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第28話 山野近江は切り替える
しおりを挟む「食べ終わりましたね……」
「そうね」
俺の誰に向かって言った訳でもない言葉を、月見川さんが拾ってくれた。だが、そこで会話は止まった。
この先どうするか……その予定を言う人も居なければ、とりあえずの会話で盛り上げようとする人も居ない。
ただ、三人が喫茶店に座っているという状況だけが存在していた。
(帰りたいが……どう切り出すのが正解なんだろうか?)
もう既に中身が空になっているカップを、何度口に運んだだろうか。
こういう時の宇野宮さんだろう――そう思って横目で何度も確認するが、まだ残っているココアをチビチビと飲んでいるだけで頼りにはならなそうだった。
「月見川さんって家遠いんですか?」
「……調べてどうするつもり? ま、まさかッ!?」
「いえ、何でもございませんでした!」
『何でもない』と『すみませんでした』が混ざって変な事を言ってしまった……。
ただ、会話すら儘ならないとなると……もうお手上げだな。打つ手も無いし。
ただ待つしか出来ない、そんな自分の無力さを思い知る時間となった。
「ごちそうさま~」
しばらくして、ココアを最後まで飲みきった宇野宮さんがポツリとそう言った。
「どうしたの近江君? 静かだけど……」
そして、俺と月見川さんがただ座っている様子に今頃気が付いたのか、そんな事を言ってくる。
月見川さんじゃなく俺に聞いてきた事によって、月見川さんに睨まれるのだが……宇野宮さんはそれすら眼中に無いみたいだ。
「宇野宮さんが食べ終わるのを待ってたんだよ」
「そ。ずいぶんと待たせてしまったわね……あの日から……もう何年経ったかしら」
「そうだな」
何がそうなのかは自分でも分からない。でも、そう答える以外に答えが見つからなかった。
そんな俺と宇野宮さんをを月見川さんは冷やかな目で見ている。
「……終わりね。帰りましょうか」
「ですね」
月見川さんの一言を機に、俺達は鞄を肩に掛け、喫茶店から出て行った。先に会計を済ませているのは覚えているのに、何故かドアを通る瞬間に……ちょっとだけ緊張した。
「駅はこの道を真っ直ぐ行って、交差点を右に行けば着きます。迷うことは無いと思いますが……送りましょうか?」
実際には単純な道のりではあるけど、店に来るまでに中々に複雑なルートを走った俺達だ。
ここが地元の俺は当然、道は知っている。だが、二人はきっと知らないだろうと思って、念のために聞いてみた。
「案内までして貰わなくて大丈夫よ」
「そですか。……では」
向かい合う俺と月見川さんは、適度な距離を保ったまま会話をしていた。
よく、考えてみれば放課後に女の子二人と喫茶店に行くなんて、中々に大胆な行動をしていたと思う。
これも宇野宮さんと出会った影響なのかもしれないと、横に居て一緒に月見川さんと向かい合ってる宇野宮さんを一瞥してみる。
(あれ……なんだろう?)
――なにか、違和感がある。
それが何なのかは分からない。けど、宇野宮さんを見てそう思ったという事は、宇野宮さんに何かがあるのだろうとは思う。
鞄を掛けている肩が逆? ――いや、そんな部分じゃない。
ならば、眼帯の位置? ――それも変わってない。
チラッと見ただけのはずが、いつの間にか、宇野宮さんをまじまじと見詰めていた。
「ちょ……近江?」
「あっ、うん。あ……いや、何か違和感があって」
月見川さんの声に集中していた意識が霧散した。
「ふっ……無意識の内に我が魔眼に囚われてしまっていた様ね。近江君ともあろう者が、油断が過ぎるのてはなくて? じゃ……そろそろお別れの刻限ね」
そうか……そうか! やっとピンと来た。何に違和感があったのかについて。
宇野宮さんが隣に居る――それが違和感の正体だ。
今しがた発した宇野宮さんの言葉も、途中までは俺を向いていたが、最後の言葉は正面を……月見川さんを見ていた。
つまり……宇野宮さん。さては、まだ帰らないつもりですね?
「暇なの?」
「そうね、そう言うのかも……しれないわね」
「そうですかー」
真っ直ぐ聞いてみると、意外と素直に返してくれた。
暇……らしい。暇だからわざわざここまでついて来たのか……ようやく納得できた気がする。
「なに二人で話してんの? 麻央、早く帰りましょう」
「……私は帰らない。まだ、この地に残して来た事があるから」
「馬鹿言ってないで帰るわよ! ま、まさか……この男と二人っきりでどこかに行くつもりじゃないでしょうね?」
「おぉ……。なんかそう言われると、むず痒い何かがありますね……」
「シャラァァァァップ!! 近江、麻央に触れようなんて千年早いわよ?」
月見川さんがとても慌てている。どれだけ男子が苦手なんだろうか。しかも、自分の好きな宇野宮さんにも男子は近付けさせたくないみたいだし。
もしこれがもっと子供の頃からだとするのなら、宇野宮さんが月見川さんを毛嫌う理由の一端を察する事ができる。
「アンタは帰って良いから! というか、帰りなさいよ」
「お~う~みぃ~」
「何で俺なんですか!?」
三竦みというか、じゃんけんに似ている関係かもしれない。
宇野宮さんは月見川さんに強く、月見川さんは俺に強く、俺は宇野宮さんと引き分け。うん、俺弱いな……。
それにしても、月見川さんの脳では宇野宮さんは酷いことを言わない、言ったとしてもそれは言わされている……と判断しているのかもしれない。
ずいぶんと自分に都合の良い脳ミソをしている気がするが、その全てが俺の責任になるのがちょっと切ない感じだ。
「近江君!」
「近江!」
(あばばば……こ、こい! 来てくれ、俺のゲーム脳!!)
何とかこの状況から脱する為の策を思い付く為に、思考をチェンジさせる。
普段の山野近江から、ゲーム脳山野近江へと。
(説明しよう! ゲーム脳山野近江とは、一人培ってきた女の子を攻略するゲームの知識を発揮するモードである……よし!)
二人に選択を迫られ、片や「連れて帰るから説得しなさいよ」片や「まだ遊びたーい」の板挟みである。
普通の人なら無難な答えで無難な展開を選ぶのだろうが、ゲーム脳の今の俺は大丈夫だ。――いけるイケるイケル!!
「……う、うちに来ますか?」
「はいぃ?」
「あ、ほら……間を取って?」
「な、なんの間を取ってよ!! い、家に連れ込んでどうするつもりよ!?」
「くくく……くははっ……わーっはっはっはぁ!」
「な、なに!?」
月見川さんの反応は適切。普通。普通の拒否反応だと思う。
俺も多少……ほんの少しテンパって変な事を言ってしまったかもしれないが、それがどう宇野宮さんの高笑いに繋がったのか、さすがに分からない。
お店の前でこんなに笑っていたら営業妨害に等しいが、まだ「くはは」と言っている。月見川さんはちょっとだけ引いていた。
「はぁーは……げほっ、カハッ、ぶふぉ……んん!! せっかくのお誘いだし、近江君の今世の住居でも拝見させて貰おうかしら?」
「ま、麻央!? 本気で言ってるの!? 男子の家だなんて……ふ、不潔よ!」
「いや、不潔とか言わないで欲しいんだけど……掃除してるのは母さんだし」
「あ……そ、それはごめんなさい。でも、近江の部屋とか絶対に『汚い』『臭い』『不潔』に決まっているのよ?」
ボロクソだった。汚いって二度言われた気もする。
俺じゃなきゃ……それこそ、初対面の人なら泣いているだろう。
でも今は、男子が苦手ゆえに遠ざけようとしてキツい言い方をしているだけだと、ちょっとだけ理解しているから耐えられる。
耐えられるだけで、ヒットポイントはギリギリしか残ってないのだが。
「アンタ、男子の部屋に行った事あるの?」
「そ、それは無いけど……」
「ふんっ! さすがは耳年増。知識だけしかないわね」
「ま、麻央だって無いでしょ! ……無いわよね?」
「そう。でも、ここが私とアンタの分岐点。近江君の招待で招かれた私と、引き返したアンタとの……ね」
なんか……格好付けている。
話だけ聞くと中身は何とも言えない会話だけど、宇野宮さんがあの月見川さんを圧倒しているのは、とても輝いて見えた。
「さぁ、行きましょう近江君。ショータイムね」
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