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6巻
6-2
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「フィル君、久しぶり。随分遅かったね」
同級生のウィリアム・ハリスに声をかけられて、俺は微笑む。
「久しぶり。ちょっと寄り道しちゃって」
「帰った時みたいに、ウォルガーで来たのかい?」
「うん。やっぱりその方が速いから。って、あれ? もしかしてウィリアム、背が伸びた?」
休み前より、目線が違う気がする。
「うん、ちょっとだけ」
ウィリアムが照れていると、同じく同級生のビル・ノックスが人を押しのけてやって来た。
「俺も伸びたぜ! 制服の袖を少し直したんだ」
少し胸を反らして、自慢げに言う。俺は羨ましくなって、二人を見つめた。
皆、休みの間に結構成長してるんだなぁ。
俺も休みの間は毎日、木に印をつけてカイルと背比べをしていた。カイルはそこそこ伸びたが、俺はあんまり変わっていない。成長度合いは、人それぞれだとわかってはいるんだけど……。
肩を落とす俺を、周りにいた三年生の先輩たちが慰めてくれる。
「テイラはそのままでいいんだぞ!」
「そうだ。今のままでも充分すごいからな」
必死に言い、他の数名の先輩方や同級生たちもコクコクと頷く。
……お言葉はありがたいが、このままは嫌です。
俺は次から次へと声をかけられ、一人一人に対応をしているうちに、玄関が寮生たちで溢れてきた。
このままここにいたら、身動きが取れなくなりそうだな。
移動を考えてカイルに声をかけようとした時、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「フィル!」
人の隙間からレイとトーマの姿が見えて、俺は思わず笑う。
レイたちは人波をかき分けながら、やっとのことで俺の前に到着した。
二ヶ月ぶりの二人は、別れた時と何も変わっていなかった。
よしよし、ウィリアムたちみたいに極端に身長が伸びた様子はないな。
そんな目算をしてホッとしていると、トーマが俺の周りを見回す。
「あれ、カイルは? 一緒じゃないの?」
指摘されて、ようやく近くにいたはずのカイルがいないことに気がついた。
「あれぇ? さっきまで隣にいたんだけど……」
首を傾げる俺に、近くにいた先輩が階段を指さす。
「カイル・グラバーなら、今さっき鞄を二、三個かかえて二階に行ったぞ」
驚いて足元を見ると、自分の荷物がなくなっている。
「僕の荷物がないっ! もしかして、カイルが一緒に持っていってくれたのかな」
あぁ、部屋の鍵を渡してくれなかった時点で気づくべきだった。
きっと俺が皆に囲まれるだろうと見越して、先に荷物を運んでおくつもりだったんだ。
「カイルは相変わらず、フィルのこと大事にしちゃってるな」
ため息をつく俺を見て、レイは小さく噴き出す。
「皆さん、僕は荷物を片付けなきゃいけないので、これで失礼します」
俺は周りにお辞儀をすると、レイとトーマに「行こう」と促した。
俺たちは階段を上り、まず自分の部屋を目指す。
カイルの部屋は俺の部屋より奥にあるので、まず俺の部屋に荷物を入れて待ってくれているだろうと思ったのだ。
俺は並んで歩くレイたちに聞き忘れていた近況を尋ねる。
「レイたちは何日も前に到着してたの?」
「当たり前だろ。馬車を使うんだし、余裕をもって出てきたさ。お前らはルリだからって、のんびりしすぎ」
レイが呆れた口調で言うので、俺は小さく肩をすくめた。
「だって速いし楽なんだもん。レイたちも今度は一緒にルリで移動しようよ。ルリに高速飛行とか危ない飛び方させないって約束するからさ」
トーマはレイと顔を見合わせ、それから眉根を寄せて唸った。
「でもなぁ。僕、高いのも怖くて。落ちたらどうしようって」
「ルリ用の鞍に体を固定するから平気だよ。もし景色を見るのが嫌なら、慣れるまで目隠しするとか?」
咄嗟に思いついて提案すると、トーマはハッとして手を打つ。
「あ、そっかぁ! 見なきゃいいんだ」
「いやいや、トーマ騙されるな。目隠しして乗るほうが、絶対怖いって」
真っ暗闇の浮遊感を想像したのか、レイはブルルと身震いする。トーマも「そうか」と気づいて、同じく身震いをした。
「じゃあ、やっぱり少しずつルリに乗る練習をしようよ。ここへ来る時はアリスも一緒だったけど、すぐに慣れたよ。今回は観光しながら来たんだ。滝を見たり、花畑に行ったり、温泉とかも……」
「何ぃっ!? お、お前、アリスちゃんと一緒に温泉入ったのか!?」
レイが過剰反応して詰め寄ってきたので、俺は落ち着けと手を上げて宥めた。
「ちゃんと沐浴着を着てるよ」
こちらの世界に水着はない。でも、少し生地が厚くて濡れても透けず、水の通りがよく動きやすい沐浴用の服があるのだ。
「それでもいいっ! 何て羨ましいっ! 可愛いアリスちゃんと温泉入って、宿も一緒で、最高じゃないか」
そう言ってレイは、うっとりしたりによによ笑ったりしていたが、そのうちなぜか眉をひそめた。
何だろう? 羨ましいという感情から、行けなかった悔しさに変わったのだろうか?
俺は上目遣いで、レイの顔を覗き込む。
「そんなに羨ましいなら、今度帰国する時、レイも一緒にルリに乗ろうよ」
「……どうしても乗せたいのか」
低く呟くレイに、俺はニコッと微笑んだ。
「だって、レイやトーマも一緒の方が楽しいもん」
そう言うと、レイはさっと顔を赤らめた。それから少し逡巡したのち、ぶっきらぼうに言う。
「じゃ、じゃあ、少しは訓練してみるけどさ。あんまり期待するなよな」
「レイが頑張るなら、僕も頑張ってみる」
二人の返事に、俺は「やったー」とガッツポーズした。
あれだけ怖がりな二人から貰った返事だ。慎重に訓練して、ルリに乗れるようにしよう。そうしたら、遠出もできるかもしれない。
そんなことを思っていると、廊下の真ん中に二人の生徒が行く手を阻むように立っているのが見えた。
金髪碧眼の少し気取った派手な雰囲気の少年と、ダークブラウンで緑の目をした地味な印象の少年だ。
ネクタイの色を見るに、二年生の先輩らしい。色白で品の良さそうな顔立ちから、二人とも貴族であることが察せられる。
廊下は広いので通れないわけではないが、腕組みをして立つその姿は、明らかに「通さないぞ」という意思表示をしていた。
誰かを待ち伏せしているのか?
……というか、まっすぐ俺を睨んでいる気がするな。俺に用事があるのかな?
三年生の先輩には知り合いが多いけど、二年生の知り合いって実は少ないんだよね。
睨まれるようなことをした覚えはないが、何だろう。
俺は首を傾げて、先輩方に声をかけた。
「二年生の先輩ですよね? 僕たちに何か用ですか?」
俺の問いかけに、金髪少年は悠然と頷く。
「ああ、そうだ。僕はオーガスタス・スクワイアで、スクワイア王国の皇太子だ。彼はリー・ギレット。本来ならば、僕は平民に話しかけることなど滅多にないのだがね」
確か、スクワイア王国はグラント大陸の中でも建国の古い国だ。
そんなスクワイアの皇太子が、俺に何の用だろうか。
「単刀直入に言おう。フィル・テイラ! 三校学校対抗戦メンバーは、このオーガスタス・スクワイアこそがふさわしい! 譲りたまえ!」
スクワイア先輩は舞台役者めいた口調でそう言うと、俺をビシリと指さした。
その大きな声に、近くで様子を見ていた生徒がざわめく。
指をさされた俺は、パチクリと瞬きした。
「譲るって……。対抗戦メンバーは、まだ発表されてませんよね?」
休み明けに発表されるとは聞いたが、もう少し先のはずだ。
すると、スクワイア先輩たちは訝しげな顔をした。
「まだ知らされていないのか? 選抜メンバー大将のマクベアー先輩、副将のデュラントさんのお二人で、候補者全員に結果を通達しているはずだが……」
おぉ、マクベアー先輩とデュラント先輩が、大将と副将に選ばれたんだ?
三年のライン・マクベアー先輩はステア王国の騎士家の家柄で、剣術において、グラント大陸の青少年の中では一番ではないかというほど強い人である。
二年のライオネル・デュラント先輩は、ステア王国の王子でありながらそのカリスマ性と聡明さで、一年生の時から中等部生徒総長を務めているくらい優秀な人だ。
この二人は身分は違うが幼少の頃からの友人なので、対抗戦でもきっといいコンビネーションを発揮してくれるだろう。
「今さっき寮に着いたばかりなので、何も聞いていないんです。あの……スクワイア先輩の先ほどの話だと、まさか僕は……」
もしかして、俺がメンバー入りして、スクワイア先輩が落ちたってこと?
信じたくなくて口ごもっていると、ギレット先輩は不満げに顔を歪めた。
「そうだ。オーガスタス様を差し置いて、お前がメンバーに選ばれた」
決まったの? 俺が? メンバーに? 嘘だろぉ。
あまりの衝撃に、頭がぐらぐらする。レイとトーマが俺の背中を叩いた。
「すっげー! フィル。対抗戦の歴史上最年少のメンバーだっ! やったな!」
「フィル、すごいねっ!」
レイやトーマだけでなく、廊下にいた同級生たちからも歓声が上がる。スクワイア先輩たちは、俺たちを忌々しげに睨んでいた。
いやいや、スクワイア先輩、メンバー入りは俺の意思ではないですから。睨まんで欲しい。
スクワイア先輩は、イライラと足を踏み鳴らしながら言う。
「状況がわかったなら答えろ! さあ、どうなんだ? 譲るのか譲らないのか?」
レイはその物言いにムッとして、俺の腕を引く。
「相手にすることない。フィル、行こうぜ……」
俺はレイに「ちょっと待って」と言い、スクワイア先輩に向き直る。
「メンバーって譲れるんですか? なら、どうぞお譲りします!」
決まったとしても、その後で『譲る』ことができるのならば、ぜひともお譲りしたい。
対抗戦メンバーって練習が大変そうだし、人から注目されるだろうし、父さんの悩みの種をこれ以上増やすのは可哀想だもんな。
できれば俺は応援にまわって、観戦の合間に気楽にのんびりドルガドの観光を楽しみたい。
それに、やりたい人が出場した方が絶対いいと思う。
俺は愛想よく、手で「どうぞ」のポーズをした。
「ほ……本当に、譲ってくれるのか?」
自ら要求しておきながら、俺があっさり譲ると言ったため驚いているらしい。再確認するスクワイア先輩に、俺は笑顔のままコックリと頷いた。
スクワイア先輩は、いささか動揺しつつ頷き返す。
「そ、そうか。お前は年齢が低いから、対抗戦を戦い抜くのは大変だしな。賢明な判断だ」
「こちらこそ助かります」
そう言って俺が頭を下げかけた時、レイが再度俺の腕を引いた。
「ちょ、ちょっと待て、フィル! お前なぁ。何、メンバー枠を譲ろうとしてんだよ。ビックリしすぎて、俺の思考が固まっちまっただろ」
脱力気味にそう言って、左手で額を押さえる。
俺はキョトンと首を傾げた。
「え、だって、譲ってくれって言ってるし、決まっても譲れるんじゃないの?」
だからこの先輩が、俺のところに来たのではないだろうか?
「怪我とか病気とか、よほどの理由がなきゃ駄目に決まってるだろう。いいか。先生たちが会議を重ね、まず大将と副将、そして数を絞った最終候補を選出する。それから先生方と大将と副将が一緒に、対抗戦の戦略を考えつつメンバーを決定する。つまり、選抜メンバーは、補欠を含めて全員が戦略に関わる精鋭たちなんだよ。そう簡単に譲れるわけねーだろ」
レイに呆れた顔で言われ、俺は眉を下げる。
「えぇぇぇ」
何だ、駄目なのか。じゃあ、何でこの人、譲ってくれなんて言ったんだ。
「名誉なことだから、譲ろうと考える生徒なんてまず聞いたことないけどな」
レイは俺にチクリと嫌味を言い、それからため息をついて先輩たちを見た。
「それは、スクワイア先輩方もご存知のはずですよね」
「…………」
スクワイア先輩はレイを一瞥すると、フイッと顔を背けた。
レイは小さく舌打ちして低く呟く。
「高貴な王族は、平民の俺とはお話ししたくないってか?」
今にも先輩に噛みつきそうな顔をして睨む。人の話を無視する先輩の行為は大変失礼なことだと思うが、こんなに強く怒りを露にするレイは初めて見た。
ともあれ、先輩は譲ってくれって言うし、でもメンバーは譲れないみたいだし、この事態はどうしたらいいんだろうか。
困っていると、廊下で俺たちの様子を見守っていた生徒たちが、突然さざなみが広がるごとく騒ぎ出した。
スクワイア先輩たちは、俺の背後を見て後ずさる。
俺たちが振り返ると、後ろからデュラント先輩とマクベアー先輩が並んでやって来るところだった。
「フィル君、久しぶり」
にっこりと微笑むデュラント先輩は、相変わらずのカリスマオーラだ。
生徒のざわめきはこれだったのか……。
「お久しぶりです。デュラント先輩。マクベアー先輩」
俺は軽く頭を下げる。マクベアー先輩は快活に笑って、俺の頭をもしゃもしゃと撫でた。
「おう! フィル。休暇は楽しかったか?」
撫でる力が強いので、首を持っていかれないよう踏ん張りながら返事をする。
「は、はい。マクベアー先輩は、何だか傷が多いようですけど。長期休みの間、何をされていたんですか?」
大きな傷はないみたいだが、腕や足や顔などに擦り傷や切り傷がある。マクベアー先輩の性格から考えて、修業の旅に行ってきたと言われても信じてしまいそうだ。
マクベアー先輩は「あぁ……これか」と呟いた。
「いくつか剣術大会に出場した時に、ちょっとな」
「結果を伺ってもいいですか?」
興味津々で聞くと、マクベアー先輩はニヤリと笑う。
「優勝だ。まぁ、小さい大会ばかりだが、大人も出場している大会だからな。上々の結果だ」
俺たちは「ほぉぉ」と感嘆の声を上げる。
さすがマクベアー先輩。やっぱり機会があったら、グレスハート王国の兵士のスケさんやグランドール将軍と一度試合をさせてみたい。
そんなことを考えて、ふとそれどころではなかったと思い出す。
「あの、実は先ほどギレット先輩から、僕が対抗戦の選抜メンバーに選ばれたと聞いたんですが、それは本当ですか?」
念のため確認すると、マクベアー先輩は残念そうに眉を下げた。
「何だ。驚く顔が見たかったのに。あぁ、メンバー入りしたぞ」
…………やっぱり、間違いないのか。
マクベアー先輩は、目を細めて廊下を見回した。
「カイルもメンバーに入っているんだが、一緒じゃないのか?」
「え! カイルもですか?」
俺とレイとトーマは、顔を見合わせて笑顔になる。
自分のことはさておき、これは嬉しい。カイルの剣術レベルは、とても高いもんな。毎日真面目に鍛錬を行っているので、ワルズ先生や剣術クラブの生徒たちにも一目置かれている。
そんなカイルのメンバー入りは、当然とも思えた。
レイとトーマは興奮を抑えきれないのか、「すごい」と言って小さく跳びはねている。
「それにしても、オーガスタスやリーが寮の一年生のエリアにいるなんて、珍しいこともあるものだね」
デュラント先輩は微笑んで、スクワイア先輩に話しかけた。
スクワイア先輩はバツが悪そうに視線を逸らす。
「用があれば、来ることだって……あります」
デュラント先輩は、フッと小さく笑う。
「そうだね。で、もう用事は済んだのかい?」
すると、レイがチラリと先輩方を見ながら言う。
「済んだんじゃないですか? 今フィルに、対抗戦のメンバー枠を譲ってくれと伝えたところです」
途端にスクワイア先輩たちは青ざめ、マクベアー先輩は不快そうに眉を寄せた。
「どういうことだ」
その声の低さと緊迫した雰囲気に、スクワイア先輩は体を震わせた。
ギレット先輩も顔面蒼白だったが、スクワイア先輩をかばって前に立ち、マクベアー先輩を見上げて震え声で答える。
「オーガスタス様の方が、剣も召喚獣も実力は勝っているのに、彼が選抜メンバーに選ばれたからです! 本来ならば試合を申し込んで、実力を証明するのが筋かもしれません。しかしそれをしないのは、幼い相手を打ちのめすのは憚られるという、オーガスタス様の優しさですっ!」
「だから譲れと言ったのか? しかし、俺はお前じゃフィルに勝てないと思うがなぁ」
マクベアー先輩は、腕組みして唸る。レイもちゃっかり「うんうん」と頷いていた。
スクワイア先輩は、悔しげな顔で叫ぶ。
「そんなことを言うのは、貴方が彼と親しいからでしょうっ! 僕が、こんな小さな子供に負けるはずがないっ! 一年生の中では剣が強く、珍しい召喚獣をいくつか使役しているらしいですが、攻撃系の召喚獣はいないじゃないですか!」
まぁ、確かに俺と契約している皆の中で攻撃らしい攻撃ができるのは、ヒスイとコクヨウだけだもんなぁ。しかも、ヒスイはまだ一部の人しか存在を知らないし、コクヨウは正体を隠しているし。
「そうです! オーガスタス様は、スクワイア王国でも幼き頃から聡明でお強く、攻撃系の召喚獣と契約できるほどの天才なんですよ!!」
ギレット先輩は、どうだとばかりに鼻息荒く胸を張る。
そんな二人に、レイはポリポリと額を掻きながら呟いた。
「フィルはその天才をすっ飛ばすくらいの、規格外なんだけどなぁ……」
「規格外だよねぇ」
レイの隣にいたトーマも、小さい声で同意して微笑んだ。
ちょっと二人とも……規格外って言わないでよ。
スクワイア先輩方の言い分を聞き終えたデュラント先輩は、小さく息を吐いて苦笑した。
「召喚獣が攻撃系というのは、とても頼りになるものだ。オーガスタスの召喚獣も、非常に優れていると先生方から聞いている。しかし攻撃系召喚獣の有無で選出したわけではないんだよね。……オーガスタス。では君は、試合をしたらフィル君に勝てると、そう思っているのかい?」
微かに首を傾げるデュラント先輩に、スクワイア先輩は大きく頷く。
「当然ですっ! このままでは、納得できませんっ!」
ん~、スクワイア先輩はプライド高そうだし、自分のほうが強いと思っているなら、俺がメンバー入りするのは納得できないかもなぁ。
デュラント先輩とスクワイア先輩の会話を黙って聞いていたマクベアー先輩は、大きくため息をついた。
「オーガスタス。そんなに納得できないのであれば、いっそのことフィルと試合をしてみたらどうだ? そうすれば、すっきりするだろう」
その提案に、デュラント先輩を除く全員がどよめいた。
◇ ◇ ◇
スクワイア先輩たちが引き上げていった後、カイルにも直接メンバー入りを知らせたいということで、デュラント先輩たちを俺の部屋へ招いた。
自分で招いておいてなんだが、俺の部屋に先輩たちがいる光景って不思議だ。
「フィル君。寮に帰ってきて早々、大変だったね」
俺の勉強机の椅子に腰掛けたデュラント先輩は、はんなりと微笑む。マクベアー先輩はデュラント先輩の傍らで腕組みして仁王立ちし、渋い顔をしていた。
「まったく、オーガスタスには困ったもんだ」
「はい……」
俺はレイとトーマと並んでベッドに腰掛け、先輩たちの言葉に頷いた。
カイルが部屋の片隅の給湯テーブルで、マクリナ茶を淹れながらため息をつく。
「廊下がやけに騒がしいなとは思ったんですが……気がついた時にすぐ行けば良かったです」
そう呟く瞳は、どこか虚ろだ。
カイルは俺の部屋に荷物を運んだ後、騒ぎの音に気づいたものの「皆が、フィル様と再会して盛り上がっているのだろう」と思い、会話の内容に耳を傾けていなかったらしい。レイにいきさつを聞いた時、かなりショックを受けていた。
……俺だって、こんな事態になるとは思わなかったよ。
よもや三校対抗戦にメンバー入りし、その座をかけてスクワイア先輩と試合することになろうとは。
スクワイア先輩との試合は、一週間後の休息日。寮の室内運動場で行われる。
廊下で様子を窺っていた生徒たちは観戦したそうにしていたが、今回の試合は一般生徒には非公開とさせてもらった。
これ以上見世物になって騒がれるのは嫌だし、大事にもしたくない。
観戦者は、デュラント先輩、マクベアー先輩、ギレット先輩、レイ、トーマ、カイル。
本当はあの場にいた当事者限定なのだが、対抗戦メンバーであることからカイルも許可してもらった。
それから、責任者として剣術のワルズ先生に立ち会ってもらう予定だ。
これは、スクワイア先輩の希望だった。実力を示し、メンバー変更を申し立てる証明とするつもりなのだろう。俺としても先生がいてくれたほうが安全だと思ったので、了承することにした。
「でも、本当にデュラント先輩たちが来てくれて助かりました。あのままだったら、フィルの奴そのままスクワイア先輩にメンバーの座を譲っていたところでしたよ」
チラリとレイに見られ、俺は「うっ」と言葉を詰まらせる。
同級生のウィリアム・ハリスに声をかけられて、俺は微笑む。
「久しぶり。ちょっと寄り道しちゃって」
「帰った時みたいに、ウォルガーで来たのかい?」
「うん。やっぱりその方が速いから。って、あれ? もしかしてウィリアム、背が伸びた?」
休み前より、目線が違う気がする。
「うん、ちょっとだけ」
ウィリアムが照れていると、同じく同級生のビル・ノックスが人を押しのけてやって来た。
「俺も伸びたぜ! 制服の袖を少し直したんだ」
少し胸を反らして、自慢げに言う。俺は羨ましくなって、二人を見つめた。
皆、休みの間に結構成長してるんだなぁ。
俺も休みの間は毎日、木に印をつけてカイルと背比べをしていた。カイルはそこそこ伸びたが、俺はあんまり変わっていない。成長度合いは、人それぞれだとわかってはいるんだけど……。
肩を落とす俺を、周りにいた三年生の先輩たちが慰めてくれる。
「テイラはそのままでいいんだぞ!」
「そうだ。今のままでも充分すごいからな」
必死に言い、他の数名の先輩方や同級生たちもコクコクと頷く。
……お言葉はありがたいが、このままは嫌です。
俺は次から次へと声をかけられ、一人一人に対応をしているうちに、玄関が寮生たちで溢れてきた。
このままここにいたら、身動きが取れなくなりそうだな。
移動を考えてカイルに声をかけようとした時、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「フィル!」
人の隙間からレイとトーマの姿が見えて、俺は思わず笑う。
レイたちは人波をかき分けながら、やっとのことで俺の前に到着した。
二ヶ月ぶりの二人は、別れた時と何も変わっていなかった。
よしよし、ウィリアムたちみたいに極端に身長が伸びた様子はないな。
そんな目算をしてホッとしていると、トーマが俺の周りを見回す。
「あれ、カイルは? 一緒じゃないの?」
指摘されて、ようやく近くにいたはずのカイルがいないことに気がついた。
「あれぇ? さっきまで隣にいたんだけど……」
首を傾げる俺に、近くにいた先輩が階段を指さす。
「カイル・グラバーなら、今さっき鞄を二、三個かかえて二階に行ったぞ」
驚いて足元を見ると、自分の荷物がなくなっている。
「僕の荷物がないっ! もしかして、カイルが一緒に持っていってくれたのかな」
あぁ、部屋の鍵を渡してくれなかった時点で気づくべきだった。
きっと俺が皆に囲まれるだろうと見越して、先に荷物を運んでおくつもりだったんだ。
「カイルは相変わらず、フィルのこと大事にしちゃってるな」
ため息をつく俺を見て、レイは小さく噴き出す。
「皆さん、僕は荷物を片付けなきゃいけないので、これで失礼します」
俺は周りにお辞儀をすると、レイとトーマに「行こう」と促した。
俺たちは階段を上り、まず自分の部屋を目指す。
カイルの部屋は俺の部屋より奥にあるので、まず俺の部屋に荷物を入れて待ってくれているだろうと思ったのだ。
俺は並んで歩くレイたちに聞き忘れていた近況を尋ねる。
「レイたちは何日も前に到着してたの?」
「当たり前だろ。馬車を使うんだし、余裕をもって出てきたさ。お前らはルリだからって、のんびりしすぎ」
レイが呆れた口調で言うので、俺は小さく肩をすくめた。
「だって速いし楽なんだもん。レイたちも今度は一緒にルリで移動しようよ。ルリに高速飛行とか危ない飛び方させないって約束するからさ」
トーマはレイと顔を見合わせ、それから眉根を寄せて唸った。
「でもなぁ。僕、高いのも怖くて。落ちたらどうしようって」
「ルリ用の鞍に体を固定するから平気だよ。もし景色を見るのが嫌なら、慣れるまで目隠しするとか?」
咄嗟に思いついて提案すると、トーマはハッとして手を打つ。
「あ、そっかぁ! 見なきゃいいんだ」
「いやいや、トーマ騙されるな。目隠しして乗るほうが、絶対怖いって」
真っ暗闇の浮遊感を想像したのか、レイはブルルと身震いする。トーマも「そうか」と気づいて、同じく身震いをした。
「じゃあ、やっぱり少しずつルリに乗る練習をしようよ。ここへ来る時はアリスも一緒だったけど、すぐに慣れたよ。今回は観光しながら来たんだ。滝を見たり、花畑に行ったり、温泉とかも……」
「何ぃっ!? お、お前、アリスちゃんと一緒に温泉入ったのか!?」
レイが過剰反応して詰め寄ってきたので、俺は落ち着けと手を上げて宥めた。
「ちゃんと沐浴着を着てるよ」
こちらの世界に水着はない。でも、少し生地が厚くて濡れても透けず、水の通りがよく動きやすい沐浴用の服があるのだ。
「それでもいいっ! 何て羨ましいっ! 可愛いアリスちゃんと温泉入って、宿も一緒で、最高じゃないか」
そう言ってレイは、うっとりしたりによによ笑ったりしていたが、そのうちなぜか眉をひそめた。
何だろう? 羨ましいという感情から、行けなかった悔しさに変わったのだろうか?
俺は上目遣いで、レイの顔を覗き込む。
「そんなに羨ましいなら、今度帰国する時、レイも一緒にルリに乗ろうよ」
「……どうしても乗せたいのか」
低く呟くレイに、俺はニコッと微笑んだ。
「だって、レイやトーマも一緒の方が楽しいもん」
そう言うと、レイはさっと顔を赤らめた。それから少し逡巡したのち、ぶっきらぼうに言う。
「じゃ、じゃあ、少しは訓練してみるけどさ。あんまり期待するなよな」
「レイが頑張るなら、僕も頑張ってみる」
二人の返事に、俺は「やったー」とガッツポーズした。
あれだけ怖がりな二人から貰った返事だ。慎重に訓練して、ルリに乗れるようにしよう。そうしたら、遠出もできるかもしれない。
そんなことを思っていると、廊下の真ん中に二人の生徒が行く手を阻むように立っているのが見えた。
金髪碧眼の少し気取った派手な雰囲気の少年と、ダークブラウンで緑の目をした地味な印象の少年だ。
ネクタイの色を見るに、二年生の先輩らしい。色白で品の良さそうな顔立ちから、二人とも貴族であることが察せられる。
廊下は広いので通れないわけではないが、腕組みをして立つその姿は、明らかに「通さないぞ」という意思表示をしていた。
誰かを待ち伏せしているのか?
……というか、まっすぐ俺を睨んでいる気がするな。俺に用事があるのかな?
三年生の先輩には知り合いが多いけど、二年生の知り合いって実は少ないんだよね。
睨まれるようなことをした覚えはないが、何だろう。
俺は首を傾げて、先輩方に声をかけた。
「二年生の先輩ですよね? 僕たちに何か用ですか?」
俺の問いかけに、金髪少年は悠然と頷く。
「ああ、そうだ。僕はオーガスタス・スクワイアで、スクワイア王国の皇太子だ。彼はリー・ギレット。本来ならば、僕は平民に話しかけることなど滅多にないのだがね」
確か、スクワイア王国はグラント大陸の中でも建国の古い国だ。
そんなスクワイアの皇太子が、俺に何の用だろうか。
「単刀直入に言おう。フィル・テイラ! 三校学校対抗戦メンバーは、このオーガスタス・スクワイアこそがふさわしい! 譲りたまえ!」
スクワイア先輩は舞台役者めいた口調でそう言うと、俺をビシリと指さした。
その大きな声に、近くで様子を見ていた生徒がざわめく。
指をさされた俺は、パチクリと瞬きした。
「譲るって……。対抗戦メンバーは、まだ発表されてませんよね?」
休み明けに発表されるとは聞いたが、もう少し先のはずだ。
すると、スクワイア先輩たちは訝しげな顔をした。
「まだ知らされていないのか? 選抜メンバー大将のマクベアー先輩、副将のデュラントさんのお二人で、候補者全員に結果を通達しているはずだが……」
おぉ、マクベアー先輩とデュラント先輩が、大将と副将に選ばれたんだ?
三年のライン・マクベアー先輩はステア王国の騎士家の家柄で、剣術において、グラント大陸の青少年の中では一番ではないかというほど強い人である。
二年のライオネル・デュラント先輩は、ステア王国の王子でありながらそのカリスマ性と聡明さで、一年生の時から中等部生徒総長を務めているくらい優秀な人だ。
この二人は身分は違うが幼少の頃からの友人なので、対抗戦でもきっといいコンビネーションを発揮してくれるだろう。
「今さっき寮に着いたばかりなので、何も聞いていないんです。あの……スクワイア先輩の先ほどの話だと、まさか僕は……」
もしかして、俺がメンバー入りして、スクワイア先輩が落ちたってこと?
信じたくなくて口ごもっていると、ギレット先輩は不満げに顔を歪めた。
「そうだ。オーガスタス様を差し置いて、お前がメンバーに選ばれた」
決まったの? 俺が? メンバーに? 嘘だろぉ。
あまりの衝撃に、頭がぐらぐらする。レイとトーマが俺の背中を叩いた。
「すっげー! フィル。対抗戦の歴史上最年少のメンバーだっ! やったな!」
「フィル、すごいねっ!」
レイやトーマだけでなく、廊下にいた同級生たちからも歓声が上がる。スクワイア先輩たちは、俺たちを忌々しげに睨んでいた。
いやいや、スクワイア先輩、メンバー入りは俺の意思ではないですから。睨まんで欲しい。
スクワイア先輩は、イライラと足を踏み鳴らしながら言う。
「状況がわかったなら答えろ! さあ、どうなんだ? 譲るのか譲らないのか?」
レイはその物言いにムッとして、俺の腕を引く。
「相手にすることない。フィル、行こうぜ……」
俺はレイに「ちょっと待って」と言い、スクワイア先輩に向き直る。
「メンバーって譲れるんですか? なら、どうぞお譲りします!」
決まったとしても、その後で『譲る』ことができるのならば、ぜひともお譲りしたい。
対抗戦メンバーって練習が大変そうだし、人から注目されるだろうし、父さんの悩みの種をこれ以上増やすのは可哀想だもんな。
できれば俺は応援にまわって、観戦の合間に気楽にのんびりドルガドの観光を楽しみたい。
それに、やりたい人が出場した方が絶対いいと思う。
俺は愛想よく、手で「どうぞ」のポーズをした。
「ほ……本当に、譲ってくれるのか?」
自ら要求しておきながら、俺があっさり譲ると言ったため驚いているらしい。再確認するスクワイア先輩に、俺は笑顔のままコックリと頷いた。
スクワイア先輩は、いささか動揺しつつ頷き返す。
「そ、そうか。お前は年齢が低いから、対抗戦を戦い抜くのは大変だしな。賢明な判断だ」
「こちらこそ助かります」
そう言って俺が頭を下げかけた時、レイが再度俺の腕を引いた。
「ちょ、ちょっと待て、フィル! お前なぁ。何、メンバー枠を譲ろうとしてんだよ。ビックリしすぎて、俺の思考が固まっちまっただろ」
脱力気味にそう言って、左手で額を押さえる。
俺はキョトンと首を傾げた。
「え、だって、譲ってくれって言ってるし、決まっても譲れるんじゃないの?」
だからこの先輩が、俺のところに来たのではないだろうか?
「怪我とか病気とか、よほどの理由がなきゃ駄目に決まってるだろう。いいか。先生たちが会議を重ね、まず大将と副将、そして数を絞った最終候補を選出する。それから先生方と大将と副将が一緒に、対抗戦の戦略を考えつつメンバーを決定する。つまり、選抜メンバーは、補欠を含めて全員が戦略に関わる精鋭たちなんだよ。そう簡単に譲れるわけねーだろ」
レイに呆れた顔で言われ、俺は眉を下げる。
「えぇぇぇ」
何だ、駄目なのか。じゃあ、何でこの人、譲ってくれなんて言ったんだ。
「名誉なことだから、譲ろうと考える生徒なんてまず聞いたことないけどな」
レイは俺にチクリと嫌味を言い、それからため息をついて先輩たちを見た。
「それは、スクワイア先輩方もご存知のはずですよね」
「…………」
スクワイア先輩はレイを一瞥すると、フイッと顔を背けた。
レイは小さく舌打ちして低く呟く。
「高貴な王族は、平民の俺とはお話ししたくないってか?」
今にも先輩に噛みつきそうな顔をして睨む。人の話を無視する先輩の行為は大変失礼なことだと思うが、こんなに強く怒りを露にするレイは初めて見た。
ともあれ、先輩は譲ってくれって言うし、でもメンバーは譲れないみたいだし、この事態はどうしたらいいんだろうか。
困っていると、廊下で俺たちの様子を見守っていた生徒たちが、突然さざなみが広がるごとく騒ぎ出した。
スクワイア先輩たちは、俺の背後を見て後ずさる。
俺たちが振り返ると、後ろからデュラント先輩とマクベアー先輩が並んでやって来るところだった。
「フィル君、久しぶり」
にっこりと微笑むデュラント先輩は、相変わらずのカリスマオーラだ。
生徒のざわめきはこれだったのか……。
「お久しぶりです。デュラント先輩。マクベアー先輩」
俺は軽く頭を下げる。マクベアー先輩は快活に笑って、俺の頭をもしゃもしゃと撫でた。
「おう! フィル。休暇は楽しかったか?」
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念のため確認すると、マクベアー先輩は残念そうに眉を下げた。
「何だ。驚く顔が見たかったのに。あぁ、メンバー入りしたぞ」
…………やっぱり、間違いないのか。
マクベアー先輩は、目を細めて廊下を見回した。
「カイルもメンバーに入っているんだが、一緒じゃないのか?」
「え! カイルもですか?」
俺とレイとトーマは、顔を見合わせて笑顔になる。
自分のことはさておき、これは嬉しい。カイルの剣術レベルは、とても高いもんな。毎日真面目に鍛錬を行っているので、ワルズ先生や剣術クラブの生徒たちにも一目置かれている。
そんなカイルのメンバー入りは、当然とも思えた。
レイとトーマは興奮を抑えきれないのか、「すごい」と言って小さく跳びはねている。
「それにしても、オーガスタスやリーが寮の一年生のエリアにいるなんて、珍しいこともあるものだね」
デュラント先輩は微笑んで、スクワイア先輩に話しかけた。
スクワイア先輩はバツが悪そうに視線を逸らす。
「用があれば、来ることだって……あります」
デュラント先輩は、フッと小さく笑う。
