82 / 111
葛藤、旅立ち、決意
82
しおりを挟む祐吾は箸を置いて奈々を見つめる。その視線は先ほどまでとは打って変わって柔らかだ。視線に気づいた奈々も箸を置いて小さく首を傾げた。
「奈々、海外出張一緒に行くか?」
奈々は驚いて息を飲む。行く行かないにしろ、祐吾からそうやって言ってもらえることのありがたさを感じて胸がいっぱいになった。
奈々は一呼吸ほどおいて、ふるふると首を横に振る。
「ううん。私、待ってます。私は私のことを頑張ります。だから、祐吾さんも頑張ってきて」
「そうか」
ニッコリ笑う奈々に、祐吾もまた優しく笑った。
祐吾が旅立つ日まで約一ヶ月。毎週末は祐吾のマンションへ泊まることに決めた奈々は、一緒に荷造りを手伝いながら足りないものを買いに祐吾と一緒に買い物に出かけた。何気ないその時間がとても愛しいものに思える。
「奈々、これ」
「なあに?」
ふいに祐吾から渡されたもの、それはマンションの鍵だった。
驚いて祐吾を見やる。
「合鍵だ。勝手に使ってくれていい。使い方はわかるだろ?」
「受け取れないよ。それに、祐吾さんがいないのにここに来ないし……」
言いながら寂しくなってしまう。今からこんなことで大丈夫かと、奈々は不安になった。
「前々から渡そうと思ってたんだ。だから、使う使わないは別にして、持ってろ。」
「……うん」
奈々は鍵をぎゅっと握る。その手に祐吾の大きくてあたたかい手が重ねられた。奈々は嬉しさと同時に寂しさがこみ上げてきて視線を俯かせた。祐吾のいない八ヶ月間を憂いて鼻の奥がツンとしてくる。ふと視線を上げれば優しい眼差しで見つめてくれる、この幸せが遠くに行ってしまうのだ。
「なんて顔してんだ」
祐吾が困ったように言う。
だって……と言おうとして、奈々はふわりと包まれ抱きしめられた。祐吾の胸の中にすっぽりと納まった奈々はそのまま身を預ける。二人はしばし、お互いの温もりを確かめ合うように抱きしめあっていた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
2021 宝島社 この文庫がすごい大賞 優秀作品🎊
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。
そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。
真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。
彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。
自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。
じれながらも二人の恋が動き出す──。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
Good day ! 3
葉月 まい
恋愛
『Good day !』Vol.3
人一倍真面目で努力家のコーパイ 恵真と
イケメンのエリートキャプテン 大和
晴れて入籍した二人が
結婚式の準備を進める中
恵真の妊娠が判明!
そしてそれは
恵真の乗務停止の始まりでもあった…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
佐倉(藤崎) 恵真(28歳)
機長
佐倉 大和(36歳)
美獣と眠る
光月海愛(コミカライズ配信中★書籍発売中
恋愛
広告代理店のオペレーターとして働く晶。22歳。
大好きなバンドのスタンディングライヴでイケオジと出会う。
まさか、新しい上司とも思わなかったし、あの人のお父さんだとも思わなかった。
あの人は――
美しいけれど、獣……のような男
ユニコーンと呼ばれた一角獣。
とても賢く、不思議な力もあったために、傲慢で獰猛な生き物として、人に恐れられていたという。
そのユニコーンが、唯一、穏やかに眠る場所があった。
それは、人間の処女の懐。
美しい獣は、清らかな場所でのみ、
幸せを感じて眠っていたのかもしれない。
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる