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第20章~転生王子と後期授業
GW企画 特別編 鉱石学教諭シエナ・マイルズの休日
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顔に暖かな日の光を感じ、私は目蓋を開けた。
眩しさに目を眇めつつ、ベッドから上半身を起こす。
その拍子に、昨夜寝る直前まで読んでいた本が傍らに落ちた。
「っ!」
慌てて拾い上げ、本のページが折れ曲がっていないか確認する。
幸いにも本は無事のようで、ホッと息を吐く。
知り合いに頼み込んで手に入れた珍しい本で、私の鉱石の研究にも関連のある文献だ。
面白くてベッドにまで持ち込んでしまったが、今度からは気をつけなければな。
本の表紙を撫でて、ベッドの横にあるテーブルの上に重ねる。
この部屋は、鉱石学の教務室の隣にある自室だ。ステア王立学校中等部の鉱石学教諭を引き受ける際、学校への住み込みが条件だった。
子供を相手に授業をすることは面倒だったが、ステア王立学校秘蔵の書物がいつでも読めるこの環境は素晴らしい。
特に今、学校は夏期休暇期間だった。授業を行う必要もなく、学校には生徒たちもいない。
学生たちが戻ってくるまで、静かな環境で存分に鉱石研究ができる。
今日は昨夜読んだ文献について考察するとしよう。
ベッドから降りて服を着替え、腰まである長い髪を軽く束ねると、水の鉱石を手に取って手洗い場にある木桶の前に立った。
「みず」
すると、ややして水が木桶に少しずつ溜まっていく。
鉱石というものは、本当に興味深い。これでもっと発動の力が強ければ、いろいろなことに使用できるだろうに。
木桶の水で顔を洗い、布で水を拭きとり息を吐く。
その時、カタンという音が隣の教務室から聞こえた。
「………まさか」
鉱石教務室の鍵は、私とは別にもう一人所持している者がいる。
モフモフ・鉱石研究クラブの代表である人物だ。
髪を縛っていた紐をほどくと、自室の内鍵をはずして扉を開ける。
教務室には、一人の少年がいた。私は眉をひそめて、低い声で言う。
「何をしている。ライオネル」
ライオネル・デュラント、十五歳。ステア王立学校の生徒総長にして、ステア王国王子だ。
ライオネルは手に持ったぞうきんを、私に見せて微笑んだ。
「見てわかりませんか?掃除中です」
生き生きとした返事に、私は大きなため息をついた。
ライオネルはかなりの掃除好きだ。中等部の寮生活で、掃除をする楽しさを覚えたらしい。
ただ、王子という立場上、掃除して歩くわけにはいかない。
寮の自室とこの鉱石教務室くらいしか、堂々と掃除が出来る場所がないとはいえ、何も夏期休暇まで……。
確かにここを掃除することは許可したが、机の上が雑然としている方が研究がはかどると言うのに。
近くの椅子に座ってぐったりすると、ライオネルは前に立ってにっこりと笑った。
「シエナ先生、おはようございます。と言っても、今はもう昼ですが……。昨日も遅くまで研究していたんですか?」
「夏期休暇中は、私がどう過ごしてもかまわないはずだ。それよりも、ステアの王宮に帰省していたんじゃなかったのか?まさか掃除をするために、学校に来たんじゃあるまいな」
呆れた目で見ると、ライオネルは苦笑する。
「帰省していますよ。次に入る新入生の件で、学校長と話しをするために来たんです」
「なら、何でここで掃除をしている」
ライオネルは机にあった紙袋を、私に差し出した。
「差し入れに来ました。シエナ先生は研究に夢中になると、ちゃんとした食事をとらないでしょう。部屋をノックしたんですが反応がなかったので、掃除をしながら待たせていただきました」
紙袋を受け取って開けると、中には野菜やハムが挟んであるパンや、果物が入っていた。
夏期休暇中でも生徒や教師が残っている場合もあるので、開いている学校敷地内の店がある。そこで作ってもらったのだろう。
「これはありがたくもらっておくが、こういうことはしなくていい。心配せずとも、食事はしっかりとっている」
その食事内容はパンと水であったが、分が悪くなるので言わない方がいいだろう。
だが、ライオネルは疑わしげに私の顔を窺う。
「本当ですか?」
私は顎を少しあげて、ライオネルをしっかりと見つめ返す。
「本当だ。だから、夏期休暇が明けるまで、掃除に来なくていいからな」
「……はい。わかりました」
