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6巻
6-3
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「だって、やる気のある人が出場するのが一番だと思って……」
そう言って口を尖らせると、トーマがのほほんと笑った。
「そういうとこ、フィルらしいよねぇ」
「いいか。わざと負けるのは絶対許さないからな。手を抜いたら、カイルがすぐわかるぞ」
レイは眉間にしわを寄せ、俺に睨みを利かせる。
さっきから、ことあるごとに「侮っているスクワイア先輩に、力量を見せつけてやれ」と言うのだ。
向こうの実力はわからないので、まだ何とも言えないが、これではわざと負けることもできない。
「もぉ、わかったってば。それにしてもレイ、スクワイア先輩に恨みでもあるの?」
「個人的な恨みはねーよ。でも、あの平民蔑視は好きになれない」
フンと鼻息を荒くしたレイに、デュラント先輩は少し困った顔をした。
「彼は損をしているよね。人は多種多様。考え方も様々だ。それを知ることは、自分の成長につながると思う。彼も我が校の考えを、理解してくれたら良いのだけど……。創設者の一族として、力不足を感じるよ」
レイは慌てて首を振る。
「そんなっ! デュラント先輩は悪くないです。……すみません。俺も、スクワイア先輩に対して口が過ぎました」
レイが肩を落とすと、デュラント先輩は優しく微笑んだ。
デュラント先輩は本当にすごい人だな。生徒たちがデュラント先輩のことを崇めるのもわかる。それは身分とかじゃなく、こういった考え方ができるからなんだ。
そんな素晴らしい人を、簡素な椅子に座らせているのが申し訳なくなってきた。
いや、これは寮のものなんだけど、里帰りする時に綺麗に片付けていったから、机の上には何もない。
せめて荷ほどきを終えた後だったらなぁ。アルフォンス兄さんが買ってくれた革の本立てとか、品のある羽ペンとかを飾り、デュラント先輩の聡明さを演出できただろうに……。
そんなことを思いながら、俺はデュラント先輩に話を切り出す。
「あの……それで、メンバーの件なんですけど、どうして僕が選ばれたんでしょう?」
「信じられないかな?」
くすりと笑うデュラント先輩に、俺は眉を下げて頷いた。
「カイルはわかります。実力もあるし、一年生といっても十二歳ですから。だけど、僕は七歳です。他の学校の生徒だって、これまで対抗戦に参加した生徒は皆十歳以上だと聞きました」
だから候補に挙がったとしても、最終的に俺はメンバーに入らないだろうと思っていたのだ。
俺の言葉に、マクベアー先輩は腕組みをして「うむ」と頷く。
「そうだな。一年生で七歳の生徒がメンバーに入るのは、対抗戦の歴史上初めてだ。信じられないのも無理はない。俺たちもお前が選抜の最終候補に入っていると聞いて、驚いたもんだ。なぁ、ライオネル」
マクベアー先輩が同意を求めると、デュラント先輩は微笑んだ。
「先生方の話では、やはり幼すぎるのではと慎重になったようだけどね。だが君は、素晴らしい知恵と実力を持ち、計り知れない才能があると判断されたらしい。もちろん私たちも、戦略において君の能力は外せないと思ったから、メンバーに決めたんだよ」
皆、俺を買いかぶりすぎじゃないかなぁ。マクベアー先輩みたいな強靭な体でも、カイルみたいな俊敏さもない自分が、足を引っ張らないか不安だ。
すると、レイが身を乗り出して、デュラント先輩に尋ねる。
「他に選抜されたのはどなたなんですか?」
「メンバー招集した時に、改めて紹介するけれど……。三年はライン・マクベアーと、クロエ・ダブリン先輩。二年は私と、キーファ・ピアーズと、サラ・ムーア。一年がフィル君とカイル君。それから、シリル・オルコット君にも補欠として入ってもらう」
「シリルも入ったんですか?」
シリルは俺と同じ一年生で、とても大人しい性格なのだが、カイルと互角に戦えるほど剣術に優れた少年だ。
剣術の授業でトーナメントをやった時、俺とカイルが引き分けの一位で、授業時間の都合上三位決定戦は行わなかったが、実力的に三位はシリルだった。
つまり対抗戦には、一年の剣術での上位三人が入ったことになる。
「今回、一年生多いな」
「補欠とはいえ、シリルもすごいね」
レイとトーマの言葉に、俺は深く頷く。
そうか、シリルが補欠に……。
「フィル様、シリルに代わってもらおうと思ってませんか?」
マクリナ茶を持ってきたカイルに問われ、俺はギクリとした。
「やだなぁ、カイル。そんなこと考えてないよ」
俺は笑ってカップを手に取り、ゴクゴクとマクリナ茶を飲む。
「フィルの代わりに気の弱いシリルが出場するんじゃ可哀想すぎる。そんなことになったら、シリルが寝込むからやめてやれ」
レイはシリルのことを思ってか、気の毒そうに眉を下げる。俺はお茶を飲み干して、レイとカイルに視線を向けた。
「だから、そんなこと考えてないってば」
ただちょっと、どんな事情ならメンバーと補欠が交代できるのかなぁって思っただけだ。
「それよりも、デュラント先輩が対抗戦に出るなんて、体調に差し障りはないんですか?」
話の流れを変えようと、デュラント先輩に問いかける。
デュラント先輩はもともと体が弱く、そのため中等部入学も遅れたらしい。
すごく頭の切れる方だからメンバーにいたらとても頼もしいけれど、生徒総長として忙しいのに、さらに対抗戦など参加して大丈夫なのだろうか?