「そうだね。で、もう用事は済んだのかい?」
すると、レイがチラリと先輩方を見ながら言う。
「済んだんじゃないですか? 今フィルに、対抗戦のメンバー枠を譲ってくれと伝えたところです」
途端にスクワイア先輩たちは青ざめ、マクベアー先輩は不快そうに眉を寄せた。
「どういうことだ」
その声の低さと緊迫した雰囲気に、スクワイア先輩は体を震わせた。
ギレット先輩も顔面蒼白だったが、スクワイア先輩をかばって前に立ち、マクベアー先輩を見上げて震え声で答える。
「オーガスタス様の方が、剣も召喚獣も実力は勝っているのに、彼が選抜メンバーに選ばれたからです! 本来ならば試合を申し込んで、実力を証明するのが筋かもしれません。しかしそれをしないのは、幼い相手を打ちのめすのは憚られるという、オーガスタス様の優しさですっ!」
「だから譲れと言ったのか? しかし、俺はお前じゃフィルに勝てないと思うがなぁ」
マクベアー先輩は、腕組みして唸る。レイもちゃっかり「うんうん」と頷いていた。
スクワイア先輩は、悔しげな顔で叫ぶ。
「そんなことを言うのは、貴方が彼と親しいからでしょうっ! 僕が、こんな小さな子供に負けるはずがないっ! 一年生の中では剣が強く、珍しい召喚獣をいくつか使役しているらしいですが、攻撃系の召喚獣はいないじゃないですか!」
まぁ、確かに俺と契約している皆の中で攻撃らしい攻撃ができるのは、ヒスイとコクヨウだけだもんなぁ。しかも、ヒスイはまだ一部の人しか存在を知らないし、コクヨウは正体を隠しているし。
「そうです! オーガスタス様は、スクワイア王国でも幼き頃から聡明でお強く、攻撃系の召喚獣と契約できるほどの天才なんですよ!!」
ギレット先輩は、どうだとばかりに鼻息荒く胸を張る。
そんな二人に、レイはポリポリと額を掻きながら呟いた。
「フィルはその天才をすっ飛ばすくらいの、規格外なんだけどなぁ……」
「規格外だよねぇ」
レイの隣にいたトーマも、小さい声で同意して微笑んだ。
ちょっと二人とも……規格外って言わないでよ。
スクワイア先輩方の言い分を聞き終えたデュラント先輩は、小さく息を吐いて苦笑した。
「召喚獣が攻撃系というのは、とても頼りになるものだ。オーガスタスの召喚獣も、非常に優れていると先生方から聞いている。しかし攻撃系召喚獣の有無で選出したわけではないんだよね。……オーガスタス。では君は、試合をしたらフィル君に勝てると、そう思っているのかい?」
微かに首を傾げるデュラント先輩に、スクワイア先輩は大きく頷く。
「当然ですっ! このままでは、納得できませんっ!」
ん~、スクワイア先輩はプライド高そうだし、自分のほうが強いと思っているなら、俺がメンバー入りするのは納得できないかもなぁ。
デュラント先輩とスクワイア先輩の会話を黙って聞いていたマクベアー先輩は、大きくため息をついた。
「オーガスタス。そんなに納得できないのであれば、いっそのことフィルと試合をしてみたらどうだ? そうすれば、すっきりするだろう」
その提案に、デュラント先輩を除く全員がどよめいた。
◇ ◇ ◇
スクワイア先輩たちが引き上げていった後、カイルにも直接メンバー入りを知らせたいということで、デュラント先輩たちを俺の部屋へ招いた。
自分で招いておいてなんだが、俺の部屋に先輩たちがいる光景って不思議だ。
「フィル君。寮に帰ってきて早々、大変だったね」
俺の勉強机の椅子に腰掛けたデュラント先輩は、はんなりと微笑む。マクベアー先輩はデュラント先輩の傍らで腕組みして仁王立ちし、渋い顔をしていた。
「まったく、オーガスタスには困ったもんだ」
「はい……」
俺はレイとトーマと並んでベッドに腰掛け、先輩たちの言葉に頷いた。
カイルが部屋の片隅の給湯テーブルで、マクリナ茶を淹れながらため息をつく。
「廊下がやけに騒がしいなとは思ったんですが……気がついた時にすぐ行けば良かったです」
そう呟く瞳は、どこか虚ろだ。
カイルは俺の部屋に荷物を運んだ後、騒ぎの音に気づいたものの「皆が、フィル様と再会して盛り上がっているのだろう」と思い、会話の内容に耳を傾けていなかったらしい。レイにいきさつを聞いた時、かなりショックを受けていた。
……俺だって、こんな事態になるとは思わなかったよ。
よもや三校対抗戦にメンバー入りし、その座をかけてスクワイア先輩と試合することになろうとは。
スクワイア先輩との試合は、一週間後の休息日。寮の室内運動場で行われる。
廊下で様子を窺っていた生徒たちは観戦したそうにしていたが、今回の試合は一般生徒には非公開とさせてもらった。
これ以上見世物になって騒がれるのは嫌だし、大事にもしたくない。
観戦者は、デュラント先輩、マクベアー先輩、ギレット先輩、レイ、トーマ、カイル。
本当はあの場にいた当事者限定なのだが、対抗戦メンバーであることからカイルも許可してもらった。
それから、責任者として剣術のワルズ先生に立ち会ってもらう予定だ。
これは、スクワイア先輩の希望だった。実力を示し、メンバー変更を申し立てる証明とするつもりなのだろう。俺としても先生がいてくれたほうが安全だと思ったので、了承することにした。
「でも、本当にデュラント先輩たちが来てくれて助かりました。あのままだったら、フィルの奴そのままスクワイア先輩にメンバーの座を譲っていたところでしたよ」
チラリとレイに見られ、俺は「うっ」と言葉を詰まらせる。
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