ライオネルはしばし間をあけた後、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、私は眉を寄せる。
……また理由をつけて掃除に来るな。
眩しさに目を眇めつつ、ベッドから上半身を起こす。
その拍子に、昨夜寝る直前まで読んでいた本が傍らに落ちた。
「っ!」
慌てて拾い上げ、本のページが折れ曲がっていないか確認する。
幸いにも本は無事のようで、ホッと息を吐く。
知り合いに頼み込んで手に入れた珍しい本で、私の鉱石の研究にも関連のある文献だ。
面白くてベッドにまで持ち込んでしまったが、今度からは気をつけなければな。
本の表紙を撫でて、ベッドの横にあるテーブルの上に重ねる。
この部屋は、鉱石学の教務室の隣にある自室だ。ステア王立学校中等部の鉱石学教諭を引き受ける際、学校への住み込みが条件だった。
子供を相手に授業をすることは面倒だったが、ステア王立学校秘蔵の書物がいつでも読めるこの環境は素晴らしい。
特に今、学校は夏期休暇期間だった。授業を行う必要もなく、学校には生徒たちもいない。
学生たちが戻ってくるまで、静かな環境で存分に鉱石研究ができる。
今日は昨夜読んだ文献について考察するとしよう。
ベッドから降りて服を着替え、腰まである長い髪を軽く束ねると、水の鉱石を手に取って手洗い場にある木桶の前に立った。
「みず」
すると、ややして水が木桶に少しずつ溜まっていく。
鉱石というものは、本当に興味深い。これでもっと発動の力が強ければ、いろいろなことに使用できるだろうに。
木桶の水で顔を洗い、布で水を拭きとり息を吐く。
その時、カタンという音が隣の教務室から聞こえた。
「………まさか」
鉱石教務室の鍵は、私とは別にもう一人所持している者がいる。
モフモフ・鉱石研究クラブの代表である人物だ。
髪を縛っていた紐をほどくと、自室の内鍵をはずして扉を開ける。
教務室には、一人の少年がいた。私は眉をひそめて、低い声で言う。
「何をしている。ライオネル」
ライオネル・デュラント、十五歳。ステア王立学校の生徒総長にして、ステア王国王子だ。
ライオネルは手に持ったぞうきんを、私に見せて微笑んだ。
「見てわかりませんか?掃除中です」
生き生きとした返事に、私は大きなため息をついた。
ライオネルはかなりの掃除好きだ。中等部の寮生活で、掃除をする楽しさを覚えたらしい。
ただ、王子という立場上、掃除して歩くわけにはいかない。
寮の自室とこの鉱石教務室くらいしか、堂々と掃除が出来る場所がないとはいえ、何も夏期休暇まで……。
確かにここを掃除することは許可したが、机の上が雑然としている方が研究がはかどると言うのに。
近くの椅子に座ってぐったりすると、ライオネルは前に立ってにっこりと笑った。
「シエナ先生、おはようございます。と言っても、今はもう昼ですが……。昨日も遅くまで研究していたんですか?」
「夏期休暇中は、私がどう過ごしてもかまわないはずだ。それよりも、ステアの王宮に帰省していたんじゃなかったのか?まさか掃除をするために、学校に来たんじゃあるまいな」
呆れた目で見ると、ライオネルは苦笑する。
「帰省していますよ。次に入る新入生の件で、学校長と話しをするために来たんです」
「なら、何でここで掃除をしている」
ライオネルは机にあった紙袋を、私に差し出した。
「差し入れに来ました。シエナ先生は研究に夢中になると、ちゃんとした食事をとらないでしょう。部屋をノックしたんですが反応がなかったので、掃除をしながら待たせていただきました」
紙袋を受け取って開けると、中には野菜やハムが挟んであるパンや、果物が入っていた。
夏期休暇中でも生徒や教師が残っている場合もあるので、開いている学校敷地内の店がある。そこで作ってもらったのだろう。
「これはありがたくもらっておくが、こういうことはしなくていい。心配せずとも、食事はしっかりとっている」
その食事内容はパンと水であったが、分が悪くなるので言わない方がいいだろう。
だが、ライオネルは疑わしげに私の顔を窺う。
「本当ですか?」
私は顎を少しあげて、ライオネルをしっかりと見つめ返す。
「本当だ。だから、夏期休暇が明けるまで、掃除に来なくていいからな」
「……はい。わかりました」
ライオネルはしばし間をあけた後、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、私は眉を寄せる。
……また理由をつけて掃除に来るな。
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