ステア王立中学の生徒たちだけでなく、国民にとっても大事な第三王子。万が一にも、怪我をしたり倒れたりなんてことがあったら大変だ。
最近は俺が勧めたマクリナ茶のおかげか、デュラント先輩も体調を崩すことはなくなったというが、それでも心配だった。
すると、デュラント先輩は小さく笑った。
「大丈夫。私とサラは、後方支援だからね。実際動くのは君たちだよ」
後方支援? 動くのは俺たち?
対抗戦の内容は毎回異なるらしく、今回は団体戦って噂だったけど、二手に分かれるってことか?
俺は考えながら、小首を傾げた。
「気になるだろうが、詳細はフィル君がオーガスタスとの試合を終えてからにしよう。私は、君の勝利を信じて疑わないけれどね」
「俺もだ! 頑張れよっ!!」
にっこりと微笑むデュラント先輩とマクベアー先輩に、俺はぎこちなく笑った。
あぁ、気が重いなぁ……。
◇ ◇ ◇
寮の室内運動場中央には、俺とスクワイア先輩とデュラント先輩、それから剣術のワルズ先生が立っていた。少し離れた場所で、マクベアー先輩やカイルたちが、こちらを見ている。
「それではワルズ先生、試合の立会人として、よろしくお願いいたします」
デュラント先輩が言うと、ワルズ先生は俺とスクワイア先輩の顔を見て、深いため息をついた。もともと猫背だった背中が、ため息によってさらに丸まる。
「だから私……選手とか選ぶの苦手だって言ったんですよ。やっと決まったと思ったのに、生徒から異議申し立てが上がるとは……。私はきっと、教師不適格の烙印を押されるんですね……」
ワルズ先生は覇気のない声で、ボソボソと呟いている。相変わらずのネガティブさだ。
さらなるネガティブスイッチを押される前に、俺は優しく声をかけた。
「この試合の結果がどうなっても、ワルズ先生が責められることはないとデュラント先輩も言っていたじゃありませんか」
デュラント先輩も、頷いて俺の言葉を肯定した。
「そうです。オーガスタスを納得させるため、試合をすることになりましたが、先生方全員と私とマクベアーで決定したことでしょう。ワルズ先生だけ、責任を問われることはありませんよ」
困った顔で微笑むデュラント先輩を、ワルズ先生は鬱々とした表情で見る。
「しかし、剣術の教師である私の意見は、他の教師陣の基準にもなったはずです。ポイント制にした方が遺恨も少ないと思ったのに、こんな事態になるなんて………」
嘆くように言って、ワルズ先生は頭を抱えた。
あぁ……あの謎のポイントな。
剣術の授業で行われた、トーナメント形式の試合。その最中、ワルズ先生はずっと生徒に査定ポイントをつけていた。
試合の勝敗とその査定ポイントを合算したデータが、選抜メンバー選出の資料として使われたらしい。
結局ポイント数もポイントの内訳も聞いていないので、どんなものなのかは謎のままだ。
戦闘技術や運動能力などが主みたいだが、試合以外でもポイントが入っていたんだよなぁ。
俺が手を抜いて試合していたら、余裕があると言って一ポイント、カイルなんか笑顔だっただけでポイントが入っていたし……あれはいったい何だったのか。
スクワイア先輩は、頭を抱えるワルズ先生をジトリと睨む。
「彼が選ばれて私が落とされたということは、そのポイントがこの少年より下だったということですよね。しかしそれは一年生同士の戦いのポイントでしょう? 実際に僕と戦えば、この少年では無理だとわかるはずです。それに今回は剣術だけでなく、召喚獣も含めての戦いですからね。僕が負けるはずない」
自信満々のスクワイア先輩に、ワルズ先生はポリポリと額を掻くと、諦めた様子で息を吐いた。
「では、やってみますか……」
ボソリと呟いて、デュラント先輩に視線を向ける。デュラント先輩はワルズ先生に頭を下げて、マクベアー先輩たちのもとへ歩いていった。
それを見届け、ワルズ先生は小さく咳払いをする。
「では、始めるにあたって、注意事項を伝えます。武器は木刀。戦闘方法は剣術や剣術と合わせた体術、召喚獣と協力しても構いません。ただ召喚獣はあくまで補助とし、勝敗は人の攻撃により決するものとします。相手の体に木刀を当てた時や、相手が戦意喪失となった時、どちらかの武器が手を離れた時に、勝敗が決したと判断し私が止めに入ります。よろしいですか?」
俺とスクワイア先輩は、コクリと頷き戦闘位置につく。
するとスクワイア先輩が、予告ホームランのように木刀をまっすぐ俺に向けた。
「悪く思うな。幼い者をいたぶる趣味はないが、恨むなら君を選出した者たちを恨んでくれ。メンバーに入るべきこの僕を、選ばなかったのだからっ! 僕はお前に勝って、メンバーの座を手に入れるっ!!」
謳いあげるように言ったスクワイア先輩に、ギレット先輩がパチパチと拍手する。
俺としても、そうしてくれると願ったりかなったりなんだけどなぁ。
そう思って、観戦している皆の方に視線をやると、レイがジトーッと俺を見ていた。
……手を抜いたら、承知しないぞと言っている目だな。
一応頑張るって言ったのに。信用ないな。
俺は困り顔で息をひとつ吐くと、スクワイア先輩に向き直る。
「友人が見ているので、僕も頑張ろうと思います。よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
「お互い準備はいいですか? では、始め……」
ワルズ先生のボソリとした呟きで、戦闘が始まる。
さて、どうするかな。ギレット先輩曰く、国では天才少年だというスクワイア先輩だ。
ひとまず、どのくらいの腕前なのかを知りたい。すぐに召喚獣を出してこないところをみると、まずは剣のみで勝負しようと思っているらしい。
俺は自分からは打ち込まず、受けてみることにした。
「はぁっ!」
スクワイア先輩は中段の構えから、俺に向かってまっすぐ打ってくる。俺の出方を試しているのか、随分と単純な手だ。
それが最大の素振り速度かな?
