312 / 347
第20章~転生王子と後期授業
GW企画 特別編 鉱石学教諭シエナ・マイルズの休日
しおりを挟む
顔に暖かな日の光を感じ、私は目蓋を開けた。
眩しさに目を眇めつつ、ベッドから上半身を起こす。
その拍子に、昨夜寝る直前まで読んでいた本が傍らに落ちた。
「っ!」
慌てて拾い上げ、本のページが折れ曲がっていないか確認する。
幸いにも本は無事のようで、ホッと息を吐く。
知り合いに頼み込んで手に入れた珍しい本で、私の鉱石の研究にも関連のある文献だ。
面白くてベッドにまで持ち込んでしまったが、今度からは気をつけなければな。
本の表紙を撫でて、ベッドの横にあるテーブルの上に重ねる。
この部屋は、鉱石学の教務室の隣にある自室だ。ステア王立学校中等部の鉱石学教諭を引き受ける際、学校への住み込みが条件だった。
子供を相手に授業をすることは面倒だったが、ステア王立学校秘蔵の書物がいつでも読めるこの環境は素晴らしい。
特に今、学校は夏期休暇期間だった。授業を行う必要もなく、学校には生徒たちもいない。
学生たちが戻ってくるまで、静かな環境で存分に鉱石研究ができる。
今日は昨夜読んだ文献について考察するとしよう。
ベッドから降りて服を着替え、腰まである長い髪を軽く束ねると、水の鉱石を手に取って手洗い場にある木桶の前に立った。
「みず」
すると、ややして水が木桶に少しずつ溜まっていく。
鉱石というものは、本当に興味深い。これでもっと発動の力が強ければ、いろいろなことに使用できるだろうに。
木桶の水で顔を洗い、布で水を拭きとり息を吐く。
その時、カタンという音が隣の教務室から聞こえた。
「………まさか」
鉱石教務室の鍵は、私とは別にもう一人所持している者がいる。
モフモフ・鉱石研究クラブの代表である人物だ。
髪を縛っていた紐をほどくと、自室の内鍵をはずして扉を開ける。
教務室には、一人の少年がいた。私は眉をひそめて、低い声で言う。
「何をしている。ライオネル」
ライオネル・デュラント、十五歳。ステア王立学校の生徒総長にして、ステア王国王子だ。
ライオネルは手に持ったぞうきんを、私に見せて微笑んだ。
「見てわかりませんか?掃除中です」
生き生きとした返事に、私は大きなため息をついた。
ライオネルはかなりの掃除好きだ。中等部の寮生活で、掃除をする楽しさを覚えたらしい。
ただ、王子という立場上、掃除して歩くわけにはいかない。
寮の自室とこの鉱石教務室くらいしか、堂々と掃除が出来る場所がないとはいえ、何も夏期休暇まで……。
確かにここを掃除することは許可したが、机の上が雑然としている方が研究がはかどると言うのに。
近くの椅子に座ってぐったりすると、ライオネルは前に立ってにっこりと笑った。
「シエナ先生、おはようございます。と言っても、今はもう昼ですが……。昨日も遅くまで研究していたんですか?」
「夏期休暇中は、私がどう過ごしてもかまわないはずだ。それよりも、ステアの王宮に帰省していたんじゃなかったのか?まさか掃除をするために、学校に来たんじゃあるまいな」
呆れた目で見ると、ライオネルは苦笑する。
「帰省していますよ。次に入る新入生の件で、学校長と話しをするために来たんです」
「なら、何でここで掃除をしている」
ライオネルは机にあった紙袋を、私に差し出した。
「差し入れに来ました。シエナ先生は研究に夢中になると、ちゃんとした食事をとらないでしょう。部屋をノックしたんですが反応がなかったので、掃除をしながら待たせていただきました」
紙袋を受け取って開けると、中には野菜やハムが挟んであるパンや、果物が入っていた。
夏期休暇中でも生徒や教師が残っている場合もあるので、開いている学校敷地内の店がある。そこで作ってもらったのだろう。
「これはありがたくもらっておくが、こういうことはしなくていい。心配せずとも、食事はしっかりとっている」
その食事内容はパンと水であったが、分が悪くなるので言わない方がいいだろう。
だが、ライオネルは疑わしげに私の顔を窺う。
「本当ですか?」
私は顎を少しあげて、ライオネルをしっかりと見つめ返す。
「本当だ。だから、夏期休暇が明けるまで、掃除に来なくていいからな」
「……はい。わかりました」
ライオネルはしばし間をあけた後、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、私は眉を寄せる。
……また理由をつけて掃除に来るな。
眩しさに目を眇めつつ、ベッドから上半身を起こす。
その拍子に、昨夜寝る直前まで読んでいた本が傍らに落ちた。
「っ!」
慌てて拾い上げ、本のページが折れ曲がっていないか確認する。
幸いにも本は無事のようで、ホッと息を吐く。
知り合いに頼み込んで手に入れた珍しい本で、私の鉱石の研究にも関連のある文献だ。
面白くてベッドにまで持ち込んでしまったが、今度からは気をつけなければな。
本の表紙を撫でて、ベッドの横にあるテーブルの上に重ねる。
この部屋は、鉱石学の教務室の隣にある自室だ。ステア王立学校中等部の鉱石学教諭を引き受ける際、学校への住み込みが条件だった。
子供を相手に授業をすることは面倒だったが、ステア王立学校秘蔵の書物がいつでも読めるこの環境は素晴らしい。
特に今、学校は夏期休暇期間だった。授業を行う必要もなく、学校には生徒たちもいない。
学生たちが戻ってくるまで、静かな環境で存分に鉱石研究ができる。
今日は昨夜読んだ文献について考察するとしよう。
ベッドから降りて服を着替え、腰まである長い髪を軽く束ねると、水の鉱石を手に取って手洗い場にある木桶の前に立った。
「みず」
すると、ややして水が木桶に少しずつ溜まっていく。
鉱石というものは、本当に興味深い。これでもっと発動の力が強ければ、いろいろなことに使用できるだろうに。
木桶の水で顔を洗い、布で水を拭きとり息を吐く。
その時、カタンという音が隣の教務室から聞こえた。
「………まさか」
鉱石教務室の鍵は、私とは別にもう一人所持している者がいる。
モフモフ・鉱石研究クラブの代表である人物だ。
髪を縛っていた紐をほどくと、自室の内鍵をはずして扉を開ける。
教務室には、一人の少年がいた。私は眉をひそめて、低い声で言う。
「何をしている。ライオネル」
ライオネル・デュラント、十五歳。ステア王立学校の生徒総長にして、ステア王国王子だ。
ライオネルは手に持ったぞうきんを、私に見せて微笑んだ。
「見てわかりませんか?掃除中です」
生き生きとした返事に、私は大きなため息をついた。
ライオネルはかなりの掃除好きだ。中等部の寮生活で、掃除をする楽しさを覚えたらしい。
ただ、王子という立場上、掃除して歩くわけにはいかない。
寮の自室とこの鉱石教務室くらいしか、堂々と掃除が出来る場所がないとはいえ、何も夏期休暇まで……。
確かにここを掃除することは許可したが、机の上が雑然としている方が研究がはかどると言うのに。
近くの椅子に座ってぐったりすると、ライオネルは前に立ってにっこりと笑った。
「シエナ先生、おはようございます。と言っても、今はもう昼ですが……。昨日も遅くまで研究していたんですか?」
「夏期休暇中は、私がどう過ごしてもかまわないはずだ。それよりも、ステアの王宮に帰省していたんじゃなかったのか?まさか掃除をするために、学校に来たんじゃあるまいな」
呆れた目で見ると、ライオネルは苦笑する。
「帰省していますよ。次に入る新入生の件で、学校長と話しをするために来たんです」
「なら、何でここで掃除をしている」
ライオネルは机にあった紙袋を、私に差し出した。
「差し入れに来ました。シエナ先生は研究に夢中になると、ちゃんとした食事をとらないでしょう。部屋をノックしたんですが反応がなかったので、掃除をしながら待たせていただきました」
紙袋を受け取って開けると、中には野菜やハムが挟んであるパンや、果物が入っていた。
夏期休暇中でも生徒や教師が残っている場合もあるので、開いている学校敷地内の店がある。そこで作ってもらったのだろう。
「これはありがたくもらっておくが、こういうことはしなくていい。心配せずとも、食事はしっかりとっている」
その食事内容はパンと水であったが、分が悪くなるので言わない方がいいだろう。
だが、ライオネルは疑わしげに私の顔を窺う。
「本当ですか?」
私は顎を少しあげて、ライオネルをしっかりと見つめ返す。
「本当だ。だから、夏期休暇が明けるまで、掃除に来なくていいからな」
「……はい。わかりました」
ライオネルはしばし間をあけた後、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、私は眉を寄せる。
……また理由をつけて掃除に来るな。
123
お気に入りに追加
29,387
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。