうしよう。
モゾモゾと布団をたぐり寄せ、瞼を閉じて、意識を手放すべく息を吐いた。
だが、騒音が邪魔をする。耳元で誰かに話しかけられているのだ。
気持ちのよかったまどろみから呼び起こされて、思わず眉根を寄せる。
うるっさいなぁ……誰だよ。
仕方なく目を開けて、騒音の原因を睨みつける。
「ああ! 夢じゃないっ! フィルが目を覚ました!」
さきほど見回した時は死角になっていて気づかなかったが、ベッドの傍らに人がいたらしい。
しかも、金髪碧眼のキラッキラな美少年。中世の王子様のようなヒラヒラの服がまたよく似合う。
……コスプレイヤー?
何でこんなところにコスプレイヤー。俺、まだ寝ぼけてるのかな?
「フィルが目を覚ましたと、他の者に知らせてくれ」
美少年は扉の外にいる誰かにそう声をかけると、俺の手をぎゅっと握りしめて瞳を潤ませる。
「フィル、何があったか覚えているかい?」
フィル? 誰のことだ?
……俺のこと?
俺は生まれも育ちも日本だ。父母ともに日本人だし、四代遡っても全員日本人という、生粋の日本人である。
だというのに、彼は俺をフィルと呼ぶ。そんな外国人みたいなあだ名、つけられたことがない。
だが……フィルという響きに、不思議と聞き覚えがあった。
この金髪美少年コスプレイヤーだって、どこか見覚えがある。
何でだ……?
小首を傾げて考える。
「ああっ!」
声を上げ、俺はバッと勢いよく起き上がった。
「っっ! いったぁぁーっ!」
その瞬間、後頭部に割れるような痛みが襲う。頭を抱えてベッドに突っ伏した。
「フィルっ! 大丈夫かいっ? 急に動いてはいけないよ」
金髪美少年が俺の背中に手を添えて撫でてくれた。
痛みが収まっていくのと同時に頭が覚醒した。記憶の回路が、フラッシュバックとともに繋がっていく。
巡るデータが多すぎて頭がパンクしそうだけど、そんなこと言っている場合じゃない。
辛うじて現実を把握したものの、あまりの衝撃に体がブルブルと震えた。それを抑えようと、自らを抱きしめる。
それからゆっくりと腕を解いて、自分の手をマジマジと見つめた。
俺の手は――とても小さかった。
俺は小さな王国グレスハートの王国家三男。兄姉達を含めれば、五番目の末っ子王子だ。
名前をフィル・グレスハートという。三歳半になった。
グレスハート王国は小さいながらも資源に恵まれ、人々も温厚な人間ばかり。この三年、辛いことも一切なく、幸せに育てられてきた。
そんな俺が、頭を打ってもう一人の自分の存在に気づいた。
……イタい人じゃないぞ。打ちどころが悪くて、おかしくなったわけじゃないから。
あれは前世だ。大学生の俺は、バイトに行くべく自転車で走行していた。そこに突然猫が飛び出してきて、避けた場所にトラックが突っ込んできたのだ。
運が悪いとしか言いようがない。即死だったのだろう。痛みを感じる間もなく意識がなくなったのはせめてもの救いだったが……なんてあっけないんだろうか。
バイトがなかったら、猫が飛び出してこなければ、トラックが来なければ……タラレバを考えたらキリがない。だけど、あれだけ一生懸命すがりついた人生が、こうもあっさり終えてしまうとは思わなかった。
今までの苦労を思うと、とても悔しい。人生長い目で考えていたからこそ、あの祖父の嫌味に耐え、貧乏生活を我慢してきたというのに。それが志半ばで終わるなんてあんまりだ。
ちぇ、わかってたら、もうちょっと好き勝手やってたのにな。
俺が死んで、あの祖父はどう思っただろう。少しは寂しさを感じてくれただろうか?