まぁまぁ速いが、カイルのほうが完全に上だ。
俺は振り下ろされた木刀を上段で受け、スクワイア先輩と同じくらいの力加減で均衡をとる。
レイの話では、スクワイア先輩の年齢は俺より四つ上の十一歳。
当然、力は先輩のほうが強いのだが、木刀の受ける位置を間違えなければ、耐えられないほどでもない。
体つきが平均だから予想はしていたが、パワー型ではないんだな。まぁ、マクベアー先輩みたいな人が相手だったら、そもそもまともに受けようなんて考えないけど。
俺は合わせた木刀の下をくぐる形で体をさばいて受け流すと、スクワイア先輩の後ろに回り込んだ。
スクワイア先輩は突然視界から消えた俺に一瞬戸惑い、見回して背後に気づいてギョッとする。
「なっ!」
あれ? 動きが速すぎたかな?
これくらいなら、シリルだってついて来られるはずだ。何せカイルの動きにもついて来るくらい、動体視力がいいのだから。
油断していたにしても、敵を見失ってはいけない。それは戦いにおいて、命取りになる。
今だってスクワイア先輩が気づくまでの一秒間、俺が後ろから切りかかることも可能だった。
「くっ! この!」
悔しそうに唇を噛んだスクワイア先輩は、再び俺に木刀を振り下ろす。
俺は半身をひるがえして、その木刀をスルリと躱した。
うぅむ。そこそこ強かったら、負ける可能性もあったかもしれないが……。
どうしよう。負ける気がしない。
二年生は学問に強いと聞くから、一年生の方が剣術レベルが高いのかな?
剣術の準決勝で戦ったウィリアム・ハリスの方が、まだ手ごたえがあった気がする。
打ち込まれる木刀を俺が躱し続けていると、スクワイア先輩はだんだん息が荒くなってきた。
俺は力の半分も出していないが、彼は全力で打ってきている。その分、体力の消耗も激しいはずだ。
「くっ、ちょこまかと……」
するとスクワイア先輩は、俺と少し距離を取った。おそらく、召喚獣を出そうとしているのだろう。
「エリュオール!」
その瞬間、空間が歪んでスクワイア先輩の前に大きな鳥が現れる。体長は五十センチ程で、緑色の翼を広げると一メートルはある。翼をバサバサと羽ばたかせ地面に降り立つその姿は、とても優美だった。
観戦していたトーマが嬉しそうな声を上げる。
「わぁ、ミラス鳥綺麗だなぁ!」
動物好きのトーマらしいと言えばトーマらしい反応だけど、これから俺はあの召喚獣とも戦わなければならないことを忘れないでもらいたい。
ちなみにスクワイア先輩がミラス鳥を召喚獣にしていることは、レイから事前情報をもらって知っていた。
ミラス鳥は風と水という二種の属性を持つ珍しい鳥で、嘴から水鉄砲を放つ攻撃系の動物だ。今回は召喚獣の攻撃では勝敗を決定しないルールだけど、気をつけるに越したことはない。
向こうが召喚獣を出したなら、こちらも喚んだほうがいいな。
ただ、ヒスイやコクヨウを召喚して戦わせるわけにもいかないので、それ以外の召喚獣で対応しようと決めていた。
「ルリ、コハク、ザクロ!」
ウォルガーのルリと光鶏のコハクと氷亀のザクロを呼び出すと、それを見たスクワイア先輩とギレット先輩が噴き出した。
「攻撃系がいないからって、そんな小動物をたくさん出して対抗しようって言うのか」
まぁ、そんな反応が来ると思っていたけどね。
ルリは大きくなるけど、今の見た目は小さくて可愛いし、コハクはヒヨコで可愛いし、ザクロはゆったり歩きで可愛いもんな。
【おうおう! オイラたちを甘く見るんじゃねぇや!】
笑われて腹を立てたザクロは二本足でスックリと立ち上がり、コハクも不機嫌そうにフンスと荒い鼻息を吐く。
そう、甘く見てはいけない。この二匹と一羽は確かに攻撃系とは言えないが、それは重要ではないのだ。
「皆、事前に話したように頼むね」
俺が木刀を構えてそう言うと、皆は元気よく返事をした。
コハクとザクロは俺の後方へ移動していき、ルリは風の能力で宙に浮かぶ。
「僕たちも行くぞ、エリュオール! 援護しろ!」
【かしこまりました、ご主人様】
スクワイア先輩が命令し、ミラス鳥がバサバサと飛び立つ。そして一定の高さになると、空中でゆったりと羽ばたいて高度を保った。その状態を保てるということは、ルリのように風の能力で自分の体を浮かせているのだろうか。
「お前の力を見せてやれ!」
【はい!】
スクワイア先輩の言葉にミラス鳥は一鳴きして、俺に向かって連続で水鉄砲を撃ち込んできた。
「うわっと……」
軌道を読んで、即座に左側に避ける。
すると、バシュバシュバシュと水しぶきの低音が響いて、右側の地面に濡れた跡がついていった。
怪我はしない程度の威力だと聞いていたが、音と勢いからすると当たったら痛そうだ。
「ルリ! ミラス鳥の攻撃が当たらないように気をつけて!」
念のために、ミラス鳥に近づくルリに声をかける。
【平気よ! こんな遅い攻撃、当たるわけないわっ!!】
ルリは楽しそうに、ミラス鳥の周りをぐるぐると高速で飛び回る。
そのため、ミラス鳥は俺を攻撃することができず、ルリに攻撃しても当たらず、イライラと叫ぶ。
【くっ! 邪魔をするなっ!】
頭を動かしてルリの姿を目で追っているが、ルリの速さについていける動物はそうはいない。
【ヒャッホーウ!! 高速サイコー!!】
うわぁ、ルリってば随分と弾けてるなぁ。高速飛行をする時、性格が変わるんだよね。
そちらに気を取られていると、スクワイア先輩が一気に間合いを詰めて打ち込んできた。
「っと!」
木刀を既のところで受けると、レイが叫ぶ。
「よそ見するなよ、フィル!」
「わかってるよー」
俺は返事をしながら、受けていた木刀を押し返した。
「エリュオール! 何してるっ! そっちは相手にするなっ! こっちを援護しろっ!」
【は、はい!】
主人に苛立ちながら命令され、ミラス鳥はバランスを崩しながらも、ルリの隙をついてこちらに水鉄砲を撃ってきた。
あの状態で攻撃できるのだ、相当優れた鳥なのだろう。
それでも、ルリに邪魔されて連続では撃てないため、俺の足止めにはならなかった。
俺は上空からの水鉄砲を避けながら、再度攻撃してくるスクワイア先輩の木刀を軽く受け流す。
「平民ごときが、王子である僕を馬鹿にして」
怒りのためか、スクワイア先輩の木刀を持つ手がブルブルと震える。
彼が怒りにまかせて木刀を打ち込んできたので、俺はそれを真っ向から受けた。
辺りにカァァンという、木刀のぶつかる音が響く。
うーむ、平民ごとき……かぁ。
「平民がいるからこそ、王族も存在できると思うんだけどなぁ」
木刀を受けたまま、ボソッと独り言を呟いた。
それが聞こえたのか、スクワイア先輩が眉間にしわを寄せて怒鳴る。
「この僕に、意見するのかっ!」
そんなつもりはないのだが、スクワイア先輩の逆鱗に触れてしまったらしい。
スクワイア先輩は、俺の木刀を力任せに押し返した。そして体術に持ち込もうというのか、両手で持っていた木刀を片手に持ち替え振り上げる。
その時、俺の後方からピヨピヨと可愛らしい声が聞こえた。
【フィル~! できたぁ!】
【フィル様! 準備万端ですぜい!】
俺はその合図を受けて、サッとしゃがみ込んだ。
「何っ!?」
虚を突かれたスクワイア先輩に、眩い光が当たった。
ザクロの磨かれた甲羅をレフ板代わりにして、コハクの体から発した光を、スクワイア先輩に当てたのだ。
「うわっ」
咄嗟に目をつぶったスクワイア先輩の木刀を、俺は力強く打ち払った。
その勢いでスクワイア先輩の木刀は弾かれ、数メートル先に飛んでいく。
「くはっ……」
手を直接打ったわけではないが、衝撃が伝わったのだろう。スクワイア先輩は木刀を持っていた手を、もう片方の手で押さえる。
「勝負はつきました。フィル君の勝ちです」
ワルズ先生が試合終了を告げ、スクワイア先輩は呆然とした顔で膝をついた。
「オーガスタス様っ!!」
【ご主人様!】
ギレット先輩とミラス鳥が、スクワイア先輩のもとへ駆け寄る。
俺がコハクとザクロを抱き上げて労っていると、ルリも滑空してきて肩にちょこんと止まったので、頭を撫でてあげた。
ふー、無事に試合が終わって良かった。
それにしても、負けたらメンバー交代できたかもしれないのに、勝ってしまった。
コハクたちを撫でながら、ガックリと肩を落とす。そこへ走り寄ってきたレイとトーマが、俺に飛びついてきた。
「やったな! ライラから強いって聞いてたけど、本当だったんだな。すげーよ!」
「うん。強くてカッコ良かった! それに、ルリもコハクもザクロも皆もすごかったよ!」
レイとトーマは、俺が戦っているところを実際に見たことがない。目の前で繰り広げられた試合に頬を紅潮させ、興奮冷めやらぬ様子だ。
自分やルリたちを手放しに褒めてもらい、ちょっと照れるけど嬉しかった。ルリたちも誇らしげな顔をしている。
「だから言っただろう。フィル様はお強いんだと」
カイル……。なぜ、我がことのように胸を張る。
「いや、そう言うけどさ。実際見るまではなかなか信じられねぇって。カイルはフィル至上主義だから話盛ってるかもだし、こんなに小さいわけだしさ」
そう言ってレイは、肩に回した手で俺の頭を撫でた。俺はちょっとムッとする。
そう言って口を尖らせると、トーマがのほほんと笑った。
「そういうとこ、フィルらしいよねぇ」
「いいか。わざと負けるのは絶対許さないからな。手を抜いたら、カイルがすぐわかるぞ」
レイは眉間にしわを寄せ、俺に睨みを利かせる。
さっきから、ことあるごとに「侮っているスクワイア先輩に、力量を見せつけてやれ」と言うのだ。
向こうの実力はわからないので、まだ何とも言えないが、これではわざと負けることもできない。
「もぉ、わかったってば。それにしてもレイ、スクワイア先輩に恨みでもあるの?」
「個人的な恨みはねーよ。でも、あの平民蔑視は好きになれない」
フンと鼻息を荒くしたレイに、デュラント先輩は少し困った顔をした。
「彼は損をしているよね。人は多種多様。考え方も様々だ。それを知ることは、自分の成長につながると思う。彼も我が校の考えを、理解してくれたら良いのだけど……。創設者の一族として、力不足を感じるよ」
レイは慌てて首を振る。
「そんなっ! デュラント先輩は悪くないです。……すみません。俺も、スクワイア先輩に対して口が過ぎました」
レイが肩を落とすと、デュラント先輩は優しく微笑んだ。
デュラント先輩は本当にすごい人だな。生徒たちがデュラント先輩のことを崇めるのもわかる。それは身分とかじゃなく、こういった考え方ができるからなんだ。
そんな素晴らしい人を、簡素な椅子に座らせているのが申し訳なくなってきた。
いや、これは寮のものなんだけど、里帰りする時に綺麗に片付けていったから、机の上には何もない。
せめて荷ほどきを終えた後だったらなぁ。アルフォンス兄さんが買ってくれた革の本立てとか、品のある羽ペンとかを飾り、デュラント先輩の聡明さを演出できただろうに……。
そんなことを思いながら、俺はデュラント先輩に話を切り出す。
「あの……それで、メンバーの件なんですけど、どうして僕が選ばれたんでしょう?」
「信じられないかな?」
くすりと笑うデュラント先輩に、俺は眉を下げて頷いた。
「カイルはわかります。実力もあるし、一年生といっても十二歳ですから。だけど、僕は七歳です。他の学校の生徒だって、これまで対抗戦に参加した生徒は皆十歳以上だと聞きました」
だから候補に挙がったとしても、最終的に俺はメンバーに入らないだろうと思っていたのだ。
俺の言葉に、マクベアー先輩は腕組みをして「うむ」と頷く。
「そうだな。一年生で七歳の生徒がメンバーに入るのは、対抗戦の歴史上初めてだ。信じられないのも無理はない。俺たちもお前が選抜の最終候補に入っていると聞いて、驚いたもんだ。なぁ、ライオネル」
マクベアー先輩が同意を求めると、デュラント先輩は微笑んだ。
「先生方の話では、やはり幼すぎるのではと慎重になったようだけどね。だが君は、素晴らしい知恵と実力を持ち、計り知れない才能があると判断されたらしい。もちろん私たちも、戦略において君の能力は外せないと思ったから、メンバーに決めたんだよ」
皆、俺を買いかぶりすぎじゃないかなぁ。マクベアー先輩みたいな強靭な体でも、カイルみたいな俊敏さもない自分が、足を引っ張らないか不安だ。
すると、レイが身を乗り出して、デュラント先輩に尋ねる。
「他に選抜されたのはどなたなんですか?」
「メンバー招集した時に、改めて紹介するけれど……。三年はライン・マクベアーと、クロエ・ダブリン先輩。二年は私と、キーファ・ピアーズと、サラ・ムーア。一年がフィル君とカイル君。それから、シリル・オルコット君にも補欠として入ってもらう」
「シリルも入ったんですか?」
シリルは俺と同じ一年生で、とても大人しい性格なのだが、カイルと互角に戦えるほど剣術に優れた少年だ。
剣術の授業でトーナメントをやった時、俺とカイルが引き分けの一位で、授業時間の都合上三位決定戦は行わなかったが、実力的に三位はシリルだった。
つまり対抗戦には、一年の剣術での上位三人が入ったことになる。
「今回、一年生多いな」
「補欠とはいえ、シリルもすごいね」
レイとトーマの言葉に、俺は深く頷く。
そうか、シリルが補欠に……。
「フィル様、シリルに代わってもらおうと思ってませんか?」
マクリナ茶を持ってきたカイルに問われ、俺はギクリとした。
「やだなぁ、カイル。そんなこと考えてないよ」
俺は笑ってカップを手に取り、ゴクゴクとマクリナ茶を飲む。
「フィルの代わりに気の弱いシリルが出場するんじゃ可哀想すぎる。そんなことになったら、シリルが寝込むからやめてやれ」
レイはシリルのことを思ってか、気の毒そうに眉を下げる。俺はお茶を飲み干して、レイとカイルに視線を向けた。
「だから、そんなこと考えてないってば」
ただちょっと、どんな事情ならメンバーと補欠が交代できるのかなぁって思っただけだ。
「それよりも、デュラント先輩が対抗戦に出るなんて、体調に差し障りはないんですか?」
話の流れを変えようと、デュラント先輩に問いかける。
デュラント先輩はもともと体が弱く、そのため中等部入学も遅れたらしい。
すごく頭の切れる方だからメンバーにいたらとても頼もしいけれど、生徒総長として忙しいのに、さらに対抗戦など参加して大丈夫なのだろうか?
