47 / 50
五章◆好きな人
47
しおりを挟む 「お願いです、助けて下さいまし!」
久々にやってきたフレール嬢は大分窶れていた。碌に眠れてもいないのか、目の下にクマが出来ている。
「助ける……とはどういうことでしょう?」
アナベラ姉は怪訝な表情。フレール嬢は「……借金の事ですわ」と疲れきったように言った。「利子の軽減について口添えして頂きたいんですの」
「私に、父に口添えをしろと?」
アナベラ姉は困惑顔。フレール嬢は「そちらの借金ではありません」と首を横に振る。
「アナベラ様にしか出来ない事ですわ。金貸し業に詳しい方に借金の事を調べて頂きましたの。そうしたら、メイソン様が金貸しから借りた金をキャンディ伯爵家への返済へと充てているという事実と、その債権が全て銀行とやらに行き着いている事実が判明して――銀行というものの責任者は私の前夫なのでしょう? きっと、私を恨んでいる事でしょうね」
『私の前夫』という言葉に私はちょっと引っかかった。アナベラ姉も同じことを思ったのか眉根を僅かに寄せている。
「恨まれているというのは考え過ぎでは? 私のアールに聞いたことがありますけれど、そもそも債権の証文というものは裏書きを変えて売買出来るそうですわよ。銀行がたまたま引き受けただけなのではないかしら」
その言葉にフレール嬢はアナベラ姉に険のある眼差しを向けた。
「しらばっくれていらっしゃるのですか? 『リボ払い』という仕組みはそもそも銀行が始めたのでしょう? 返済に無理のないように見せかけて、実際に計算すれば借金が何時まで経っても残り続け、ずっと返し続けなければいけなくなるやり方だそうですわね」
アナベラ姉がちらりと私を見る。ほう、と内心感心した。まあ隠してはいないがそこまで調べたらしい。リボ払いの仕組みも理解したという事は、リプトン伯爵家にはそれなりの知識のある助っ人が出来たようだ。これは調べる必要があるな。
「それがお考えの根拠としたら少々おかしくありませんこと? だって、無理のある返済を求められても逆にお困りになりますでしょう……?」
冷静なツッコミ。フレール嬢も確かにその通りだと思ったのだろう、ぐっと押し黙った。
アナベラ姉は溜息を一つ吐く。
「そのような事であれば一応口添えはして差し上げますが……難しいと思いますわ。フレール様だけに特例を認めれば、他の債権者達にも不公平ですもの。
そもそも、フレール様は借金の事も含めて、メイソン様と夫婦同士できちんと話し合われるべきではありませんの? うちに来られてもどうしようもありませんし」
実に正論である。フレール嬢は顔を歪め、ワッと泣き伏した。
「そんな事やれるならとっくにやってます! でも無理ですわ! メイソン様ときたらここの所ずっと家に帰ってきて下さらないんですもの! ずっと娼館に入り浸って女遊び、最近は博打にも手を出して!
家に帰ってきたかと思えば酒臭く、私に暴力まで……金遣いも荒くて借金を重ねるばかり、私のなけなしの装飾品などもお母様の形見を残して全て売られましたわ! あんな……あんな人だとは思わなかった!」
肩を震わせるフレール嬢。アン姉が同情的な表情を浮かべる。
成程、リプトン伯爵家はドエライ事になっているらしい。それにしても飲む打つ買う役満でおまけにDVか……正に『生まれついてのろくでなし』だな。
フレール嬢はハンカチを取り出して嗚咽を堪えながら涙を拭っていた。
「早く……早く何とかしなければ。私はメイソン様とお別れして、また借金の為に好きでもないいやらしい中年男に嫁ぐ羽目になってしまう。こんな事なら、アールの方が何倍もましでしたわ!」
私はその言葉にぎょっとした。アナベラ姉も流石に聞き捨てならなかったらしく、今やはっきりと渋面になっている。
「そんな事を私に仰られても困りますわ。今更だし、第一選んだのは貴女でしょう?」
「アナベラ様は私と違って美しく何でもお持ちで、求婚者にも不自由しないでしょう? お願いです、アールを返して下さいまし! 私にはもう、後が無い――」
「はぁ、何を仰っているの!? アールは簡単にあげたり貰ったり出来るような物じゃありませんのよ! お断りします、不愉快ですわ。今すぐお帰り下さいまし!」
眉を逆立ててカンカンになったアナベラ姉。侍女にフレール嬢を丁重にお見送りするように、と言い付けていた。
フレール嬢はしばらく嗚咽を漏らして泣いていたが、使用人がやってきて「失礼ですが、お引き取りを」と声を掛けると、幽鬼の如くゆらりと立ち上がる。
泣きはらした、奇妙な迫力と不気味さを感じさせる光を湛えた眼差しでじっとりと私達を見つめると、「――失礼致しましたわ」と淑女の礼を取る。使用人に連れられて、静かに喫茶室を出て行った。
久々にやってきたフレール嬢は大分窶れていた。碌に眠れてもいないのか、目の下にクマが出来ている。
「助ける……とはどういうことでしょう?」
アナベラ姉は怪訝な表情。フレール嬢は「……借金の事ですわ」と疲れきったように言った。「利子の軽減について口添えして頂きたいんですの」
「私に、父に口添えをしろと?」
アナベラ姉は困惑顔。フレール嬢は「そちらの借金ではありません」と首を横に振る。
「アナベラ様にしか出来ない事ですわ。金貸し業に詳しい方に借金の事を調べて頂きましたの。そうしたら、メイソン様が金貸しから借りた金をキャンディ伯爵家への返済へと充てているという事実と、その債権が全て銀行とやらに行き着いている事実が判明して――銀行というものの責任者は私の前夫なのでしょう? きっと、私を恨んでいる事でしょうね」
『私の前夫』という言葉に私はちょっと引っかかった。アナベラ姉も同じことを思ったのか眉根を僅かに寄せている。
「恨まれているというのは考え過ぎでは? 私のアールに聞いたことがありますけれど、そもそも債権の証文というものは裏書きを変えて売買出来るそうですわよ。銀行がたまたま引き受けただけなのではないかしら」
その言葉にフレール嬢はアナベラ姉に険のある眼差しを向けた。
「しらばっくれていらっしゃるのですか? 『リボ払い』という仕組みはそもそも銀行が始めたのでしょう? 返済に無理のないように見せかけて、実際に計算すれば借金が何時まで経っても残り続け、ずっと返し続けなければいけなくなるやり方だそうですわね」
アナベラ姉がちらりと私を見る。ほう、と内心感心した。まあ隠してはいないがそこまで調べたらしい。リボ払いの仕組みも理解したという事は、リプトン伯爵家にはそれなりの知識のある助っ人が出来たようだ。これは調べる必要があるな。
「それがお考えの根拠としたら少々おかしくありませんこと? だって、無理のある返済を求められても逆にお困りになりますでしょう……?」
冷静なツッコミ。フレール嬢も確かにその通りだと思ったのだろう、ぐっと押し黙った。
アナベラ姉は溜息を一つ吐く。
「そのような事であれば一応口添えはして差し上げますが……難しいと思いますわ。フレール様だけに特例を認めれば、他の債権者達にも不公平ですもの。
そもそも、フレール様は借金の事も含めて、メイソン様と夫婦同士できちんと話し合われるべきではありませんの? うちに来られてもどうしようもありませんし」
実に正論である。フレール嬢は顔を歪め、ワッと泣き伏した。
「そんな事やれるならとっくにやってます! でも無理ですわ! メイソン様ときたらここの所ずっと家に帰ってきて下さらないんですもの! ずっと娼館に入り浸って女遊び、最近は博打にも手を出して!
家に帰ってきたかと思えば酒臭く、私に暴力まで……金遣いも荒くて借金を重ねるばかり、私のなけなしの装飾品などもお母様の形見を残して全て売られましたわ! あんな……あんな人だとは思わなかった!」
肩を震わせるフレール嬢。アン姉が同情的な表情を浮かべる。
成程、リプトン伯爵家はドエライ事になっているらしい。それにしても飲む打つ買う役満でおまけにDVか……正に『生まれついてのろくでなし』だな。
フレール嬢はハンカチを取り出して嗚咽を堪えながら涙を拭っていた。
「早く……早く何とかしなければ。私はメイソン様とお別れして、また借金の為に好きでもないいやらしい中年男に嫁ぐ羽目になってしまう。こんな事なら、アールの方が何倍もましでしたわ!」
私はその言葉にぎょっとした。アナベラ姉も流石に聞き捨てならなかったらしく、今やはっきりと渋面になっている。
「そんな事を私に仰られても困りますわ。今更だし、第一選んだのは貴女でしょう?」
「アナベラ様は私と違って美しく何でもお持ちで、求婚者にも不自由しないでしょう? お願いです、アールを返して下さいまし! 私にはもう、後が無い――」
「はぁ、何を仰っているの!? アールは簡単にあげたり貰ったり出来るような物じゃありませんのよ! お断りします、不愉快ですわ。今すぐお帰り下さいまし!」
眉を逆立ててカンカンになったアナベラ姉。侍女にフレール嬢を丁重にお見送りするように、と言い付けていた。
フレール嬢はしばらく嗚咽を漏らして泣いていたが、使用人がやってきて「失礼ですが、お引き取りを」と声を掛けると、幽鬼の如くゆらりと立ち上がる。
泣きはらした、奇妙な迫力と不気味さを感じさせる光を湛えた眼差しでじっとりと私達を見つめると、「――失礼致しましたわ」と淑女の礼を取る。使用人に連れられて、静かに喫茶室を出て行った。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる