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第20話 考えを悔い改めました
しおりを挟む「ふー。さっぱり」
「コーヒー牛乳が欲しいよな、やっぱ」
大輝の意見には完全に同意な発言ではあるのだが、真っ裸な状態で言われても「早く服、着たら?」としか思えなかった。
大浴場から上がって、体を拭いている時なら俺も何も思う事は無いが……拭き終わって、髪もドライヤーで乾かして、それでも全裸なままで居られると、そう思うのも仕方ないだろう。
別に男子だけの空間だし、特に注意する事でも無い。むしろ、注意した方が変に意識していると思われそうなのがまた、対処に困る部分だ。
(きっと、後で笑い話になるタイプのやつだな)
良い思い出となるのなら、真っ裸は真っ裸で良いのかもしれない。自分じゃ絶対にやらないが……。
さっさと学校指定の体操服に着替えた俺は、他のみんなより先に大浴場を後にした。
クラスの出席番号が最後の人は、次のクラスへと声を掛ける……という任務を、前のクラスの男子から伝えられた為である。
別に面倒とは思わないが、ちょっとだけ緊張していた。
わいわい盛り上がっている空気をぶち壊したりするんじゃないかと、要らぬ心配ばかりしていた。
「四組は……二〇三と二〇四の部屋だったよな」
自分達の部屋の隣だから間違える事はないのだが、それでも声に出してまで確認をする。
知り合いでも居れば良いのだが、中学校の頃に友達なんて居なかった。もしかすると、この高校に同じ中学から進学した人が居るかも知れないけど……残念ながら、きっと関わった事のない、知らない人だろう。
――トントン。
部屋のドアをノックして、横に少しだけスライドさせる。
そこから顔を覗かせると、当然として部屋の中に居る人達の視線が集まる。
さっさと伝えて戻ろうと思ったが、俺よりも先に部屋に居た名前も知らない人が口を開いた。
「あっ、宇野宮の彼氏だ」
「――ここでもッ!?」
半ば反射的に返したが、部屋の中では相槌の声「あぁ~!」「例の?」「噂のやつね!」みたいな会話が広がってしまった。
俺が否定より先に驚きの返しをしてしまったのが、更に盛り上がらせてしまったのかもしれない。
「と、とりあえず次……四組が風呂なんで」
「はいよ」
「あと、隣の部屋にも声を掛けてください。それと、出席番号が最後の人は次の五組に声を掛けに行く係りになってますんで、それもお伝えください……ではっ!!」
本来ならば更に隣の部屋も俺が声掛けしないといけないのだが、嫌な予感というものが働いて、任せてしまった。
俺は自分達の部屋へ、逃げる様に戻ったのだった。完全に敗走である。
(さっきの人、宇野宮さんを『宇野宮』って呼んでたな……知り合いなのかね?)
◇◇◇
「そろそろ移動するべ」
「食堂に直で良いんだっけ?」
「たぶんな」
お風呂の後は晩御飯。これが今日最後の時間割りと言っても良いだろう。
寝る前に今日一日の感想文を書かなければならないが、みんなでの時間は次で最後だ。
集合時間は午後七時。今は六時四十分を少し回ったくらいで、移動時間を考えると丁度良い頃合いだろう。
部屋のみんな、十人揃って移動を開始すると、反対側から女子のグループが移動してくるのが分かった。
タイミング的に、階段の手前で譲り合い……いや、俺達の前を歩くのが大輝だから、きっと譲るのだろう。
最後尾を歩く俺からすれば別にどちらでも良いのだが。
ただ、その女子グループの先頭は見知った顔だった。
月見川さん。意図してでは無いのだろうな、女子を率いて歩く姿は似合っていた。女王様気質というよりは、単純にリーダーシップがあるという感じで。
どんどん近付くにつれ、月見川さんも、最後尾を歩く俺に気付いたみたいだ。
別に話し掛けてくれなくても良かった……のだが、そこはやはりイイ人代表みたいなお方。
「あれ、近江じゃない? 奇遇ねー?」
「……あははー。ども」
ありがたい事に、みんなに聞こえるぐらいの声で、堂々と、名前を呼んでいただけた。
ありがたいはありがたいんですよ? でも、少しばかりありがた迷惑ってやつなんですよね……これは。
みんなの居る手前、その考えを絶対に顔には出せない。……そう思って頑張った分、自分でも分かるほど笑顔が引き攣ってしまっていた。
女子からも男子からも視線が集まる。
良い意味で綺麗な月見川さんだ。男子からの視線には若干の嫉妬心が込められている気がした。
「みんな、あれが月見川さん……」
「何ですとっ!?」
「おぉ……」
「なるほど、ね」
反応は各々。ほんの少し前で、月見川さんの名前を出していたのが功を奏したのか、注目は俺よりも月見川さんへ移った……男子は。
女子からは奇異というか、好奇心の視線が送られている気がする。
月見川さんが男子の名前を呼ぶのが珍しいのか、それとも俺と宇野宮さんで悪ふざけしていたあの時を見られていたのか……。流石にどちらかは分からないけど、前者であって欲しいとは願ってしまう。
そんな女子達と一番後ろに居る俺の目が合うというのは、つまり、見られている事自体は気のせいでは無いって事なんだよな。
「ついでだし、一緒に行きましょうよ」
「あっ、はい。みんなで行きましょう」
「えぇ、そうね」
やはり大輝が女子グループに階段を譲って、一人を置いて女子は降りて行った。
その後で、女子を追っていく様に男子達もぞろぞろと降りて行く。
残されたのは、何故か残った月見川さんと、最後尾の俺だけ。
「先に行かないの?」
「ちょっと、良いかな? 麻央の事で」
「宇野宮さんの事……?」
「えぇ。私、怒ってるのよ近江。何故だか分かる? 分かるでしょ?」
顔は怒っている様には見えない、声も特に変化はない。でも、怒っているらしい。
当然分かるでしょ? という感じで聞いてくる月見川さんだが、正直、全く分からない。
予想……月見川さんは宇野宮さんが好きで、宇野宮さんが俺に構っている今の状況が受け入れられないという事。
(だと、しても。何か怖いぃ……ここは謝りの一手だな)
宇野宮さんくらい、女子のみんなが扱い易い人なら苦労は無いだろう。
でもむしろ、女子は月見川さんくらい分からない人の方が多いのだと思う。そんな女子とどう距離感を掴んでいくか、それも今後の俺の課題となるだろう。
面倒だと逃げても誰にも責められない。けど、面倒だからと逃げたら、俺は更に普通から遠退いてしまう結果になるだろう。
「すいません……予想は出来ますけど、分かんないです」
「何だと思う?」
「えっと……好きなんですよね? 宇野宮さんを」
「――ッ!! ちょ、ばっ、な、何ハッキリと言ってくれてんの!?」
「え、違うんですか?」
「違っ……くは、ない、けど……けど!」
月見川さんの頬が朱に染まる。
まるで恋する乙女。そんな表現が似合う様子だった。
月見川さんの宇野宮さんへの気持ちが、友情がオーバーした結果なのか、恋愛的な意味なのかは分からないけど……嫌いじゃないですけどね、そういう関係。
「どこが好きなんですか?」
「どこがって、そりゃあ……こ、コホン。そんなのどうだって良いでしょ? とにかく、麻央になるべく近付かないで貰えるかな?」
「……そこまで?」
「あの子は純粋なの。貴方が悪い男だったと、後から知ったんじゃ遅いの」
(それは流石に、過保護じゃないですかね……)
確かに宇野宮さんは純粋というか、少し騙されやすい、チョロいイメージがある。
それにしても……もっと厳格な優等生を思い浮かべていたのだが、月見川さんのイメージが少し崩れる。やめて欲しいのだが、どうしたら良いだろうか。
確定事項として、宇野宮さんへの当たりの強さは照れ隠しという事に決まったのだが、それも含めてどうしたら良いだろうか。
「俺にどうしろと? 宇野宮さんから来るパターンが多いのですけど」
「何それ、自慢? 良い度胸ね」
「違いますよ! ちょっと宇野宮さんを好きすぎませんか?」
「えぇ、まぁ! それが何か!?」
「開き直ったよこの人……」
流石にそろそろ、前を歩いて行ったみんなと差が空いてきた。
月見川さんに歩こうと声掛けて、前との差を詰めていくが……相変わらずどこか怒った雰囲気を保ったままだった。
「月見川さん。月見川さんは真面目そうだし、リーダーシップもあると思うけど……宇野宮さんに対しての欲が強すぎると思う」
「よ、欲!? 近江、下ネタとは本当に最低ね。軽蔑するわ」
言わせておけば……。
距離をススッと開けて半目で見て来ているが、むしろ軽蔑しているのは俺の方だ。
少し憧れまで抱いたというのに、これだ。俺の憧れを返して欲しい。滅多に人に憧れない、自分自身が一番と思って生きてきた俺が憧れたのに。
「俺の方が軽蔑してますよ! 宇野宮さんへの気持ちは良いと思いますよ!? でも、欲が凄いんですよ! 月見川さんの! 宇野宮さんへの! 欲がっ!!」
「何ですって!? 麻央を誑かしているくせに!!」
「はぁ!? 嫉妬か! つまりは嫉妬だな。あー、イヤらしい」
「何ですって!?」
「返して! 俺の憧れを返して!」
「……近江、何してんだ?」
俺と月見川さん、二人揃ってギョッとしながら前を見た。
男子九人、女子が八人の計十八人が階段を降りたその先で待っていてくれた。
そして、言い争いをする俺達を、不思議なモノを見るかのような目で見ていた。
(ここは、一時休戦を……)
(そうね。私には近江と違って、品行方正のイメージがありますから)
(……獣め)
(……後で、お話しましょうか)
俺達はニッコリと笑顔を見せながら、それぞれの場所へと戻って行った。
何でも無いと説明したが、ちゃんと伝わったかは微妙な所だ。
ただ俺は、今日限りで月見川さんに尊敬の念を持つ事を止めようと、考えを悔い改めていた。
短い憧れではあったけど、逆に、長くなる前に気付けた事は僥幸だったと言える。
いつの日か月見川さんについて振り返って、やっぱりそうしたのが正しかったと……そう思う日が来るだろう。俺は今、そう確信している。
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