ステア王立中学の生徒たちだけでなく、国民にとっても大事な第三王子。万が一にも、怪我をしたり倒れたりなんてことがあったら大変だ。
最近は俺が勧めたマクリナ茶のおかげか、デュラント先輩も体調を崩すことはなくなったというが、それでも心配だった。
すると、デュラント先輩は小さく笑った。
「大丈夫。私とサラは、後方支援だからね。実際動くのは君たちだよ」
後方支援? 動くのは俺たち?
対抗戦の内容は毎回異なるらしく、今回は団体戦って噂だったけど、二手に分かれるってことか?
俺は考えながら、小首を傾げた。
「気になるだろうが、詳細はフィル君がオーガスタスとの試合を終えてからにしよう。私は、君の勝利を信じて疑わないけれどね」
「俺もだ! 頑張れよっ!!」
にっこりと微笑むデュラント先輩とマクベアー先輩に、俺はぎこちなく笑った。
あぁ、気が重いなぁ……。
◇ ◇ ◇
寮の室内運動場中央には、俺とスクワイア先輩とデュラント先輩、それから剣術のワルズ先生が立っていた。少し離れた場所で、マクベアー先輩やカイルたちが、こちらを見ている。
「それではワルズ先生、試合の立会人として、よろしくお願いいたします」
デュラント先輩が言うと、ワルズ先生は俺とスクワイア先輩の顔を見て、深いため息をついた。もともと猫背だった背中が、ため息によってさらに丸まる。
「だから私……選手とか選ぶの苦手だって言ったんですよ。やっと決まったと思ったのに、生徒から異議申し立てが上がるとは……。私はきっと、教師不適格の烙印を押されるんですね……」
ワルズ先生は覇気のない声で、ボソボソと呟いている。相変わらずのネガティブさだ。
さらなるネガティブスイッチを押される前に、俺は優しく声をかけた。
「この試合の結果がどうなっても、ワルズ先生が責められることはないとデュラント先輩も言っていたじゃありませんか」
デュラント先輩も、頷いて俺の言葉を肯定した。
「そうです。オーガスタスを納得させるため、試合をすることになりましたが、先生方全員と私とマクベアーで決定したことでしょう。ワルズ先生だけ、責任を問われることはありませんよ」
困った顔で微笑むデュラント先輩を、ワルズ先生は鬱々とした表情で見る。
「しかし、剣術の教師である私の意見は、他の教師陣の基準にもなったはずです。ポイント制にした方が遺恨も少ないと思ったのに、こんな事態になるなんて………」
嘆くように言って、ワルズ先生は頭を抱えた。
あぁ……あの謎のポイントな。
剣術の授業で行われた、トーナメント形式の試合。その最中、ワルズ先生はずっと生徒に査定ポイントをつけていた。
試合の勝敗とその査定ポイントを合算したデータが、選抜メンバー選出の資料として使われたらしい。
結局ポイント数もポイントの内訳も聞いていないので、どんなものなのかは謎のままだ。
戦闘技術や運動能力などが主みたいだが、試合以外でもポイントが入っていたんだよなぁ。
俺が手を抜いて試合していたら、余裕があると言って一ポイント、カイルなんか笑顔だっただけでポイントが入っていたし……あれはいったい何だったのか。
スクワイア先輩は、頭を抱えるワルズ先生をジトリと睨む。
「彼が選ばれて私が落とされたということは、そのポイントがこの少年より下だったということですよね。しかしそれは一年生同士の戦いのポイントでしょう? 実際に僕と戦えば、この少年では無理だとわかるはずです。それに今回は剣術だけでなく、召喚獣も含めての戦いですからね。僕が負けるはずない」
自信満々のスクワイア先輩に、ワルズ先生はポリポリと額を掻くと、諦めた様子で息を吐いた。
「では、やってみますか……」
ボソリと呟いて、デュラント先輩に視線を向ける。デュラント先輩はワルズ先生に頭を下げて、マクベアー先輩たちのもとへ歩いていった。
それを見届け、ワルズ先生は小さく咳払いをする。
「では、始めるにあたって、注意事項を伝えます。武器は木刀。戦闘方法は剣術や剣術と合わせた体術、召喚獣と協力しても構いません。ただ召喚獣はあくまで補助とし、勝敗は人の攻撃により決するものとします。相手の体に木刀を当てた時や、相手が戦意喪失となった時、どちらかの武器が手を離れた時に、勝敗が決したと判断し私が止めに入ります。よろしいですか?」
俺とスクワイア先輩は、コクリと頷き戦闘位置につく。
するとスクワイア先輩が、予告ホームランのように木刀をまっすぐ俺に向けた。
「悪く思うな。幼い者をいたぶる趣味はないが、恨むなら君を選出した者たちを恨んでくれ。メンバーに入るべきこの僕を、選ばなかったのだからっ! 僕はお前に勝って、メンバーの座を手に入れるっ!!」
謳いあげるように言ったスクワイア先輩に、ギレット先輩がパチパチと拍手する。
俺としても、そうしてくれると願ったりかなったりなんだけどなぁ。
そう思って、観戦している皆の方に視線をやると、レイがジトーッと俺を見ていた。
……手を抜いたら、承知しないぞと言っている目だな。
一応頑張るって言ったのに。信用ないな。
俺は困り顔で息をひとつ吐くと、スクワイア先輩に向き直る。
「友人が見ているので、僕も頑張ろうと思います。よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
「お互い準備はいいですか? では、始め……」
ワルズ先生のボソリとした呟きで、戦闘が始まる。
さて、どうするかな。ギレット先輩曰く、国では天才少年だというスクワイア先輩だ。
ひとまず、どのくらいの腕前なのかを知りたい。すぐに召喚獣を出してこないところをみると、まずは剣のみで勝負しようと思っているらしい。
俺は自分からは打ち込まず、受けてみることにした。
「はぁっ!」
スクワイア先輩は中段の構えから、俺に向かってまっすぐ打ってくる。俺の出方を試しているのか、随分と単純な手だ。
それが最大の素振り速度かな?
まぁまぁ速いが、カイルのほうが完全に上だ。
俺は振り下ろされた木刀を上段で受け、スクワイア先輩と同じくらいの力加減で均衡をとる。
レイの話では、スクワイア先輩の年齢は俺より四つ上の十一歳。
当然、力は先輩のほうが強いのだが、木刀の受ける位置を間違えなければ、耐えられないほどでもない。
体つきが平均だから予想はしていたが、パワー型ではないんだな。まぁ、マクベアー先輩みたいな人が相手だったら、そもそもまともに受けようなんて考えないけど。
俺は合わせた木刀の下をくぐる形で体をさばいて受け流すと、スクワイア先輩の後ろに回り込んだ。
スクワイア先輩は突然視界から消えた俺に一瞬戸惑い、見回して背後に気づいてギョッとする。
「なっ!」
あれ? 動きが速すぎたかな?
これくらいなら、シリルだってついて来られるはずだ。何せカイルの動きにもついて来るくらい、動体視力がいいのだから。
油断していたにしても、敵を見失ってはいけない。それは戦いにおいて、命取りになる。
今だってスクワイア先輩が気づくまでの一秒間、俺が後ろから切りかかることも可能だった。
「くっ! この!」
悔しそうに唇を噛んだスクワイア先輩は、再び俺に木刀を振り下ろす。
俺は半身をひるがえして、その木刀をスルリと躱した。
うぅむ。そこそこ強かったら、負ける可能性もあったかもしれないが……。
どうしよう。負ける気がしない。
二年生は学問に強いと聞くから、一年生の方が剣術レベルが高いのかな?
剣術の準決勝で戦ったウィリアム・ハリスの方が、まだ手ごたえがあった気がする。
打ち込まれる木刀を俺が躱し続けていると、スクワイア先輩はだんだん息が荒くなってきた。
俺は力の半分も出していないが、彼は全力で打ってきている。その分、体力の消耗も激しいはずだ。
「くっ、ちょこまかと……」
するとスクワイア先輩は、俺と少し距離を取った。おそらく、召喚獣を出そうとしているのだろう。
「エリュオール!」
その瞬間、空間が歪んでスクワイア先輩の前に大きな鳥が現れる。体長は五十センチ程で、緑色の翼を広げると一メートルはある。翼をバサバサと羽ばたかせ地面に降り立つその姿は、とても優美だった。
観戦していたトーマが嬉しそうな声を上げる。
「わぁ、ミラス鳥綺麗だなぁ!」
動物好きのトーマらしいと言えばトーマらしい反応だけど、これから俺はあの召喚獣とも戦わなければならないことを忘れないでもらいたい。
ちなみにスクワイア先輩がミラス鳥を召喚獣にしていることは、レイから事前情報をもらって知っていた。
ミラス鳥は風と水という二種の属性を持つ珍しい鳥で、嘴から水鉄砲を放つ攻撃系の動物だ。今回は召喚獣の攻撃では勝敗を決定しないルールだけど、気をつけるに越したことはない。
向こうが召喚獣を出したなら、こちらも喚んだほうがいいな。
ただ、ヒスイやコクヨウを召喚して戦わせるわけにもいかないので、それ以外の召喚獣で対応しようと決めていた。
「ルリ、コハク、ザクロ!」
ウォルガーのルリと光鶏のコハクと氷亀のザクロを呼び出すと、それを見たスクワイア先輩とギレット先輩が噴き出した。
「攻撃系がいないからって、そんな小動物をたくさん出して対抗しようって言うのか」
まぁ、そんな反応が来ると思っていたけどね。
ルリは大きくなるけど、今の見た目は小さくて可愛いし、コハクはヒヨコで可愛いし、ザクロはゆったり歩きで可愛いもんな。
【おうおう! オイラたちを甘く見るんじゃねぇや!】
笑われて腹を立てたザクロは二本足でスックリと立ち上がり、コハクも不機嫌そうにフンスと荒い鼻息を吐く。
そう、甘く見てはいけない。この二匹と一羽は確かに攻撃系とは言えないが、それは重要ではないのだ。
「皆、事前に話したように頼むね」
俺が木刀を構えてそう言うと、皆は元気よく返事をした。
コハクとザクロは俺の後方へ移動していき、ルリは風の能力で宙に浮かぶ。
「僕たちも行くぞ、エリュオール! 援護しろ!」
【かしこまりました、ご主人様】
スクワイア先輩が命令し、ミラス鳥がバサバサと飛び立つ。そして一定の高さになると、空中でゆったりと羽ばたいて高度を保った。その状態を保てるということは、ルリのように風の能力で自分の体を浮かせているのだろうか。
「お前の力を見せてやれ!」
【はい!】
スクワイア先輩の言葉にミラス鳥は一鳴きして、俺に向かって連続で水鉄砲を撃ち込んできた。
「うわっと……」
軌道を読んで、即座に左側に避ける。
すると、バシュバシュバシュと水しぶきの低音が響いて、右側の地面に濡れた跡がついていった。
怪我はしない程度の威力だと聞いていたが、音と勢いからすると当たったら痛そうだ。
