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第23話 悪魔的な提案
しおりを挟む宇野宮さんからのメールは、一旦置いておいて……時間を確認した。
スマホの時計を見れば、まだ六時三十分の少し前。
セットしていたアラームより早く起きたのは、慣れない環境のせいかもしれない。
二段ベッドの上に居る奴の状況は分からないが、俺と同じ下段で寝ている奴の一人が、既にスマホを触っているのが画面の明るさで分かった。
「おはよう」
「えっ……あ、おう。おはよう」
急に声を掛けたからか、相手はビクッとしながら挨拶を返して来た。
部屋の入口側にまで窓の光が届かず薄暗いが、昨日の寝る前……まだ灯りが付いていた時の配置を思い出して、挨拶をした人物が野田君というのを思い出した。
「早いね?」
「いや、起きたのは今さっきだ。そっちこそ早いじゃん?」
「なんか……起きちゃったって感じ?」
「あぁ、なるほどね」
ベッドから出て、背伸びをする。
今の時間を利用して宇野宮さんへ返信を一言『すまぬ』と送り、後はスマホを充電しておく事にした。
昨日の夜から充電していたやつを引っこ抜いて、自分の充電器をコンセントに挿す。二つしか繋ぐ場所がないという事で、昨日の夜はちょっとした取り合いになっていた。
俺が「明日の朝で良い」と順番を譲ったのは、中々に良い感じだったんじゃないかと、自分を褒めてやりたい。
――およそ十分後、一斉にみんなのスマホから目覚ましの音が鳴った。
おそらく廊下に出ていても響くだろう音に、耳を少し塞いだ。
「ちょっ……トイレ行ってくる」
「あ、俺も行っとこうかな」
野田君にそう伝えたら、彼も行くと言うので一緒に部屋を出た。
こういうのは込み合う前に行っとかないと、漏れそうになってから行って手遅れとかになったら……それはもう、終わりだからな。
「おはよう」
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
偶々か、待機していたかは知らないが、目が合った先生に俺、野田君の順で朝の挨拶を交わす。
「七時には朝食だから遅れるなよ」
「分かりました」
先生の前を通過して、トイレへと直行。スッキリした後に、何となく手洗い場で顔を冷水で洗ってシャッキリとしておいた。
俺に倣ってか、野田君も洗顔したまでは良いが……二人して、タオル持ってきて無いという事に後から気付くというミスを――なんか、面白くて笑い合った。
昨日はあまり話さなかったけど、こうして二人で話してみれば、意外と話し易さを感じる。
人の良さそうな顔が安心できるのかもしれないな。
「あ、そう言えば……眼鏡は? 掛けてたよね?」
「掛けてたけど、実はあれ……伊達、なんだよね。視力は普通に良いよ」
「そうなんだ。見えてないのかと思ってたよ」
「真面目に見えるかと思って……」
服の裾で顔を拭い、トイレから部屋に戻ると、みんなもちゃんと起きていた。
それぞれと挨拶をして、寝る時に着ていた体操服から制服へと着替えて準備を進めておく。すぐに朝食に向かう事になるだろうしな。
「ふぁ……ぁ。眠ぃ」
「朝飯の後は勉強タイムだろ? しんどいな……」
誰かの声に共感はするが、もうそろそろ移動しておいた方が良い時間にも差し掛かるのだが……そんなにゆったりしていて良いのだろうか。いざとなったら置いて行くつもりだが……。
「山野君、プリント持ったかい? みんなまだ準備に時間が掛かりそうだし、先に行っておかない?」
「そっか、プリント! ありがとう野田君。完全に忘れてたよ」
昨日書いておいたプリントを鞄から取り出して、ついでにあまり充電はされてないスマホを、取り外してからポケットにしまった。
先に準備が整っていた俺と野田君は、みんなに一声掛けてから部屋を出た。
朝から慣れない場所で行動しているのは、なんだか不思議な気持ちとなる。しかも隣にクラスメイトが居る状況となると尚更だ。
「そう言えば野田君って、部活とか決めたの?」
「あ、うん。一応は卓球部にね。山野君は?」
「俺は文芸部に。他にやりたい事も無かったしね」
「つかぬことを聞くけど……文芸部って美人の先輩とか居る?」
「桜井先輩って三年生の人なら」
「く、詳しく! あ、いや……ごめん」
勢い良く聞いてきたかと思ったら、すぐに萎んでいく野田君。
少し意外だが、野田君も美人の先輩となりゃ、気になるタイプなんだな。その気持ちは良く分かる。
「別に謝らなくて大丈夫だけど?」
「褒められた趣味じゃ無いけど……何て言うか、人の事を知っておきたいというか……男女問わず調べてる最中でつい……」
「人間観察……的なこと?」
「そう捉えてくれて大丈夫。今のところ、一年生限定なら名前は覚えてるよ! 話し掛けるのは苦手だからどうしても本人以外から聞いた情報しかないけど」
野田君は記憶力が良いのだろう。普通、クラスメイトでさえ覚えているかどうか微妙な時期なのに。
人に興味があるから覚えているのだろうか? でも、話し掛けるのが苦手らしい。
――という事は、合わない人を早めに知っておくという危機回避的に覚えているのだろうか?