うーん……想像できないな。
「あれほど言っておいたのに、とんでもない迷惑をかけおって!」なんて言っているかも。
今はもう、確かめる術はないけど。
ともかく、俺は今世で王子フィルとして転生した。
といっても、自覚したのはついさっき。今の今まで、前世があったことさえ忘れていた。
というか、家の階段でドジっ子メイドに巻き込まれて転がり落ち、頭をしこたま打たなきゃ思い出さなかったかもしれない。
俺は傍で心配そうにこちらを見る金髪美少年を見つめ返す。
初めは混乱していたが、彼のことも思い出した。
彼は俺の一番上の兄アルフォンス。この王国の皇太子だ。
兄を忘れるなって? いやいや、仕方ないよ。何せフィルに物心がついたの、つい最近だし。アルフォンス兄さんも今は外国の学校の寮にいて、一緒に暮らしていないんだから。
兄は十四歳。俺と十一も離れているからか、とても可愛がってくれる。異国に留学中で大変だろうに、長期休みの時にはこうして毎日のように俺の部屋に遊びに来てくれる優しい兄だ。
あー……でも、ちょい可愛がりすぎかなぁ。
前世の記憶がなかった時は、それが当たり前だったから何とも思わなかったけど。俺が何しても手放しで褒めてくれる。立っても、座っても、ご飯食べても。
バカ……あ、ゴメン、兄バカなのかな? ブラコンフィルターが凄まじい。
「アルフォンス兄さま、アリアは無事ですか?」
自分の口から甘ったるい子供の声が出ることに違和感を覚えながらも、気になっていたことを質問する。
アリア・カルターニは天然ドジッ子メイドだ。俺が階段から落ちた原因でもある。
三十過ぎだというのに童顔でどう見てもハタチにしか見えない彼女は、美人で可愛らしく、ふんわり柔らかい癒し系。俺を含め、城の皆に好かれている。
しかし、天然なドジっ子はいろいろやらかしがちなのがセオリー。ドアノブを壊して部屋から出られなくなったり、場所を勘違いして五時間そこで待っていたり。それが日常茶飯事。
今回の事故は、階段で俺と手を繋ぎながら転んだことが原因だった。
だから、手を繋ぎたくないって拒否したのに……。
「転んだら危ないですよ~」
なんて、のほほんと言って、逃げようとする俺を捕まえたんだよな。
幼いながらも、アリアと手を繋ぐと危険だってわかってたのだろう。偉いぞ、三歳の俺! まぁ、子供がジタバタしようが、大人にゃ敵わなかったわけなんだが……。
あの時逃げるのを諦めたことが悔やまれる。あ、でも前世を思い出したんだから、よかったとも言えるのか?
いや! いやいやいや、一歩間違えば死んでたし。今だって頭めっちゃ痛いし。
「アリアは大した怪我ではなかったよ。階段を落ちる際、お前がアリアを庇ったらしくて。捻挫と打ち身で済んだそうだ」
「そうですか」
その辺りの記憶はあやふやだったが、大したことないならよかった。つか、大人助けたなんて、幼児にしては上出来じゃん?
「さすがはフィルだ。偉いぞー」
アルフォンス兄さんも俺の頬をぷにぷにして褒めまくる。
あーもう、また始まった。この人、俺を犬かなんかだと思ってないかな。褒め方がそういう感じなんだよな。
「やぁぶぇてくらさい」
十一歳の体格差は大きい。ぷにぷにを止めさせようとしても、無理な話だった。
「フィルは可愛いなぁ~」
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに……。
抵抗を諦めた俺は、不満を露わにした目を兄に向ける。
まったく気づいてくれないけどねっ!