「ルリ! ミラス鳥の攻撃が当たらないように気をつけて!」
念のために、ミラス鳥に近づくルリに声をかける。
【平気よ! こんな遅い攻撃、当たるわけないわっ!!】
ルリは楽しそうに、ミラス鳥の周りをぐるぐると高速で飛び回る。
そのため、ミラス鳥は俺を攻撃することができず、ルリに攻撃しても当たらず、イライラと叫ぶ。
【くっ! 邪魔をするなっ!】
頭を動かしてルリの姿を目で追っているが、ルリの速さについていける動物はそうはいない。
【ヒャッホーウ!! 高速サイコー!!】
うわぁ、ルリってば随分と弾けてるなぁ。高速飛行をする時、性格が変わるんだよね。
そちらに気を取られていると、スクワイア先輩が一気に間合いを詰めて打ち込んできた。
「っと!」
木刀を既のところで受けると、レイが叫ぶ。
「よそ見するなよ、フィル!」
「わかってるよー」
俺は返事をしながら、受けていた木刀を押し返した。
「エリュオール! 何してるっ! そっちは相手にするなっ! こっちを援護しろっ!」
【は、はい!】
主人に苛立ちながら命令され、ミラス鳥はバランスを崩しながらも、ルリの隙をついてこちらに水鉄砲を撃ってきた。
あの状態で攻撃できるのだ、相当優れた鳥なのだろう。
それでも、ルリに邪魔されて連続では撃てないため、俺の足止めにはならなかった。
俺は上空からの水鉄砲を避けながら、再度攻撃してくるスクワイア先輩の木刀を軽く受け流す。
「平民ごときが、王子である僕を馬鹿にして」
怒りのためか、スクワイア先輩の木刀を持つ手がブルブルと震える。
彼が怒りにまかせて木刀を打ち込んできたので、俺はそれを真っ向から受けた。
辺りにカァァンという、木刀のぶつかる音が響く。
うーむ、平民ごとき……かぁ。
「平民がいるからこそ、王族も存在できると思うんだけどなぁ」
木刀を受けたまま、ボソッと独り言を呟いた。
それが聞こえたのか、スクワイア先輩が眉間にしわを寄せて怒鳴る。
「この僕に、意見するのかっ!」
そんなつもりはないのだが、スクワイア先輩の逆鱗に触れてしまったらしい。
スクワイア先輩は、俺の木刀を力任せに押し返した。そして体術に持ち込もうというのか、両手で持っていた木刀を片手に持ち替え振り上げる。
その時、俺の後方からピヨピヨと可愛らしい声が聞こえた。
【フィル~! できたぁ!】
【フィル様! 準備万端ですぜい!】
俺はその合図を受けて、サッとしゃがみ込んだ。
「何っ!?」
虚を突かれたスクワイア先輩に、眩い光が当たった。
ザクロの磨かれた甲羅をレフ板代わりにして、コハクの体から発した光を、スクワイア先輩に当てたのだ。
「うわっ」
咄嗟に目をつぶったスクワイア先輩の木刀を、俺は力強く打ち払った。
その勢いでスクワイア先輩の木刀は弾かれ、数メートル先に飛んでいく。
「くはっ……」
手を直接打ったわけではないが、衝撃が伝わったのだろう。スクワイア先輩は木刀を持っていた手を、もう片方の手で押さえる。
「勝負はつきました。フィル君の勝ちです」
ワルズ先生が試合終了を告げ、スクワイア先輩は呆然とした顔で膝をついた。
「オーガスタス様っ!!」
【ご主人様!】
ギレット先輩とミラス鳥が、スクワイア先輩のもとへ駆け寄る。
俺がコハクとザクロを抱き上げて労っていると、ルリも滑空してきて肩にちょこんと止まったので、頭を撫でてあげた。
ふー、無事に試合が終わって良かった。
それにしても、負けたらメンバー交代できたかもしれないのに、勝ってしまった。
コハクたちを撫でながら、ガックリと肩を落とす。そこへ走り寄ってきたレイとトーマが、俺に飛びついてきた。
「やったな! ライラから強いって聞いてたけど、本当だったんだな。すげーよ!」
「うん。強くてカッコ良かった! それに、ルリもコハクもザクロも皆もすごかったよ!」
レイとトーマは、俺が戦っているところを実際に見たことがない。目の前で繰り広げられた試合に頬を紅潮させ、興奮冷めやらぬ様子だ。
自分やルリたちを手放しに褒めてもらい、ちょっと照れるけど嬉しかった。ルリたちも誇らしげな顔をしている。
「だから言っただろう。フィル様はお強いんだと」
カイル……。なぜ、我がことのように胸を張る。
「いや、そう言うけどさ。実際見るまではなかなか信じられねぇって。カイルはフィル至上主義だから話盛ってるかもだし、こんなに小さいわけだしさ」
そう言ってレイは、肩に回した手で俺の頭を撫でた。俺はちょっとムッとする。
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