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女将一日体験

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愛莉ちゃんはふうと短い息を吐き出してから、小さく微笑みながら言った。

「うちの実家は小さな旅館を経営しているんですが赤字続きで経営が苦しいんです。まだ頑張ってはいるけど、両親は閉館も考えているみたいで……。でも私は潰したくないんです。小さいけれど本当に素敵な旅館で、大切な場所だからもっとたくさんの人に知ってもらいたい。だから私は女将修行で知識を得て実家を盛り立てたいと思っています。例えこの先潰れたとしても、私のこの経験は次に繋がるかな、と思って」

「……なんか、ごめんね」

思わず謝罪が口からこぼれ落ちた。
立派な決意を持って働いている愛莉ちゃんに対して、勝手に想像して妬んでしまった自分を恥じる。

「え?」

「ううん、なんでもない。愛莉ちゃん、本当に立派だね」

「立派じゃないですよ。こんな私だから、彼氏にも休みが合わなくて愛想つかされるし、散々です」

「そっか、大変なのね」

「でもなぎささんはいいですよね。若旦那とお付き合いされているんでしょう?」

「えっ!何で知ってるの?」

愛莉ちゃんの言葉につい大きな声が出てしまい、慌てて声を潜める。
それなのに愛莉ちゃんはきょとんとして首を傾げた。

「若旦那が全従業員に触れ回ってましたけど?俺の大切な人が女将修行をするから助けてやってくれって」

「えっ、えええええっ?」

「愛されてますよねぇ、羨ましいです。やっぱり恋人は同業者じゃないとつらいですね。休みが合わないのもそうですけど、相手がどんな仕事をしているかわからないとすれ違いが多くなる気がします。あ、これは私の経験論ですけどね」

「そ、そうなの……」

思わぬところで変な汗をかいた。
ということは、ここで賄いを出してくれたスタッフさんも、館内ですれ違ったスタッフさんも、みんな私のことを知っていたということになる。

潤くんったらなんてことをしてくれたんだ。ますます気合を入れて働かないと、若旦那のお相手は大したことないのねなんて思われたらたまったものじゃない。ていうか、私よりも潤くんの評価が落ちてしまっては大問題だ。

「……頑張らなくちゃ」

「はい、これからが戦場ですからね。頑張りましょう!」

私の呟きをしっかりと受け止めてくれる愛莉ちゃんについていこうと心密かに決意したのだった。
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