どちらにせよ、というかどっちでも別に良いのだが……凄い特技には違いない。
例えば……手先の器用な人を必要とする時に、自分の知り合いに居なくても、野田君に聞けば名前を教えて貰える。
そのレベルに到達するまでは、野田君的にもまだ時間が掛かるだろうけど――もしそうなった時……その時は君お世話になる機会が増えそうだ。
「凄いと思うよ、俺は。俺なんかまだ、クラスメイトの名前ですらちゃんと覚えてないし……」
「そう、かい? ……そう言って貰ってちょっと安心した。なら、山野君には可愛い子の情報が入ったら教えてあげるよ」
「それは……ありがたいな」
「観察から派生したって言って良いのかなぁ? もう一つの特技だけど、女の子から誰かへの『ざっくりとした好感度』も教えてあげられるよ」
(なんか、ギャルゲーでの主人公の親友みたいな事を言ってるな……野田君。まぁ、本当にそんな事ができたら凄いけど)
可愛い女の子を教えてくれると言う野田君には感謝だが、何だか少し特殊な人なのかもしれないな。
俺の予想が当たり、野田君も女の子を攻略するゲームを得意とするなら、それはそれで仲良くはなれそうだ。
だけど……得意が行き過ぎて「相手の好感度が見える」とか言い出しているのなら、ある意味、希少過ぎて俺の手には負えない存在なのかもしれない。
まだまだ謎が多いというか、見た目がオタクっぽい訳でも無い、ただ良い人そうなのが、逆に意味深長っぽい野田君だった――。
◇◇◇
「……闇は晴れる……しかし、我が心は闇を愛し、闇に愛される。そこ、どう思うかしら? 近江君?」
「いや、本当……すみません。うっかり忘れてた事は謝るんで……」
もう、俺の隣に座る男子が居なくなり、間が一席空いてある状況にも誰も疑問を持たなくなってきた。
そして、そこに時間ギリギリで悠然と現れた宇野宮さんが座り、怒り(?)の台詞を吐き出してきた。
たしかに、うっかりして忘れてしまった俺が悪いのだが……こう責められると、昨日の晩御飯時のドン引いていた宇野宮さんと月見川さんにも原因の一端があると言い返したくなってくる。
あの時、もっと俺に優しくしてくれていたら『二人の事を忘れて男子で盛り上がろう』ではなく、『後で宇野宮さんにメールするけど、今は男子で盛り上がろう』となっていた筈である。
「待ってたのに……」
――だが、そんな風に小声で言われてしまえば弱い俺である。
ただ、ひたすら謝ってご機嫌を取る姿が他のクラスメイト達にどう見えていたかは……気にしない方が良いだろうな。たぶん。
「罪には罰を……闇から闇へ……(許して欲しい?)」
「えっ……あぁ! うん! うん! そんな感じで」
罪には罰をという部分しか理解出来なかったが、とりあえずそういう事なんだろうと頷いておいた。
俺がお詫びとして何かをすれば許してくれるのだろう。宇野宮さんがまた突拍子もない事を言うんじゃないかと、少し怖くなるが……仕方ないか。
「ふふふのふ」
「嫌な笑い方ですね」
「えっとね、えっとね……うふふのふ」
ニヤニヤとする宇野宮さんは、いたずらっ子の様な雰囲気でもあるし、世紀の大発明をした科学者の様でもあった。
とにかく、何かを思い付いたらしい。もしかすると、前もって考えていたアイデアかもしれない。
(溜めに溜められると、身構えてしまうなぁ……)
スーハースーハー、うふふふふ。
息を整えたかと思うとまた笑いだす宇野宮さんに、少し気味の悪さを感じていると、ついにタイミングが来たのか、一回黙った。
そして――。
「近江君! アイツよりも私の味方でいること! これが罰だからねっ!!」
溜めた割りには、意外と可愛らしい事をいう宇野宮さん。逆に驚き過ぎて声が出なかった。
「ふふふ、これで勝ったわね……近江君もあまりに悪魔的な提案にビックリ仰天しているし」
味方と言っても……おそらく、月見川さんが居る状況下において、その効力を発揮させて欲しいという事だろう。
それほどまでに月見川さんに勝ちたい事を突っ込むべきか、それとも、罰と言いつつも意地悪になりきれない可愛さについて語るべきか……ちょっと悩んで、語ろうと思った。
「宇野宮さん」
「ん? 今更イヤって言ってもダメよ? もう、決定したんだから!」
「くくっ……案外、可愛い提案をするんだね?」
「……ンなっ!? わ、我が悪魔的な提案を愚弄しゅりゅかっ!?」
カァーっと顔が赤く染まっていく宇野宮さん。
もう少しだけ、宇野宮さんをおちょくっていたい気持ちがあったが、先生から「はい、注目!」という声があって断念した。
もう少しで朝食も始まりますし、この辺にしておきますかね。
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