「兄様、フィルが嫌がっていますよ。病み上がりなんですから、そこまでにしてあげてください」
窘めるように言ってきたのは長女のステラだ。俺が目を覚ましたという知らせを受けて来てくれたらしい。
銀髪に紫の瞳をした美少女で、十三歳ですでに儚げな色気を漂わせている。
兄弟の中で唯一対等にアルフォンス兄さんに意見できる人で、一番侮れない人だとも思う。
なんて言うかなぁ。にっこり笑っているのに目が笑ってない時があるんだよな。ああいう時ちょっと怖い。
「そうだった! いつもの癖でっ!」
アルフォンス兄さんはハッと気がついて、ぷにぷにしていた手を慌てて離す。
アルフォンス兄さんもなぁ。聡明で立派な皇太子と言われているはずなんだけど、俺に関してはちょっと残念な人なんだよな。
「目を覚ましたと聞いたが、フィル大丈夫か?」
「もう痛くないの?」
次に顔を出したのは、次男のヒューバートと次女のレイラだった。
兄弟がそろったので、話しやすいようにベッドの縁に移動する。ベッドに腰かけた体勢になると、ステラ姉さんがガウンを肩にかけてくれた。
さすが、よく気がついて優しいなぁ。
「ありがとうございます。ステラ姉さま」
お礼を言うと、ステラ姉さんは微笑みで返してくれた。
「ヒューバート兄さま、レイラ姉さま、頭はまだ痛いけど大丈夫です」
ヒューバート兄さん達に向き直ってにっこり笑うと、二人は安心したように顔を緩ませる。
「アリアを助けたのは男として立派だが、まだまだ筋力が足りないみたいだな。今度俺が鍛えてやろう」
ニヤリと笑ったヒューバート兄さんは、袖を捲って力こぶを見せつける。
それを見て俺は顔を引きつらせた。
筋肉至上主義なのか、やたらと人に鍛錬を勧めてくるんだよな。
十二歳にしてすでにマッチョの片鱗があるこの兄は、将来絶対ゴリマッチョになると思う。
金髪碧眼でアルフォンス兄さんと顔のパーツが同じなのに、印象がまるで違うのはそのせいだ。
本人も、頭を使うことは兄に任せて、自分は軍部の将軍になりたいと言っているし。ゴリマッチョになる可能性は限りなく高い。
俺だって、そりゃあポテポテしたお腹は嫌だが、かといって、ゴリマッチョはちょっと遠慮したい。
どちらかと言えば、アルフォンス兄さんみたいな、しなやかな筋肉が希望だ。鍛錬も護身術程度で充分と考えている。
そういや前世では中学一年まで、近所にあった古武術の道場に通っていたな。祖父の家に世話になることになって、続けられなくなったけど。
徒手、刃物、さらには火器まで、様々な格闘技術を操る古武術。その中で俺の性格に合っていたのは、柔術だ。力で押し切るという考え方ではなく、相手の力を利用して倒す、合気道のような武術である。
この国でも、ヒューバート兄さんのように力こそ強さと考えている人が多いから、そんな相手に柔術は相性がいいかもしれない。基本的な型はなんとなく覚えているし、朝の運動として軽く取り入れてみようかな。
ヒューバート兄さんとの鍛錬は……断ろ。
絶対気合いで乗り切る軍人訓練になるに決まっている。体育会系のノリは、精神的についていけない。
しかしそんな俺の気持ちも知らず、ヒューバート兄さんはズイっと顔を近づける。
「どうだっ! フィル、一緒に鍛錬しないかっ?」
うーわ、いつもの熱血だ。
どう断ろうかと考えていると、レイラ姉さんが間に割って入ってきた。
「ヒューバート兄様、絶対ダメよ! フィルが筋肉ムキムキなんて。耐えられないわっ!」
「何を言う、筋肉は正義だぞ!」
「ヒューバート兄様のことはもう諦めたわ。どうぞ好きなだけ鍛えてください。けど、フィルは絶対ダメ! 筋肉なんてフィルにしたら悪よ!」
そんな会話をしながら俺の未来の姿を想像したのか、レイラ姉さんは「ああああっ!」と頭を抱えた。
九歳になるレイラ姉さんは、俺に一番歳の近い姉である。
縦にカールした金髪、ライムグリーンの瞳。性格はちょっと勝気だけど、愛嬌があって憎めない。レイラ姉さんは俺の中のお姫様のイメージに一番ぴったりだ。
「こんな天使がムキムキになるなんて。絶対許されないわ」
そう言って、むぎゅっと俺を抱きしめてくる。
痛い痛い。ヒューバート兄さんを止めてくれるのは嬉しいけど。全身打ち身だらけなんだから、締めるのやめて。
「そうだ、それは絶対阻止だっ! フィルはそのままでいてくれ!」
アルフォンス兄さんも一緒になって抱きしめる。
だから痛いんだって! だいたいそのままって何っ!?
ムキムキは嫌だが成長はしたいわ! 希望身長は百八十超えですっ!
「心配していたけど……賑やかにしているところを見ると大丈夫そうね」
「フィルが目を覚ましたって聞いたのだが……これはどんな状況だ?」
笑いを含んだ声で、二人が入ってくる。両親のマティアス王と、フィリス王妃だ。
ここの兄弟が美形揃いなのは、この両親あってのことだろう。
顔の彫りが深く、若いながらも渋みのある父さんは、ハリウッドスターかというほどかっこいい。兄達が金髪碧眼で顔のパーツが似ているのは、父からの遺伝だとすぐわかる。
母さんも柔和な美人で、モデルばりにスタイルがいい。腰まで流れるストレートの銀髪はサラサラと美しく、ライムグリーンの瞳が微笑ましげに細められている。
これで五人の子持ちって嘘だろう。
「父上、母上」
アルフォンス兄さんは抱きしめていた状態から居ずまいを正し、改めて二人にお辞儀をする。親子といえど国王と王妃、他の兄弟達もそれに倣ってお辞儀をした。俺も礼をしようと身じろぎすると、母さんがそれを止める。
「フィル、そのままで。頭を打ったのだから下げてはいけないわ」
そう言って、優しい仕草で頬を撫でる。白く細い指先は柔らかく、嬉しいような気恥ずかしいような気持ちになってしまう。父さんも体を屈め、俺と同じ目線になって優しく微笑んだ。
「無事でよかった」
その様子は前世の両親を思い起こさせた。前の両親は典型的な日本人だから、顔は全然違う。だけど、雰囲気がとてもよく似ていた。
やばい……泣きそう。
幸せな時間が、また戻ったような気がした。
◇ ◇ ◇
「もう治った……かなぁ?」
瘤のあった辺りを鏡で確認しながら、うーんと唸る。
俺が頭を打ってから三週間が経った。全身の痣は消え、頭の瘤もなくなった。
一見完治したようだが、頭だからなぁ。後遺症があとあと出てこないか心配だ。
それにしても……。
マジマジと鏡を見る。
そこには幼い少年が映っていた。
肌は白く透明感があり、まるで陶製の人形のようだ。くりくりと愛らしいグリーンの瞳は、光の加減で色が変わる。艶やかな青みを帯びた銀髪は、天然パーマなのか、ふわふわとカールしていた。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
確かにアルフォンス兄さんやレイラ姉さんが、猫可愛がりするのも頷ける。レイラ姉さんが天使と謳うのも納得だ。
だがしかし……違和感ハンパない。
日本人は黒髪に黒い瞳、のっぺりした平たい顔が一般的だ。和顔を見慣れているところに、「これ新しい顔です」と西洋顔を持ってこられても、どうしたらいいかわからない。
なんて言うかなぁ。たとえるなら特殊メイクとか、被り物でもしているみたいだ。
顔をムニムニ掴んだり引っ張ったりしてみる。
感覚はあるんだけど、これが自分だっていう実感がまったくない。いつか慣れる日が来るのかなぁ。
ため息をついて、鏡の前から自分の机に移動する。
「……はぁ」
別の意味で再びため息が出た。
机には王宮図書館から運ばれてきた本が積み上がっている。
何で……何でこんなことになった?
遠い目で本の山を見つめる。
しばらくは療養ということでゆっくりしようと思っていた……。
いや、する気満々だった。したっていいと思う。だって頭打ったんだし。
だが二週間ほど経つと、ヒューバート兄さんが鍛錬に誘おうと部屋を訪れるようになった。
そしてそれを阻止すべく、アルフォンス兄さんとレイラ姉さんが現れるようになった。
さらにそれらを窘めるために、ステラ姉さんがやってきた。
はい。兄弟勢揃いです。
いや、いいんだよ。兄弟仲がいいのは素晴らしい。前世では一人っ子だったから、初めはめちゃくちゃ嬉しかったよ。俺を心配してのことだろうなと思うし。俺そっちのけで取り合いするのは問題だけど、それも俺を大事にしているからだとわかる。
だけど、毎日はやめようよ! ぶっちゃけダラダラしようと思ってたのにっ!
しばらくは頭痛い、体痛いという理由で逃げていたが、今度は一向に治らない俺を心配して、国内外から医者や薬師を集める始末。
俺は泣く泣く、勉強するから入らないでとお願いすることにしたのだ。
何だろ、この受験生が言うような「勉強するんだから、部屋から出てってよ」的な感じ。
はじめは「何でいきなり勉強?」と疑問を持たれた。まだ三歳児だもんね。勉強に重きを置いていない時期ゆえに、皆が疑問に思うのも無理はない。
だが、「頭を打って記憶に不鮮明な部分があるから、王国のことを勉強し直したい」と言って何とか納得してもらった。
どうしてこんな言い訳めいたことしなきゃならないかなぁ。
まだ病み上がりだから大目に見てほしいだけなのに……。
こんなことを言った手前、多少なりとも形は作っときたい小心者の俺。部屋を覗かれた時に教科書も何もなかったら怪しまれるからな。カムフラージュはしとかないと。
そのあたりのビビリ感が、記憶と一緒に前世からよみがえっているようで滅入るなぁ。成長とともに心強くなりますようにっ!
とにかく、そんなわけでメイドに書物を用意させた。
で、その結果がこの山積みの本。さすが王宮の図書館。蔵書ハンパない。
だが、持ってくるにしても限度があるんじゃない? 多くて五冊から十冊くらいだよね、普通。
三歳児に百冊あまりの本を持ってくる人がどこにいるのさ。
「フィル様、最後の本ですよ~」
アリアののほほんとした声とともに、台車に載せた追加の百冊が到着する。
……ここにいたよ。天然ドジっ子メイド。
しかし、アリアを責めてはいけない。彼女が天然ドジっ子メイドだと、俺はあらかじめ知っていたじゃないか。ちゃんと細かく指示しなかった俺がいけない。悪かった。
「ありがと、アリア。勉強するからもう下がっていいよ」
力なくお礼を言うと、アリアは「ガンバッ!」とガッツポーズして出ていった。
何か反対に脱力するよ、アリア……。
「さてと……」
本を目の前に腕を組んで唸った。
今回の言い訳、ある意味ちょうどよかったのかもしれない。
この国のこと、何も知らないからな。きちんと情報収集すれば、悠々自適なのんびりライフの対策も立てやすいというものだ。
「とりあえず、何から見るかな」
……ん? ……あれぇ?
タイトルを見て首を捻った。
「何語?」
アルファベットの表記に似ているが、形がなんか違う。そういや、俺、普通に喋ったり聞いたりしているけど、この国って何語?
……やばい。根本的な問題が浮上したぞっ!
たぶん三歳までの間に、俺の中にヒアリングで言語が形成されているんだろうけど、読み書きは真っさらってことか。
「読み書きの本てどこだ?」
バッサバッサと本の山を崩しながらあさる。
十分後、ようやく可愛らしい絵のついた薄い本を見つけた。
まさか一番下にあったとは……。
読み書きの勉強が終わって全部読めるようになったら、タイトルで分類して整理しよう。いちいち今みたいに捜していたら時間がかかってしょうがない。
散乱した本の山を見つめて、固く心に決める。
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